弓削島/愛媛

瀬戸内海!神の島遥か国・前編〜24時間戦えますか〜



プロローグ 俺と海のセレナーデ

夏を根こそぎ失った2018年。

それによって発狂状態になった僕は、「秋は血を吐いてでも遊んでみせる!」と無理やり旅の予定をスケジュール帳に殴り書いた。

世に言う「秋吉久美子の乱」である。

そして前回、第1回目の秋吉ラウンドとして「御嶽山麓源流泊釣行」に突入。


しかしここで僕は散々苦労して山奥に侵入したにも関わらず、雨の中で初日に滑落して「己で己の竿を折る」という暴挙に打って出てしまった。

おまけに釣れたのは小魚3匹という踏んだり蹴ったりさ。

それでも「なあに、秋の戦いはまだ始まったばかり。まだまだ俺の心は折れてないぜ!」と、涙を拭って第2弾の旅へと突入していったのである。

 

その新たな旅の舞台は、もう秋だというのに出遅れ感が凄まじい「海」。

しかも僕にとって「海」とは、あの激しいトラウマを抱えるきっかけとなった「西伊豆の悲劇」以来の挑戦となる。



この時は荒れ狂う大海の中に身一つで放り出され、40分漂流して嘔吐しまくった挙句にあわや海上保安庁に救助要請か?といった死線を彷徨った壮絶なものだった。

これ以来僕は海を見る度に吐き気を催してしまうという海アレルギー体質に。

 

しかし今回、そんな僕に対してある男が救いの手を差し伸べてきたのである。

その人は瀬戸内海でシーカヤックガイドをしている人で、「瀬戸内の穏やかな海で“普通の海”を体験してみませんか?」と誘ってくれたのだ。

そしてこんな写真を送ってきて、「青い空の下、素敵なビーチで無人島キャンプしましょう!」と魅惑の言葉を並び立てる。

しかし僕は「ウソだ!こんなのCGだ!普通の海って…もっとこう全体にグレイッシュで、波はうねって突風が吹き荒れる救いのない絶望的な世界のはずだ!海なんて浮かれる要素ゼロの修羅の世界だ!」と怯えるばかり。

そんな哀れな小動物に対し、彼は「大丈夫。怖がらないで。僕はプロのガイドですし、しかも猛烈な晴れ男です。ほら、天気予報見てください。来週は全部晴れですよ!」と押しの一手。

その晴れ予報を目の当たりにした僕は「本当に…本当にあっしのような男が世間一般の皆さんが体験しているという”普通の海”ってやつを味わえるんですかい?信じていいんですかい?」と喜びに打ち震えて瀬戸内行きを決断した。

 

そしてそのオール晴れ予報を見た僕はかなり思い切った作戦に打って出ることに。

以前からノマドワーカースタイルに憧れを抱いていた僕は、「ノートパソコン持って仕事しながらなら長期滞在も可能じゃないのか?」と、なんと4日間のロングステイを決意。

これがうまく行けば、今後の新たな旅のスタイルが確立出来るぞ。

 

って事で今回の旅の目的は3つ。

  1. 快晴のシーカヤックで海のトラウマ払拭。
  2. 無人島のチャッピービーチで仕事の疲れを癒す。
  3. 働きながら旅できるのかのノマドワーカーテスト。

 

さあ、夏を取り戻す「秋吉久美子ラウンド第2弾」。

瀬戸はマゾれて夕波小波。

果たして「のんびり浮かれ島旅」を実行することができるのか?

それとも西伊豆の時のような「ゲロり 途中吐瀉の旅」になってしまうのか?

いざ、運命の瀬戸内海海戦4daysの始まりである!

1日目 トラウマグッバイ

弓削島上陸!

今回の旅に向けて、事前に猛烈な勢いで仕事を片付けてきた。

それによって「ほぼ不眠状態」という素敵なコンディションの中、延々車を走らせること6時間。

ついに僕は瀬戸内海、しまなみ海道への突入に成功した。

実はこのしまなみ海道に来るのは12年ぶりだ。

当時の僕は自転車でこの海道を縦断して愛媛の道後温泉を目指す旅をしていた。

その旅の一番の思い出は、たまたま入った山奥の「ジャングル温泉」という所での出来事。

僕の目の前で全裸のおっさんがスリップし、おっさんは反射的に僕の腕を掴んできた。

僕もとっさにおっさんを支えようとするが、長友ばりのおっさんのスライディングの勢いは止まらず、そのまま二人とも倒れこんでくんずほぐれずの肉弾戦に。

そしてその時、おっさんの「ジャングル」が僕の二の腕にわっさーと覆いかぶさり、挙句に何か生暖かいモノが我が肩に鎮座。

そう、それはもう2度と思い出したくない密林の思い出。

今回は西伊豆でのトラウマ払拭が目的ではあるが、あの時のおっさんの闇の記憶を上書きするのも目的の一つなのである。

 

