烏帽子岳〜野口五郎岳/長野

極マゾ後悔日誌4〜さらば孤高のトランパー〜

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男はまだ生きていた。

彼は最後の力を振り絞り、この無駄に長過ぎた航海に今終止符を打とうとしている。



彼はここまで何度も死線を越えて来た。

そのどれもが「自業自得」な地獄であり、一般の人から見るとただただ無駄すぎる行動に映ったかもしれない。

しかし彼はダーマの神に選ばれし「パックトランパー」。

崇高なる無駄足に美を追求する孤高の航海者。

常人には理解し得ない「急がばマゾれ」という高尚なる思想。

彼はマゾの極みの領域にこそ「真の快楽」が存在すると信じて疑わないロマンハンターなのである。


そんな彼の冒険もいよいよ仕上げの段階に突入した。

もはや体力は1ミリも残っていないが、ここからがやっと彼の冒険の始まり。

ここまで「登山」「トレラン」「マゾヒスティング」とこなして来たが、パックトランパーとして残りの「パックラフティング」「ワイルド温泉」「テンカライワナ釣り」という3つの種目をこなさなければならない。

さらには伝説の大秘宝「白肌パイオツ」の獲得へ。


それでは再び生前の彼が書き残した「後悔日誌」に戻ろう。

その後の彼の冒険の模様と、彼が死に至った謎をじっくりとひもといて行こう。


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8月24日  11:30


私はついに秘境の入口に足を踏み入れた。

そこは目指す湯俣川と水俣川が合流する地点だ。

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この門のような崖を抜けて行くと、そこに伝説の秘宝「白肌パイオツ」が眠っているという。

今のボロボロの私には、何より「温もりと安らぎ」が必要だ。

ここまでの激しい戦いがあってこそ、白肌パイオツは私を優しく包み込んでくれるに違いない。


まずは水俣川に架かる吊り橋を渡り、

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このように崖を下って行く。

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竹村選手のローキックを散々浴び続けた今の私には、この程度の下降すら手厳しい。

というか遊ぶ時間惜しさに、まだ昼飯すら食っていないから体がフラフラだ。

エネルギーの過剰消費で猛烈に体がメシを求めているが、そんなものを食ってる時間はない。

実はここまでの余計な大回り道のせいで、もう時間がアップアップなのだ。


こうして私は全身から「本末転倒」というオーラを吐き出しながら、秘境の中へ分け入って行く。

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そして実は、ここら辺が当初予定していたパックラフティングのステージ。

しかしやっぱり増水による水流の速さがハンパ無く、ゴウゴウと音を立てて私に恐怖を植え付けて来る。

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写真では分かりにくいだろうが、一度沈しようものなら、そのままずーっと先の下流まで流され続けそうな勢い。

恐らく立つ事もままならないから、岩に体を打ち付けながら転がり続ける事になるだろう。


これはいよいよ下れないのではないか?

もし下れなかったら、一体私は何のためにこのクソ重い荷物をこんなとこまで背負って来てしまったのか?

まるでやる気満々で参加したコンパで必死でその場を盛り上げ続け、宴もたけなわの時に女性陣全員に彼氏がいたと知らされたかのようなこのガッカリ感。

ここまで積み上げて来た苦労は何だったのか?


とりあえず今はこれを見なかった事にして先に進もう。

彼氏持ち女に用は無い。

神のパイオツが私を待っているのだ。


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11:45


我が前方に怪しげな煙が出現した。

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地上からモクモクと白煙を上げ、私が来るのを今か今かと待っている。


この湯俣川には「熱湯小魔亜舍瑠」という名の伝説の場所がある。

そこに足を踏み入れた探検家達が、なぜかこの場所で何度も全裸状態でのたうち回っている姿が目撃されたという。

恐らくそこに生息する山賊にでも身ぐるみ剥がされたんだろう。


そしてまさにここがその場所。

足下からは熱々のお湯がグツグツと溢れかえっている。

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こんな熱湯に足を突っ込んだら大変だ。

私は「押すなよ…押すなよ…絶対押すなよ…」と言いながら熱湯を避けて行く。

きっとここで足を火傷した瞬間に山賊達は襲いかかって来るんだろう。


その手には乗らない。

お前達の相手は後でじっくりしてやるから、まず今は白肌パイオツを目指す。

どんどん先に進もう。

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だいぶ湯俣川の深部まで入り込んで来たぞ。

目指す秘宝はすぐそこだ。



そして高瀬ダムを出発する事31時間目。

我が眼前に、何やら白く輝く物体が目に入って来た。

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私ははやる気持ちを抑えながら、慎重にそいつに向かって進んでいく。

そしてその形をハッキリと確認。

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ついに来た。

余計な苦難を耐え抜いた者にのみその姿を現すという、ひとつなぎの大秘宝。

これが「白肌パイオツ」である!

