登山を始めて二年。
いよいよその集大成の時が来た。
かつて二度の激戦を繰り広げた南アルプス。
まずは「南アルプスの女王」こと仙丈ヶ岳で、膝こそ破壊したものの女王を見事にたらし込む事に成功。
そして「南アルプスの貴公子」こと甲斐駒ケ岳では、暴風寒波の悲惨な状況下での壮絶な乱打戦を制した。
女王と貴公子の称号を手中に収めた今、狙うべき場所はただ一つ。
それは「南アルプスの盟主」の座。
南アのキング「北岳」(3,193m)を制圧しその王位を簒奪する時が来たのだ。
しかし諸事情あって、本来は1泊2日で落とすべきこの山を日帰りで落とさざるを得ないという不足の事態。(参考記事)
それはバスの始発から最終までの間に9時間登山を完成させるという一大スペクタクル。
一切の時間的猶予はなく、常にハイペースで歩き続けてギリギリのライン。
万が一最終バスに乗れなければ、僕は翌日の神社掃除に間に合わずに王座どころか養子の立場すら危うくしてしまうのだ。
しかしこの北岳。
キングを名乗るだけあって一筋縄でいかない相当なる強者だった。
標高こそ日本第二位だが、そのサディストっぷりは群を抜いてナンバーワン。
この北岳をあえて人間に例えるなら「江田島平八」しか該当者が見当たらない。
果たしてそんな強者を相手に反乱を成功させて見事王座に就くことが出来るのか?
そして無事最終バスに間に合って養子の面目も保つことが出来るのか?
かつてない大消耗戦となった南アルプスの王位争奪戦。
壮絶なSMプレイへと発展していく、この壮大な革命の歴史を振り返って行こう。
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岐阜から登山口の広川原に向かうには、1泊2日なら長野県側からバスを乗り継いでアクセス出来る。
しかし今回は日帰りなのでそんな余裕は無い。
大迂回の大回りで直接山梨まで移動しなくては日帰りは無理だ。
王座への戦いは前日夜の移動の時点からすでに消耗戦が始まっていた。
今週は特に地獄のような仕事量で連日深夜まで全力で働いた後の金曜夜の大移動。
たっぷりと体内に疲労を溜め込んだ状態でマゾの仕込みも抜かり無し。
その日は芦安の駐車場で車中泊。
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翌日横浜組のメンバーと合流して始発のバスで登山口の広川原へ。
そこでバスから降りた時点で僕に衝撃が走った。
なんとすでに足が痛いじゃない。
まだバスしか乗ってないのに。
歩いていないのに。
ここ数回の登山で僕に痛みを提供し続ける高級登山靴マムートさん。
今回は登山前から見事にフライング気味。
さすがの彼も気持ちが高ぶって、今回は随分やる気に溢れていてるようだ。
しかしすっかり割り切っちゃってる男は「足が痛くなければ登山にあらず」と呟きその痛みを受け入れる。
値段が高かっただけあって、この靴は人の精神力までも強くしてくれる機能があるようだ。
疲労と足の痛みといういつものお供を引き連れて、いよいよ王位簒奪に向けて動き出す。
王位争奪戦と言えば「キン肉星王位争奪戦」のようにメンバーはやはり5人がふさわしい。
今回は精鋭5名での反乱軍が組織された。
左から僕、横綱K、その友達の初参加のKさん、そして黒はんぺんSとB旦那。
弾丸日帰り強行軍という事で、反乱軍組織の基準は「とにかく速く動けるマゾ」という事でこの5人が選出された。
中でも期待の新人として、横綱Kのバトミントン仲間で体力自慢の初参加Kさん。