やがて因島(いんのしま)に上陸。

ここは因島村上海賊の地として有名な場所だ。


穴が小さすぎるし角度もおかしいから作画崩壊を起こしている。もちろん他に人がいる中での己撮り。



そして因島と言ったらこの方達。

たまたまパーキングエリアにいらっしゃった因島出身の「ポルノグラフィティ」のお二人とパシャり。

お二人ともとても気さくで良い人たちだった。(パネルね)

そして彼らに別れを告げ、しまなみ海道の本線から大きく外れてマニアックな生名島(いきなじま)方面へ。

生名島には橋かかってないから、短い距離だけど連絡船に乗り込んでの移動だ。

ちなみにここでカッコつけて己撮りした直後、

瀬戸内の罠にかかって、弁慶を思っきり強打して悶絶。

まだ何も始まってないのに早くも足を負傷。

その甲斐あってか、佐島に上陸した頃にはご覧の快晴。


奥に見えるのが目的地の弓削島。



何気に僕にとって瀬戸内海は縁起の良い場所。

実は例の自転車旅までの4年間、なんと僕は「すべての旅で雨を降らす」という鉄人級の記録を更新中だった。4年間もである!

しかししまなみ海道の旅では一滴の雨も降らず、僕の連続雨試合出場の記録は途絶えたのだ。

今回も連日晴れ予報だし、浮かれる予感がビンビンなのである。

 

やがて目的地の弓削島(ゆげしま)に到着。

そして指定の場所に行くと、そこで今回の旅の水先案内人「石田さん」がお出迎えしてくれた。


綺麗なジャイアンのような風貌でのび太を出迎える石田さん。



石田さんは「瀬戸内パドラーズクラブ」代表のシーカヤックガイドさん。

今回はシーカヤックガイドはもちろん、島案内までしてくれる上にお宅にも長逗留させてもらえるという好待遇だ。

ちなみに石田さんはシーカヤックガイドだけでなく、もう一つDJという顔も持った異色のガイドさんなのである。


家賃2万?だったかな?の古民家内にシュールに馴染む豪華DJセット。



しばし談笑したのち、まずは飯食いに行こうってことで島プラ。

どうやら今週末に祭りが行われるらしく、島はなんとなく全体的にソワソワ・ワクワクしてる空気感。

この島の祭りはだんじり祭りで、神輿の引き回しやら子供行列ができるかなり勇壮なもの。

しかも今時期は集落ごとに毎週のように祭りが行われ、写真を見せてもらったがかなりの盛り上がり。

石田さんもかつて肋骨を骨折していたにもかかわらず、脂汗をかきながら神輿を担いでいたほどの剛の祭り男。

こいつは旅人としてはぜひ参加してみたかったが、残念ながら「僕が帰る次の日がお祭り」だといういつも通りのタイミングの悪さが露呈。

一日滞在を伸ばそうかとも思ったが、祭り当日はこうたろくんの運動会。

流石に運動会には行かないと嫁だんじりによって市中を引き回されて殺されてしまうので、祭りは涙を飲んで諦めた。

 

やがて石田さんは味のある路地に入り込んで行く。


このいかにもな島旅感。地元の人と一緒だからこそ味わえるディープ感が旅心をくすぐる。



弓削島は古い街並みが現存していて、しかもそれが観光地化してなくしっかりと生活をキープした状態で残っているのがたまらない。

やがてその路地の先に、突如こんなシャレオツな空間とカフェが登場。

この「Kitchen 313 kamiyuge」さんは、築100年の蔵をリノベーションしたカフェ&ベーカリー。

我がブログで「カフェ」なるものを紹介する日が来るとは思ってもいなかったが、こういうカフェなら大歓迎。

中庭なんてもう朝ドラのセット感が半端ないほどの味のある空間。


この空間、すべてが大好き。日の当たる縁側とか。



都会にあるカフェはあまり好きじゃないんだが、こういうその土地の息吹をしっかりまとったカフェ空間は大好物。

そしてまたここのベーグルサンドもコーヒーも美味いこと。

「あれ?これ本当にユーコンのブログ?」って疑ってしまうようなインスタ映え感。

いつもの「焚き火いなば缶詰」や「黒焦げサムゲタン」とは次元の違う爽やかさだ。

しかもである!

