蝶ヶ岳〜常念岳/長野

マゾ男登頂記〜限界の先の世界へ〜

結局前回記事で書ききれなかったので、今回でマゾ男登頂記は最終回です。

基本、カメラのシャッターを切るだけの体力すらなくなって行くので写真は少ないです。

M男の最後の男塾っぷりを文章にてご堪能ください。

長文なんでお暇な人だけどうぞ。


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僕はわずかばかりの水だけを命綱とし、三股に向け下山を始めた。

地図を見ると今度は前常念岳まで再び稜線を歩き、そこから急降下で一気に高度を下げて行く感じだ。

明らかに等高線の間隔が短い。相当急な下りを予感させる。


まずは前常念岳を目指す。

名前からして常念岳のオプション的な感じかとなめてかかっていた。

出来れば「臥龍岳」とか「閻魔岳」とか重々しい名前であったなら、もっと気持ちの持ちようは違っていたのに。


実にヘビーな稜線歩きが始まった。

IMGP0131.jpg

写真では伝わらないが、出だしから恐怖感たっぷりだった。

この直線ルートが稜線なんだが、雲に吸い込まれて行って先が見えないばかりか、足場はひどく不安定で両サイドの崖っぷりがハンパない。

まるで綱渡りのような稜線歩きで再び僕の足はガクガクと震えだす。

早速僕の喉はカラカラになっていく。

しかし貴重な水だ。我慢できるまで我慢だ。

それでもすぐに限界が来るから飲んでしまう。

これはやっぱり最後まで持ちそうにない。



実はこの時点で僕の足の靴擦れは絶望的な様相を呈して来た。

特に踵と親指の外側が激しくズルむけて、そこからさらに水ぶくれにまで発展しそうな勢い。

一歩一歩の痛みが女王様のムチのように僕をじわじわと痛めつけて行く。


1時間くらい歩いたところで前常念岳の山頂らしき場所に着いたが、なんの標識もないので達成感もくそもない。

足も限界だったのでここで靴も靴下も脱いで足を休ませ、昼飯を作る事にする。

しかし、この昼飯を作るのに160mlの水を使用しなくてはならない。

非常に悩んだが、何も食わずにこのまま進めば必ず動けなくなってしまう。


僕はアルファ米のわかめご飯だけを食い、みそ汁は作るのに水がいるし喉が渇いてしまうからやめておいた。

喉がカラカラで飯が喉を通って行かないが、水は飲まずに食い進める。


寂しくわかめご飯を食っていると、4人組の登山チームもここで昼休憩を始めた。

その中のおばちゃんがおもむろに僕に近づいてくる。

寂しい食事を不憫に思ったのか、2cm厚の分厚いハムを4切れくれた。

非常にありがたく、とても嬉しかったが今は通常の状況ではない。

こんなものを食ったらたちまち水分は奪われて喉が渇いてしまう。

でもおばちゃんの行為を無碍にする事はできない。

こんな状況でも気を使ってしまう僕は、おばちゃんの前で美味しそうにハムをむさぼる。

案の定、急速に僕の口の中の水分が失われて行った。

すごい吸水効果だ。サラサーティーか。

もはや乾きを通り越して、喉が痛い。結局ここでも水を飲んでしまった。


この時点で水は残り300mlくらい。体力ゲージは残り15くらいのオレンジ色になっていた。

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その後も稜線は続き中々下降して行かない。

ゴールはまだまだはるか雲の下だ。

IMGP0135.jpg

もうこの時点で結構しんどくて辛い気分が続く。

しかし、ここで一瞬の安らぎを運んで来た粋な奴が現れる。ライチョウだ。

IMGP0134.jpg

これには一瞬だが、疲れも忘れて見入ってしまった。

あの、よく長野土産の箱に書いてある絵の奴だ。

ライチョウが見られるなんてとてもツイている事なんだが、この旅が全体的にツイてるかどうかは疑問が残る。

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稜線は突然終わりを告げ、とてつもない急降下ルートが姿を現した。

