◉日々のツレヅレ

マゾに交番〜悲しみの伊吹山〜

まずは前回の記事からご覧頂きたい。

週末の金曜日の夕方に綴られた僕の独り言の記事だ。(参考記事/行こか戻ろか


彼の伊吹山に対する並々ならぬ決意のほどが伺える。

「行こか戻ろか」などと言いながらも、本人は100%行くつもり満々だった。

滅多にない3度目の快晴伊吹山チャンスを、みすみす見逃すわけにはいかなかったからだ。



そして快晴の土曜日。

何故か伊吹山にその男の姿はなかった。

それどころか、彼は全身から異臭を漂わせ、フラフラになりながら「交番」に出頭していた。

一体、男に何があったのか?


前回の記事を書き上げた直後から振り返って行こう。


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会社を上がる前に伊吹山の最新の情報をチェックし、地図も作製して準備万端。

ついにこの時がやって来たのだ。


池田山・御在所岳・藤原岳・養老三山の「近隣初心者雪山四天王」を撃破し、いよいよ中級の山「伊吹山」の制覇に乗り出すんだ。


滅多に晴れと無風の好条件が揃わない伊吹山。

過去二度のベストコンディションもお家の都合で、無念のスルーを余儀なくされて来た。

しかしついに三度目の正直で、翌日は快晴予報の伊吹山。

やっと神が僕に微笑んでくれたんだ。


こうして、僕は意気揚々と帰宅していった。



家に着くと、信じたくない光景が展開されていた。

お義母さんは高熱でうなされ、お義父さんが腹を下して辛そうにしているではないか。


このパターンはまずいぞ。

こんな状態のご両親に明日子供を預けた上に、山に遊びに行って来ますだなんてマスオの僕にはとても言えない。

ご両親は怒らないが、これは嫁が一番キレるパターンだ。


でもひょっとしたら、すぐに体調が回復してしまう可能性だってある。

僕は念のため、山に行ける準備だけは進める事にした。


でもその前にやっておかないといけない事があった。

実はこの日の朝、僕はいつもの右目眼球奥の激しい頭痛によって病院に行っていた。

実はその際、財布に保険証が見当たらなかった。


その時はまあ、家のどこかに置いてあるって思って気にも止めていなかった。

でも手当たり次第探しても、僕の保険証が見当たらないではないか。

次第に心臓がバクバクと脈打ち始める。


「保険証を失くした。」


次第に真っ青になって行く男。

この時点で最も具合の悪いのはご両親ではなく、間違いなく僕だった。


万が一第三者に悪用されようものなら、大変な事になってしまう。

妄想癖のある僕の脳内に、瞬く間に悪い想像が駆け巡った。

多額の借金請求。
借金地獄で親族からも後ろ指。
学校でいじめられるりんたろくん。
家庭内崩壊。
離婚。
腎臓売買。
ホームレス。
首つり自殺。


ああああああ。

これはもう伊吹山なんて言ってる場合じゃないぞ。

雪山登山どころか、人生大遭難だ。

まずい、まずいぞ。


その時、追い討ちをかけるように嫁から電話がかかって来た。

「私、明日歯医者だから送ってってよ。それとその後内科も行くで送ってってよ。で、昼から会社行くから駅まで送ってってよ。」

免許を持たない嫁からの、「送迎三連投命令」が炸裂。

恋のお相手から数年、僕はただの「移動手段」と化していたのだ。


どっちみち伊吹山登山なんて、夢のまた夢だったんだ。

伊吹山が晴れようが晴れまいが、嫁には何も関係のない事だった。

もう少しだけ、夢見ていたかった。


そして恐る恐る、保険証を紛失してしまった事を嫁に告げてみた。

たちまち声のトーンが驚くほど重低音になる嫁。


当たり前だけど、こってりと怒られた。

そして、明日は必ず警察に紛失届を出すように命令された。

恐らく家のどこかにはあるんだろうけど、てんで見つからないから再発行する事にした。


こうして、意気揚々と「伊吹山登山宣言」をした数時間後、僕はうなだれて「送迎三連投&交番出頭宣言」をするに至った。


何でこうなるの?

僕は欽ちゃんばりに呟き、失意の中で眠りについた。

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翌日。

毎朝恒例の窓からの「伊吹山チェック」。

IMG_0254.jpg

前回の2回目の快晴伊吹山だった「もんもんサンデー」の記事と同じ写真ではありません。

心憎いまでの晴天に包まれた伊吹山。

でも、もちろん本日あの頂に登ることはないのだ。


僕は唇を真一文字にし、無言で10秒ほど伊吹山を眺めてから作業に取りかかる。

もう一度念入りに保険証を探すのだ。


この晴天の休日に、ひとり黙々と保険証を探す空しさよ。

そしてやっぱり見つからない。

悪いのは自分なんだけど、やり場のない怒りがふつふつと湧いて来る。


昨日は風呂に入る時間もなかったから、とりあえず風呂にゆっくりつかって落ち着こう。


風呂に入ろうとする僕に、嫁が言って来た。

「5分で済ませてよ。私、歯医者の前に30分くらいゆっくりお風呂に入りたいから。」


僕はジャイアンと結婚してしまっていたのか?