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地中から惜しげも無く天に向かってそそり立つ白肌パイオツ。

私のような疲れきったオッパイ星人には、もはやそれは後光すら感じてしまう程の崇高さ。

形といい、艶といい、実に申し分ない出来映えだ。

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寝そべっているにもかかわらず、これほどの形の良さはどうだ。

もはや「シリコン入ってんじゃないのか?」と疑ってしまう程の型くずれの無さ。

若干先っちょがとんがり過ぎているのが気になるが、そんな攻撃的な姿勢もまた良い。

そしてその巨乳度は軽くZカップを超越し、もはや神の領域。

これぞ私が30時間以上かけて追い求めた「男のロマン」なのである。


さあ、あとはこの白肌パイオツの所に行って、その優しさに包まれるのみ。

小人気分で抱きついてやる。

もはや秘宝というより、ただの秘宝館に来ただけな気がして来たが気にしない。


しかし、私と白肌パイオツの間には無情な天の川。

流れが速すぎて渡渉が厳しく、パイオツの所まで辿り着けないのだ。

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目の前にあられもない秘宝がカモンしているのに、私はそれを指を加えて眺めるのみ。

なんて壮大なじらしプレイなのか?

マゾのツボを心得ていらっしゃる。


こいつは何よりのご褒美である。


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12:10


私は念願だった「大秘宝館・白肌パイオツお預け祭り」の会場を後にした。

この悶々とした気持ちをどうしたらいいのか?


そんな時、再び目の前に現れた「熱湯小魔亜舍瑠」。

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私は山賊達に身ぐるみ剥がされないように慎重に進んでいく。

しかし私が「押すなよ…押すなよ…」と言いながら進んでいると、それを「お約束」と捉えた山賊達が急襲。


たちまち私はこのようなあられもない姿に。

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見事に身ぐるみ剥がされて激おこプンプン丸だ。

もちろん、思いっきり腹引っ込めてます。


しかしこれは白肌パイオツからのオツなプレゼント。

今、他の登山者がここに来てしまったら大変な騒ぎになりそうだが、もう今の私に羞恥心なぞは存在しない。

私は絶妙な角度の己撮りを繰り出しつつ、その「熱湯小魔亜舍瑠」の中へと突入。

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熱湯と川の水の中間にあるちょうど良い湯加減の場所へ滑り込む。

途端、ここまでの疲れきった体に染み込んで来るような心地よさ。

ロケーションも凄まじすぎで、最高の野天風呂なのである。

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ここまで雨でずぶ濡れになって異臭を奏でていた我が体臭フィルハーモニー楽団が、悦びの讃歌を演奏し始める。

私は長らく色んな場所を旅し数々の秘湯に入って来たが、間違いなくここが一番最高の秘湯だ。


体が温まってこれば、すかさず丸出し状態のまま川へ移動して体を冷やす。

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本来このカメラの「インターバルタイマー機能」は、花が開いて行く瞬間や夜空の星が流れて行く様子などを撮影するための機能。

けしてこのように己の露出プレイを数十枚に分けて克明に記録するための物ではない。

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しかしそこに映し出されているのは、ただただ快楽に身を任せるテルマエマゾエの勇姿。

恐らくかつて何度も目撃された「全裸でのたうちまわる探検家達」というのは、このような状態を目撃されたのだろう。


そしてインターバルタイマーによる無駄なサービスショットは続く。

腹回りの贅肉と、ケツと背中の割れ目が奇跡のコラボを果たしたときのみ腰に現れるという現象「ブラッディクロス」もお目見えだ。

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ここだけ見るとお手本のような変態だが、これでも立派なパックトランパーの行事の一部。

