蝶ヶ岳〜常念岳/長野

マゾ男登頂記〜地獄の四重奏〜



神の黄金水でやっと落ち着きを取り戻した僕は、その後早速テントの設営に向かう。

テント場にはすでにいくつかのカラフルなテントが並ぶ。

どいつもベテランチックな猛者どもだ。

いつも川では一人きりでテントを張りたい僕だが、さすがにこういう状況では人がいると心強い。

一番眺めのいい場所はすでに占拠されていたから、そこからやや下の位置をテン場とした。

しかし僕が設営を始めたあたりから激しい突風が巻き起こる。

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さっきまで穏やかだったのにどういうことだ。

この状況で一人でテントを張るのは実に骨が折れる。

1カ所ペグで固定して逆側に回れば、その間にテントは突風にあおられ飛んで行きそうになる。

誰かに片側抑えていてほしかったけど、恥ずかしがり屋の僕は容易に声をかけられない。

それでもなんとか頑張って設営完了。

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真ん中の黄色いテントが僕のテント。

よし、とりあえずこれで腰を据えて頂上探索に出かけよう。


2分程歩けば蝶ヶ岳山頂だ。

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思いのほかサッパリした標識なのね。

でもそこからの眺めは素晴らしかった。

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明日僕が目指す常念岳と、そこに至るまでの稜線がよく見える。

こうして見ると、すぐそこって感じがするけど4時間強歩いてあの山頂まで辿り着くらしい。


一方反対側を見ると、ついに奴らがふてぶてしく姿を現す。

穂高岳、槍ヶ岳などの錚々たるジャパンオールスターズな山達。

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資生堂TSUBAKIの女優陣が目の前にズラッと並んだ感じだ。圧巻。

雲間から注ぐ日の光が、よりその神々しさを際立たせる。

と言っても、全ての山の頂上が雲で覆われててどれが広末涼子でどれが鈴木京香なのか皆目分からない。

僕に対しては顔出しNGという事か。明日に期待するしかない。


その後も付近をプラプラする。

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なんかこのテントを張った後のもう何もしなくても良い、何も考えなくて良いって時間がとても好きだ。

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僕が神の黄金水を飲んだ最強のビアガーデンでは、他の登山者もまったりくつろいでいる。

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このビアガーデンから少し奥に行った所に三角点(と言えばいいのか?よくわからない)がある。

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そしてこのあたりから猛烈に寒くなって来た。

さらに風は勢いを増し、急激に山頂は分厚い雲に覆われて一瞬で辺りは霧に包まれる。

「お前のような者にまったりされてたまるか」とばかりに、北アルプスが牙を剥く。

せっかく辛い山登りから解放されて、ここからという時になんて事だ。

あっという間に僕の周りで、お馴染みのグレイッシュな光景が広がって行く。


寒い!信じられない寒さになって来たぞ。

風が強すぎてテントが斜めにひしゃげている。

とにかく僕は逃げるようにテントに潜り込んで、急いで着替えて、持って来た防寒具を全て身に付けた。


そこで晩飯を作って食って少し落ち着く。

でもあまりの寒さと風でとてもテントの外に出る気がおきない。

僕のささやかな予定では、沈み行く夕日を切ない表情で眺めて、その後訪れる静寂の夜は満天の星空を眺めながら最高の暖かいコーヒーをすすって、今後の人生を模索したりなんかしちゃったりしてたはずだったのに。

いつもの僕の決め台詞が飛び出す。

「こんなはずじゃなかったのに。」



そして今回チョイスしたテントがまたよろしくなかった。

軽さ重視で選んだもんだからMSRのハバを持って来たんだけど、このテント、上部が若干メッシュになっており喚起を良くしたり、夏場でも涼しく快適に過せるというテントだ。