なんという暴君的な発言なんだ。

結局落ち着いてお風呂にも入れなかった。


嫁が風呂に入っている間も保険証を探すが見つからず。

もう完全に諦めた。


保険証も見つからず、山にも登れないんだったら、もう残された道は「セルフマゾプレイ」しかない。

今回も可能な限り、己の体をいじめ抜いてくれる。

そうして全てを忘れ去るしかない。

僕はランニングが出来る格好に着替えて、いつでも空き時間に自分をいじめられる手はずを整えた。



嫁の準備ができたから、まずは嫁を歯医者に送って行った。

そして嫁が受診中、わずかばかりのマゾチャンス。

歯医者に車を停めたまま、ひたすら周辺をダッシュランニングだ。

IMG_0255.jpg

くそ。

忘れようと思っても、いつまでも視界から離れようとしない快晴の伊吹山。


そしてさらに苛つく光景も目に入る。

IMG_0256.jpg

こんな、およそ水害の危険性もない川を隠れて護岸工事しやがって。

僕の住む場所は田舎だから、今でも公共事業に食らいついて名士を騙る情けない人間が多かったりする。

目先の生活安定を優先して、子供達世代に素敵な里の川を残す事なんてこれっぽっちも考えていない。

こうして里の川は破壊されて、住人は麻痺し、やがて大河まで汚染されて行く。

ああ、もう余計イライラする。



そして、およそ4キロをほど走って歯医者に戻った。



そして嫁を拾って、次は内科へと車移動。

嫁が診察中に再びランニングプレイの開始だ。


普段と違う所だから、感じの良い無人駅とか出て来てそこそこ楽しくはなって来たぞ。

IMG_0260.jpg

IMG_0262.jpg

さっきの川の工事現場からの上流は、やっぱりそこそこ奇麗だった。

柿園の中を這う農業用水だけど、今度じっくりカヌーで下ってみようかな。

奥で挑発しているのは、相変わらず伊吹山の野郎です。


ここは中々良い感じのランニングコースだった。

IMG_0264.jpg

雰囲気もいいし、やっと気持ちが落ち着いて来たぞ。


やがて、川の中を小型犬くらいあるでっかい動物が3頭泳いで行くのが見えた。

IMG_0265.jpg

ヌートリアだ。でかい。


要はでっかいネズミみたいなやつなんだけど、侵略的外来種に指定されている。

毛皮目的の日本軍の勝手な都合で連れてこられて、用がなくなったら捨てられて、挙げ句に駆除の対象にされてしまった悲しき大型ドブネズミ。

養子目的として連れてこられて、用がなくなったら罵倒されて、挙げ句に移動手段の対象にされてしまった悲しき男の物語を僕は知っているが、ここでは割愛しておこう。


5キロほど走って、内科へ戻って帰宅。


昼メシを大急ぎで食って、今度は嫁を駅まで送って行く。

そして嫁を降ろした後、前回のもんもんサンデーと同じく市民センターのトレーニングルームへ。

ご両親には交番に行って来ると言ってあるから、スピーディーにトレーニングをこなす。


各マシン13回×3セット。

もちろんノンストップダンシングのマゾヒスティックコース。

前回よりもハードルを上げたから、筋肉が金切り声の悲鳴を発している。

午前中のランニングと合わせて、たっぷりとセルフマゾプレイを満喫した。

僕の場合、ここまでしないと晴れた日に家で大人しくする事は出来ない。



やっと落ち着いて、僕は観念した。

もう晴れた伊吹山という現実からの逃亡生活にも疲れた。

こうして僕は最寄りの交番へ出頭した。

IMG_0266.jpg

そして事情を説明し、保険証の紛失届を提出した。


昨日の夕方の時点の僕には、その翌日に全身を汗臭くさせて交番で書類を書いている事など想像もつかない。

昨日の僕が思い描いていたのは、快晴の伊吹山の頂上で「笑顔」で写真におさまる己の姿だったはずだ。

そして僕は、頂上で出るはずだった「笑顔」を警官に向けて「以後気をつけます」と言い残してその場を立ち去った。


「人生一寸先はマゾ」とは僕の名言だが、本当に何が起こるか分からない。

とりあえず保険証の悪用に関しては、あくまで被害者は僕ではなく信販会社になるから安心するようにとの事。


みなさん、くれぐれも保険証は大切に扱いましょう。

この紛失プレイは少々刺激が強いです。


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そして翌日、天気の悪い日曜日。


僕はネットで「ヤマレコ」を検索した。

ヤマレコとは、登山者が山の記録を付けられるページ。

早速、昨日の快晴の伊吹山の記録が載っていた。


多分晴れてても、結構風が強いという予報だったから頂上付近は荒れた事だろう。

吹雪いていたとすれば、僕の気持ちも多少は救われる。


しかしそこに綴られていたのは、以下の言葉達だった。

「快晴、無風!今日来て良かった」
「暑いくらいの日差し、そして穏やかな風。展望も最高」
「恐らくこれから雪解けが始まって、残雪期に突入するだろう」
「やっぱり伊吹山は、しんどいけど楽しかった。」


僕はそのままパソコンを切って、ランニングウェアに身を包んだ。

そしてそこから雨が降るまでの間、怒りのアフガンランニング。


15キロ、雨が降って来たから帰宅。


果たしてあれは雨だったのか?

それとも涙だったのか?


それは誰にも分からない。

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