屋久島横断野郎/鹿児島

屋久島横断野郎〜エピローグ〜

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屋久島にいたはずの男が、なぜか霧島連山の韓国岳を見上げている。


放浪病の男は、夢遊病患者のように気づいた時には別の場所にいる事が多い。

この日も「ハッ」と気づいた時には、屋久島の遥か北方200キロのえびの高原に立っていた。



長かった屋久島横断と屋久島一周の旅が終わり、本来ならばさっさと帰れば良い話だ。

しかしわずかでも時間があるのなら、彷徨えるだけ彷徨っておきたい。

最終日の朝から鹿児島空港の夕方の便に間に合うまでどれだけ放浪できるのか?

ふとそんな挑戦をしてみたくなった。


そんな鹿児島道中を軽く振り返ってみよう。

家に帰るまでが旅なんです。


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予定では昼過ぎまで屋久島でのんびりして、あとは鹿児島空港まで移動して帰るつもりだった。

しかし昨晩あれ程痛飲してしまったにも拘らず、すごく早朝に目覚めてしまった僕。

起きて時計を見た時に僕が発した第一声は「あ、まだ遊べるじゃない」だった。



気づいた時には、早朝便の船に乗って屋久島を離れていた。

2時間ほど波に揺られ鹿児島港に到着し、鹿児島中央駅へ移動。

いよいよどっぷりとした文明社会に帰って来た。


そして屋久島を制圧した僕を薩摩の若き英雄達がお出迎え。

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幕末期に海外留学してその後活躍した面々。

僕も岐阜という異国に養子留学して、異文化に戸惑いながら日々を過ごしている。

いつか岐阜駅の黄金の信長像の横に、僕の銅像が建つほどの立派なマスオになりたいものだ。



鹿児島中央駅近辺でレンタカーを手配。

ここから空港までの間に、面白そうな所があったら寄り道して行こうって魂胆だ。


まずは「仙巌園」なるものが登場。

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島津の殿様の庭園で、桜島をバックに広大な錦江湾が広がる場所だ。

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素晴らしい庭園なんだけど、屋久島帰りの僕にはグッと来ない。

あの大自然の美しさに勝る造形は人間には無理です。


しかもこの時は大河ドラマで「篤姫」をやっていた頃だから、非常に多くの観光客で賑わっていた。

なので僕はさっさとここを退散しました。


その後も錦江湾周辺をウロウロするんだけど、事前情報が何もないから大して面白そうな場所が見つからない。

思った以上に街だったから、次第につまらなくなる。

やっぱり僕は自然に身を置いていた方が良いと判断。

ゴールだった鹿児島空港をはるかに通り越して、一路霧島連山を目指した。



山中を走っていると、ひそかに高校時代から行ってみたかった場所が唐突に現れた。

坂本竜馬とお龍さんが新婚旅行で来た「塩浸温泉」だ。

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高校の頃、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」にどっぷりはまっていた僕にはたまらない場所だ。

物語に出て来るあの憧れの温泉に自分も入れるのか。

興奮した僕は、早速今も残る二人が入ったとされる露天風呂に入るべく温泉を目指す。



人はしばしば物語の世界と現実の世界のギャップを埋めることが出来ずに立ち尽くす事がある。

この憧れの露天風呂を見た時の僕がまさにそうだった。

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すごいしょぼくて、どぶのような汚さだ。

しかも道もないから行く事も出来ず、川の手前からただ眺めるのみ。

竜馬夫妻は本当にここに入ったのか?

思い描いていた温泉とは随分とギャップがあるぞ。


もしこんな所に僕が新婚旅行で今の嫁を連れて来たとしたら、間違いなく息の根を止められていただろう。

ワガママで有名なお竜さんだが、実は思ったより寛大な女性だったようだ。



ショックを噛み締めつつ車移動を続ける。

次第にそこら中から煙が黙々と上がり出したので、敵の計略にでもハマったかと焦る。

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それらの煙は全て地中から溢れ出る温泉の煙だ。

霧島温泉郷が近づくにつれ、地獄のような光景になっていく。

中々面白くなって来た。


やがて「えびの高原」という場所に到達。

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眼前には霧島連山の韓国岳がそびえている。

そろそろ車の運転にも飽きて来たので、ここらでのんびりしよう。


のんびりしようと言いつつ、何故かトレッキングを開始する男。

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当然だがこの頃の僕にはもはや長い距離を歩く力は残っていない。

さすがに韓国岳登頂は断念したが、周辺をウロウロ彷徨う。

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まあそもそも今日は帰るだけの日の予定だっただけに、結構楽しめた。

今の僕なら迷う事なく韓国岳登頂を目指しただろうが、この頃の僕は今ほどハードなマゾじゃない。

まだそれなりに自分の限界を認識していた頃なのでこれ以上の無理はしない。


それでもたっぷり2時間くらいは彷徨い続けた。

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やっぱり旅は「早起き」「予定外」「寄り道」という流れが望ましいようだ。

それもこれも屋久島横断という大きな目標をやり終えた後なので、尚更開放的な気分で旅を味わえる。


いよいよ最後の力も使い果たしたので、大人しく霧島温泉に浸かってから鹿児島空港を目指した。

そして男は与えられた全ての時間をフルに使い果たして帰路につく。

考えられる限りの事はやりきった完全燃焼の旅だった。


そしてその代償として、翌日の職場には休養空けとは思えないほど疲れきった男の姿があった。

でもそれでいい。

精神の疲れは見事に癒されたから、こんな体の疲れなど仕事しながら回復させて行けば良いのだ。

こうして男は再び無機質な社会の森の住人に戻って行った。

まだ暫くは頑張って行けそうだ。

行かせてくれた嫁さんに感謝感謝の旅でした。

(帰宅後、特に興味の無い嫁も家族も僕に何も聞いて来なかった。普通「どうだった?」的な会話になると思うんだが。屋久島に興味がないのか、それとも僕に興味がないのか?なので未だに嫁は僕が遭難したり脱水したりゾンビになっていた事は知る由もない。)


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いやあ、何とか書き終えました「屋久島横断野郎」。

当初は記憶も飛んでたし長くてめんどくさそうだったけど、書いてるうちに当時の情景や感じた事が蘇って来たよ。

何か忘れかけてた僕の「旅のスタイル」を思い出した。


この旅以降僕は長い長い育児生活に突入して、全く旅に行けない日々が始まった。

それは今でも続いていて、連泊してどっぷりとその土地を味わうって事が出来ない日々の中にいる。


この旅の半年後くらいには激しい育児ノイローゼで非常に危険な精神状態に陥る事もあった。

そしてやっと最近になって徐々に日帰りで遊び始められた。(ブログが始まったのもこの頃)

そろそろがっつりと長期旅がしたい。


でもまあ二人目も来年1月に生まれるし、まだまだ暫くはお預け期間が続きそうだ。

そんなお預けプレイも楽しめるほどマゾに磨きをかけて行こうじゃないか。

限られた時間の日帰りだって「頑張らないけど無理をして限界まで追い込む」をモットーに今後も遊んで行こう。

そしていつか親子三人で(嫁は絶対に来ない)屋久島を旅してあげよう。


まだまだ僕は長い旅の途上であります。



〜屋久島横断野郎 完〜



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