大自然でマッパになると言う事はこれ以上無い贅沢なのだ。


しかしそんな快楽にばかり浸っていると時に痛い目に遭遇する。

もの凄い熱々のお湯が湧き出てる所を足で踏んでしまい、倒れ込むワイルドマッパー。

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もちろん倒れ込んだ先は固い岩なので、見事に軽くケツを負傷した事は言うまでもない。

まあ切れ痔に直撃してたら湯俣川が血の川になっていただけに、まさに九死に一生スペシャルである。


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12:40


完全に温泉で遊び過ぎてしまった。

よくよく考えたら、ここからスタートの高瀬ダムまでは3時間くらいかかる。

迎えのタクシーは18時くらいまでが最終だから、残り2時間くらいでパックラフティングとテンカラフィッシングをやらなければいけないじゃない。


私は「本来の目的」だった川下りを巻きでやらないといけないという状況に追い込まれた。

しかも折からの増水リバー。

はっきり言って清流のんびり派の私にはこの川はレベルが高すぎる。


しかし「せっかくここまで担いで来たんだから」という理由で準備を開始。

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もはややりたいからやるのではなく、「苦労を無駄にしないために嫌だけどやる」というわけのわからない事になって来てしまった。

そしてせっかく温泉でサッパリしたのに、また汗だくになってパックラフトに空気注入。

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そして準備完了。

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もう完全に写真が見切れちゃってるけど、もう撮り直す元気も時間も無い。


こうして私は、「とにかくパックトランパーとして川を下りました」という証拠写真を撮るためだけの不思議な川下りを始めるために再び上流へ。

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そして急流の中にエイヤッと乗り出す。

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スポーンッという勢いであっという間に流され、頑張って漕いでもほとんど操船ができない。

恐くなって一旦上陸し、再びエイヤッと戦場へ。

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気分は障害物だらけのウォータースライダー。

水の勢いが強すぎて、パックラフトでは流れに勝てずに川の流れに身を任すのみ。

しかしこの強烈なロケーションの中を下っているという充足感はハンパ無いものがある。

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でも恐い。

すぐに上陸。

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結果、私は30時間以上かけてはるばるやって来た湯俣川を「100m」しか下れなかったというまさか。

散々時間かけて苦労して湯俣川を口説き落としたと言うのに、この驚きの早漏感。

これぞ伝説の大悲報「骨折り損のマゾ儲け」である。



しかしこれはある程度想定内。

正直湯俣川は下れればラッキー程度に考えていた。

本当のパックラフティングの舞台は、湯俣川と水俣川が合流した高瀬川源流部。

そこを漕いでそのまま高瀬ダムに漕ぎ抜け、ダムを横断してほとんど人が入らない沢に侵入。

三ツ沢と呼ばれるその場所は、すれてないイワナが大量にいて入れ食いだと噂されるイワナ天国。


何としても辿り着いてみせる。


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13:30


いよいよ餓死寸前。

いい加減メシを食わないと行き倒れになってしまう。


湯俣川を後にした私は、今度は水俣川に侵入。

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そこでやっと遅めのランチタイム。

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しかしこんな少量の食いもんで我が腹のロマンは満たされない。

そこで登場するのがわざわざ持って来たコイツ達。

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今この場でサクッとイワナを釣って、この塩と串で極上ランチを完成させるのだ。


さっきの湯俣川は温泉が出る川だけあって、イワナは相当な上流部にしか生息しない。

しかしこの水俣川はしっかりイワナが棲み着いている川。

早速パックトランパー6番目の奥義「テンカラフィッシング」のスタートである。

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私は釣りが苦手であまりやって来なかったから、実はこの時が初めてのテンカラデビュー。

テンカラとは日本独自の釣りで、毛鉤と竿だけで釣るシンプルな釣法。

その気軽さと軽量さはパックトランピングにはもってこいで、最近ではパタゴニアが「シンプルフライフィッシング」として世界発信を始めているほどだ。


しかし釣りの中でも最も難しいとされる渓流釣り。

相当に気配を殺して忍び寄って行かないと、すぐに魚に見つかって警戒されてしまう。

そんな繊細な釣り作業なのに、ドタバタと己撮りしながら釣り上がる男が魚に発見されないわけが無い。

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いつも早朝にドタバタと家を抜け出そうとして子供を起こしてしまい、嫁に発見されて朝から怒られる男そのものの姿だ。

