下界に近づくにつれ次第に精神バランスが崩れて行くご一行。
前回はついに少林寺奥義「水上槍ヶ岳」を炸裂させてただの露出狂野郎と化した男もいた。
それほどまでに追いつめられた厳しい下山が続いている。
目下の目的は徳沢まで行ってテント泊。
そして翌朝に上高地まで下山して帰るんだ。
さっさとこの北アルプスを脱出するのだ。
有給使ってまで望んでここに来ているが、もはや脱出しか頭には無い状態。
しかし、彼らはもう逃げ疲れた逃亡者。
この苦しい長行軍から解放されるのならもういっそ自首したいと誰ともなく呟く。
しかしそこはお互い励まし合いながらも下山は続いていく。
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少林寺修行の泉にて水上の槍ヶ岳を堪能した我々は、再び下山を開始した。
だいぶ体力は回復したが、次第にこの二人に異常が起こり始める。
よく見ると、彼らの胸のカラータイマーが点滅していたのを僕は見逃さなかった。
実はここまでストイックな逃亡劇が続いた事もあり、我々の頭の中は次第に煩悩に支配されていた。
誰ともなく「肉が食いたい」「ビール飲みたい」「風呂に入りたい」などの俗な欲望が沸々と湧いて来る時間帯。
中でもバターNとB旦那の「ニコチン欠乏症」の症状が厳しい局面に達していた。
愛煙家の彼らは途中でタバコを切らし、以来長時間ノースモーキング状態が続いている。
かつてはヘビースモーカーだった僕には彼らの苦しみが痛いほどわかった。
彼らがタバコを吸っている他の登山者を見る目つきは、もはや襲いかかる直前のストーカーのような目つきになっていて戦慄が走ったほどだ。
急いで下山しないと、彼らは理性を失って人を襲いかねない。
そんなスモーカーストーカーズの二人の横で、カクカクとロボットダンスをする男。
いよいよ僕の持病三兄弟がタンゴの調べからハードメタルへと転調。
痛みは益々酷くなり、とにかく色んな事が危険な状態だ。
とにかく急いで下界に辿り着く事が重要だ。
みんなほぼ無言での汗だくダンシングが続く。
すっかり疲弊して笑顔が無くなってしまったB女房。
しかし何度も言うが彼女にとっては明日のカヌーがメイン。
この時点でもあくまで「ついでの寄り道」の状態。
ストーカーやC3-POになってしまった悲壮感たっぷりの男たちをよそに、彼女は川を目指して黙々と突き進むのみだ。
やがてひたすら下り続けて、やっと横尾山荘にたどり着いた。
かつて登山をする前の僕は、上高地からここまでトレッキングして「ああ、この先にあるのは本物の登山者の世界だな」と感慨深く思ったものだ。(参考記事)
その数年後に、まさか僕が槍ヶ岳から下山してこの横尾に辿り着こうとは。
しかも軽快にロボットダンスを踊りながら。
しかし、感慨に耽る僕をよそにうなだれるスモーカーストーカーズの二人。
横尾まで来ればタバコが売っていると期待していた男たちを見事に裏切った横尾山荘。
ついに禁断症状が始まり、彼らの平常心が奪われて行く。
今ここでタバコを吸っている奴がいたら、間違いなくそいつは命を落としていた事だろう。
ほぼ廃人と化してしまった二人を励まし、さらに我々は進んで行く。
ここからはアップダウンも無い爽やかウォーキング道。
しかし廃人となった二人には、その爽やかを愉しむだけの理性はすでに失っていた。
僕とB女房も全く景色に目がいかない。
二人の会話のメインテーマは「徳沢に着いたら何を食べるか」に絞られていた。
しばらくまともなメシを食っていない。
しかも本来2泊は予定外だったから、我々の食料は底をついている。
だからどんなに高くても山荘の食事を食べる事になる。
とにかく今の我々には「肉を食らう」というテーマが最重要課題だった。
爽やかな徳沢までの道のりを「タバコタバコ…」「カツカレーカツカレー…」と呪文を唱えながらの行軍。
こうして煩悩にまみれた4人はほうほうの体で、本日の目的地「徳沢」に到達した。
早速目に入ったのは、食堂に並べられていた美味そうな肉料理の数々。
よだれが滝のように流れ落ちそうなのをこらえながら受付へ。
受付の人がにこやかに我々を出迎えて言った。
「本日分の食堂の受付は先ほど終わりました。売店にパンとおつまみならございます。」
僕は溢れ出た殺意を抑えるのに精一杯だった。
さらに受付は絶望のデザートを添える事を忘れない。
「こちはではタバコは取り扱っておりません。」
この場にスモーカーストーカーズがいなかったのが唯一の救いだ。
彼らがこの場にいたら、辺り一面血の海になっていただろう。
肉も無ければタバコもないという現実。
結局僕は晩飯用にジャムパンと柿の種を買った。
ここにビールを加えれば、まるで日雇い労働者の晩餐のようなメニューだ。
かろうじて流血の大惨事を免れたのは、この先にある徳沢ロッジで風呂に入れるって情報があったからだ。
徳沢のテント場も人で溢れ返り、中学生どもの奇声が非常に騒々しい。
テントを張って、徳沢ロッジへ入浴へ。
そこで僕は火照った体を瞬間冷却しようと、水が出ていると思われた浴槽の蛇口に手を付けたら大熱湯。
そして軽く腕に火傷を負うという微笑ましい一コマもあった。
久しぶりの風呂でサッパリしたところで、受付の売店で世紀の大発見。
なんと「どん兵衛」が売っているではないか。
もはや肉とはほど遠い食品だったが、それでも我々は歓喜に包まれた。
今の僕らはどんな些細な文明すら涙を流して感謝するほどまでに成長していた。
