前日の記事が悲惨すぎて、これから山に行こうという方のテンションを下げてしまったかもしれない。
なので今回は2日目の前半の素晴らしい部分をお伝えし、後半の地獄は次回お届けする事にする。
今回の2日間の延べ40時間に渡る旅の、わずか1時間半だけの幸福な時間。
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僕はまだ生きていた。
携帯のアラームで朝4時半頃目を覚す。
くそ寒いのは相変わらずだが、昨夜の突風は大分収まっていた。
あの後、何度も夢と現実の間を彷徨い長い夜を越したんだ。
内容ははっきり覚えていないが、随分壮大でヘビーな悪夢を見ていた気がする。
妙な疲労感だけが僕の体を支配していた。
外を見ると厚い雲に覆われたままで、ご来光は拝めそうにない。
いつのまにか僕のテントが風上最前線に立っていた。
みんな夜のうちにテント移動させたんだね。
僕は一晩中最前線でTMレボリューションのように風を受けていたわけだ。
今日は昨日の倍近くの10時間程歩かなきゃ行けない長丁場だ。さっさと出発しよう。
朝飯を済ませ、そそくさとテントをたたんでいると僕の背後に光が差し込んで来た。
先ほどまでの分厚い雲が、まるで劇場のカーテンがサーッと横に開けて行くように流れて行き、ご来光が姿を現した。
その時点で太陽はすっかり全身を出してしまっていたが、そのニクい演出のおかげでとても感動した。
慌てて見晴らしの良い場所に移動して、しばし千両役者ご来光さんを観劇。
地獄の一夜を乗り越えた者へのご褒美か。
今日はいい一日になりそうだ。(彼の予想は半分が当たり、半分は予想以上に裏切られる事になる)
荷物をパッキングし、山荘で水を補給していざ出発。
その頃にはすっかりいい天気になって来ていた。
憧れてた稜線歩き。
そう、これだよ。これなんだよ求めていたものは。
アップダウンのそれほど激しくないなだらかな尾根を歩けば、自分の視界の両サイドは全く別の絶景を同時に見ることが出来る。
一方では悠然たる穂高山脈を眺めつつ、
もう一方では、朝日に包まれ眠りから覚め始める松本の町を一望出来るのだ。
最高だ。
やっぱ僕は登頂登山よりも縦走登山のがグッとくるよ。
昨夜の惨劇もこれで報われた気がする。
ただひとつ残念な事は穂高連峰のTSUBAKI女優陣たちが、相変わらず雲に覆われてその美しい顔を拝ませてくれないのだ。
ちょうど山頂だけを覆う雲。
この見えそで見えない感じが実にいじらしい。
全裸のアンジェリーナジョリーが目の前に寝そべっているのに、何も手出しが出来ない男のような悶々とした気持ちが募る。
くそぅ、M心を刺激しやがって。
そんな僕の気持ちを察してくれたのか、広末が一瞬チラ見せをかまして来た。
あのザ・魔雲天のようなフォルム!(キン肉マン参照。7人の悪魔超人の一人)
名峰槍ヶ岳ではないか。
20年程前、母さんと登った山槍ヶ岳。
中学生だった当時、どんな場所かもよく分からずに連れて行かれ、鎖やハシゴを使って登るこの山に「殺す気か」と思ったものだ。
母さんは畳一畳分くらいしかない頂上で、ワンカップ大関を飲んで酔っぱらって中々下山出来なかったというのを覚えている。
20年のときを経て、今僕は槍ヶ岳をチラ見している。感慨深いものがある。
槍ヶ岳はあっという間に再び雲の中へ。
それでもこの稜線から見る穂高連峰は忘れられない思い出となった。
しばらく進んで行くとポッコリとしたお山が出て来た。
地図を見ても特に名前は書いてなかったので、この手の山の宿命として「もっこり山」と命名した。
もっこりの頂上には実に絵になる見知らぬおっさんが立っている。
僕はもっこりを登り始める。
遠目ではふんわり感のある見た目のもっこりだったが、実際取り付いてみると非常にいかついもっこりだった。
なんてゴツゴツしたもっこりなんだ。
このもっこり、登りだすと結構急峻にそそり立っている。
僕は慎重に、優しく、時に激しくもっこりを攻めて行く。
そして汗だくになりながらもっこりの先っちょに辿り着いた。
もっこりからの眺めは中々に素晴らしいものがあった。
いいもっこりだ。
そこで先ほどの見知らぬおっさんも休憩してたのでしばし話をする。
テントを担いでいたので聞いてみた。
僕「昨日の夜は突風がすごかったですね。僕は登山経験があんまりないので、あれが普通なのか異常なことのかも分からんくて怖かったですわ。結構あんな感じなんですか?」
おっさん「昨日はほんとすごかったね。10年以上山やってるけどあそこまで酷いのは記憶にないわ。さすがに夜中にテント移動させたよ。」
やっぱりか。
旅の神はいつだって僕に残酷だ。
初心者に対していきなりハイレベルな試練を与える事はないだろう。
思えば僕が熊野川で初めて一人でテント泊したときは、ものすごい土砂降りで翌朝テントの中はプール状態。耳まで水につかっていた思い出が僕のアウトドア経験の記念すべきスタートだった。
できれば最初くらいは素敵な思い出を作らせてほしい。
旅先でのファーストキスはいつだってアブノーマルなものなので、たまに天気がよくて普通のキスをしてしまうと僕はどうして良いのか分からなくなる。
1時間半程素敵な稜線歩きをしていたが、次第に稜線は下降を始める。
僕はてっきり常念岳までこんな感じの素敵な稜線が続いて行くと思っていたが、どうやら一度高度を下げて、再び常念岳に向けて登って行くようだ。
その時の僕には聞こえなかったが、今ならその時旅の神が呟いた言葉がはっきりとわかる。
「昨夜を乗り越えたからと言って調子に乗るんじゃない。
さあ、ひとときの祭りはもう終わりだ。お前にはもう十分だろう。
これからが本当のマゾの世界への入口だ。」
いつだってこいつのやり方はこうだ。
ツライばっかならさすがの僕だってこんなに旅はしていない。
時折織り交ぜてくる数滴の素敵な体験があるからツライと分かっていても旅立ってしまう。
やり方が女を餌にするヤクザのようだ。
時折優しい部分を見せておいて、なついて来たと分かればぶん殴って泡の世界へ送り込むようなやり方だ。
何も知らない鼻歌まじりの僕は、森林限界ラインを下降し森の中に吸い込まれて行った。
ここから己の精神・体力限界ラインを遥かに超えて行くとも知らずに。
-つづく-
マゾ男登頂記〜ひとときの幸せ〜
- 蝶ヶ岳〜常念岳/長野
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