槍ヶ岳/長野

槍ヶ岳5〜水上の槍と男塾〜

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雪渓の荒野をフラフラと彷徨う男がいる。

今にも力尽きそうなこの男。

天を仰ぎ、その表情は苦悶に満ちている。

灼熱の太陽が男を照らし続け、今まさにじりじりと焼尽そうとしているのか。



我々は再び灼熱のダンスステージへと降りて来た。

出発前の予定を変更して、登りの飛騨沢ルートとは逆の上高地へ抜ける槍沢ルート。

このルートをチョイスしたのは、池に逆さ槍ヶ岳が写るという「天狗原」に行くためだ。

その美しき絶景を求めて、苦悶絶句の長行軍が始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


前回槍ヶ岳との壮絶な死闘の末、息を引き取った男。

しかし何とか息を吹き返した男は、再び殺生ヒュッテまで降りて来た。


ポツンとある二つのテントが我々のテン泊地。

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改めて抜群のロケーションでのテント泊だったな。

槍ヶ岳山荘の狭いテント場の事を考えると、こっちの方で正解だったようだ。


さて、下山についてのパーティー会議。

本来は南岳まで縦走して、行きに来た飛騨沢ルートを下って行く予定だった。

しかしもはやパーティー全員が瀕死の状態だという事で縦走は満場一致で却下。

そしてまたあの長い長い飛騨沢ルートを下って行く気力もさらさらない。

いっそ逆側の槍沢ルートで下って途中でテン泊して、翌日に上高地から新穂高までバスで帰る事に。

一泊二日の予定が見事に二泊三日になってしまったが、誰一人異議を唱える者はいなかった。



そして気合いを入れ直し、我々は下山を開始した。

戦友槍ヶ岳も強烈な快晴の笑顔で僕を見送ってくれた。

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さらば槍ヶ岳よ。

ひょっとしたら、もう二度と君には登らないかもしれない。

だってあなたやっぱり怖いもの。

また20数年後に、恐怖の記憶が薄まってから戦おうじゃないか。



本日も大快晴で突き抜けるような群青の空を堪能しながらの下山だ。

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しかしこの空が何を意味しているか、我々は痛いほど知っていた。

誰も口にしないが、これから標高が下がるにつれ恐怖の灼熱地獄が始まる事を誰もが噛み締めていた。


そしてやはり進んでも進んでも変わらない景色に、本日も長期戦となる事を覚悟。

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随分前に「さらば槍ヶ岳」と感慨深く呟いたものの、いつまでたっても振り向けば槍ヶ岳。

会社の上司に「お疲れ様でした」と言ったあと、駅のホームでまた上司にばったり会うかのような気まずさ。

格好良く「あばよ」と言った手前、妙に恥ずかしい。



そして突然ズッコケる男。

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決して誰かが「ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃー」と言ったわけではない。

少しでも楽して下山しようと雪渓を得意のシリセードでの滑降を試みているのだ。

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それでもせいぜい進んで2m。

明らかに余計な体力だけが消耗されて行く。



もう随分降りて来たぞ。

徐々に太陽の照りつけも厳しくなって来た。

それでもいつだって「振り返れば奴がいる」。

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もういいよ。

別れが惜しいのはよく分かったが、気分がへこむからそろそろ消えてくれないか。

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ただただひたすらに槍の追撃を振り払おうと掛け下って行くご一行。

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サラッと書いているが、実に長く暑く辛い行軍が続いた。

そしてついに槍ヶ岳を振り切る事に成功し、その後もさらに下って行く。



実はとある分岐点で、我々は荷物を置いて大トラバースを開始。

大きな雪渓を果敢に横切って行く。

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残り少ない貴重な体力を消耗してまで彼らが目指したもの。

それは天狗原という場所にある池。


その池の場所からは「最も美しく槍ヶ岳が見られる絶景」が展開されていると言う。

池に槍ヶ岳が映り込み、雲上の別天地と呼ばれる楽園があるらしいのだ。

実は結構行くかどうか迷ったが「せっかく来たんだし」の法則によって我々は突き進む。

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なんとかこの大雪渓を無事にトラバースする事に成功した所で休憩。

疲労感は否めないが、絶景の為なら無駄な大回りも苦にならないぜ。


すると天狗原方向から下山して来たおっさんが言った。

「池に行っても残雪で池が覆われてて何も写ってないよ」と。

幻の絶景は、辿り着く前に幻のまま終わったようだ。


絵に書いたような「徒労」。

体力以上に気力を激しく奪われた我々は再び元来た道を戻って行く。

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一体何をやっていたんだろう。

僕らの貴重な時間と体力を返していただきたい。



早くも本日のメインイベントが大空振りで終わり、失意の中さらなる下山が続く。

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このあたりまで来ると、しだいに太陽が本気を出し始めて来る。

滝のような汗が滴り落ち、徐々に僕は中年特有の酸っぱい匂いに包まれて行く。


風が無いもんだから汗は中々乾かず、たちまち全身が嫌なウェッティ感に支配されて行く。

パンツもビショビショで多少の失禁ならカバーできそうなほどだ。


水場があれば我先にと争って水行を始める。

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気分はジャングルを彷徨う日本兵だ。

だんだん登山といより、何かから「逃亡」している気分になって来た。


わざわざ有給使ってまでやって来て、この楽しそうな男達の表情。

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実はこの辺りから僕とB旦那の足の裏は火傷したような痛みに襲われている。

