北岳山中で発見された一体の変死体。
山梨県警の発表によれば、死体の身元はかつて南アルプスの王座に君臨していたこともある岐阜県在住のMさん(36)と判明。
かつて反乱軍の首謀者として革命を成し遂げた男の悲しき末路。
一体彼の身に何が起こったのか?
事件の真相に迫ってみよう。
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長かった王位争奪戦にピリオドが打たれた。
壮絶な急登戦争を制し、見事に「南アルプスの盟主」の称号を手に入れて王となった反乱軍。
しかしあっさりとその王位を北岳に返還した彼らは即座に下山を開始する。
彼らには「最終バスまでに下山する」という新たな戦いが待っているからだ。
そもそも日帰りじゃなければこんな無理をする必要もないんだが、僕は明日の朝8時までには岐阜に帰っていなくてはならない。
お義父さんに頼まれた「神社の掃除」をこなさなくてはならないのだ。
バスに乗り遅れたらとてもじゃないが間に合わない。
僕は王である前に養子。
その責務は全うしなくてはならないのだ。
そして行きに来た道を戻って行く。
それは何を意味するかと言えば、急登で来た道を急降下で下山して行くという事。
もちろんそれは膝への負担がハードに5人に襲いかかる事を意味している。
そして何気に山頂で余計な悪ふざけ(昇竜拳やワンピースなど)をしたせいで、随分と時間が押していた。
そしてその時間が押す原因の一端を担った男。
出来上がりにやたら時間がかかる「さとうのごはん」を昼メシにチョイスしてしまった横綱Kが早くも遅れ出す。
佇まいは毎度威厳に満ちているが、何ぶん本日の彼は絶不調。
たまに元気を出して陽気なポーズをしても黒はんぺんSがかぶって来る始末。
絶不調な時は何をしても裏目なようだ。
かと言ってこの時点でヘロヘロなのは横綱Kに限った事ではない。
下りの一歩一歩が僕の足をじわじわと痛めつける。
一歩足を降ろす度に、女王様の強烈なムチを浴び続けてるようなSM下山。
登山靴の中は「一体何縛りで縛られてるのか?」と思うほどの締め付けで、靴を脱がなくても皮がめくれているのが分かる。
もう小指の付け根などは骨折してるんじゃないのかってくらいに痛い。
そんな限界間近の我々の前には希望のかけらも見いだせない光景。
分かっていた事だが、どうしてもこの現実を受け入れることが出来ない。
正直休憩して足を休ませながら下山したいが、今の我々にそんな時間の余裕はない。
やがて誰ともなくお決まりの言葉を吐き出す。
「いっそパラシュートで降りて行けたら…エレベーターがあれば…滑り台でもいい…バーソロミューくまにポンッってやってもらえたら1万円でも払う….etc…」
一体何度下山時にこの言葉を吐いて来た事か。
しかし毎度突きつけられるのはいつまでも終わらない永遠とも思える苦痛の下山タイム。
間違いなく登りよりもキツい。
そして時間はみるみる過ぎて行き、標準コースタイムをさらに巻いて行かないと最終に間に合わない事態に追い込まれて行く。
まるで逃亡者のように半ダッシュ気味で黙々と下山する男達。
しかし未だにビッグフット横綱Kの動きが鈍い。
甲斐駒ケ岳では俊敏な動きでガスの中に消えて行ったビッグフットだったが、今回はいくらでも撮影可能だ。
一方でその横綱Kに誘惑されてやって来た被害者Kの様子がおかしい。
登りではあれほどパワフルに反乱軍を先導した男がヨロヨロしている。
ついに彼にも「膝の洗礼」を受ける時が来たようだ。
あまりのしんどさに彼は叫んだ。
数時間前の頂上で彼は「最高っス。来て良かったっス。誘ってくれた横綱さんに感謝っス。」と言っていた男とは思えないその一言。
「もういっそ殺してくれぇ!」と。
しかし、そう言いながらも笑顔の被害者K。
いよいよ彼もマゾピニストの片鱗を見せ始めて来たか。
そもそも初登山でこのようなダッシュ下山させられた彼の被害っぷりが気の毒でならない。
おそらく次に通常の登山したとき、彼は「こんな楽なものは登山じゃない」と感じるはずだ。
そして北岳のマゾ体験を追い求めて、一人で山中を彷徨うマゾピニストになるのだ。
我々はとんだモンスターを育成してしまったかもしれない。
その後も満身創痍の男達のアグレッシブ下山が続く。
一つの目安としていた目印のバイオトイレが遠方に見えて来た。(写真ではよくわかんないけど)
あのトイレまで15分で辿り着けなければ本気でヤバい状態。
しかし行けども行けども近づかないトイレ。
我々と同時にトイレも移動してるんじゃないかってくらい全然近づいて行かない。
近づけそうで近づけないという極限状態で続くお預けプレイ。
ボディブローをくらい続けた第86ラウンド目の苦行。
結局目指した時間でのトイレ到達はならず、ついに絶望感が5人を支配する。
しかしここに来て未だに元気な男がただ一人いた。
本日絶好調の男、B旦那だ。
我々は運命を彼に託した。
B旦那に一足先にダッシュ下山してもらい、少しでも最終バスを引き止めていてもらおうという作戦だ。
彼は我々の希望を背負って一人森へ消えて行った。
まるで密書を持って援軍を要請に行く鳥居強右衛門のような勇ましき後ろ姿。(知らない人はWikiってね)
鳥居強右衛門は最終的に磔になって死んでしまったが、我らがB旦那は無事でいられるだろうか?