今はその快適喚起機能がアダとなり、寒風を見事にテント内に導き入れてテント内の気温はグングン下がって行く。

テントを設置した場所も悪かった。

こういう場所では、景色よりも少しでも風をさけられる場所を考えて張るべきだったんだ。

おまけにテントの真横にモロに風が当たるような向きになってるから、余計タチが悪い。


意を決して外に飛び出し、風に耐えながらテントの向きを必死で変える。

ペグを抜いた途端、テントが遥か彼方へ飛ばされそうなので、テントにしがみつくようになんとか向きを変えた。

他の人も場所を変える人、向きを変える人がいた。


だめだ。もうさっさと寝るしかない。

防寒着を全て着てしまったので枕になるものがない。

枕がないと眠れない意外と繊細な僕は、悩みに悩んだ末に本日苦楽を共にして来た汗だくTシャツ・靴下・パンツ・スポーツタイツ達を袋にくるんで枕とした。

多少臭うのはしょうがない。寝れないよりはマシだ。


そして禁煙のお薬(禁煙野郎参照)と睡眠薬を飲んで寝袋に口だけ外に出してくるまった。

僕は旅先でどんな苦痛の夜でもさっさと眠れるように、いつも睡眠薬を持参しているのだ。


突風はどんどん勢いを増してきて、もはや台風の中でテントを張っているみたいになって来た。

万が一テントごと飛ばされた日にゃ、20mくらい先の崖からそのまま1000m滑落のグッバイコースだ。


怖い。すごく怖い。

一度死の恐怖に取り付かれた者は容易に平静を保てなくなる。

風はとても複雑な流れでテントを襲う。同一方向からとは限らない。

なので、テントの中にいると、テントの前後左右がババババババと激しい音をたて続ける。

離陸直前のヘリコプターの真横でテント張ってるようなものだ。

その音が外の風の爆音と激しく混じり合い、恐怖を増長させる。

まるで屈強なムキムキの男ども複数人にテントを囲まれ、延々とテントを激しく叩かれてるような気分だ。

男どもは雄叫びを上げながら、僕を殺そうとしてるんだ。

今の僕なら、桜田門外の変で散った井伊直弼の恐怖がよく分かる。

目を血走らせながら迫り来る水戸浪士たち。

駕篭の中で外の乱闘騒ぎに耳を立てて恐怖におののく井伊直弼。

僕はそんな変な妄想に苦しむ。

蝶ヶ岳、錯乱Mガイの変の勃発だ。


そんな時、ふと吐き気を催した。

いよいよ気持ち悪くなり本気で吐きたい感じになる。

なんだ?高山病なのか?それとも禁煙の薬と睡眠薬の相性が悪かったのか?

しかし、バッチリ効いてきた睡眠薬のせいで体が動かない。吐きに行けない。

外に出てこの風の中で吐いたら、僕のゲロはオーロラのように美しく空に放たれる事だろう。そもそもこんな寒風の中で外に出たくはない。


夜になるに連れ、寒さはみるみる増してくる。

そんな時あの懐かしくてお馴染みの音が僕の耳に入って来た。

ポツリポツリとテントを叩く音。
悪天候の花形役者、僕の旅のパートナー。雨だ。


さらにはなにやらとても異臭に包まれて来た。

僕の枕の中の異臭オールスターズ達がここにきて本気を出して来た。


さむい・・・つらい・・・こわい・・・くさい・・・はきたい・・・


やがて山荘の方からアナウンスが聞こえて来た気がした。

「テント泊の方、危険です。本日は山荘の方にお泊まり下さい。暖かい毛布と暖かいお飲物をご用意しております。部屋の中は風の音も聞こえないですよ。さあ、早く・・・こっちは・・・天国ですよぅ・・・」

やばい。幻聴だ。

いよいよ僕は駄目らしい。ああ、りんたろくん。ごめんよ。ごめんよ。


夢と現実でまどろみながらも眠りにつけない僕は、冷蔵庫のような寒さ・吹き止まない突風・己の分身達の異臭・原因不明の吐き気などと戦いながらドロドロと浅い眠りに沈んで行く。

蝶ヶ岳苦痛の四重奏は死への恐怖のメロディーを高らかに奏で続ける。

それは「永遠」という言葉が現実に感じられる苦痛の調べ。


ドM男は眠りに落ちる前にポツリと呟く。


「ああ・・・、最高や。」


孤高の変態が誕生した瞬間だった。


-つづく-



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