烏帽子岳〜野口五郎岳/長野

極マゾ後悔日誌2〜ロマンの天使と悲しきサムライ〜

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荒波をかき分けて不毛な航海を続ける男がいる。

背中に背負うは家庭に対する罪の重さか。

その余計な十字架の重みは男の肩に容赦なくめり込んで行く。


その中身のほとんどが登山とは全く関係のない物ばかり。

彼は罪を償っているのか、それともただ無謀を背負っているのか?

意識が朦朧としているのか、その足取りは実に重々しい。

そして数歩歩いては立ち止まり、天を見上げて大きなため息をついている。


彼は楽しいのだろうか?

いや、それは愚問なのかもしれない。

この頃の彼にはもはや感情は存在せず、頭上にきらめくは「後悔」の二文字のみ。


そんな男が書き残した「後悔日誌」。

ここまではブナ立尾根の修行風景が克明に記録されており、早くも限界点を突破した見事なプログロッカーの勇姿が綴られていた。

そして何度もエクトプラズムを流出させながら、彼は稜線上の烏帽子小屋に到達する。


だがその日誌の続きを見ると、彼はグロッキーにも関わらず何故か「往復1時間半」の行かなくても良い烏帽子岳に向けてその航路を取っている。

一体彼は何がしたいのか?

日誌を見る限り、過労死しても誰も同情してくれない要素が満点だ。


それではその後の彼の後悔日誌のページを辿ってみる。

貴重な不毛マゾのその後を、しかと観察してみよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


8/23  午前10:30


私は烏帽子小屋でいつものようにグロッキーを楽しんでいた。

やはりブナ立尾根で削ぎ落とされた体力はそう簡単には回復しそうにない。

これではさすがに「烏帽子岳」は諦めて、このまま野口五郎岳方面に航路を取る以外に生き残る道はないだろう。


しかしである。

どこからともなく妙な歌声が聞こえて来るのである。


そういえば聞いたことがある。

美しい歌声で航行中の人を惑わし、遭難や難破に遭わせるセイレーンという魔物の伝説を。


その歌は、どこかサザンの「チャコの海岸物語」テイストで我が脳裏に訴えかけて来た。

私はその歌に誘われるかのように、己の意思と関係なく動き出す。

本来の航路であるはずの野口五郎岳に背を向けて。



♪えーぼーしー だーけがとーくにみえるー

マーゾがあふれーてー かーすーんでーるー

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♪ここっろー かっら すきだよ

マ ゾ

だーきーしーめたーいー

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♪つらくーてー しょっぱいー ひーとー だかーらー

(愛してるよ)

おマーゾー だけーをー

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しまった!

そう気づいた時にはもうすでに私はセイレーンの罠に落ちていた。

すっかり反対方向の烏帽子岳方面に向かって走り出しているではないか。

これは魔物セイレーンによる「マゾの快感物語」の調べだったのだ。



しかしこれでいいのである。

これが通常の登山ならば立派な海難事故。

しかし私はパックトランパー。

人から「意味あるのか?そもそも趣旨がよく分からない」と言われたっていい。

ここからは「トレイルランニングスタイル」で、無駄に烏帽子岳を落とすという新ステージに突入したのだ。


しかもである。

パックトランパー兼オノレドリストの私は、散々猛ダッシュで走って行ったかと思うと、

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再びこのようにカメラを取りに戻って来るという、無駄の上塗り作業も忘れない。

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ハッキリ言っていちいちこんな事しなければ、もっと早く、もっと楽に烏帽子岳往復は可能だ。

だがいくらしんどいからと言って、素直に往復なんてした日には「ロマンの神様」に笑われてしまう。

私はそんな遊び心とマゾ心を忘れた乾いた大人になんかなりたくないのだ。


目的はピークハントではない。

あくまでも私はロマンハンターでありたいのである。


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10:40


私は烏帽子岳に向けて必死で走り続けた。

体力的には常時見事な限界状態を維持しているが、やはり稜線上だけあって景色は素晴らしい。

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そして思いのほかあっさりと烏帽子岳のピークをこの目に捉えた。

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頑張って無理して走って来た甲斐があった。

あのピークからはどんな景色が広がっているのだろうか?

さあ。

これが烏帽子岳山頂からの眺めだ!

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あれ?

なんだろう、あの随分先にある尖った山は?

