烏帽子岳〜野口五郎岳/長野

極マゾ後悔日誌1〜限界エクトプラズマーの絶望〜

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静かに佇んで遠くを見つめる男がいる。

一見優雅に山を楽しんでいるかのようなこの後ろ姿。


しかし彼はこの時すでに死の直前状態だったりする。

いや、むしろもう死んでいる状態と言っても過言ではない。

彼は立ったまま息を引き取っているのである。


ではなぜこの男がこんな北アルプスの山奥で昇天してしまったのか?

生前の彼を知る者はこう言う。

「まあいつかこんな日が来るとは思ってましたがね。そもそも計画がずさんなんですよ。」と。

そしてその人は男の出発前の様子も語ってくれた。

「なんかパックトランピング?マックトランポリング?とかなんとかで、男のロマンを成就するんだと息巻いてましたね。」と。

そして続けて「ほんと、可愛い子供達を残して…。胸ぐら掴んでバカヤロウって言ってやりたいですね。」と目に涙を浮かべて話してくれた。


男のロマンを求めて旅立った男がなぜこのような結末に陥ったのか?

立ち往生する彼の横の木には、ダイイングメッセージなのか「後悔」という文字が刻まれていたという。


これは「パックトランピング」という新世界へと飛び込んだ男の魂の「後悔日誌」。

3時間で行けるはずの目的地に、あえて24キロザックを担いで「15時間」かけて到達しようという「急がばマゾれ」の大消耗戦。


いつかこの日本に「パックトランピング」という素敵な旅スタイルを定着させるべく。

今一人の罪人が重い十字架を背負ってゴルゴダの大急登へと消えて行く。

ゴカイのような男が誤解して航海に出て豪快に後悔する様を公開するだけの後悔日誌。


その日誌のプロローグ部分は前回の記事を参考にしてもらいたい。

後悔日誌は七倉の駐車場で彼が車中泊をしている所から始まる。

それではその日誌を追いながら、ゆっくりと彼の死の真相に迫って行くとしよう。


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8/23 午前4時


私は携帯のアラームが鳴るより先に目を覚ました。

いや、正確に言うと「強制的に目を覚めさせられた」と言った方が適切だ。


我が出発時間に近づけば近づく程にゲリラ豪雨の勢いは増し、もうゲリラというより「国連軍豪雨」と言っていいほどの七倉集中攻撃。

車の屋根を叩く雨の音は「ズババババババッー!」という絶望的な音を奏でている。

そして四方八方で恐怖を感じる程の轟音が響いている。

例えるなら、私の車が1万人のオーディエンスに囲まれた挙げ句に強烈なスタンディングオベーションに晒されている状態だと言えば伝わるだろうか?


別に私は感動的な舞台を演じたわけでもないし、素敵なピアノソロを奏でたわけではない。

ただ単に仮眠を取っていただけなのだ。


この「早朝スタンディングオベーション」という、元気が出るテレビ的な演出によって我が元気は完全に奪われた。

結局寝たのか寝てないのかよくわからない仮眠はたったの1時間。

こんな寝不足状態で、これから始まる大冒険をこなしていけるのだろうか?


そもそもこんな国連軍の一斉射撃の中では、無事に登山口にすら辿り着ける気がしない。

やはり今回は厳しい航海になりそうだ。


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午前5時


相変わらず私は国連軍の砲火に晒されている。

一応車内で出発準備は済ませたが、とても外に出られる状態じゃない。

まだこの航海日誌は1ページ目なんだが、もう今にも「撤退」の二文字を書き込んでしまいそうな勢いだ。


もはやいっそこのまま白馬まで移動して、ハッポーNさんと2日間飲み明かそうかとリアルに思い初めた時。

なんと奇跡的に雨が上がったのである。

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こんな事は我が人生ではそうそうない事だ。

しかし過去に同じような事はあったが、その時は大概「いっそあそこで晴れてなければこんな目に遭わなかったのに」と後悔する事が多かった。

果たしてこれは吉兆なのか、それとも悪魔の誘惑なのか?