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翌日早朝。三日目の朝。
まずは僕が今回から導入したこちらの商品を見てもらいたい。
このスタッフバッグは、奇麗な着替えを「BEFORE」に入れておき、使用済みの汚れた衣類を「AFTER」に入れるというもの。
中の仕切りが動くのでいちいち使用前のものと使用済みのものを分ける必要が無いという優れものアイテムだ。
しかし本日は予期していなかった「三日目」。
まさかの「AFTER」からの再出動。
役目を終えたはずの初日のくっさいパンツやTシャツを履いての清々しい出発の朝となった。
B女房に至っては寝間着のジャージでの出発となり、コンビニにでも買い出しに出かけるかのようなラフっぷり。
ラン○ネとかに載ってるようなカラフルな格好の女は真の山ガールではない。
彼女は本格登山二発目にして早くも本物の山ガールになったようだ。
徳沢から上高地まではおよそ2時間の距離。
実に清々しいゴールまでの道のりだ。
しかし清々しいと言っているのは僕とB女房だけで、約二名がグッタリとうなだれながら歩いている。
完全にニコチンハンターと化してしまったFWツートップ。
バターNとB旦那の「スモーカーストーカーストライカーズ」のお二人だ。
彼らに取ってのゴールネットは上高地ではなくあくまでもタバコ。
もし今路上に一本のタバコが落ちていたら、彼らは平気でお互いで殺し合いをするだろう。
奴らの限界が近い。
そんな中、中間地点の明神館に到達。
一番最初に到達した僕は、中の売店にキラリと光り輝く7つの星を確認した。
セブンスターだ。
僕は大急ぎで後方でゾンビのようにふらついていたバターNに報告。
「タバコ、売ってるよ!」
僕はこの時のバターNの笑顔を生涯忘れる事は無いだろう。
タバコ税増税だなどと息巻いている国会に、この時の彼の笑顔の写真をバラまけば減税間違い無しだ。
同時にJTの人にも見せてあげればすごく励みになった事だろう。
そして餓鬼のように売店に駆け込んでタバコを買った直後のバターNがこれ。
ちなみに初日の高山病時のバターNの表情がこれだった。
人はこれほどまでに変われるものなのか?
誰もがこれを見て思うだろう。
最初から登らなきゃいいのに…と。
そしてB旦那も追いつき、愉悦に満ちたツートップの姿が捉えられた。
ついに彼らはゴールを決めたのだ。
この場所こそが彼らにとって「頂上」だったのかもしれない。
その表情は達成感に満ち満ちている。
息を吹き返したバターNが別人のように軽やかに進んで行く。
明神まで息をひそめていた笑顔が全開だ。
すれ違う人全てに「オハヨウゴザイマス!」と元気いっぱいに挨拶をする姿はほとんど島崎三歩だ。
タバコって奴は体に悪いけどこうして人を元気にもするんだよね。
それとも実は間に合わずにすでに精神が壊れてしまったのかもしれないが。
そして上高地までの最後のヴィクトリーロードを噛み締めながら歩いて行く。
いよいよこの長かった、いや長過ぎた槍ヶ岳登山が幕を閉じようとしている。
ついにゴールのカッパ橋の姿を捉えた。
最後は皆で一緒にカッパ橋を目指す。
橋の中間に着くまで振り向いちゃダメだぞと言いながら。
我々は振り返る事無く静かにカッパ橋の中央に立った。
そしてせーのでゆっくりと振り返る。
そこにはズバンと穂高岳の姿が広がっていた。
ついにゴールだ。
長かった。実に長かった。
振り返ってみれば、腸内にバリウムを仕込む所から始まったこの旅。
ドラクエパーティーとして灼熱のダンジョンに入って熱中時代を満喫。
ついには暑さでやられて白雪姫を抱き食糞族に成り下がった。
壮絶な槍との頂上対決では僕の高所恐怖症の自信は確信へと変わった。
そして逃亡下山で頭をやられたバターNの少林寺奥義の突然のお披露目。
最後は肉とタバコの欲望にまみれながら彷徨った4体のゾンビ。
そんな戦いも全てここで終わったのだ。
他の人には見えていなかっただろうが、僕にははっきりと見えていた。
梓川から感動のエンドロールが上って行ったのを。
我々の感動の映画「槍と僕らの3日間戦争」が幕を閉じた。
最後に試写会会場に集まってくれた皆さんと出演者で、映画ヒット祈願の記念撮影。
ここでサプライズゲストも登場。
名優槍ヶ岳さんも駆けつけてくれました。
プライベートではソフトな方なんですね。
そして僕らはバスで新穂高まで帰って行きました。
あとは温泉にでもつかって帰るだけだ。
疲れました。
槍ヶ岳 〜完〜
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我々がそのまま帰るわけはない。
登山後に温泉に浸かって帰るのはシニアのやる事だ。
我々のようなアクティブマゾは温泉ではなく「川に浸かって帰る」のが基本だ。
次なるステージは、その足で万水川カヌーへ。
槍の穂先も乾かぬうちに繰り広げられた、槍ヶ岳から万水川への通称「槍万(ヤリマン)ツアー」。
遊びに貪欲な彼らの蛮行に終わりはないのだ。
万水川カヌーへ 〜つづく〜
槍ヶ岳6〜煩悩まみれの最終章〜
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MATATABI BASE
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いやぁ、笑えた!