だからといって切迫した状況に変わりはない。
バスを引き止められたとしてもそう長くは無理だろう。
ここからは限界の先の戦いだ。
各々が自分の現時点での最高速で下山して行く。
一人一人がバラバラで下って行く、まさに己との戦い。
そのうち僕も一人きりになり、フラフラの状態でもその歩みは止めない。
セルフタイマーなんてやってる場合じゃないので手持ちで根性の己撮り。
最初のうちは歯を食いしばって奮闘する僕の姿が映し出されている。
しかし次第に虚ろな表情へと変化して行く。
もはや限界をとうに越え、その意識も飛びかけているようだ。
ついにはこんな事に。
白目むいちゃってる。
もちろんカメラ用に顔を作ってるヤラセ写真だが、実際に撮影していない時に何度かこの顔になっていたからウソではない。
次第に立っているのもやっとの状態になっていく白目男。
もう膝と足が痛すぎて、真っすぐに足を地面に着けない状態。
ゆえに横向きだったり後ろ向きだったり回転しながら着地して下って行く。
あの伝説の「富士六苦フェスの下山ライブ」以来の悲惨な下山状況。
動きはいつものC3-POカクカク状態。
今回はさらにC3-POの中にアホの坂田が入って動いているかのような斬新な下山スタイル。
トレッキングポールを巧みに駆使して倒れそうで倒れない白目のC3-PO。
後方でその姿を発見した被害者Kは後のインタビューでこう振り返る。
「後ろから見てて何故倒れないかが不思議でしたね。器用にポールを使って回転しながら下って行くんですから。しかもスピードは落ちないんです。ええ、間違いないですね。」と。
そんな回転ロボット坂田が白目をむいて下り降りて行く。
酔拳の男が前後左右にデンプシーロールを繰り出しながらの奇跡の下山スタイル。
やがて後方からもダッシュで駆け下りて来る男達。
これは一体何の訓練だ?
登山とは楽しむものじゃないのか?