思わず「そんないかにもな!」と叫んでしまった光景が目の前で展開。

なんと普通に島の猫が店内に入ってきて、我々のソファを独占なのである。

萌える!

猫好きとしては萌えまくるこの光景!

今にもお魚くわえて逃げ出しそうなこのほのぼの感たるやまさに「THE島」の光景。

アキバのメイドカフェなんて目じゃない萌えと癒しの世界がここにある。

 

店主の宮畑さんは神戸の生まれだけど、お父さんの故郷の弓削島の古民家を受け継いで旦那さんとともに移住してこのお店をオープンさせたそう。


「キメ顔でお願いします!」と急にシャッターを切られため、図らずもドヤ顔で写ってしまった宮畑さん。



ちなみにこの時他に子連れの若い常連さん夫婦も来たんだが、普通に「はいこれ、魚のおすそ分け」って持ってきてて「ありがと〜」ってなやりとりも展開。

そこには古き良き日本の風景が展開しており、若い世代がその文化の中に自然な形でいることにほっこりした気持ちになった。

そして余談だが、宮畑さんは実際に猫にお魚を盗まれたこともあるそう。

店名もサンイチサンだし、まさにサザエサン的な暖かい空間がここには存在していた。

この空気感に対し、僕は弓削島に到着して数時間で早くもこの島の虜になって行ったのである。

 

恐怖を克服せよ

一方、石田さんも元は横浜の人で移住組の一人。

弓削島がある上島町の観光協会の依頼でこの島でのガイドをしている経緯があり、今僕が進めている「カンムギプロジェクト」と形が似ているため色々参考になる。

なので今回はその視察も兼ねて来ているのだ。(という名目で家族に言って大義名分を得た)

で、弓削島のお隣の佐島に移動して、石田さんの「瀬戸内パドラーズクラブ」の艇庫へ。

海が目の前の好立地。

そして艇庫の奥にはこんな秘密基地感満載の素敵スペースが。


暖炉や流木で作った椅子やランプやオツな本。男なら誰しも憧れる「オレの基地」。



「こうなりたい!」を先行して実現してる石田さんに強く憧れてしまう。

僕にもこんな基地があれば、養子のストレスや嫁の迫害から逃れてひとときの安らぎが得られるものを…。

 

さあ、とりあえず初日の今日は明日からの本番に向けての「訓練DAY」。

まずは艇庫周辺の海で漕ぎ方だったり、沈脱・再乗艇訓練を行うのである。

そもそも今までまともにレクチャーなんて受けたことないし、初めての再乗艇の現場があの荒くれた西伊豆の海だったから、ここらでちゃんと落ち着いた状況でプロの方に学んでおきたいのだ。

で、あの西伊豆の悲劇以来遠ざかっていた海に今3年ぶりに浮かんだのである。

前回のカヤックはスプレースカートも落ち着いて着けれない乱坊少佐の「グラグラ死神エディション」だったが、今回のはすこぶる安定感があって安心感がある。

まずは周辺を海上散歩するんだが、この「ああ!瀬戸内海!」ってな光景が明日への期待感を煽ってくる。

気のせいか快晴だった空が雲に侵食され始めているが、それでも風がなく波は穏やか。

そしてひとしきり気分が良くなった所でいよいよ再乗艇訓練スタート。

途端に当時の恐怖が蘇ってなかなか転覆しようとしない男。

その顔は恐怖で引きつっており、当時のトラウマと必死で戦っている様子がうかがえる。

拡大すると、前回嫁に「陸に上がってきた深海魚みたいな顔しやがって!」と言われた意味が何と無くわかる気がするこの表情。

そしてその深海魚は、ついに西伊豆以来の転覆チャレンジ。

途端に脳裏にフラッシュバックするあの時の絶望的な記憶。

そしてなんか見覚えのあるこの絵面。

蘇るあの時の絶望↓。


この後壮絶に吐いたっけ…。借り物のカヤックの中に。



しかしまたあんなことになってもいいようにここでしっかり訓練してトラウマを払拭するのだ。

海を見るたびに吐き気に見舞われてきた自分に今こそグッバイだ。

気張れ!まぞどん!チェストー!