なんだかまるで烏帽子みたいだ。


そう。

後に知る事になるが、このとき私が立った頂上は俗に「ニセ烏帽子岳」と呼ばれているまがい物の山頂だったのだ。


頑張って倒したと思ったアントニオ猪木が、まさかのアントキノ猪木だった的なガッカリ感が私を支配した。

そして本家の猪木は、想像以上の遠さと険しさ。

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だが、ここまで来て帰ったらマゾの名折れ。

「ニセ烏帽子岳ピークハント!」ではあまりにも情けない響きだ。


正直もうさっさと野口五郎方面に行きたい気持ち満々だったが、我がロマンがその軟弱な思考を許さず烏帽子岳に向けて走らせる。

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しんどいんだが、朝の国連軍豪雨がウソのようなピーカンの空とこの景色。

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あのクソ重い荷物も烏帽子小屋にデポして来てるから、異常に体も軽い。

やっぱりあんな重いもの担いで登っちゃ駄目だね、と改めて再確認だ。


やがて烏帽子岳山頂の様子も見え始め、なんとあの先っちょに登山者の影が。

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まるで登山者のケツに刺さってるんじゃないか?と言うくらいのトンガリっぷり。

高所恐怖症の私は果たしてあそこに登れるのか?

そして切れ痔主の私があの山頂に座ったらどうなるのか?

烏帽子岳に血が滴って、尖った山頂が「イチゴかき氷」みたいになりはしないか?


さすがは本家のアントニオ猪木。

不安は募る一方である。


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11:00


烏帽子岳の取り付きに到達。

見上げると、思った以上に迫力に満ちたアントニオ猪木。

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やはりニセ烏帽子岳とは迫力が全く違う。

しかも正統派レスラーであるはずの猪木は、ひるむ私に対してまさかの「チェーンデスマッチ」を挑んで来たのである。

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正直私は、今回の行程では危険箇所はほとんど無いと踏んでいた。

正直、覚悟が追いついて行かない。


私は必死でチェーンにすがりついてその急登をよじ登って行く。

振り返ればこの余計な絶景。

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急にピーカンになったから怪しかったんだが、やはりそう言う事だったのか。

最近の私の傾向として、絶景が約束された山頂では白しか見えず、高度感を感じたくない局面ではこれでもかという絶景を惜しみなく提供されてしまうのだ。


そして縦方向のチェーンが終われば、今度は横方向に伸びて行くネビュラチェーン。

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見えなくてもいい遥か眼下には、我がスタート地点の高瀬ダムが。

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もう足がガタガタして、恐怖のあまり我が尿道ダムが決壊して大失禁を巻き起こしてしまいそうな勢いだ。

しかもそこを越えてもまた横チェーン。

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縦方向より横方向のが下が見えて恐いのだ。

この執拗な猪木の横チェーン攻撃に対し、ショックで我が横チンもはみ出てしまいそうである。


しかしそんな激戦の末、ついに私は烏帽子岳を制覇した。

もはや岩に同化してしまっているが、山頂標識の横にちゃんと私はいます。

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ほんとはこの尖った先っちょに登りたいんだが、100%失神すると判断。

そしてその場で息絶えて、烏帽子岳の標高を1mほど上げるだけのオブジェと化してしまうと思い断念した。


結果的には「烏帽子岳登頂未遂」と言った中途半端さだが、ここからの眺めは大変素晴らしかった。

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かつて山岳ライターの高橋庄太郎さんが、「個人的眺望スポット・ベスト1」と讃えただけの事はある大展望。

天下の読売新道から赤牛岳がズドンと見渡せる風景は、実に圧巻である。

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無理して回り道して来て良かった。

今後の行程の事を考えるとうんこが出そうになるが、このロマンの前ではそんなものはミジンコの糞のようなものだ。


やがて私はウキウキの浮かれ状態で下山を開始。

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この景色、そしてこの青空。

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私は浮かれていた。

一体何度同じ過ちを犯せば気が済むのか。

浮かれある所にマゾ来る。

この青空写真を撮った直後。

私は見事にカメラのレンズを岩に打ち付けて傷をつけてしまったじゃないの。

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過去にも同じ失敗をしているから抜かりなくレンズ保護フィルターを装着して来ているが、その保護フィルター自体が結構なお値段したのよね。

確か4000円くらいしたのよね。

結局ショックはショック。

私の心の中にも、この時の空のような深いブルーな感情が渦巻いたのは言うまでもない。


ほんの少しでも浮かれた私がバカだったのだ。

私程度の人間が浮かれてしまうなんて、なんて愚かな事をしてしまったのか。

さあ、もう二度と浮かれないように、再びあの「重い十字架」を背負いに戻ろうではないか。

そして遥か先へ先へと続いて行くあの稜線の遥か先の世界へ。

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ちょっとこの距離感見て本気で吐きそうになったが、まだまだ己を追い込んで行くぞ。