こんなにもスペクタクルなものだったのか。
やがて目標タイムを大幅に縮めて登山口の広河原まで到達。
B旦那の姿を発見し、間に合った事を知った男はその場に倒れ込んだ。
そのまま男は永遠の眠りについた。
あまりにも壮絶な逃亡劇に幕が降りたのだ。
最終のバスまで30分も時間があるじゃないか。
僕も無事に王大人に復活させられてほっと一息だ。
我々は自分たちの脅威の追い上げ具合の余韻にじっくりと浸っていた。
我々は「やれば出来る子」なんだとしみじみ思った。
そんな我々に広河原山荘のおっちゃんが近づいて来た。
「あんたら何時のバスに乗るつもり?」と。
我々はハニカミながら「いやあ、危なかったですけどね。最終の16時半のバスに乗るつもりですわ。」と。
するとおっちゃんは言う。
「あんたら。それ平日の最終バスの時間やで。今日は土曜日だからもうじき最終バス出ちゃうよ。」
時が止まる自称「やれば出来る子」たち。
なんと土曜日の最終バスまであと10分もないではないか。
まだここは登山口だから、バス停まで大急ぎで行かねばならない。
皆一様に足を引きづりながらバス停を目指す。
毎度の事ながらこの詰めの甘さに悲しさを覚えてしまう。
こうしてなんとかギリギリでバス停に駆け込んだ。
始発のバスでやって来て、見事に最終バスにギリギリで辿り着いた綱渡り登山。
何気に仙丈ヶ岳も甲斐駒ケ岳も北岳も、すべてがギリギリ最終バスという合わせ技。
ある意味これは驚異的な記録なのかもしれない。
ただ単に計画不足の感は否めないが、毎度何とかなっているから何とかなるのだ。
バスが出るわずかな時間で記念撮影。
約一名、後方で亡霊となって写っているのは横綱K。
この場にいた横綱Kが本人だったのか霊体だったのかは今となっては分からない。
こうして長かった南アルプスとの一年戦争が終わった。
北岳は僕の中の「想ひでのサド名山」アルバムのトップを飾る素晴らしい相手だった。
しばらくは近づきたくもないが、忘れた頃にまた来よう。
次はちゃんと一泊二日でね。
北岳王位争奪戦 〜完〜
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〜おまけ〜
戦いを終えた我々は温泉へ行った。
これを見て分かる通り、もはやまともな駐車すら出来ないほどに疲弊している事が分かる。
決して枠には収まらない、王としての威厳が見てとれる。
やがて温泉から上がって嫁に無事に下山した事を電話報告。
お疲れ様でしたという甘い言葉を期待した僕に彼女は言う。
「明日の神社ちゃんとやってよ。所詮遊びなんだから、疲れたとかそう言う理由でうだうだやるのは許さんでね。明日は奴隷のように働きな。」と。
数時間前まで南アルプスの王だった男の、まさかの奴隷陥落。
あれ程苦労して革命を成し遂げた男が、たった一本の電話であっさりと逆革命されてしまった。
北岳なんて目じゃない一撃だった。
こうして僕は一人、再び長い長い帰路についた。
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翌日。
午前8時、神社。
そこには清掃前にも関わらず、早くも疲れきった男の姿があった。
そして掃除と聞いていたのにのぼりや提灯などの祭りの準備。
しかも誰も何も教えてくれないし、勝手に物事が進行して行くからただ呆然と立ち尽くす男。
結局その辺に落ちている松ぽっくりを少しづつ拾い集めては焚き火に投入するだけの惨めな役。
その作業だけでもフラフラとよろめきながらの必死の作業。
そのまま知らない人たち同士の立ち話が始まり、全く着いて行けない男。
長い時間黙々と落ち葉を拾い続ける男。
やがて最後に「お〜い、お茶」を貰って神社任務終了。
僕がいなくてはいけない意味を見いだす事が最後まで出来なかったが、とりあえずこれで「北岳登山完遂」の瞬間だ。
こうして男は再び歩き出した。
再び王位に返り咲く為に突き進むのみ。
また一人の奴隷からのスタートです。
北岳王位争奪戦4〜白目のデンプシーロール〜
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MATATABI BASE
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先輩!北岳日帰りピストンお疲れ様でした!!
いや~、ジェームス・キャメロン総指揮かと思うほどハラハラ・ドキドキ・ケラケラの全4話でした!
先輩の白目がイーグルFinish!寸前でしたね(笑)
やっぱり南アルプスは雄大ですね~!
僕も先日「赤石&悪沢岳」に行ってきたんですが、山の大きさに「震えるぞハート!刻むぞ、波紋のビート!」って感じでした(笑)
山もすっかり冬支度、雪山もやる先輩にとっては、また楽しみな季節の到来ですね!ウラヤマシー。
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今回は参加メンバーも野郎ばっかなので、下ネタ・ジャンプネタのオンパレードでしたね。
我ながら酷い作品に仕上がりました。
そして忙しかったとはいえ、イーグルFinishを思いつかなかった自分を恥じてます。
そこでそれを出せたら最高の伏線だったんですが惜しい事をしました。
で、赤石&悪沢岳ですか。
生き急いでますねえ。いいですねえ。
もう我々は山の輪廻の中を回り続けるしかないようですね。
そして南アルプスは誰しもが波紋のビートをふるわせて、富樫&虎丸並みの根性が身に付く場所ですね。
北アルプスに比べて玄人好みだってのもよくわかりましたよ。
是非、北岳行ってみてくださいな。
ただただ笑けます。
この勢いならアツシさんも雪山デビュー行くんじゃないすか。
是非一緒に行きましょうよ。
雪山は一人だと怖いんですよね。って誘ったら嫁さんに怒られますね。