IMGP0137.jpg

覗き込まないと先が見えない。

こんな所下れるのか?崖じゃないか。

再び急速にケツの穴がキュキュッと締まっていく。

心臓がバクバクする。激しく喉が渇く。

それでもなんとか一歩一歩僕は下降を始めた。

IMGP0138_20110819153446.jpg

すごく怖い。すごい高度感。

しかもこの下山道、岩の間の砂地が強烈に滑る。

全神経を研ぎすまし下っていく。

この写真を最後に、僕はカメラのシャッターを切る事はなかった。



なんとか慎重に下っていくが、ついにその砂地で僕は足を滑らせた。


死を覚悟した。


1m程滑り落ちていき、全力で岩にしがみつく。

この時の恐怖は忘れられない。

しばらく体も顔も強ばって身動きが取れない。


これはもう下山というより懺悔だ。

いったい僕が何をしたっていうんだ。それとも前世の報いなのか。

しかし、そもそもここに望んで来たのは自分だから誰のせいでもないが。


その後も僕は2度滑り落ちた。

もう精神はズタズタだ。

フェニックス一輝の鳳凰幻魔拳を食らった聖闘士の気分を味わえた。

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やがて森林限界地帯を抜けて、やっと木が生えてる登山道に達した。

視界が開けてないから非常に安心感がある。

しかしこの時点で水は100mlほどしか残っていない。

体力・精神力もともに5くらいしか残っていない。

もはやスライムの一撃で死んでしまう程に限界が近づいていた。


でもここまで来たら後はもう一踏ん張りだろう。

しかしそこからが一番長く感じた下山となった。


急な下りは続き、僕の足の筋肉は常にパンプアップ状態。

登りに比べて、下りは荷物の重みもモロに着地点に集中するので足腰への負担はハンパない。

足の靴擦れも、もはやよくわからない痛みに変化している。

さらには高度が下がっていくにつれ、気温もぐんぐん上がっていき貴重な体内の水分が滝のような汗となって蒸発していく。

しかしもう水はほとんどないから、一回の吸水は1、2滴の水で口の中を湿らせるのが精一杯だ。

そして僕はみるみる脱水症状に陥っていく。


そんな時、下の方から川のせせらぎの音が聞こえて来た。

水だ!この先に水があるんだ。


僕は期待に胸を膨らませて、思わず早足になる。

しかし、川の音は聞こえるが進んでも進んでもその姿を現さない。

「次の角を曲がれば」「次の角を曲がれば」「次の角を曲がれば」

何度もそう期待しながら下っていくが、風景は変わる事なく一向に川が出て来ない。

この期待して裏切られるという行為が何度も続いて、報われない時間が長引くほど精神は破壊されていく。

犬が竿をつけて餌をぶら下げた状態で、その餌を追い続けるかのような悲しい徒労感。


早足で下ってしまったおかげで体力ゲージも残り1だ。

休憩しなくてはならない。

岩に腰を下ろすが、荷物はおろさない。

一度下ろしてしまうと再び背負う事が出来ない気がしていた。

さらには禁煙中の僕は休憩の仕方が分からなくなっていた。

じっとしてると落ち着かなくなって再び歩き出してしまう。

結局僕は時折10秒程の立ち休憩程度で、この後も休憩する事なく下っていった。


意識も朦朧としだした時、ずっとずっと下の方に木の橋のようなものが見えた。

橋だ!きっとあそこが川なんだ。


僕は最後の力を振り絞り、急いで下降していく。

足はもう棒のようで、動きはカクカクのロボットダンス状態。

今メイクを施せば、スリラーのバックダンサーとしても十分通用するだろう。


どれだけの時間下降しただろう。

何度もめげそうになりながら、期待だけを胸に木の橋を目指した。

やがてそこに辿り着いた僕に「絶望」の二文字が目に写る。

木の橋に見えたものは、とても大きな倒木だったのだ。


僕はその場に静かに倒れ込む。

まるで明日のジョーの力石徹が、死ぬ時にゆっくりとマットに沈んだように。


体力ゲージはついに0となり、ピーーーーーーーという病院的なサウンドが聞こえた。


目を閉じると、暗闇の中に「GAME OVER」の文字が浮かんで見えた。