こうして僕は何度か再乗艇訓練を乗り越え、あの時のトラウマを少ーしだけ払拭させることに成功。

さあ、これにて本日の訓練は終了。

何気にほとんで寝てない状態で6時間半車を走らせ、そのまま突入した再乗艇訓練で体はヘコヘコ。

しかしこの訓練のおかげで明日の無人島への準備は万全だ。

 

そして我々は明日への英気を養うため、「これ普通の観光客じゃ見つけられねえぜ」という、市民プラザ内の会議室のような場所にある寿司居酒屋へ直行した。

しかしここもさすがの地元民情報、店内はいい雰囲気で大将も気さくで話しやすく、飯も二人分くらいの量のものが一人分の値段で食える完璧スポットだった。


竹原ピストルみたいな風貌の大将。店内には宮沢りえなどの我ら世代には眩しい曲が流れる。



この島はヨットで寄港する人も多く、店の壁にはいろんな冒険野郎たちの名刺が貼ってある。

話題は主に今年7月の記録的な豪雨被害に及んだが、近隣地区の多くが停電や断水でライフラインが途絶える中、この島にはそこまで大きな被害はなかったという。

それはほぼ各家庭に井戸があったってことと、住民同士が「うちで水汲んで行け」「うちの風呂入ってけ」と助け合いつつ、余裕のある人はボランティアで各地を回って困ってる人を助けた。

よって自衛隊が水持ってきた時には「え?特に困ってないよ」ってな具合に。素敵なお話である。

その後も家に帰って自家製の梅酒などを頬張りながら(これがまた絶品!)、四方山話に花を咲かせる。

すっかり気分が良くなりあとは寝るだけだが、しかしそこは戦う旅人ユーコンカワイ。

今日一日カフェとかで浮かれてる間にしっかり溜まっていたお仕事スタート。ただいま23時なり。

正直後頭部を鈍器で殴られたみたいに速攻で寝落ちできそうなほどヘロヘロだが、旅するノマドワーカーはこんなところで立ち止まれない。


めんどくさくて己撮りの構図もめちゃくちゃ。



早くも「働きながら…旅って…無理だな…」と弱音を吐きながら、深夜までガッツリファイト。

このご時世で「24時間戦えますか?」をリアルに体現する旅人。

しかしそれもこれも明日の無人島キャンプのため。

明日無人島に行ってしまえばどうせ圏外だろうからこっちのものだ。

そんな素敵な海旅を夢見ながら、彼は全ての仕事を終わらせて、深夜遅くに泥のような眠りに落ちた。


2日目 ワークマンの懊悩

ついに待ちに待った本番当日!

我々は意気揚々と艇庫に移動し、本日の作戦会議に入った。

今日は瀬戸内海の激しい潮流区間を突っ切って、目指すは「津波島」という無人島。


海図が出てくるだけでワンピース的な冒険感が出てワクワクする!



そう、津波島とはまさに石田さんが冒頭で「青空の下、こんな素敵なビーチで…」と言って送ってきたあの写真の場所。

とうとう僕もこんな人並みの素晴らしい体験ができてしまうのか?

海という場所で死の恐怖を感じない一日を送っても良いのか?

今日も天候は落ち着いているし、楽しみすぎてしょうがない!

 

そしてそんな浮かれが止まらない男に貸し出されたこのスカイブルーのパドリングジャケット、

実はこれ、某アイドルグループのセンターの子がカヤックロケの撮影時に身につけていたもの。

貸し出しながら石田さんは「ああ…これでこのジャケット…もう値打ちが下がっちゃったな」と切なげな表情。

そのアイドルも、まさか数年後にこんな中年のマゾドルに汚されるとは思ってもいなかったことだろう。

 

さあ、これで気分も格好も空もスカイブルー。

石田さんも「我が晴れ男効果がユーコンカワイの悪天候を打ち破ったり!俺の勝ちだ!」と勝利を確信。

あとは難所を潮が落ち着いた段階で渡れるように、出発の時間を見計らって待機。

やがて石田さんが「そろそろいいでしょう。行きましょう!夢の世界へ!」と叫び、僕は村上海賊気分で「応!」と満面の笑みで応えて立ち上がる。

 

その時である!

男の携帯に一本の電話がかかってきた。

男の方からは「はい、はい…え、急ぎで…はい…今日中…ですか。はい…え…できれば今すぐ?」という声が聞こえてくる。

そう、ここでまさかの「普段かかってこないお客さんからの超急ぎ案件」が勃発だ!