そもそも昨晩の豪雨で沢が増水してたら川下りなんて出来ないし、わざわざパックラフトを担いで行くのはただのアホなのではないか?

鴨がネギ背負ってマゾ鍋に突っ込んで行くようなものではないのか?


しかし不安があるからこその冒険。

我がロマンの航海に後悔の二文字は無し。

パイオニアとはいつだって孤独と不安との戦いなのである。


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5:45


私はついに高瀬ダムに降り立った。

七倉で5:30発の始発タクシーに乗って、ついにこの場所にやってきたのだ。

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ここで再度「宝の地図」を確認しておこう。

ここから一気に3時間南下すれば、目指すべき伝説の秘宝「白肌パイオツ」に辿り着ける。

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しかし「男の航海」とは、回り道をしてこそ初めて見えて来るものがあると言う。

なので私はもちろん、ここから一気に北アルプスの裏銀座の稜線までがっつりと登って、そこから大縦走して秘宝を目指すという余計な航路を選んだのである。

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人は「なぜそんな無駄な事を」と言うだろう。

しかしパイオニアとは、時にそのような世間から異端者を見るような目に晒される事があるというもの。

「Because It’s There.」

そこにマゾがある限り、私は荒波に向かって航海をするのである。


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6:00


私は最短ルートに背を向け、西に向けて進路を取った。

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荷物がデカ過ぎて、後姿だけ見ると新手のゆるキャラにしか見えない。

今にも北アルプスを10連泊くらいしそうな物々しさだが、こう見えても「1泊」で「小屋泊」だというから驚きだ。

自分でやってることだが、私自信が一番驚いている。


途中、不動沢に出くわす。

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小さな沢なんだが、分かり易いほど見事に増水&濁流化している。

この調子で明日の川下りは可能なのだろうか?

しかし遠回りしてしまっている私には現地の状況を知る由がない。

内心「もうパックラフト置いて行って普通の登山に切り替えるべきでは…」などという弱音が飛び出してしまったが、もちろんそんなものは即座に丸めてベンキマンに流してやったさ。


そうこうしていると、私はついに「ブナ立尾根」の取り付きに到着。

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ブナ立尾根とは「北アルプス三大急登」のひとつで、別名「マゾ立尾根」とも呼ばれてるとか呼ばれてないとかの修羅の道。

苦痛に快感を見いだす事が出来る者以外、決して踏み込んでは行けない大急登なのである。


そんな修羅の国に、私は7割方登山とは全く関係ない物を背負って突っ込んで行く。

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相手はゴング早々から壮絶な急登でひたすら打ち合いを所望。

そして白馬男塾の男爵ディーノ(不帰ノ嶮)の時に見た、お馴染みのポップ看板が。

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この陽気な転落サインがある場所は大抵ろくな所ではない。


そして三大急登と言われるだけあって、相手はただただ斜に構えて私に迫り続ける。

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大抵三大急登と言われている場所は、雑誌とかで「確かに急登だが意外とあっさり登れるものである」などと書いてある。

しかしそれは通常の登山者が通常の装備で登った場合の事だ。

パックトランパーである私が24キロの無駄な装備を背負って三大急登に登ると、それはもはや拷問に近いものがある。

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もはや一歩体を押し上げるごとに、重さと歯の食いしばりで耳から「ブシュッ」と血が出そうな程にしんどいのである。


しかもである。

私はパックトランパーでありながら、著名なオノレドリストとしても名を馳せる男。

耳から血を吐きながらフガフガ頑張って登って行っても、

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再びカメラを回収しに戻って行かねばならないのだ。

ただの地獄の上塗りなのだが、冒険にはいつだってこのような遊び心とマゾ心が必要だと私は信じてやまないのである。


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6:30


朝の国連軍豪雨。

そしてそれが止んで、一気に快晴が訪れるという事が何を意味するのか。

それはこのブナ立尾根の世界が「ミストサウナ状態」になるという事を意味している。

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大量に山に降り込んだ雨が一気に蒸発し、そこに酷暑を伴った灼熱の陽光が降り注ぐ。

一見涼しそうに見える光景だが、ブナ立尾根は今、湿度120%の「ムンムン地獄」と化したのだ。

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人の5倍新陳代謝が悪い男と言われる私ですら、もう何もしてなくても汗がジャージャーたれて来る。

大げさではなく、本当にサウナの中を大人の人間担いで階段登ってる気分。

通常の苦痛に「不快感」というスパイスを、容赦なく弱った傷口に塗りこんで来るブナ立尾根。

なぜ私はこの道を選んでしまったのだろうか?