本当の航海、そして本当の後悔はここからなのである。


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12:30


灼熱の日差しの中、熱々の棒ラーメンを無理矢理汗だくで食ってチャージ完了。

元気になったのか、逆に疲弊したのかよく分からない状態だ。


そして私はやっとこさ烏帽子小屋に別れを告げ、あの重い十字架を背負って動き出す。

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久しぶりに肩にめり込んで来る重み。

まるで養子の重圧を具現化したかのように我が双肩にのしかかって来る。

体感的には突然「子泣き爺」が背中に乗って来たくらいのアホらしい重さだ。


さあ、やっと無駄な回り道が終わり、ここからが「本来の回り道」の続きである。

目の前には、ずどーんとぬりかべのような裏銀座の大稜線。

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稜線まで到達すればそんなにアップダウンも少なく楽だろうと思っていた私に突きつけられた、あまりにも重々しい現実。

ものすごく登って行かねばならんじゃないか。


それでも私は突き進む。

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再び始まったセルフSMの楽しいお時間。

ブナ立尾根で70%、余計な烏帽子トレランで10%の体力がすでに持って行かれている。

残り20%の余力で、果たしてここから3時間この苦行に耐えられるだろうか?


途中このような小さな池が現れる。

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もういっそここにパックラフト浮かべて「はい、パックトランピング完了。下山します。」と言えたらどんなにか楽だろうと思ってしまう。

しかし貴重なパックトランピング童貞を、こんな「酔った勢いで」的な小さな池で喪失してしまったら一生悔いが残る。

私はここで気合いを入れ直し、野口五郎小屋目指して「ぐえぐえ」言いながら足を進めて行く。

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普通は烏帽子小屋で1泊なので、この時間のここから先は物好きだけが生息する世界。

ほとんど登山者がいないというロンリー航海。

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長く辛く重いこの旅路。

なんだか疲労のあまり目もかすんで来た。

まるで遥か彼方の聖帝十字陵の頂上まで聖碑を運ぶシュウのような気分である。


私は「仁」に生きる男。

子供達の笑顔と未来のため、このマゾを捧げる覚悟は出来ている。


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13:30


私はついに限界に達した。

朦朧とした意識の中でなんとかここまで聖碑を担ぎ上げて来たが、いよいよ体力ゲージがゼロになってガッツリ横になってしまったのだ。

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そして薄れ行く意識の中、周りを見渡せば素敵なコマクサのお花畑。

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ついに私はこの時を迎えてしまったのか。

天に召される時がやって来たのだ。


私はここまで担ぎ上げて来たパックラフトを抱えて目を閉じる。


パックラフト…。

お前は「いつまでも僕と一緒だ」って、そう言ってくれてるんだね…。ありがとう。

パックラフト…。

僕は今凄く幸せなんだよ。

パックラフト…。

疲れたろ…。僕も疲れたんだ。


なんだかとても眠いんだ。


パックラフト…。

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やがて私の元に大量の「ロマンの天使」たちが舞い降りて来る。

そして言う。

「お前のマゾはそんなもんじゃないだろう?もっと苦痛に満ちた顔を我々に見せてくよ。」と。



これにて私は「ハッ」と目が覚める。

約10分程度の事だったが、完全に意識を失っていたのだ。

危うく本当のお花畑に引きづり込まれる所だった。

ロマンの天使達に救われたのだ。


私は再び重い体を起こし、歯を食いしばってその足を野口五郎小屋に向ける。

そんな頑張る私に素敵な応援団が登場。

盟友槍ヶ岳さんがついに顔を出し「ガンバレ」と励ましてくれる。

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一方、前方を見ると妖気をまとったモクモクさんがシュウウっと集結して来ているのも見て取れる。

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余計な応援団だが、孤独な航海者としてはモクモクさんですら愛おしい。

