蝶ヶ岳〜常念岳/長野

マゾ男登頂記〜運命の分かれ道〜

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常念岳への稜線は高度を一度がっつり落として森に入り、最鞍部から再び森林限界を越えるパワー登山だ。

この区間が非常に長く感じ、どんどん体力も奪われて行った。

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目的地が見えてるのに、何時間も歩くのは堪えるものがある。全然近づいてる感じがしない。

この区間、しんどくて写真なんか撮っていない。

実に長くストイックなトレッキングが続いた。

僕の体力MAXが100だとすれば、この時点で60くらいまでそぎ落とされた。

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やがて森林限界を越えて、目の前に迫力ある常念岳が重々しく姿を現した。

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真っすぐ直登で伸びる急峻な登山道。その両サイドの斜度も凄まじい。

上の方に豆粒よりも小さな人間が、山にへばりつくように登っているのが見える。


まじか?こんな所を登って行くのか。

急だとは聞いていたが、想像以上だ。


ここから再び高度を下げて、いよいよこの挑発的な山に取り付いて行く。

足場はゴツゴツの岩だらけで、まともに一歩一歩進んで行けない。

上を見上げればここを登るのかとゾッとする光景が目に入り、

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下を見れば、ケツの穴もあっという間に針の穴程まで萎んでしまう。

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写真でこの恐怖が伝わるだろうか?


実際まだなんとか写真が撮れるのがこの程度で、激しい所はとてもじゃないがカメラを取り出す勇気はない。

万一足を踏み外せば、10秒後にご先祖様との対面を果たす事になるだろう。



ここで言っておくが僕は激しい高所恐怖症だ。

脚立の一番上にも立てない男がなぜこんな事をしているのだろう。

急とは聞いていたがここまでとは思わなかった。ロッククライミングじゃないか。

初心者が20キロ近い荷物を背負って登っちゃダメじゃないか。

僕はおちんちんをポークビッツ並みに縮小させつつも、とにかく下を見ないように慎重に登って行く。


前方の切り立った岩場をおばちゃんが下ってくる。

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ヒョウ柄帽子に紫色の髪の毛。絶対関西の人だろう。

なぜだ。なぜこんな大阪のおばちゃんみたいな人は軽々と下って来れるんだ?

怖いもの知らずなところはさすがだと感心する。


やがて山は雲に覆われ始め、突風が吹き始める。

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ここに来てそれは勘弁願いたい。

僕は一応楽しい登山をしにここに来てるんです。


必死でしがみつくように登って行く。

ほほを濡らす一滴の水滴。相棒が追いついてきやがった。雨だ。

この足場で雨と風はないだろう。

ほんと怖いからやめて。お金払うからやめて。


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雨は5分程で止んだが、岩場を滑りやすくするには十分な時間だった。


リスキー度が上昇した常念岳をひたすらに足下だけを見て登って行く。

すると何やらあり得ない程巨岩が入り組んだ場所に出てしまった。

コースを見失って、僕はとんでもない所に入り込んでしまったんだ。

もはやどこから足場が崩れて滑落するか分からない、滑落黒ヒゲ危機一髪。

やむなく元来た道を戻るが、下りなので今は見たくもない絶景が広がっている。


怖い。怖いよ。

足はガクガク震え、目は涙目。

家族や友達の顔がちらつきだす。

テレビのニュースが平和なお茶の間に流れる。

「無謀な初心者登山者が常念岳山中で滑落した模様。先ほど1体の死体が病院に搬送されました。長野県警では只今身元の確認を急いで・・・」

ああ、悪い事ばっかり頭に浮かんでは消えて行く。しっかりしろ。



そしてどれほどの時が経っただろう。

ついに常念岳の山頂が見えて来た。

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生きてる。僕はまだ生きてるぞ。

力を振り絞り頂上を目指す。

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着いた。

達成感というより安堵感。

もう怖い思いしたり、妄想の世界の住人でいなくていいんだ。

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頂上にて記念撮影。笑っているが足もまだ笑っている。


頂上からの眺めは中々素晴らしい。素晴らしくなきゃ困る。

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この時点で僕の体力ゲージは残り30といったところ。

思いのほか消耗してしまったが、どちらかというと体力よりも精神が随分削られてしまった。


沢山水も飲んでしまった。残りは少ない。

この先に常念ヒュッテがあるから、余裕かましてかなり頻繁に大量の水を摂取していた。

まあ常念ヒュッテで水は補給すればいいし、あとは下ってくだけだし大丈夫さ。

そんなことより早くヒュッテに行って、ビールだ、ビール。


僕は常念岳を下り始めたが、山頂付近にあると思っていた常念ヒュッテの姿が見えない。


やがて登山道が二つに分かれている。

表札には片方が常念ヒュッテ、もう一方が三股(僕が目指すゴール)となっている。


その時常念ヒュッテ方向から登山者が来たので、ヒュッテまでどれくらいかかるかと聞いてみた。

5分から10分くらいで着くと思っていた僕に対して彼は言った。

「往復で2時間くらいやね。」




しばし、時が止まる。

ここから三股まで3時間半もかかるのに、ここで上乗せ2時間はとてもじゃないが体力・時間共にキツいものがある。

さらに話してみると、僕が当初予定していた常念ヒュッテから三股への登山道は現在は閉鎖しているという。

ということは今この道を三股方面へ下山しなくてはならない。

しかし残りの水はわずかしかない。3時間半を600mlほどで乗り切れるか?

かと言って常念ヒュッテまで往復2時間水を補給しに行って、そこから下って行ける程の体力も残っていない。


もはやビールがどうこうという世界ではない。

目の前には絵に描いたような2本の運命の分かれ道。

単独行。

選ぶのは自分自身。

すべての責任が己にのしかかる。


過去に屋久島でプチ遭難した時に、脱水状態で山を彷徨う厳しさを嫌という程味わっている。

しかし僕の足は三股脱水コースへと向かい、魅惑の黄金水のある山荘へ背を向けて歩き出す。


天使が僕に囁く。

「だめだ、そっちへ行っちゃ行けない。君は脱水症状がどんなに辛いか知ってるじゃないか。」

しかし僕は「お前は間違っていない」と呟く悪魔の言うがままに進む。

だって僕はMだから。


M界のドラフト1位候補は、脱水状態で9回完投勝利を飾るのことができるのか?

体力的には4連投後の甲子園決勝のマウンド。

「権藤、権藤、雨、権藤」の再来なるか?投げ過ぎなのか?


今回で完結の予定だったけど、書ききれんかったから次回持ち越しです。


-つづく-



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