むしろこの作業のせいでどんどん腹が減って来た。


水俣川はあまり遡上できなかったから、別の沢に移動。

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もはや所狭しと北アの山奥を闊歩している。

もちろんこんなの登山じゃなければ沢登りでもなく、単純な釣りでもない。

これがパックトランパーの職場風景なのである。


そして出来るだけカメラと離れて、息を殺して釣り上がる。

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で、自分でも100%予想していた通り、木の枝に毛鉤を引っ掛けてドタバタと動いて魚に発見されるというパターン。

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絵的には釣れているかのように映ってたので、満足してこの場も諦める。


その後も良さげな沢を見つけては竿を振ってみる。

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当たり前だが、まるで釣れる気がしない。

これは今後のパックトランピング人生に深い影を落としそうだ。


しかしである。

こんな渓流釣りを舐めまくっているおちゃらけフィッシャーにも望みはある。

それが先ほど書いた三ツ沢のイワナ王国。

行きのタクシーで運転手が「あそこは普通の人は行けないからね。でもボートで行けたらきっとイワナさんが入れ食いだよ。」と言っていたのだ。


私はその言葉に最後の望みを託し、高瀬川源流部の南下を始めた。


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15:20


まずい。

まずいぞ。


余計な沢釣りのせいで、いつの間にかすっかり時間が無くなってるじゃないの。

このまま普通に歩いて行っても、タクシー乗り場に着くのは18:00くらい。





何も出来ないじゃないか!


というか、パックラフティング&イワナ王国で焚き火ランチどころか、このままではタクシーの最終にも間に合わないじゃない。

上高地で例えるなら、15:20の段階でまだ横尾にいるようなものだ。

それなのに徳沢辺りの沢でパックラフトとテンカラをやろうってんだから無理がありすぎる。


だから私はいつだって「Mr.詰めの甘い男」とか「ズサンプランナー」とか呼ばれてしまうのか。

余計な前座行動が長過ぎたせいで、一番のメインイベントがやれないというまさか。

こいつは思わぬ自体に追い込まれてしまった。


とにかく時間内にこの高瀬ルートから急いで脱出しないといけない。

私は高瀬川源流部を一気に南下した。

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パックラフトで下るには最高のロケーションだ。

だが、残念ながら今の私には時間が無いのだよ。

ほんと、一体何のために私はこのパックラフトを担ぎ続けて来たのだろうか?


しかしやっぱり今回は水流が速すぎて、どっちみち快適に下る事は出来なかったようだ。

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そしていく筋かの沢が合流するにつれさらに水流は激しくなり、岩もゴロゴロでとても下れそうにない。

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こりゃのんびり清流派の私にはさすがに無理だ。

それでも今後のためにも、下れそうな区間だけでも確定させておきたい。


時間の無い私は、「ウルトラヘビートレイルランナー」という水と油が複合したドレッシングスタイルで先を急ぐ。

やがてこのルート上の唯一の避難小屋である、名前があるのか無いのか分からない「名無避難小屋」という所に到達。

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ちょうどここにある「名無沢」が高瀬川に合流するあたりが、ちょうど勾配が緩やかになっていて快適に下り始められそうな雰囲気だった。

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遠目でしっかり確認できないが、恐らくスタートするならここだろう。

そもそも裏銀座縦走なぞせず、普通に高瀬ダムからピストンしていれば行きにこの場所が確認できていたはずだ。

今更ながら後悔が止まらない。


それどころかこのルートから脱出出来るかどうかも怪しくなって来たぞ。

万が一最終のタクシーに乗り損ねたら、真っ暗闇の長大なトンネルの中を1時間以上歩かないと七倉まで帰れない。

いよいよ夢とかロマンとか言ってる場合じゃなくなって来た。

ここからは認めたくない現実との戦いだ。


私はほぼ競歩のような状態で移動を続ける。

おかげで背後のパックラフトは斜めって重心が安定せず、体感重量は「倍率ドン、さらに倍」と言ったオマゾダービーに突入。

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正直、この延々と続く高瀬ダムまで区間が一番体力的にハードな気がする。

