華々しい入場行進が終わり、颯爽とロープを乗り越えリングに立つ「待ちぼうけの貴公子」。
スポットライトがリング上の男と5人の仲間に降り注ぐ。
赤コーナーにはチャンピオン「南アルプスの貴公子」甲斐駒ケ岳が悠然と我々を見下ろしていた。
いよいよ貴公子争奪戦のゴングが鳴る。
まるでTBSのボクシング中継なみに中々始まらない本戦だったが、やっとメインイベントの甲斐駒ケ岳が登場です。
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駒津峰を制した我々は、甲斐駒ケ岳に向けて再度高度を下げていく。
もうこの時点からただならぬ急斜面と岩場がお出迎えだ。
激しい岩場のアップダウンが続き、今後の戦いに向けての覚悟が問われ始めたようだ。
いよいよ貴公子タイトルマッチのゴングが鳴らされ、甲斐駒ケ岳との試合が開始されたのだ。
まずはお互いの様子を伺う静かな立ち上がり。
しかし早くも甲斐駒ケ岳が仕掛けて来た。
我々は真っ白な世界へと引きずり込まれて、冷たい強風に晒された。
第1ラウンドから執拗に開始されたチャンピオンのボディブロー。
鋭角に突き刺さるそのパンチで、我々の体力の削ぎ落しを狙っているようだ。
狡猾なチャンピオンの攻撃に、早くも防戦一方だ。
そこを見逃さずに、一気に我々を奈落の底に落とそうとして来る甲斐駒ケ岳。
一歩踏み外せば命を絶たれていた。
しかし見事にやり過ごす事に成功し、手応えを得たB女房の2ラウンドKO宣言が飛び出した。
さあ反撃はここからだ。
我々は勇気を持ってハードパンチャーの甲斐駒ケ岳の懐深くに潜り込んでいく。
命がけの降下作戦が成功し、見上げると甲斐駒ケ岳が雲の中にそびえ立っていた。
ここを登っていくのか?
チャンピオンの迫力に臆してしまいそうだが、気を引き締めて突き進む。
やがて「六方石」と呼ばれる奇岩で我々を脅しにかかって来るチャンピオン。
しかし我がチームにはそんな脅しに屈しない頼もしい仲間がいる。
サディスティックガールの女優Eが嬉々としてそんな脅しを払いのけ、見事に奇岩を踏みにじる事に成功。
頂上に近づくにつれ勢いを増していく女優Eのパンチが、見事にチャンピオンに突き刺さった。
若干グラついたチャンピオンだったが、まだまだ微動だにせず悠然と立ちふさがる。
たまらずB女房と女優Eがお色気クランチで体勢を整える。
これにはさすがに甲斐駒ケ岳も動揺を隠せない。
そこを見逃さず、すかさず僕も必死のクランチで岩場に食らいつこうとする。
しかし見事にカウンターを食らってしまい、苦悶の表情を浮かべる男。
甲斐駒ケ岳は男のクランチには非常にキビシい。
その後もひたすらに激しい岩場ジャブの嵐。
ここで道は二手に分かれる。
大きく回り込んでアウトボクシングで攻めるコースと、直登ノーガードボクシングのコースだ。
もちろん我々が選んだ作戦はこちら。
我々はガードを下げて打ち合いの道を選んだ。
ここから先は肉弾戦。
弱気になった方が負けだ。
たとえ岩に挟まっても笑顔で効いてないとアピールしないと奴につけ込まれるぞ。
それにしてもB女房は山デビュー戦に随分と過酷な相手を選んだものだ。
試合中盤にしての激しい乱打戦は続く。
我々もそうだが、大分相手も足が動かなくなって来たか。
そう思いふと見上げれば、まだまだ頂上は雲の中だ。
さすがはチャンピオン。
そう易々とダウンは奪えそうにない。
そんな折、ついに我々の中にダウン寸前の男が確認された。
明らかに約1名、元気がない人間がいる。
これほど陽気な人々に囲まれながらも、うつむいて朦朧と歩く男はバターNだ。
ミスター高山病がいよいよその本領を発揮し始めたのだ。
ついに岩と会話を始める危険な状態のバターN。