この北ア名物「ヤリモク応援団」の大鐘音のエールを背に、私はその後もヨロヨロと航海を続けたのである。

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いつまでもいつまでも終わりの見えない航海。

時折「あれ?これってナチスの拷問中だったっけ?」と勘違いしてしまう程の精神消耗戦。

しかし助けを求めようにも、ここにはシンドラーさんはいない。

ただあるのはシンドイーな世界。

その助命リストに私の名前は見当たらない。


一体いつになったらこの地獄から解放されるのだろうか?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


14:15


私は人生の岐路に立たされていた。

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左は「お花畑ルート」、右は「稜線ルート」と書いてある。

お花畑ルートはその名の通りお花が素敵な道で、なおかつ巻き道で多少ショートカットが出来るという起伏も少ないピースフルなルート。

そして稜線ルートは、見上げるほどの厳つい岩稜帯を急登して稜線から攻めるという男道で、しかも遠回り。

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私は何の躊躇もなくお花畑コースへと踏み込もうとした。

その時、稜線コースからソロの外人さんが降りて来た。

そして彼はお花畑コースを指差し「ソフトコース」と言い、稜線コースを指差し強い口調で「ハードコース!」と言って来た。


これは挑発なのか?

きっと彼としては親切で言ってくれたんだろうが、私はパックトランパーである前に一人の日本男児。

ここで私がお花畑に突入した日には、日本国民1億2千万人がなめられてしまうではないか。


私は国民を代表し、彼にサムライ魂を見せなければならないと腹をくくった。

私は「アイアムハード!」とハードゲイのカミングアウト風に言い放つと、颯爽と進路を「稜線コース」へ。

すると当たり前だが外人さんのアドバイス通り、大急登をワッシワッシ登らされる羽目に。

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恐らくあの外人さんは本国に帰った時「日本にはまだラストサムライがいた」と日本人を讃えるだろう。


やがてその私は稜線上に到達。

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そして激しい後悔とともに、再びグロッキー侍となってしばしこの場所で大休憩。

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無駄で余計な事だとは分かっちゃいるけどやめられない。

私は目の前のマゾに対して「ノーと言えない日本人」なのである。


そしていつまでもいつまでも終わりが見えて来ない長大な稜線を確認し、教科書通りに「なぜお花畑に行かなかったんだ」と後悔するという定番の展開へ。

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しかしもうここまで来たら進まないと終わらない。

いつも思うが、たまの休みの日に一体私は何をやっているのだろうか?

そもそもパックラフトで川を下るのが目的なのに、今私はその世界から最も遠い所にいる気がしてならない。


一体どこから歯車が狂ってしまったのか?

それはきっと私が生まれた瞬間からなのだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


14:30


大海原にポツンと漂流しているかのような気分だ。

この長大な稜線はいつになったら終わりが来るのか?

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もはや私の動きは酔拳の達人のようにヨロヨロとした悲惨なものになっていた。

とにかくこのどこまでも続く距離感が精神に与えるダメージは計り知れない。

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しかも気がつけば、烏帽子岳の時にあれ程ピーカンだった空はいつも通りの状態に。

実に重苦しいお馴染みの世界観になって来たぞ。

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恐らくモクモクさんはこのタイミングを待っていたのだ。

ピーカンで浮かれさせてまんまと余計なトレランをさせて私を泳がせ、いよいよ心も体も限界になって来た時に照準を合わせて畳み掛けて来たのだ。

やがてモクモクさんは「今だ!」というかけ声とともに、稜線上に押し寄せて来る。

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どんどん白に塗り替えられて行く青い空。

ついに私から青空という唯一の慰めアイテムを奪って行ってしまうのか?


私も必死で抵抗を続け、なんとか稜線上のギリギリの所でモクモクを食い止める。

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しかし直接攻撃では埒が明かないと思ったのだろうか。

モクモクさんは間接攻撃に打って出た。


ついに「ゴロゴロゴロゴロ」という重低音が耳に入る。

明らかに私は雷雲エリアに入り込んでいる。

いよいよもうのんびりはしていられない。


私は恐怖にかられ、精一杯の早足で先を急ぐ。

もちろん急ぐ程に重い荷物はメリメリと肩に食い込んで来る。

それでも急ぐ。

私の「早く、早く…。早く野口五郎小屋へ。五郎へ。五郎五郎五郎…」という声に、天も「ゴロゴロゴロゴロ」と素敵にハモって来る。

瞬く間に世界はジョジョ的な効果音に包まれ、まるで生きた心地がしない。


私はついに「24キロ背負ってトレイルランニング&トレイルライトニング」という新世界の住人となった。

もうどう形容していいか分からない程の地獄感。

パックトランピングとはなんと過酷なレジャーなのだろうか?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


15:50


頭上から落ちて来そうなエレキテルの恐怖に晒され続ける絶望と極度の疲労。

私はもはや顔面蒼白だった。

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いつ発生するかもしれない落雷に対し「だめよー!だめだめ!」と叫びながら大急ぎで移動。

しかしその叫びに対して「上島竜兵的押すなよ3回目」と捉えたモクモクエレキテル連合は、さらにゴロゴロの頻度を上げて近づいて来る。


あまりにも辛すぎるウルトラヘビーハイカーとしてのスピード縦走。

もう目の焦点も合わない。

吐きたくても胃液すら枯れ果てている。


そんな中。

突如目の前に「300m」という文字が。

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一体何が300mなのか?