自ら望んで選んだこの職業だが、まだここで死ぬわけにはいかない。

必ず私は生きて家に帰ってみせる。


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16:20


私はもはや無我の境地に達していた。

いつまでもいつまでも長く単調な道、背中の重み、迫り来るタイムリミット。

そして神はこの段階で「雨を降らす」という、追い打ちにも程がある仕打ちでとどめを刺しに来た。


そんな中、やっと高瀬川源流が高瀬ダムに到達。

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パックラフトで漕ぎ抜けていたらどんなにか素敵だったろうか…。

この美しきエメラルドグリーンよ。

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花京院典明のエメラルドスプラッシュを彷彿とさせるこの美しさ。

このエメラルドグリーンは、何やら情報によると「上流から流れてきた硫黄と、高瀬渓谷の花崗岩中の長石が化学反応してできた生成物が原因です」とある。

しかしこの頃には私自身も色んな化学反応を起こしており、体中からポニーのフンみたいな匂いがエメラルドにスプラッシュしている状態。

いよいよ細胞から死滅し始めている危険な状態だ。


それでも前を向いてこの航海を続けて行かねばならない。

生きて家に帰ってこそ冒険なのだ。


ここからは、本来パックラフトで南下するはずだったダム湖を横目に見ながらの移動。

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素敵だ。

本来ならこの風景の中を優雅に下ってたと思うと、泣いてしまいそうだ。

そしてそんな傷心後悔中の私の前に、本来行くはずだった「イワナ王国」への入口が見えてきた。

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この奥にある沢に行けば、純情なイワナ美女達がハーレム状態だったと言うのに…。

そしてそこには、焚き火で焼いたイワナに男らしく食らいつく私がいたはずだったのに…。

そしてそれを見たこのブログの読者が「ダンディーだなあ。俺もパックトランピングしてみたいぜ。」と、憧れの目で私を見てくれる予定だったのに…。

つくづく私はこの2日間何をやっていたのか…。


ちなみにイワナ王国のこの対岸は、東沢出合という場所。

ここには湖に漕ぎ出すのにちょうど良い場所がある。

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なので、名無避難小屋あたりからスタートしてダム湖に合流し、イワナ王国でダンディズムを楽しんだ後、この東沢出合でゴールするとちょうど良かったと思う。

もし誰か私のこの航海の無念を晴らしてくれるパックトランパーがいるのなら(いるか?)、どうかこの後悔日誌を参考に冒険してみて欲しい。

ちなみにこのダムは揚水式なので、毎日10Mも水位が変化する湖なので注意されたし。

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しかしパックトランパーとして注意しなくてならないのは、ダムの動きよりも「無駄な動き」だ。

ここまでの私の数々の無駄な作業を教訓に普通に楽しんで欲しい所だ。

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さあ、もうこれ以上後悔にまみれるのはやめよう。

あとは平坦な道を30分程歩けばこの長かった冒険の航海も終わる。

もう気力体力は限界をとうに越えてしまっている。

しかしさすがにもうマゾな事は起こらないだろう。


最後の力を振り絞って進むのだ。


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17:00


私は立ち尽くしていた。

果てしない恐怖が体中を駆け巡っている。


周囲が薄暗くなって来た頃。

目の前に現れたのは果てしなく長そうなトンネル。

めちゃくちゃ恐いじゃないか。

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閉所恐怖症&ビビリストのこの私が、ここに一人で突っ込んで行かねばならないのか?

