◉ りんころ成長記

春のミッションインポッシブル〜嫁in外〜

かつてニール・アームストロングは言った。

「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが人類にとっては偉大な一歩である」と。


人類が夢見た月面着陸。

およそ100年前では想像もできなかったその世界。

しかし人類の塵のような努力の積み重ねは、やがて山となり月にまで届いた。

どんなに不可能なことでも、信じ続ければいつか光は射すのだ。



そして現代。

岐阜の片田舎に、実現不可能な夢を見続ける男がいる。

その夢は月面着陸よりもはるかに高難度なもの。

世界中の科学者が束になっても考えても答えが出ない難問。

CGですら形に出来ない奇跡。

そう。

その夢とは「ファミリーキャンプ」である。



一般家庭ではさして難しい話ではないだろう。

しかし我が家でファミリーキャンプに行ける確率は、ネス湖でネッシーに遭遇する確率に等しい確率。

その全ての要因は日本屈指のアウトドア嫌いのインドア嫁にある。

彼女が我が家に君臨している以上、我々がファミリーで揃ってアウトドアできる事はないのである。


もはや嫁は「家の一部なのか?」と思ってしまうほど、リビングのテレビの前から微動だにしない。

アウトドアで遊んでないと死んでしまう男と、インドアじゃないと生きて行けない女。

水と油が混在するドレッシングのような関係性。

「矛盾」という言葉はこの夫婦が語源だと言われているほどだ。


それでも今まで何度か説得はして来た。

そして彼女が渋々出したキャンプ場の条件は以下の通り。

「暑いとか寒いとかは嫌だ。虫は論外。コンビニのトイレも嫌なのにキャンプ場のトイレなんて無理。テレビがないと死ぬ。テントなんて入るどころか見るのも嫌だ。5分以上歩きたくない。基本的に動きたくない。キャンプ場でカワイイ服が売ってるならギリ行けるかも。メシ作るのも面倒。何よりも楽しくない。そもそもお前が嫌いだ。」

と言うもの。


もはや一カ所も突破口を見いだせない。

それはまるで諸葛孔明が敷いた陣のごとく、どこから突入しても奇襲食らって敗走する事間違いなし。

月面着陸どころか、宇宙の謎を解明するに等しいミッションインポッシブルなのである。


それでも結婚してから7年間、僕はなんとかして嫁を外に出そうと色んな実験をした。

それでもダメだったため、「とりあえず庭で光に当ててみる」という初歩の初歩から始めた。

そのような苦難な日々が続く中、ビビるSからファミリーキャンプのお誘いが舞い込んで来た。


そのキャンプ場は恐らく東海地区随一のキレイキレイなキャンプ場。

そしてキレイキレイなコテージを借りての気軽なもの。

しかも僕の仕事の都合で日曜日だけの日帰り参加。

これは嫁を月面(キャンプ場)に着陸させるビッグチャンス。


試しに嫁に確認してみると、「キレイなキャンプ場での日帰りならまあ何とか…」という事に。

交渉の途中で「そのキャンプ場ってレストランあるの?」という驚き発言はあったものの、とりあえず嫁を外の世界に引きづり出す事に成功だ。


これは一人の人間にとっては小さな一歩だが我が家にとっては偉大な一歩。

たかが昼に行ってBBQして夕方帰って来るだけの事なんだが、あの嫁がキャンプ場で日の光に当たる事なんてキリスト以来の奇跡なのである。


では、サディスト学界も注目する中、なんとか連れ出せたデイファミキャン。

特に何があったわけでもないが、一応記念にサラリと書き留めておこう。

もう二度とこんな事はないかもしれないから。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


キャンプ場に向かう道。

僕は膨大な脇汗をかいていた。

額には脂汗が滲んでいる。


そう。

この大事な局面で、僕は道を間違えてとんでもない山道に突入してしまったのである。

養老山脈をがっつり縦断するという、まさかの「ファミリー峠越え」が炸裂してしまったのである。


僕はチラチラとバックミラーに映る嫁の顔をチェック。

いつ何時「おう、そこのブタ野郎。さては道間違えたのか?死んでしまえ!」と言われるか分からないから内心ビクビク。

しかし日本地図を見て京都の場所すら分からない地理音痴の嫁は全く気づいていない。

だがいつバレて怒られるか分からないから、喉カラカラの手汗びちゃびちゃだ。


そんな時である。

ちょうど峠の場所に、全く知らなかった公園が登場。

しかもちょうど山桜が見頃を迎えていたという偶然。


僕はバックミラーの嫁にニカリと微笑みかけ「これを君に見せたくてちょっと遠回りしてみたよ」とダンディーに嘘をかます。

ただ相変わらず嫁の表情は能面のままでその感情は読み取れない。


この山上公園でちょっと軽く散策。

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なんだ、思いのほか凄くいい所じゃないか。

りんたろくんもはしゃいで走り回ってる。

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僕もこの美しい桜に対し、「うわー」とか「すげー」とか結構感動しながら公園内を歩く。