横綱Kに誘われてやって来た「登山初体験」の男だ。
しかし彼は横綱Kに「北岳に行こう」と軽く誘われただけで、北岳がどんな場所なのかも今回がどれほどタイトな日程なのかもよく知らされずに来ていた。
登山童貞にしていきなり北岳というトップクラスのAV女優と戦う羽目になった憐れな男。
それをサポートするのは4名のマゾ男優。
今後、彼の事を「被害者K」と表記する事にする。
選抜のマゾだけに彼らも抜かり無く仕込みが済んでいる。
ほとんど寝ていないB旦那、あえて買ったばかりのトレッキングポールを忘れて来る黒はんぺんS。
そして横綱Kにいたっては早くも脇にダメージを負っている。
ハイテクウェアなぞ目じゃないほどの通気性能。
甲斐駒ヶ岳では空飛ぶビッグフットと化したワイルドな男ならではの仕込みだ。
そしてスタートからわずか3分。
早くも道を間違えて、ダイイングメッセージの前で立ち尽くし引き返す5人。
あまりの早すぎる道迷いに被害者Kの不安が止まらない。
自分以外は登山のベテランでやり手ばかりのメンバーだと思っていた彼の心中を察すると実に気の毒だ。
我々は確かにベテランだが、それはただマゾのベテランなだけの話。
下手したら一般の登山者よりも危険なメンバーの集まりだという事を彼は知らない。
正式な登山道に戻ってやっとスタート。
試合開始のゴングとともにいきなり襲いかかってきたキング北岳。
のっけから急登パラダイスで実に荒々しい歓迎セレモニー。
これは「出会って4秒で合体」シリーズなのか?
王は反乱軍にウォーミングアップすら許さなず、いきなりの打ち合いをご所望だ。
そして北岳は悪魔の実「グハグハの実」を食べた能力者だと言う事が判明。
登山口から頂上までの5時間半、一切の妥協無く続く急登直登のグハグハ男道。
ディオ風に言えば「急登急登急登急登急登急登ォォォォッッッッッ!」が5時間半続く。
こいつは実に鬱陶しい。
この先、終わりの無い男道が延々と続いて行くとは露ほども思っていない反乱軍。
休憩させる気ゼロの急登ワンダーランド。
僕は蓄積された疲労のせいで強烈に体が重く、思うように足が動かない。
間違いなく先週の仮想北岳で登った地獄の御嶽山の影響だ。
なんて余計な事をしてしまったんだろうか。
そんな自分が愛しくてたまらない。
そしてハイスピードで登って行く反乱軍の中で、意外な人物が早くも北岳の洗礼を浴びる。
反乱軍一のタフガイ横綱Kがまさかの失速だ。
毎回強烈な勢いで山を駆け抜けていたあのビッグフットがどうしてしまったのか?
いつもは非常にラフな格好で登るスタイルの彼だったがが、今回はついにモンベルで装備一式揃えての参戦。
変に色気付いてしまったせいで彼の野性味が衰えてしまったのか?
今回は「遅れた者は切り捨てる」という鉄の掟を掲げてのタイムアタック登山。
早くも僕と横綱Kの「東西の悪天候横綱」が土俵際に追いつめられた。
さすがは北岳だ。
一方で必死で経験者のB旦那に食らいついてガレ場を登って行く被害者K。
しかし全然違う道だと気付いて引き返すエセ登山者B旦那。
何も知らずに無益なマゾワールドに付き合わされた被害者K。
そろそろ彼も、自分がとんでもない奴らに命を預けていると気がつく頃だろうか?
やがて森林ゾーンを抜けると、
眼前には夢のようなガレガレ急登大セール。
そして見上げた遥か先についに北岳の玉座を捉えた。
もはや見るだけでゲッソリしてしまう光景。
いったいこれからどれだけの急登が待ち構えているのか?