ジャイアンツの帽子とハッピを着て、阪神ファンで埋まる甲子園のライトスタンドに突っ込めと言っているようなものじゃないか。

しかしここを通らないと帰れない。

私は背筋に悪寒を感じつつ、さぶイボマックス状態でエイヤッと突入した。



歩く。

ひたすら歩く。

出来るだけ余計な事を考えては駄目だ。

なんて事を考えれば考える程、我がネガティブシンキングが冴え渡る。


なんか背後に気配を感じる。

そう感じたら最後、もう絶対背後に何かが大量にいる気がしてならない。

私の脳内ビジョンの中では、後ろの世界はこんな感じになっていた。

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もはや恐ろしすぎて振り返る事なんて出来ない。

そんな時、ふと横を見る。

すると何か手のような影が今にも私に襲いかかって来ているではないか。


たちまちパニックになって走り出す私。

しかしその手の影はどこまでも着いて来る。

もはや生きた心地がしない。

私は23キロザックを背に、全力でダッシュする。

もう腰や肩が「ぎゃあああっ」という断末魔の悲鳴を上げているが、今はそれどころではない。

こんなに頑張って走ってもまだ影が追って来るのだ。


しかし途中で気づく。

その手の影みたいなやつは、自分自身が背負っていたパドルの影だった事に。


これぞ奥義シャドウトランピング。

パックトランピングを極めた臆病者だけに許された、自作自演のパニックプレイなのだ。


しかし影の犯人が分かった所で背後の気配は消える事は無い。

私はその後もその妙に長いトンネルを走り続けた。

そしてついにトンネル突破。

するとそこには、思わず「絶対ここにあったら駄目でしょう」と突っ込んでしまった石碑が登場。

その石碑には「慰霊碑」と書かれている。

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瞬間、水道管が破裂したみたいにかつてない大失禁。

アテント二枚重ねでもその放水は受け止めきれないだろう。

もうこれを見た瞬間から、私のネガティブシンキングは手塚治虫クラスの発想力で数々の余計な恐怖ストーリーを脳内に大放映。

もう一度走り出したこの思考は恐怖しか生み出さない。

そんな私の前に、さっきよりも遥かに長そうなトンネル登場。

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絶望だ。

地獄だ。

その迫力は、怒った時の嫁の「漆黒の無言」と同様の恐怖感。

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やめて…。

私が悪かった。

男のロマンだとか、パックトランピングだとかもうどうでもいい。

頼むから普通にお家に帰らせて….。


もう本気で涙が出て来た。

体も満身創痍だし、精神もギリギリまで追いつめられた状態。

たかだか1泊2日の旅で、人はここまで己を追い込めるものなのか?


しかしいつまでも悩んでいてもここから脱出は出来ない。

いよいよ辺りも暗くなって来て、恐怖のウイルスが脳内パンデミックを起こしている。


しかしこれがこの長かった航海の最後の戦いだ。

いざ突き進め!

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無理だ!

恐ええ!


もう死の予感しかしない。

持ち前の豊かな想像力が、圧倒的なクオリティで自分自身を恐怖でがんじがらめにして行く。


とにかく何かすがれるものはないか。

私はiPhoneを取り出し、今自分が持っている音楽リストの中から一番明るいと思われるアーティストをチョイス。

たちまち薄暗いトンネル内に「ファッションも〜んすた〜」というポップな音が響く。


今日ほど私はきゃりーぱみゅぱみゅに感謝した事は無い。

極限状態で聞くロリーポップな音楽は、かすかな光となって恐怖に打ち震える中年に希望を与える。

しかしいつ背後からリアルなファッションモンスターが襲って来ないとも限らない。


私は必死で走った。

薄暗くてジメジメしたトンネルの中を、恐怖と過労と陽気な音楽とともに。

とにかく気を紛らわすために、「はーたーちー、はたちふりそでーしょーん」と叫びながら走る38歳二児の父。

場所が場所なら即座に警察のご厄介になってしまいそうな危険な状況。


しかしとにかくトンネルが長い。

もう走る事もままならないけど、立ち止まる勇気もないからトレッキングポールを頼りに必死でトンネルの先の光を目指す。


極まった。

ここにおマゾは極まったのだ。

ここまでのやりすぎたハードマゾの数々。

気力と体力の限界を越えた先に現れた光。

あれこそダーマの神に選ばれた私が求めていた真の秘宝。


私はその光に向かって舵を切る。

やがてその光は徐々に大きくなって行き、神々しく私を包み込んだ。

そして辺りが一瞬真っ白になったかと思うと、少しづつ景色が目に飛び込んで来た。

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ついに抜けたのだ。

私は長いトンネルの試練を乗り越え、ついにゴールであるスタート地点に戻って来たのだ。


そしてヨロヨロと公衆電話を目指す。

とにかく助けを求めなければいけない。

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私は最後の力を振り絞り、ジーコジーコとダイヤルを回す。

まるで高校時代に、家の黒電話から好きだった人に緊張しながら告白電話した時のようにダイヤルを回す指がプルプルと震えている。

もちろん緊張ではなく、極度の疲労のためだ。

あれから20年の時が経ったが、まさかあの頃の純情な私が20年後にこんな変態ソロ活動をするようになっているなんて想像もつかない。


私はタクシーに助けを求めて受話器を置いた。

そして途中で何度も意識を失いながらも、ズルズルと這うようにゴールのタクシー乗り場に向かう。

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あと少し…。

あと少しでお家に帰れる…。


もう疲れ過ぎて何も考えられない…。

とりあえず今は助けが来るのを待つだけだ。


着いた…。

やっとタクシー乗り場に着いたぞ…。

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なんだか眠くなって来た…


いかん

寝ちゃ駄目だ

生きて家に帰るって決めたじゃないか


あれ、こんなところにお花がいっぱい咲いている

お花畑の中ではかわいい妖精達が遊んでいる

え?