このムレムレ地獄からの発汗ハッスルタイムは、最近緩くなって来ていた我がメガネにまで影響を及ぼす。

一歩登る度に、汗でメガネがずれるのである。

これによりいちいち人差し指でメガネをクイクイと上げねばならないと言う、「横山やすしスタイル」でのクライミングを余儀なくされる事に。


こうして私は壮絶な不快感を身にまといながら、その辺の葉っぱにまでいちいち「怒るでしかし」とツッコんでいるかのような状態で地道に高度を上げて行く。

重い、辛い、ムレムレ、発汗、やすし。

はっきり言って私は早くも後悔し始めている。


しかしまだ冒険の航海は始まったばかりだ。

今はとにかく「小さなことからこつこつと」をモットーに突き進もう。


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7:00


あれからどれだけ登り続けた事だろう。

相変わらず私はサウナの中を彷徨っている。

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そろそろ景色が開けて来る場所だから、せめて景色で心を慰めたい所。

しかしもちろん、一切が白いベールに包まれている。

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もうここが北アルプスなのか、それとも地元の裏山なのかの判別も出来ない。

ミストサウナも太陽が高くなる程に蒸発の勢いを増して行き、もう雨が降っているかのように全身がビショ濡れだ。

晴れているのにも関わらず、結局私は水がしたたる良いおマゾをキープするしかないのか。


それでも私はジャングルのような急登を、大汗かいて軽く脱水状態になりながら登り続ける。

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中年がヌレヌレになりすぎると、若干キツい匂いを発し出す。

ある一定の年齢を超えると、何か得体の知れない細胞が化学反応を起こして新感覚の匂いを発生させる。


いよいよ体力的な問題だけじゃなく、五感にまで訴えて来るブナ立尾根。

とにかく辛くても「小さなことからこつこつと」だ。


しかしそんな私を励ましてくれるものがこの尾根には存在する。

実はこの尾根は登山口が「12」で、そこから稜線に出る烏帽子小屋が「0」として、その間に数字を書いた看板が各所に置いてあるのだ。

もう大分登って来たし、そろそろ半分の「6」くらいに到達した頃だろう。

そう思っていた私の前に、こいつが現れた。

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私はこの標識の前で2分程気を失っただろうか。

何度も心の中で「これ逆に刺したんだよね?裏返ってるんだよね?」と呟くが、間違いなくここはまだ「9番」。


この瞬間、私の中に今まで感じたことのない感情が渦巻いた。

これはこのまま進んでいっても、本気で疲労で動けなくなるかもしれないぞと。

これはリアルな疲労遭難してしまうぞと。


正直、ここまで来るだけでかつてない負担が体にのしかかっていた。

この9の文字が歪んで「苦」に見える程だ。

どう考えても絶対にゴールできそうにない。


私は本気で「9番撤退」を意識したが、一度ここでガッツリ大休憩を取ることにした。

いつもの私ならソロの旅ではほとんど休憩を取らないが、やはり24キロザックの重さは想像以上に体力の消耗を誘発していたのだ。

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もはや「グロッキー」というタイトルで日展に出しても良いぐらい芸術的なグロッキー。

