リベンジの時がやって来た。
僕は再び、鈴鹿セブンの一角「藤原岳」制覇に向けて動き出した。
前回僕と大阪の登山者の二人に、リアルな遭難の恐怖を植え付けてくれた藤原岳。(参考記事はコチラ)
あの時の恩返しをしなければならない。
あえて雪山シーズンの登頂チャレンジで、完全決着をつけるのだ。
とは言っても今回は「天狗岩」が最終目的地で、そこから来た道を下山する。
前回はこの天狗岩から先に行った所で遭難しているから、今回は勝手知ったる気楽なコースだ。
そしてなんと言っても、今日の僕には強力な味方が付いている。
それは二日酔い・風邪気味・前日登山疲労の「不完全体調三兄弟」だ。
愛すべき三兄弟達を身にまとい、過去最悪な体調で挑んだ今シーズン最高の本格雪山登山。
そんな彼の「フジワラ・リベンジマッチ」のゴングが鳴った。
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朝、4時半起床。
頭が痛い、体が重い、喉が痛い。
起き抜けからあらゆる諸症状が襲いかかる。
どれか一つでも強烈であれば、もちろん登山なんてしない。
しんどいけど「まあまあどうにかなる」といった中途半端なつらさ。
改めて天気予報を見たら、本日は見事に「晴れ」の予報。
行かねばならない。
僕はもちろん、重い体を押して藤原岳に向かって行った。
大貝戸登山道脇の駐車場に駐車して、いざ出発。
一度秋に登っているから安心感はある。
しかし、登り出しの中途半端な雪道は、雪が溶けてドロドロだ。
すごい下痢野郎が歩いた後みたいな強烈な登山道だ。
もちろん僕が履いているパンツは買ったばかりの「ヘスティアパンツ」。
松の廊下事件(参考記事)によって、アメリカから再輸入してやっと届いた渾身の一品だ。
そんな新品パンツがみるみるクソにまみれて行く様を、僕はただ見守る事しか出来なかった。
そしてSサイズに変えてもらったこのパンツ。
サイズはやはりちょうどいいサイズだったけど一つ問題があった。
若干股部分が突っ張って、僕の息子がコリコリと左右に振られて大変違和感を覚えるのだ。
しばらくすると落ち着くんだけど、それまでは何度もパンツの上からゴリゴリとポジションチェンジを繰り返すことになる。
万が一この姿を見られたら、変態度はかなり高めだ。
そんな感じで登り続け、あっという間に七合目。
相変わらず、ここまでは特筆すべき箇所は無い登山道だ。
しかし特筆すべきはこの「しんどさ」だ。
不完全体調三兄弟が実に重くのしかかって来る。
なんてことはない登山道なのに、なにやら体がへろへろだ。
非常につらいんだけど、「しめしめ」と思っている自分の性癖が恐ろしい。
グハグハ言いながら、やっと八合目へ。
ここからは「冬道」ルートになる。
無雪期の登山道とは別の尾根道を行く事になる。
実はこの藤原岳は一般的には雪山登山の初歩山という扱いになっているが、ドカ雪が降った直後は八合目・九合目の「雪崩」の危険度がグンと上がる山だとネットに書いてあった。
この東海地方は3日前に見事にドカ雪が降っている。
ドカ雪が降った直後の「直後」とは具体的にどのくらいの期間なんだろう?