しかし男は「いやあ…実はあの..今から無人島へ行く予定でして…」と必死で食い下がる。

いくら仕事が重要だとはいえ、目の前で無人島キャンプという名の全裸壇蜜が横たわってるのに行かないなんて男としてあり得ない。

彼は「それでは…ほんと..すみません」と電話を切り、石田さんに向かって「やってやりましたよ!仕事断りました!さあ!無人島へ…」と言いかけるとまたしても今度は別の人から電話が。

彼は「はい…は…え?今すぐ?明日の夜じゃダメですか…え…だめ?そう…ですか…」と苦悩の表情。

その様子を固唾をのんで見守る石田さん。

それでも断固たる決意の彼は「僕、無人島に入るんですよ…本当に…本当に申し訳ございません…」とまたしても仕事を断った。

フリーランスの男が仕事を断るってのは、断腸した腸をさらにみじん切りにして行くほど辛い行動。

なぜ普段はかかってこないのに今なのか?

そして彼が電話を切ったあと、「ポーン」とメールの着信音。

「まさか」と思って恐る恐る開封すると、そのタイトルに【本日中・最短にて】の文字が….。

男は「キャアアアアアアッッ!」と発狂。

流石にその状況を見て石田さんは「これはユーコンさん…やっぱ仕事した方がいいんじゃないですか…?多分無人島行っても楽しめないような気が…」と気の毒そうに言うのが精一杯。

そして「これは天が今日は仕事しろって言ってるんですよ。大丈夫。無人島は逃げません。あしたも天気良いですよきっと。ね、そうしましょうよ。」と優しく提案。

やがて男はひとしきり「うう…ううう〜」と冬彦さんのように唸ってから、「俺…俺…やっぱ仕事します…」と血の滲むような声でひねり出すのが精一杯。

そして人目もはばからず「わああああああああ!」と慟哭。


横に虚しく横たわるのは出番がなかったスカイブルー。



石田さんもこの光景を見て「天気が良いから俺が勝った気でいたが、やはりこいつは格が違うぜ…。まさか晴れたら晴れたでこんな変化球で来るなんて…」と完敗宣言。

そう、男は憧れの壇蜜ビーチを目の前にして「現場にすら行けなかった」というビッグプレーを炸裂させてしまったのである。

 

そしてわざわざ昨日の時点でスタート地点にセットしておいたカヤックを撤収し、

男は断ったお客さんに「ちょっと天候が…荒れて..荒れてまして…中止に..なったんで…やはり…お仕事させてください…」と蚊の鳴くような声で電話。

そして再び部屋に戻ると、締め切り間際の漫画家のように缶詰になった。

ノマドワーカーなら仕事しながら旅できるぜ!なんてのたまいていたが、現実はハバネロよりも辛かった。

やがてその仕事の内容が、想像をはるかに超えるとんでもないヘビー案件だったことも発覚。

男は石田さんからちゃぶ台をお借りして、完全に仕事モードに突入。

「俺は瀬戸内海まで来て一体何をやってるんだ?6時間かけて出勤しただけじゃないか?」と激しい自問自答が止まらない。

「そもそもいつも時間のある時には電話こないじゃないか。アレだな?きっと物陰から俺が浮かれてるの見てわざと電話して来たんだな。今頃この部屋のどこかに仕掛けられた隠しカメラでこの様子を中継で見てるんだろ?そうなんだろ?」と被害妄想も止まらない。

しかし待てど暮らせど、部屋に「TBSのモニタリングですが…」って言って入ってくる人は現れない。

 

そこから何時間も男は作業に没頭(しかも人様の家で)。

今頃は瀬戸内海の潮流を乗り越え、素敵なビーチに上陸していた頃だろうか?

なんだか目もシパシパして来た。

そもそも今回の旅の目的の一つに「無人島のチャッピービーチで仕事の疲れを癒す」ってあったような気がするが、なんかいつも以上に疲れてる気がするぞ。

そもそもここビーチじゃないし…

 

あれから何時間経った?

なんだか外はもう暗くなってるぞ。

なんだか意識も朦朧として来た。

この数時間で19枚もスーパーのお歳暮用の注文パネル作るだなんて、なんて激しい潮流なんだ。

だめだ…1枚のパネルに30個以上のお歳暮商品が…写真データも重いし…波が高すぎる。

それ全部リサイズしてナンバリングし直して整列させて…

寝るな!死ぬぞ!