今回に関しては「ヤラセ的己撮り」にならないよう、すぐにでも倒れ込みたいのをグッとこらえてカメラをセットしてからバッタリと倒れ込んでいる。

もちろんカメラはそのまま放置し、私はこのままピクリとも動かずに大休憩した。


ここにきて睡眠時間1時間のしわ寄せがどっと押し寄せ、何度も意識が持って行かれそうになる。

しかしここで寝てしまったらそのまま本寝、もしくは本死になりそうだったから根性で意識をつなぎ止めながら体を休める。

まだ全体の行程の最初の方なのに、もう色々とギリギリな状態だ。


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7:30


結局あのあと、そのまま休憩してたら本気で駄目になると判断してすぐに出発。

さすがに己撮りはもちろん、写真撮影も自粛して本気でブナ立尾根とガップリ四つの真剣勝負。

もう鬱陶しいからメガネも外してやすしスタイルからも脱却。

その代わり私は乱視なので、今度は目までもが疲れて景色もブレると言う新しい不快ステージへ。


しかし順調に高度を上げ、もう稜線は近いだろうと思った時。

私は、目の前に現れた血で書いたかのような「7」の文字を見てその場に倒れ込んだ。

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随分距離を稼いだつもりが、結局はお釈迦様の手のひらの中の出来事だったのだ。

所詮歯を食いしばってこつこつ頑張っても、ブナ立尾根の前では私は小さい人間に過ぎないのだ。


しかしこのイバラの道を選んだのは私自身。

冒険の航海とは、百難の先にこそ真の秘宝を見いだせるはず。

そう己に言い聞かせ、私はそこからも「フンガフンガ」と愚直に登り続けた。

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それを見て、ブナ立て尾根も「ザマスザマス」とばかりにサウナのミスト大増量。

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そして「死ぬでガンス」と、急登急登また急登。

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壮絶なるノーガードの乱打戦。


そうこうしながらついに、やっと「中間地点」の「6番」到達。

そして再び美しくグロッキー。

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もはや「プログロッカー」と言ってもいい程に職人的な限界具合。

今にもこのまま幽体離脱が始まりそうな勢い。

それでも私は、再び小休憩しただけでキョンシーのようにムクムクと動き出す。

まだ先は長いし、長過ぎるが、いよいよここからが正念場だ。


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8:30


私はもう「動くだけの肉」と化していた。

すでに思考回路から「言葉」というものが失われ、もはや人肉を求めてスラム街を彷徨うだけのゾンビ状態。

たとえ今「スリラー」のイントロが流れて来ても、絶対に私だけは踊リ出すことはない。

それほどの精度の高いゾンビ状態で、私は相変わらずブナ立尾根と戦っていた。

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やがてついに、このミストサウナの「モーニング大放出サービスタイム」が終わりを告げる。

やっとあのまとわりつくような不快感から解放された。

と、同時に「カッ」という音が聞こえて来そうな程の灼熱の陽光が照りつける。

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この急登樹林帯での灼熱タイムは急激に私から体力と水分を奪って行く。

いつも晴れないくせに。

こんなところは曇りでいいのに。

このままでは遠赤外線で、じっくりと美味しく焼き殺されてしまう。


いよいよ「死」に到達しそうになる頃、ついに「4」に到達。

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そしてこの死線を越えて行くと、ようやく、ほんとにようやく景色が開けたのだ。

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よくぞこんな無駄な荷物を背負ってここまで登って来たものだ。

もうその姿は、4等三角点設置を目論む陸軍測量隊にしか見えない。

もしくは新種のズゴックだ。


さあ、景色が開けたからと言ってもまだまだ先は長い。


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9:30


なぜだろう?

かつて私が「ついに靴擦れしない登山靴を手に入れた」と喜んでいた我が登山靴。

なぜここに来て「猛烈なくるぶしの痛みと踵の靴擦れ」を提供し始めたのか?

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やはり重量ザックが足にもたらすマゾは上質である。

久しぶりに味わう、この何とも言えない安堵感。

かつてMr.靴擦れと言われた私としては、まさに水を得た魚になった気分である。


こうなってくると、積み重ねた疲労感も手伝っていちいち三脚立てて己撮りする余裕もなくなって来る。

このように手撮りするのがやっとだ。

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ほんとになんでこんなクソ重いもん背負って来てしまったのだろう。

しかしこれこそが「ロマンの重さ」に他ならない。

そう己に言い聞かせて無理矢理「後悔」を押し殺し、無理して己撮りして進んでいく。

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だが相手は「北アルプス三大急登」。

そんなロマン論や根性論で立ち向かえる相手ではない。

結局「2番」に到達する頃、私は再びプログロッカーとしての職務を全うすることになる。

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この時の写真は一切加工してないものだが、何やらおかしなものが映っている。