終わった。

僕はその場を完全に動く事が出来なくなってしまった。


しばらくその状態で倒れていたが、僕は一つの覚悟をする。

1分進まなければ、1分ゴールは遠のき水を飲む事は出来ない。

僕はかろうじて残ってた水をすべて飲み干し、最後のサブ電源を起動させた。

ふらふらと立ち上がり、僕は再び動き始める。


もう完全に水はない。体力もない。

わずかに残った精神力だけで歩き続ける。


そこから20分くらい歩いていった所についに渓流が現れた。

僕は狂ったように飲んだ。

五臓六腑に染み渡るとはこれの事を言うんだろう。

初日の神の黄金水を遥かに超える、超神水がここにあった。


そしてその場所から少し行った所で、あの入山届けを出した小屋が見えて来た。

この時の感動は忘れられない。


僕は下山届けを殴り書きで書いて投函した。

文字はグチャグチャで、ほとんどダイイングメッセージのようで解読はできないだろうが。


行きは気にもかけなかったが、実はここから駐車場まで10分かかる。

このたった10分すら歩くのがやっと。

トレッキングポールで体を支えるように歩く僕は、生まれたての子馬のようだった。


そして車にゴール。

これぞ完全燃焼。


車で温泉に向かった。

体重計に乗ったら4キロも痩せていた。

その後水分補給をしっかりして、家で計ったら2キロ戻ってたからそれだけ体内の水分が失われてたという事か。


今回の旅は実に壮絶なものだった。

基本ツイてなかった部分もあったが、ただその原因の大半は自分の体力と経験の無さから来るものだ。

本にはここまでしんどい登山とは一言も書いてなかったし。

ただ、どんなに経験積んで体力つけて装備も充実しても、初心者の頃の辛さや感動は二度と得られるもんじゃない。

それはカヌーで経験済みだからわかるんだ。


この旅で一皮も二皮もむけた気がする。


なんか山は恋愛と似てるな。

憧れて登り始めて、結ばれて素晴らしい景色見て、ボロボロになって下山して。

もう二度と恋なんてしない!

なんて言わないよ絶対 って感じでまた登っちゃうんだろな。

大変なのは分かってるのに。


きっと僕はまた山に登るんだろな。

Mですから。


マゾ男登頂記 〜完〜


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ーおまけー

ボロボロの体で4時間のロングドライブ。

嫁から電話があり、そのまま駅へ迎えにいく。

ちょうど僕が駅に着いた時、嫁の電車が到着。

今朝の5時のご来光から歩き続けて、長野からジャストタイムで到着するとはなんという忠犬ぶりだろう。


普通、「どうだった、山?楽しかった?疲れてない?」的な話になると思っていたら、車に乗り込んで来るなり嫁の第一声。

「くさっ!」

その後も特に山の事は聞かれず、肩が凝ったから整体まで送れという。

僕は疲れてるからいち早く家に帰りたいが、忠犬なので整体まで送り届ける。


帰宅後マスオの僕は、義父さん義母さんに余計な心配をかけさせないように「とても楽しい登山でした。」と愛想笑いをかます。

すぐに子供を風呂に入れ、着替えさせ、歯を磨かせ、寝かしつける。

桃太郎の朗読も2周目に入ったあたりで、やっと子供が寝る。

急いで僕は整体まで嫁を迎えにいく。

帰宅後やっと落ち着いた僕は、このブログの生還報告の記事を書いたのだ。


北アルプスは終わったが、これからまた日常の北ストレス登山が始まる。

中でもストレス三名山の縦走エンドレスコースだ。


大分登りやすくなったが、夜中に何度も起こされる「育児岳」。

慣れない足場ですごく気を使う、「マスオ岳」。

そして最大の難関「嫁ヶ岳」。

この嫁ヶ岳、別名鬼ヶ岳ともいうが相当ハードだ。

登山道は激しいドSカーブが続き、頭上からは落石や雪崩がひっきりなしに発生する。

時にちょっとしたミスを犯せば落雷が命中する事もある。


でもめげないぞ。だってM男だもん。


僕は再び日常の三名山を登り始めた。


ーーおまけ 終わりーー


長々とご愛読に感謝!



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