3日前でも立派に「直後」な気がしたが、僕は不安を胸に「冬道」ルートに向かった。
ここからは新雪の量がグンと増えたので、アイゼンからスノーシューに履き替えた。
しかし冬道ルートは雪崩の危険を回避する「尾根直登」コースなので傾斜がハンパない。
みるみる斜度が激しくなり、とてもスノーシューで対応出来なくなってきた。
ズルズル滑って、全く身動き出来なくなった。
仕方なく45度の斜面上でなんとかスノーシューを脱いで、再びアイゼンに変えて、トレッキングポールも滑落防止の為にピッケルに持ち替えた。
そして再び全身から湯気を出しながら、直登の雪道を這って登って行く。
何がしんどいかと言えば、この「セルフタイマー撮り」が実は一番大変だ。
急斜面に三脚をぶっ刺してカメラをセットし、10秒の間に立ち位置へガシガシ移動して行く。
撮り終えたら、またカメラに戻って回収。
はっきり言ってこれをしなければ倍は楽に登れるが、あえてそんなプレイも楽しめる心が大切だと信じている。
ニッチな世界の戯れ言。
急登はひたすら続き、雪に埋もれながらもなんとか九合目へ。
急斜面過ぎてスノーシューが使えないから、新雪での歩行はとてもヘビーだ。
冬道の容赦ない急登はさらに続く。
上の写真では分かりづらいが、真横を見ればこんな感じ。
アイゼンを付けていてもズルッと滑るから全く気を抜けないし、体力も一気に持って行かれる。
もうすっかり二日酔いは抜けたようだが、疲労の蓄積は凄まじい。
登った道を振り返れば、ボブスレーのコースみたいになってる。
登りはしんどいけど、下りはシリセードで快適に滑って行けそうだ。
楽しみは後にとっておこう。
急登コースもやっと終わって道が開けた。
景色もいいし、なにやら天気も晴れて来ていい感じになって来たぞ。
いよいよここからパラダイスが始まるのだ。
道も平坦になって来たから、ちょっと凝った己撮りでもしておこう。
カメラのインターバルタイマーをセットし、5秒に1枚撮る設定をして新雪へダッシュ。
「雪と戯れる楽しげな男」という写真を撮るんだ。
しかし、撮れたのは「雪に足を取られてもがき苦しむ男」という連続写真だった。
まあこういうこともあるさ。
ある意味楽しげな感じに撮れているから良しとしておこう。
そうこうしていたら、どどんと藤原岳の頂上が見えて来た。
そしてさらにしばらく行くと避難小屋が現れる。
さあ、ここからがやっと本番。
ここからの為だけに、不完全体調でも頑張って登って来たんだ。
そう、なぜこの雪山シーズンにあえて藤原岳を選んだのか。
その理由はここからの広大な山上台地にある。
そこはまさに新雪スノーシューパラダイス。
山頂から天狗岩に掛けて、素晴らしい雪原が広がる天界の楽園なのだ。
天もそんな僕を祝福するかのように晴れて来た。
早速いつも不完全燃焼で終わる「空がより青く写る」というフィルターをカメラにセット。
スノーシューに履き替えて、いざ藤原岳山頂へ。
レッツ、エンジョイ雪山登山だ。
歩き出して2分程だろうか。
僕の頭上は、あっという間に分厚い雲に覆われ始めた。
「空がより青く写る」というフィルターのせいで、写真も真っ暗に写るのみだ。
僕は何も言わず、無表情でカメラからフィルターを外した。
いつものことだ。
泣くんじゃない。
そして雲に包まれた「天界の楽園らしき」雪原をスノーシューで歩いて行く。
天気予報はピーカン予報だったのに。
慣れている事とは言え、相変わらずダメージはでかい。
不完全体調を押してまで来ているだけに実に残念だ。
フカフカの新雪の上を歩き、頂上に到達。
達成感も無いままに、登頂記念撮影をするべくセルフタイマーをセットした。
そしてシャッターが切られるのを待っていると、ふいに「パファーー」と日が射して来たではないか。
天に愛されない男は、驚いて恍惚の表情で天を見上げた。
日光に恵まれない男が見せた、神との邂逅の瞬間が写真に収まった。
ちょっと晴れただけで、これほど喜びに浸れるのも悪天候男の特権だ。
どうせすぐ曇るから、晴れているうちに写真を撮らなければと大急ぎで己写真を撮る。
優雅に景色を堪能しているように見えるが、大急ぎでやっているから実は激しく息切れしている。
予想通り、この写真の後すぐに雲に覆われた。
ものの3分程度の晴れ間だったが、僕にとっては十分なご褒美だった。
一旦避難小屋まで下山する。
たまに晴れ間が数秒訪れるので、すかさずシャッターを切る。
これで写真という思い出の中では、常に晴れていたように見えるだろう。
避難小屋の中でおにぎりを食べ(御在所で悲惨なラーメンを食ってから、雪山での自炊はやめた)、ろくに休憩もせずさっと動き出す。
雪山ではとにかくじっとしない事にした。
体を冷やさない一番の方法は「動き続ける事」だ。