しかし本日は強烈なる大快晴で無風。
やはり先週の御嶽山での「快晴代償の前払い祈祷登山」が功を奏したようだ。
今後もインフルエンザの予防接種のように事前に一度悲惨な目に遭っておくといいかもしれない。
快晴で元気になった(足は痛いけど)僕は、張り切って先頭を進んで行く。
そんな僕に必死で食らいついてハードなトラバースルートを横切る被害者K。
彼はまたしても付いて行く人間を誤った。
後方のB旦那達が、この道の下の方に遥かに歩きやすい道がある事に気付いたのだ。
またしても意図せず勝手にマゾに付き合わされた被害者K。
被害者Kの被害が止まらない。
その後もガレガレ急登を虫の息で攻め上る反乱軍。
途中で会ったおっさんが「そっちのルートはキッツイよぉ」とアドバイスしてくれたが、そんな助言を無視して突き進む反乱軍メンバー。
我々は回り道などしている暇はないのだ。
男塾の行進のようにひたすら直登一直線コースでいち早く王座を奪い取るのだ。
しかしほとんどろくな休憩も取らずに急激に高度を上げていくしんどさと言ったらない。
この頃には僕は「ハッアァッ!あーー、アっあっーー!」と変な喘ぎ声を吐きながらのセクシー登山。
フィニッシュを視聴者に合図する加藤鷹のような壮絶な吐息が漏れまくる。
今後この登山スタイルをカッコ良く「イーグルアタック」とでも名付けようか。
そんな気持ち悪いスタイルで登る変態についに付いて行けなくなった被害者K。
もうこれ以上のマゾ的被害はご免だとばかりに先頭切って突き進む登山初心者。
この頃には誰もが気付き始めていた。
このメンバーの中で一番タフで経験者っぽいのは彼だという事に。
登る前は「付いて行けるか不安です」と語っていた男が今経験者3名を置き去りにして突き進んでいる。
切り捨てられるのは我々かもしれない。
やがて有名なクライミングスポット「バットレス」の岩壁を目の前にする所まで到達。
大迫力の岩壁。
本来の直登ルートはここをよじ登って行くんだが、さすがに我々はそこまで変態ではない。
一方で後方を振り返ると被害者Kが虫に襲われている。
壮大なスケールの岩壁を見た後に見るスケールの小さすぎるプチ被害。
彼も今回の北岳登山を楽しんでくれているようだ。
さらにここで遅れて追いついて来た黒はんぺんSの人相がすっかり変わっていた。
あまりのしんどさに稲中のキャラクターみたいになってしまった黒はんぺんS。
そして横浜や神戸などの「オシャレタウン」に嫉妬する浜松生まれの彼。
疲れすぎたのか、横浜在住の三人に対してうわごとのように「ハマっ子ってのは横浜の人じゃねえ。浜松の人間をハマっ子って言うんだ」と繰り返す。
我々から見たら文句ばっか繰り返すハマコーにしか見えない。
大分彼も壊れて来たようだ。
一方で遅れて追いついて来た横綱K。
何やら暫く見ぬ間に随分と老け込んでしまったようだ。
まるでコミュニティバスに乗り込もうとしている老人のようではないか。
疲れすぎて一周したのか、その表情もすっかり穏やかになっているのが印象的だ。
こうして一旦体勢を整えた反乱軍メンバー。
皆一様に疲労の色が濃く、今回の革命が容易ではない事を再認識。
早くも燃え尽きそうな状態だが、まだここは半分の行程。
そして実はここまではあくまで序章に過ぎず、本当の戦いはここから始まる事になる。
いよいよ王を護衛する親衛隊の精鋭部隊が我々に襲いかかる。
一気に追いつめられる反乱軍。
しかし彼らの情熱はまだ衰えていない。
ただ一人巻き添えを食って無理矢理反乱軍に選抜されてしまった被害者Kの腹の内は計りかねるが。
まあ、きっと楽しんでくれているはずだ。
さあ待ってろ、北岳よ。
親衛隊なぞちょちょいと蹴倒して、今すぐお前を断頭台に送り込んでやるからな。
こうして反乱軍は「エンドレスハシゴフィーバー」へと突入して行った。
北岳王位争奪戦2へ 〜つづく〜
北岳王位争奪戦1〜魅惑のイーグルアタック〜
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MATATABI BASE
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