親指の外側と足裏の土手の部分が靴擦れを起こし、一歩一歩に痛みが走るというお得意のマゾプレイ。

まさにドラクエで呪いの靴を装備してしまったかのような状態だ。

今ルーラを唱えてゴールまで飛ばしてくれる奴がいたら、僕らは1万ゴールドでも惜しみなく支払った事だろう。


その後も上から灼熱、下から火傷の状態をキープしながらの下山が続く。

そしていよいよ僕の足裏、膝、腰の「持病三兄弟」が陽気なタンゴを歌い出した。

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そのリズムにつられて陽気に踊りだすマゾ。

その後ろ姿からも彼の喜びの歌声が聞こえて来そうでは無いか。


限界が近い。

そろそろ僕のHPが完全に0になってゲームオーバーの時が近づいて来ている。

しかし「槍沢ロッヂ」に到達した僕は、ついに最強のアイテムを手中に収めた。

HPを全快にしてくれるという伝説のアイテム「世界樹のしずく」を手に入れたのだ。

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まさかあの「世界樹のしずく」が普通に500円で売っているとは。

やはり世界樹のしずくはアサヒ製に限る。

頑張って冒険して来た甲斐があったってもんだ。



HPを回復させ、さらに我々は下山して行く。

次はこの火照りまくった体の暑さをどうにかしたい。

すると我々の前に「回復の泉」が現れ、僕は早速火傷状態の足裏の回復を図る。

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雪解け直後の信じられない冷たさで10秒とつけてられない。

熱々と冷え冷えを交互に繰り返す少林寺の修行のような風景。

これで僕は鉄の足を手に入れたはずだ。


しかしさらなる少林寺野郎が信じられない修行風景を見せつけて来た。

天然マゾ野郎バターNによる奥義「全裸低体温症寸前遊戯」が炸裂した。

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事前にこの水のありえない冷たさを体感した僕から見たら、完全なる自殺行為。

ついにバターNの脳内バターが暑さで溶け出し、彼は狂人になってしまったのだ。


彼の暑さ故の蛮行に歯止めがかからない。

彼は突然寝そべってエビぞりになって頭を洗い出した。

ついに究極の少林寺奥義「水上槍ヶ岳」がその全貌を現した。

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他人の女房の前で惜しげも無く披露された見事な槍ヶ岳。

この絵だけ見たらただの変態だが、彼は我々に奇跡を見せてくれたのだ。

あの天狗原で幻に終わった「水上の槍ヶ岳」を、幻から現実へと美しく昇華してくれたのだ。

もはやこれは芸術作品。

今度僕は、中日新聞の写真投稿に「先っちょ!男塾」というタイトルで応募しようと思っている。



さあこれである程度体力は回復したが、若干精神的な破綻を来し始めているご一行。

いよいよこの狂人と化した一行の逃亡生活が次回終焉の時を迎える。



というか忙しすぎて全く話が進んで行かないぞ。

もう8月も終盤突入じゃないか。

思いのほかな長編になってしまった。


終わってからも中々手強いな、槍ヶ岳よ。



槍ヶ岳6へ 〜つづく〜



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コメント

    • アツシ
    • 2012年 8月 20日

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    8月でこんなに雪が残ってるんですね!
    一見、涼しそうですが照り返しもキツそ~(;゚;д;゚;)

    バターNさんの奥義を繰り出した時のあの顔(爆)最高っす(ノ∀`)
    「旅の途上」史上、最高の笑顔じゃないですか!?ww
    来年の北アルプス観光協会のポスター写真はこれで決まりっすね!(笑)

    B奥様も嬉しそう♡

    先輩の槍に対する急激な冷め様にも笑えました(ノ皿`)σ

    • yukon780
    • 2012年 8月 20日

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    残雪はオアシスでしたね。
    見つけては頭から雪を被り、帽子の中に雪を入れ、雪をタオルで巻いて首にかけて猛暑を凌ぎました。
    もはやレジャーを通り越してるね。

    バターNもまさかこのようにブログに書かれているとは夢にも思ってないでしょうね。
    いや、彼は結構まじめな男なんですよ。
    このブログだけ読んでる人が見たら一番の変態に見えるけど。

    確かにあれは最高の笑顔でしたねえ。
    でもこれを観光ポスターにしたら、北アルプスが新宿二丁目の人だらけになってしまいます。
    しかしあの冷たい水に入った後にあれだけ見事な槍ヶ岳を炸裂させる辺り、彼の底力を感じずにはいられませんね。

    そして槍への冷めっぷりは僕だけじゃないですよ。
    いつまでたっても追いかけて来るもんだから進んでる気がしないんです。
    さすがに誰もがお腹いっぱいでした。

    そして今回でも書ききることが出来ませんでした。
    いい加減次の記事が書きたいけど槍ヶ岳がそうもさせてくれないようです。
    まだ彼は追いかけて来ているみたいです。
    次回はさすがに最終回でございます。

    • daiju ariki
    • 2012年 8月 21日

    SECRET: 0
    PASS: e855c2d28f53913df4100deabfa154e3
    壮絶な槍行軍、楽しく拝見しました。

    熱中極暑多汗下山で伸びきったN槍も、
    雪解極冷水流飛び込みで、見事な復活ハングオーバー!!でしたね(笑)

    • yukon780
    • 2012年 8月 21日

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    いやあ、全くお恥ずかしい醜態を晒しながらの登山になってます。
    こんなんじゃ6000mクラスの山は危なっかしすぎてまだまだ登れませんね。

    溶けかけていた槍バターも大復活するほどの冷たさでした。
    さすがに全身で川に入って行ったのを見た時は「あ、死んだ」と思いましたね。

    さすがの天然マゾです。

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