一緒に遊ぼうって?

もちろん遊ぼう


ねえ


待ってよ


置いてかないでよ…


ねえ……


さあ、登山だ トレランだ…


あははははは…..


パックラフティングだ テンカラだ…


うふふふふふ……


イワナがいっぱいだあ…

パイオツもいっぱいだあ…


楽しいなあ…


パックトランピングって


楽しいなあ…….


嫁が笑ってる


嫁が笑ってるよぅ…..





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彼の後悔日誌はここで終わっていた。

この日誌は、この場に駆けつけた第一遺体発見者のタクシー運転手が見つけたものだ。

その後日誌は家族の元に送られ、彼の遺体は七倉で荼毘にふされた。



結局この男は何がしたかったのか?

多くの研究家達がその謎に挑んだが、未だにその動機は不明のまま。

こうして彼は、自分自身が秘宝となって世の人達にロマンを残して行ったのである。



パックトランパー。


それは神に許されたスーパーマゾスターのみに許された極みの世界の航海者。

果たして彼のこの一連の行動を見て「私もパックトランピングがしてみたい」と思った人間が何人いるだろう?

恐らく一人もいないのではないだろうか。


しかしパイオニアとはいつだってそういうもの。

かつて同じように「なぜそんなことをするんだ?」と聞かれた男がいた。

その男の名は「ジョージ・マロリー」。

George_Mellori_1915.jpg

彼はその問いに対し、「そこに山があるから」と言い放った。


そして現代。

同じように「なぜそんなことをしたんだ?」と不思議がられる男がいる。

その男の名は「常時・マゾリー」。

IMGP6009.jpg

もちろん彼は躊躇無く「そこにマゾがあるからさ」と言い放った。


そして「なぜこんな無理な行程でしか遊ばないんだ?」と問う記者に対してこう言った。

「家に嫁がいるからさ」と。



彼の功績が認められるのは100年後、200年後のことかもしれない。


しかし我々は忘れない。


彼が命をかけてやりきった「パックトランピング」。


その全てが無駄な事だったということを….。




極マゾ後悔日誌  〜完〜 



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コメント

  1. SECRET: 0
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    いやはや、恐るべしパックトランパー。
    以前、宮川 カヌーで検索してたどりつき、面白い文書書く人だと時々ROMさせていただいていました。

    私も大昔普通のマゾだったことがあるので、大いに共感するところはあるのですが、発想が面白すぎます。
    更新楽しみにしております。

    来年あたり、釣り師の友人と高瀬ダムを漕ぎに行きたいなあと目論んでおります。

    • yukon780
    • 2014年 9月 24日

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    ryoさん、はじめまして!
    仕事が忙し過ぎて返信が遅れてしまいました。
    宮川の記事は全然参考にならんかったでしょうが、基本的にこのブログはマゾの参考にはなってもカヌーの参考にはならんブログであります。

    大昔普通のマゾだったことがあるってのもまたミステリアスな過去をお持ちだったようで。
    僕の場合発想が面白いというよりただ単に計画がずさんなだけなんですが、どうしても人と違うことばかりに目が行ってしまう癖があるようです。
    なのでたまに今回のように本末転倒のよく分からない旅となります。
    でもいつかは最高の遊びに辿り着けると信じて今後もこのスタイルは続けて行きますよ!

    高瀬ダムは看板にある通り湖上でのボート釣りは禁止されてますが、沢に上陸して釣る分にはOKだとタクシーの運ちゃんが申しておりました。
    ぜひ僕の無念を晴らしてイワナ王国を堪能して来てください!
    もし行かれたら結果をまた教えてください。

    では、今後もよろしくお願いします!

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