目指す野口五郎小屋までの距離なのか?

それとも落雷ポイントまでの距離なのか?

はたまた、この先に300ものマゾ(m)が潜んでいる事を予告しているのか?


私は最後の希望を胸に急いだ。

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いよいよ近づくゴロゴロ音。

良く考えたら、私はちょうど良い事に「パドル」を背負っている。

これは避雷針というか、どうぞ私に直撃してくださいと言わんばかりのアイテムではないか。


なぜこんなものを背負っている時にゴロゴロしちゃうのか?

そんな極限の恐怖の中、ついに「200m」「100m」とその時が近づいて来た。

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しかし一向に小屋の姿が確認できない。

やはりあれは落雷ポイントの啓示だったのだ。


と、思ったとき。

丘の先にかすかに青い屋根のようなものが見えた。

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私は狂ったようにそこめがけて走った。

実はもう水分が底をつきかけており、ここが小屋じゃなかったら私はリアルアウト。

そしこれが小屋じゃなかったら、その場でパドルを組み立てて落雷自害を遂げてやる。


私は丘を越えた。

するとそこには、やっっっっっっっと現れた野口五郎小屋の姿が。

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私は思わずその場にうずくまる。

ついに、ついに。

やっと私は「回り道の中間地点」に到達したのだ。

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すぐに休みたい所だが、まだ私にはやるべき事がある。

実はこの場所には「白肌パイオツ」と並び称される大秘宝があるというのだ。


私はすぐさま宿の主の袖の下にそっと600円忍ばせる。

すると主は「ニヤリ」と笑ったかと思うと、その大秘宝をそっと私に手渡してくれた。


ついに私は古代中国の秘宝「旭超乾」を手に入れたのだ。

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この艶やかなシルバーのボディ。

滴り落ちる清冽なる雫。


こいつに到達するまで、実に10時間もかかった。

しかしこの秘宝は、10時間の壮絶なマゾを生き抜いた者にだけその真の力を発揮すると言い伝えられている。


私は緊張と感動と疲労で手をプルプルさせながら、一気にその秘宝を体内に送り込んだ。

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黄金に光り輝いた妖精達がシュパッ−と駆け抜けて行く。

そしてキリリと冷えたその弾丸は鋭く我がノドゴシを刺激。

刹那、パッと何かが弾けたかと思うと、それは春の小川のような優しいせせらぎとなって体内へ。

そして夏の鮎のような美しい動きで我が五臓六腑たちの元へと泳いで行く。

そして風になびく秋の稲穂のように、体の細胞がこの豊穣の時に悦びの歌声を上げる。

やがて私の体にしばしの静寂が訪れ、冬の柔らかい雪のように幸せが降り積もる。


と、いう情景を1枚の写真で現すとこのような顔になる。

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ちょうど鮎が五臓六腑めがけて泳いでいる時の写真である。


聞きしに勝る秘宝の威力。

聞けばこの秘宝は下界でも容易く(しかも安く)手に入れる事が出来るという。

しかし下界にあるそれと、この10時間マゾの果てに邂逅した快感とは全くの別物だ。

それは「ロマン」と言い換えてもいいだろう。



ひとまずこれでやっと一つ目の秘宝は手に入れた。

しかしあくまでも私が目指すのは、まだ遥か先にある大秘宝「白肌パイオツ」。


そもそもやたらと長い航海日誌になっているが、まだ私はパックトランパーとして何一つ達成していない。

だってまだパックラフト漕いでないんだもの。



明日は野口五郎岳、そして真砂岳という二つの山を越える。

そして「健脚道」と言われる竹村新道を下降して、白肌パイオツを目指す戦い。

もちろんそこから「パックトランパー」としての真の役目が待っている。

いい加減「担ぐ」から「漕ぐ」へとシフトしたい。


まだまだ航海は半ば。

しかし後悔はすでにピーク。



しかし笑われたっていいさ。


わんぱくでもいい。


たくましくマゾって欲しい。



それが私の願いである。




極マゾ後悔日誌3へ 〜つづく〜



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