さあ、メインイベントだ。
ここから天狗岩までの広大な雪原大地をスノーシューハイクです。
再び大地は晴れ間に覆われて、極上の時間が訪れた。
報われたなあ。
もうここの場所だけ晴れてくれただけで幸せですよ。
一面に広がる新雪と、描かれて行く足跡。
風紋とでも言うのかね。
雪の雰囲気も独特な感じで、まさに別世界だ。
やがて雪の絶壁が出て来たので僕は這い上がって行く。
もちろんウソです。
写真を縦にしただけです。
やがて僕は激しくオナラをこいて、下界に向けて飛び立った。
もちろんウソです。
ジャンプしてる写真を撮ろうとしたら、タイミングがずれて着地した瞬間が撮れたものです。
楽しいから、無駄な悪ふざけで遊んでいたらまた曇ってしまった。
ひとつ分かった事がある。
天気予報で一日ピーカン予報が出た日は、トータルで20分くらいだけ晴れるって事が分かった。
一回大荒れの予報の時に来てみようか。
きっと大荒れなんだろうな。
グチりながら進んで行くと林道へ突入。
ここで不思議で懐かしい体験をした。
風が完全に止んで、見事な「無音の世界」が訪れたのだ。
ユーコン川で体験したサウンドオブサイレンスの思わぬ再来。
僕は動くのを止め、しばらくその場でじっとしていた。
僕の呼吸の音とキーンという耳鳴りだけが聞こえる。
雪山ならではの素晴らしき体験。
感動してじっとしすぎて、体が冷えてしまった。
いけない、動き続けなきゃ。
ボフボフ進んで行くと、天狗岩が見えて来た。
見えて来たと言っても雪に覆われて岩は見えないんだけど、雪のゆるやかな曲線が美しい。
でも美しいこの部分は「雪庇」部分。
この上に乗ろうものなら、雪が崩れて雪庇ごとガッポリとえぐれて真っ逆さまだ。
曲線美に見とれて知らない女の人に乗ろうものなら、突然登場したヤクザにガッポリとカツアゲされてしまうような危険なものだ。
美しいからと言ってうかつに近づいちゃダメだ。
ここから天狗岩までは、前回来た時はおどろおどろしかったけど、中々美しい。
そして僕が立っている位置が天狗岩の上あたりだ。
あまり行き過ぎると危険すぎるので、かなりのへっぴり腰になっている。
正直この位置でも、いつ雪庇が崩れるかヒヤヒヤもんなのだ。
そして決死の覚悟で、さらに奥の断崖絶壁へ移動。
一度来ているから足場が分かるが、初めてだったら怖くて行けない場所。
でもここからの眺めはずば抜けて壮大だ。
ここからの眺望の素晴らしさは言葉では表現出来ません。
試しにパノラマ写真作ってみました。
ブログの特性上幅が決まっているから、逆に小さくなってスケール感がよく分からなくなっている。
まあ、とにかくすごいよってこと。
すっかりスノーシューハイクを満喫して、僕は避難小屋に戻った。
ここからは下山だ。
同じ道を帰るから、いつもなら書くことも特にないんだけど今回は違う。
実はここからが一番楽しみにしていた密かなイベントがある。
「シリセード」だ。
前回の御在所岳では痔による「血のシュプール」の危険を顧みず、初トライしたケツソリこと「シリセード」。
御在所岳ではあまりシリセード区間が無くて堪能しきれなかったが、今回は違う。
滑って下さいと言わんばかりのスノースライダーが随所にあるのだ。
他の登山者も、シリセードの為にヒップソリ(アルペンとかで500円くらいで売ってるやつ)持参で登って来ている人もいた。
僕も今回は準備は怠っていない。
ソリ用のポリ袋を用意して来ているのだ。
しかも登山専門店「好日山荘」のポリ袋をチョイスした。
登山専門店ならではの滑りの良さを提供してくれるはずだ。
早速僕はケツにポリ袋を敷き、トレッキングポールをピッケルに持ち替えてシリセードで滑って行った。
シャーー。
こりゃ楽しい。
しかも速い。
おい、止まらないぞ。
思いがけずスピードが出て、ヤバめな雰囲気だ。
片手でポリ袋持っているから、うまくピッケル使ってスピードを殺せない。
仕方なくスクリューを加えて両手でピッケルを使って停止した。
好日山荘のポリ袋もあえなくビリビリだ。
なるほど、こりゃ両手フリーでちゃんとピッケル持って滑らないと危ないな。
そこからはポリ袋なしで、しっかりピッケル持って滑降。
新品のパンツが傷まないか心配だったが、さすがは丈夫に出来ている。
そして何よりメチャクチャ楽しい。
僕は調子に乗って、ポイントポイントでシリセードで下って行った。
ああ、楽しい。
僕はこれの為に雪山をやっているのかもしれない。
そんな感じでホクホク気分で下って行った。
三合目ともなれば、もうすっかり雪も無くなって来たからそろそろピッケルからトレッキングポールに替えよう。
僕はザックを降ろして、ザックに括り付けてあるトレッキングポールを取ろうとした。
おや?