拡大してみる。

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これぞ史上初めて撮影された「人体からエクトプラズムが吐き出される瞬間」という貴重な写真である。

エクトプラズムとは死を迎えた者の肉体から、霊体、あるいは、霊魂が抜けた状態が視覚化されたもの。

このブナ立尾根で超重量ザック担いで「2番」まで到達すると、このような超常現象が起きるようだ。

このような発見があるから、やっぱり回り道はやめられない。


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10:00


なんとか霊体の流出を阻止して飲み込んだ私は、再び急登の嵐の中にその身を投じた。

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もうすでに5年くらい同じ場所を登り続けている気分だが、着実に私は稜線に近づいている。

しかし気を抜くとすぐに意識は持って行かれるし、隙を見ては穴という穴からエクトプラズムが流れ始める。

もはや私は生きているのか、それとも死んでいるのかよく分からない気分に。

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(ナレーション)
※ここで撮影されたのがオープニングの写真である。「むしろもう死んでいる状態と言っても過言ではない」というのはこのような前置きがあったからだとよく分かりますね。ちなみにここに写っているが雲なのか、それともヘソから多量に溢れ出したエクトプラズムなのかは今もって不明です。


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10:20


私は登り続けた。

登るという行為そのものが、この体のDNAに刻み付けられた本能かのように。

川を遡上する鮭のように、何も考えることなく。


やがて小屋らしきものが見えて来た。

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ついにやったのである。

やっとブナ立尾根を撃破し、稜線の「烏帽子小屋」に到達したのである。

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もはや写真すら撮ってないが、もちろんここでも私はプログロッカーとしての勇姿を披露したことは言うまでもない。


そしてそこにいた登山者が「すごい荷物ですね。何日間縦走してるんです?」と聞いて来たが、私は「いや、今日来て明日帰るのです。しかも小屋泊です。」と言う。

もちろんその人は「そんなバカな」という顔で私を見る。

そしてパドルを発見して「まさか、これボート積んでるの?」と聞いて来る。

私が「そうです。湯俣川を漕ぐのです。」と言えば、ますます顔一杯に「不思議」という文字を浮かべて「何故そんな大回りを…」と言ってこちらを見て来る。

私はふっと視線を空に向け、目を細めて渋い声で答える。

「ええ、私はマゾですから…。」と。



かつて登山家「ジョージ・マロリー」は言った。

「そこに山があるから」と。


その発言から91年。

ついにこの日本にもその孤高の精神を受け継ぐパイオニアが現れたのである。


私はその場にザックを起き、目的の野口五郎岳方面に背を向けて動き出す。

もちろんその方向は進行方向と逆の稜線。

登山者も「まさか」という表情で私を見ている。

そう、私は「回り道のさらに回り道」である、行かなくても良い「烏帽子岳」方面に向かって動き出したのだ。


ここで再び地図を確認してみよう。

このように素直に野口五郎小屋を目指せばいいのに、

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何故か余計な「往復1時間半」を加算してしまう。

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限界を迎えた体とは裏腹に、私のスーパーマゾスターとしての血が安住の道を選ばせない。


もちろん本来の登山者は通常この「烏帽子小屋で1泊」するのが常道。

そこをさらにこの荷物背負って野口五郎小屋まで行くだけでもしんどい行程なのに、あえてやらかしてしまう私。

そんな自分が私は大好きだ。



もちろん時間に猶予はないので、ここからが「パックトランパー」の腕の見せ所。

「登山」でハイクアップした次は、「トレイルランニング」で速攻で烏帽子岳撃破するのだ。


この判断が吉と出るかマゾと出るか。

はっきり言って死の寸前というか、多分ここまでで2,3回死んでしまっているんだが、まさに「ここからが」勝負なのである。

さあ、余計な往復ランニングからの3時間半大縦走が私を待っているぞ。



どこまでも前を向いて航海を進めるのみ。


そこにロマンがある限り。



そこにマゾがある限り。





極マゾ後悔日誌2へ 〜つづく〜



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