さすがの嫁もこれにはグッと来てるはずだ。


と思って見るが、一切桜を見てないどころか全然顔が笑ってない。

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人はここまで気怠く歩けるのかという動きで、完全に反対野党の牛歩戦術状態。

充電切れ間際のASIMOかと思うほどの動きの鈍さ。

もちろん相変わらずその表情からは感情が読み取れない。

ただ一つ分かる事は、間違いなく今楽しんで無いという事だけだ。


しかしその先には濃尾平野が見渡せる展望スペースが登場。

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桜がダメなら絶景だ。

普段の僕だと真っ白な景色だが、この日はちゃんと見えている。

そのめったにない感動をぜひ嫁にも味わっていただき、山を好きになってもらおうという算段だ。

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2秒ほど景色をチラ見した彼女は、それ以降一切景色に背を向けてうつむいてしまっている。

もちろん「わあ!すごい!」とか「ステキ!山ってステキ!旦那様ステキ!」なんて言葉は、八万光年先の世界からも聞こえて来ない。

それどころか「寒い」「疲れた」と言ってはどんどん不機嫌になって行くではないか。


もちろんファミリー揃っての記念撮影というささやかな夢すら言い出す事が出来ず、こーたろくんと一緒に撮ってもらうのが精一杯。

でもこういう切ない時に限って、こーたろくんは謎の号泣。

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見て分かると思うが、泣きそうなのはお父さんの方だ。

確かに道を間違ったが、こんな桜と絶景が素晴らしいとこに連れて来ただけで、なぜ嫁に「しんどい」と言わせ、子供には号泣されてしまうのか?

私はそんなに悪い事をしたんだろうか?

公園でこれなんだから、やはりファミリーでアウトドアなんて夢のまた夢なのだろうか?

果たして嫁には「感動」という感情を持ち合わせているのだろうか?


思い切って嫁に「綺麗だなぁとか、すごい景色だなぁとかって思いません?」と恐る恐る確認してみる。

すると「あー。きれーだなー。きれーきれー。」と、今年度の棒読みオブザイヤー獲得間違いなしの棒読みで応えて来る意地悪さ。


そんな大劣勢の中、ただ一人自由人のりんたろくんに我が想いは託される。

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だがこんなに楽しそうにしているが、誰よりも先に「もう車に帰ろうよ」と言い出したのはこの男だったりする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


さて、そんなこんなでよく分からない寄り道の末、お馴染みの青川峡キャンピングパークへ到着。

ついにあの伝説の嫁がキャンプ場という名の月面に着陸したのである。

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なんでもない写真に見えるだろうが、僕からしたらピューリッツァー賞間違いなしの奇跡の一枚。

しかも小木KファミリーやビビるSファミリーの前なので、いつものサディステックな表情が途端に消えてる。

そして「アシュラ仮面、外〜行き〜」とばかりに表情をにこやかに変化させる。

急に普通の大人しいお母さんになったぞ。

いつも僕に対して「乳首野郎」とか「死に魚」とか「殺す」とか言う表情は一体どこに…。



そしてこの時、僕が唯一持って来てと頼まれてた割り箸が全然見つからないというまさか。

前回はBBQなのにBBQコンロと炭を忘れて来た男だけに、小木ママあたりは「またか」といった表情で僕を見る。

今日は嫁がいるから笑顔だが、その目には若干殺意がこもっていた。

嫁も「恥ずかしい男だ」と言わんばかりの軽蔑の視線を送って来る。

到着早々、実に針のむしろである。



まあいい。

何にしてもこれは我が家のファミキャンへの偉大なる第一歩。

散々時間かけた挙げ句ちゃんと箸は発見されたので、改めてめでたく乾杯である。

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ビビるSも陽気な笑顔で楽しそうだ。

しかしこの数十分後。

そのビビるSが高速の早さで離脱。

なんと彼は猛烈な二日酔いでダウン。

結局彼とはほとんど何もしゃべっていない。

さすがはまさかを楽しむチーム・マサカズの最古参メンバー。

我が家を誘ってくれたのはビビるSだったのに、早くもそのご本人が不在になってしまった。


しかし父が倒れた後はその子のTKTが、しっかり元気にりんたろくんと遊んでくれている。

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りんたろう、お前のが年上だからしっかり色んな事教えてあげるんだぞ。