BNニコチン切れのバカちんぶり。
オアシスに肉なしの落胆ぶり。
略すと、絶望的地獄かな。
椎名誠が、砂漠を放浪したあと、ようやくたどり着いたオアシスで、
カツ丼・生ビール・全裸の美女
のどれに飛びつくか?
って書いてて、まさにそんな状況だったみたいですね。
徳沢に全裸の美女がいたとしても、たぶんだれも飛びつかなかっただろうね。
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僕も昔かなりタバコ吸っていたから、痛いほど彼らの気持ちがわかります。
ユーコン下ってる時も酒とタバコが切れて死ぬかと思いました。
リトルサーモンまで行けば売ってると思ったらほとんど廃墟だし。
それだけにカーマックスのピエロ売店のハンバーガーの肉がうまかった事。
椎名さんの本では必ず出て来る究極の選択ですね。
大概全裸なのは秋吉久美子なんですよね。
それでももし徳沢に全裸の鈴木京香がいたら、僕は迷わず鈴木京香に抱きつきます。
肉はいつでも食えるけど、さすがに全裸の美女はそうそう出会えないですからね。
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先輩のブログ最高です!
思わず吹いちゃうんで、仕事中に見れないんですよね(笑)
最後まで壮絶な殴り合いの死闘でしたね!!(笑)
10Rから、まさかのニコチンブロー。ご両人、かなり足にきてましたね(笑)
バターNさんのBefore→Afterフェイス!最高でした!!
週刊誌にある『幸運のブレスを身につけたらこんなにも人生が楽しくなりました!』的な( *´pq`)
もし今度ご一緒する機会があれば、タバコを用意しておいて、切れた頃に法外な値段で取引させていただこうかな(笑)ボクハスワナイノデww
まさかの3日目After着…吹きました(爆)
B女房さんのジャージ姿に萌えました(笑)
にしても、本当に天気に恵まれて最高の槍制覇でしたね!
この後、まだカヌーで遊ぶって!!底なしの体力に脱帽です。
ブログも含めて、お疲れ様でした!
P.S.明日『南アルプスの貴公子』へ挑戦状を叩きつけに行ってきます!
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いやあ、最後まで読んでくれてありがとう。
ここまで書いといてなんだけど、人に読ませる用と言うか自分が笑える用に書いてるから、多分よくわからない例えとか沢山出て来たと思うよ。
やってる本人たちは必死なんだけどね。
やっぱり3000mクラスの山となると、壮絶度合いも壮大だよね。
全3話くらいの予定が6話まで伸びてまったでね。
幸運のブレスはうまい事言ったな。今度使おう。
タバコを法外な値段で売る事は僕もB女房も即座に思いつきました。
多分同じような人間が多数北アルプス内に存在するから、タバコやビールなどの欲望商品を担いで登れば一儲けできるぞ。でもそんなん担いで登ったら死ぬけどね。
もうあれだけ晴れた槍ヶ岳登ったから、ほんと当分は槍ヶ岳はお腹いっぱいだ。
しばらくは安全な低山でのんびりしたいよ。
そして南アルプスの貴公子に挑戦かい?
人の事は言えないが、生き急いでるねえ。いいねえ。
ちなみに今現在「南アルプスの貴公子」の称号は私のものですのでご注意を。(甲斐駒ケ岳参照)
でももう一度奴を叩きのめして頂上に城西の旗をぶっ刺してきておくれ。
あくまでも帰りのバスに間に合うようにね。