これを見たセコンドがタオルを投入をするかどうかという重要な局面となった。
レフェリーもいよいよレフェリーストップかと様子をうかがい出す。
しかしバターNは「大丈夫、まだやれます」と大丈夫じゃない顔でファイティングポーズをとる。
何とか試合は続行された。
そんな疲弊しきったバターNを見て俄然元気になっていく女が一人。
もちろんサディスティック心が刺激された女優Eだ。
岩と会話を始めたバターNを置き去りにし、あえて難コースからのクライミングを繰り返す。
かなり辛そうなコースだったが、ねじ伏せる事に成功した女優Eは愉悦の表情だ。
これにはチャンピオンもたじたじだ。
今にも「おう、そこ動くなこの豚山!」という声が聞こえて来そうではないか。
なんて頼もしいんだろう。
普段はドS嫁から罵倒されて恥辱にまみれる僕だが、サディスティックな人が味方にいるとこんなにも頼もしいものなのか。
そんな女優Eに勇気を貰ったマゾ軍団が必死で後を追う。
そんな我々をさらに先で先導するのはタフガイ横綱Kさんだ。
もはや風景に同化し始めている。
そもそもあれは本当に横綱Kさんなのか?
もしや幻のビッグフットではなかろうか?
急いで確認しようと近づいていったが、彼は逃げるように霧深い山中に消えていった。
というかいよいよ天候が酷くなって来た。
振り返ってもみんなの姿がかろうじてしか見えないほどに深い雲の中の世界だ。
試合終盤でついにチャンピオンも全力で我々を倒しにかかって来たようだ。
同時に凄まじい突風が吹き荒れる。
グリーンのラインを読んでいる女子ゴルファーに見えるが、これは風が強すぎて立っていられないという姿だ。
後方を見れば凄惨な事故映像のような光景が。
突風に負けじと助け合う夫婦とすっかり座り込んでしまったバターの姿。
あまりにも強烈なる甲斐駒ケ岳の最終ラッシュ攻撃。
もはや我々は打たれるがままでガードを下げる事も出来ない。
正直僕の心もこの時折れかかっており、脳裏に「撤退」の文字がよぎり始める。
チャンピオンの猛烈なラッシュに観客達もララパルーザ状態。
いよいよ試合終了のゴングが鳴らされそうな雰囲気になって来た。
しかしそれでもよろけながらもパンチを打ち返す6人。
そんな姿に観客達から拍手と声援が送られる。
諦めたらそこで試合終了ですね、安西先生。
ボロボロになっていく戦士達。
突風にひたすら耐えるB旦那。
苦痛に顔を歪めるバターNと、タフすぎてアラレちゃん化してしまったビッグフット。
そして苦しみにまみれるメンバーを見てニヤリとする女優E。
それぞれの熱い想いが交錯する最終ラウンド。
やがてついに我々はチャンピオンのアゴ先を捉えた。
後はあの頂上めがけて強烈な右を打ち込むのみ。
そして渾身の力を込めた右ストレートが甲斐駒ケ岳に突き刺さった。
南アルプスの貴公子がついにダウンだ。
レフェリーによるカウントが始まる。
1.2.3.4.5.6.7…
10!
カンカンカンカンカン。
高らかに試合終了のゴングが鳴り響いた。
ついに新チャンピオン誕生の瞬間だ。
ここに新たな貴公子が誕生した。
今後は僕が「南アルプスの貴公子」と名乗らせて頂こう。
悪く思うなよ、甲斐駒ケ岳。
いつでもお前の挑戦を受けて立ってやるぞ。
しかし早くもそんな我々の元に新たな敵の影が迫って来ていた。
以前仙丈ヶ岳でも戦った相手。
その名も「最終バスの時間」だ。
戦いは下山するまで終わらないのだ。
ーつづくー
甲斐駒ケ岳3〜貴公子タイトルマッチ〜
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MATATABI BASE
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