と、思ったら遊具そっちのけで何かを教え込んでいる。

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その本のタイトルは「未確認生物UMAの謎」。

きょとんとするTKTに対し「チュパカブラは家畜等の生き血を吸うんやよ!」と熱弁を振るい続ける。

TKTはどう答えていいか分からず困惑している。

でもそんなことはおかまいなしの男は、次に「ブキミ生物絶叫図鑑」を取り出して熱のこもった解説をやめようとしない。

せっかくのキャンプ場なのに、奴だけ楽しみ方を間違えているようだ。


最終的に僕に対して、「キンタマは畳8畳分も伸びるんやよ」と自慢げに教えてくれた。

ちょっと前には「お父さんがお母さんに嫌われてるのはクールじゃないからだよ。男はもっとクールじゃなきゃ」と教えられた事もある。

我が子ながら、彼は一体何者なんだろうか?


それでもやはり子供は子供らしく元気に遊ぶものだ。

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小木Kの娘のセントちゃんも随分大きくなって、逞しく二人を誘導する。

彼女は食の細いりんたろと違い、異常なまでにモリモリとジャガイモを食っていた。

この辺が風邪ばっか引く我が家と、一切風邪引かずに寒さすら感じないという小木K一家との違いなんだろうか。


しかしこの時点で遊具スペースで子供達を見ていたのは僕だけ。

ここで僕は重大なミスに気づく。

それは「酔っぱらった小木Kと我が嫁を二人きりにしてしまった」という事実。

あの平成迷惑男が余計な事を言ってないわけがない。


僕は生きた心地がせずすぐさま帰還。

するとニヤニヤしている小木Kと嫁。

一体何の会話がされてしまったのか…。

今もって詳細は謎だが、僕がまだ息をしているって事は何とか余計な事は言っていなかったようだ。


そんな僕の小木Kへの警戒心が子供に伝わってしまったのだろうか?

突然りんたろくんが小木Kの耳に襲いかかったではないか。

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背後から思いっきり耳を引っ張られて悶絶する小木K。

そしてそのままフェイスロックで息の根を止めようとしている。

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りんたろくん。

確かにその男は悪人面してるし、理不尽が服着て歩いているような男だ。

しかし彼は人間であって決してUMAではないんだぞ。

捕獲しちゃダメだ。


その後も彼の常人には理解できない行動は続く。

突然「10、9、8…」とカウントダウンを始めたかと思うと、「0!」と叫んでその場で激しく転倒するというよく分からない自虐行動等を延々と見せられる我々。


そして帰る頃には彼の中で何かがスパーク。

突然小木Kの手の甲をペロペロ舐め出すという変態少年になったのである。

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「我が子の将来は大丈夫なんだろうか?」

と、この時結婚生活7年目で初めて僕と嫁の心がシンクロした。


結局ファミリーキャンプの楽しさを知ってもらうはずが、我が子の奇妙な方向性を知る事になった嫁。

きっと腹の中では僕に対し、「このブタ野郎はいつも子供達を外に連れ出して一体何を教えているのか?」と益々不信感を強めたかもしれない。


だがとりあえず、「嫁をキャンプ場に連れ出す」という大きな第一難関を突破。

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はるばるキャンプ場にやって来てりんたろ劇場だけ見にきた的な感じになってしまったが、まあ楽しかったんだからそれでいい。

少なからず一歩、いや、なめくじの「ひと這いずり」くらいは前進したのかもしれない。


嫁も含めたファミリーでのテント1泊。

その壮大で不可能な夢にお父さんは今後も挑み続ける。

何年かかってもいい。

必ず成し遂げてみせるぞ。



でも人類が誕生してから月面着陸までに有した時間、実に700万年。

果たして僕は生きてる間にファミキャンできるのか?


その道のりは大キレットよりも険しいのである。

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