二本あるはずのトレッキングポールが一本しか無いぞ。
しばし固まる男。
どうやらアホみたいにシリセードしまくっている最中に、引っかかってどこかに落として来たようだ。
男の頭の中で自問自答がフル回転する。
取りに戻ろうにも現在地は三合目。
シリセードしまくっていたのは九合目から七合目辺りだ。
ここからまたそこまで登り返すのは、現在の体力ではあまりにもハードすぎる。
シリセードで滑って来た道は登山道とは別の、直滑降の直線コース。
そこを登り返すということは、猛烈な直登ヒットパレードを意味する。
はっきり言って無理だ。
さらに頑張って登り返したとしても18時頃の下山になってしまう。
嫁に15時下山予定と伝えてあるだけに、大幅にずれると叱られるばかりではなく捜索願いまで出されてしまう。
しかしこのトレッキングポールは思い出の品だ。
決して高価なものではないんだが、屋久島用に買って以来、苦楽を共にして来た戦友。
いずれは買おうとは思っていたけど、優先順位としてはまだまだ先な上にもうお金に余裕は無い。
やっぱり取り戻したい。
どうする。どうする、俺?
散々悩んだ挙げ句、行ける所まで行ってみることにした。
すれ違う登山者全員に「トレッキングポール落ちてませんでしたか?」と聞きながら。
六合目付近まで登って来て、いよいよ足が止まった。
元々疲労が溜まっていた上に、今また本日二度目の登山。
ついに限界が来てしまったようだ。
僕はしばらくその場に立ち尽くす。
次に来た登山者に聞いてみて、ダメだったら下山しよう。
案の定、次の登山者も見ていないと言う。
こうして本日のKPP(心ポッキリポイント)は、藤原岳六合目付近で撮影された。
果てしなくショック。
シリセードを楽しんでしまった報いなのか。
僕みたいな人間が「楽しむ」なんて考えたことがおこがましかったのか。
分不相応な儚い願いだったのか。
男は「ネガティブ」と言う名のスノースライダーを転がり落ちて行った。
そして失意の中、下痢度が増した登山道を下山していく。
うんこにまみれて惨めに下山。
下山した僕には全く達成感は無く、大きな喪失感だけが残された。
うつむきながら駐車場脇の水道へ向かった。
ここで登山靴についたうんこを洗い流すのだ。
しかし靴に水を掛けすぎてしまい、靴の中に浸水。
濡れた靴下は、僕の末端神経を急速に冷やして行く。
いつも持って来ているのに、今日に限って替えの靴を忘れて来ていた。
惨めな追い打ちに対して、もはや抵抗する元気も無い。
僕は心と足先を冷やしながら惨めに帰路についた。
今回のプレイは少々ハードすぎた。
肉体的にも精神的にもサービス満点だった。
さよなら、僕のトレッキングポール。
出会いがあれば別れがある。
君の死は決して無駄にはしない。
こうして男はまた余計な無駄遣いをしながらも、次の山を見据えるのだ。
サヨナラ相棒〜フジワラアゲイン〜 完
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MATATABI BASE
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