 

そんな僕に対し石田さんが「カワイさーん、生きてますかー?海ホタルが凄いですよー。息抜きに見に行きましょー。」と誘ってくれた。

家からすぐの海を覗き込むと、そこには思わず「なんじゃこりゃあ!」と優作化してしまうほどの光の乱舞が。

いよいよ幻覚か?と思ってしまったがそれは現実だった。

なかなか写真では分かりにくすぎるが、海が満天の星空のように光り輝いているのである。

それを上から見ると、武道館のステージに立った歌手が観客のペンライトの波を見てるかのような感動である。

 

これでスター気分になった僕は、再び戦場に篭った。

しかし連日に及ぶ疲労の色は濃く、もはや目は開いていない状態に。

やすむな。やすむなんておれはゆるさないぞ。ゆるさない。

やすむときは死ぬときだ。

生きているあいだはやすまない。

やすまない。

おれが、おれにやくそくできるただひとつのこと。

やすまない。

目であるけ。目でゆけ。目でゆくんだ。

めでにらみながらめであるけ。

めでもだめだったらそれでもなんでもかんでもどうしようもなくなったらほんとうにほんとうのほんとうにどうしようもなくなったらほんとうにほんとうにほんとうのほんとうにどうしようもなくほんとうにだめだったらほんとう にだめだったらほんとうに、もう、こんかぎりあるこうとしてもうだめだったらほんとうにだめだったらだめだったらほんとうにもううごけなくなってうごけなくなったら──

思え。

ありったけのこころでおもえ。

晴れた無人島のビーチのことを。

 

想え──

午前2時半。

戦う旅人ジョージ・マゾリーは還らぬ人となった。

大海原に夢を馳せ、長年夢見た無人島ビーチまであと一歩のところで彼の夢は潰えた。

彼は何も多くを望んだわけじゃなかった。

ただ人並みに“普通の海”ってやつを味わって見たかっただけなのだ。

 

そして夜が開ける。

全てを出し切り、急ぎ仕事を全て終わらせた彼に再び訪れる無人島チャンス。

まだかろうじて息があった彼は、「今日こそは快晴のチャッピービーチで…」と言いながらヘロヘロと窓を開けた。

 

しかし彼は叫んだ。

「雨降ってるじゃねえか!」と。

そう叫ぶと彼は「グハッ!」と血を吐き、そのままその場で絶命した。

こうして彼の第3日目が華々しくスタートしたのである。

 

後編へ 〜つづく〜

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コメント

    • 呉 竜府
    • 2018年 10月 19日

    いやぁ~
    流石です!完膚なきまでにやられました。ふりと落ちがヤバいっすね

    「HANG OUT」のTシャツを着てガッツリお仕事。。
    これぞマゾの極みですね~~
    涙なしでは読むことは出来ない。。(笑い過ぎでね)

    「雨降ってるじゃねえか!」のスタンプも期待しちゃいます!!

      • yukonkawai
      • 2018年 10月 19日

      もはやワンピースばりの伏線です。
      フリでやたら快晴予報を語り出したときは大概雨オチが待ってますが、今回は「電話の雨」という新スタイルで追い込まれてみました。
      ちゃぶ台ステージでは何度か死にかけましたよ。
      回収できてないフリは後半に拾い上げる予定でありますよ。

      そして言われて気づきましたが、確かに「HANG OUT」は悲しさをより助長しちゃってますね…。言われてちょっと吹きました。
      そしてツイッターでLINEスタンプ推しして来たのはもしや呉さん…?DSY的な名前の。(違ってたらごめんなさい)
      ちょうどスタンプの話題になってたんで。
      この「雨降ってるじゃねえか!」は使い所ありそうですね。
      「これホウキじゃねえか!」は全く出番ないでしょうし…
      ああ〜時間あったら作ってみたいなあ。

        • 呉 竜府
        • 2018年 10月 19日

        すっかり、繋がっている気でいました。あれ僕です(汗
        ユーコンさんがツイッター始めたんで、2012以来開いたんすよ
        一時、嫁に代わりに呟けと言われ多少使ってましたが・・・
        未だに使い方とかわかんないし(笑

        スタンプ推しちゃって申し訳ないっす。
        でもユーコンさんのイラストは絶対需要在ると思いますよ~
        「閉まってるじゃね~か!!」とか

        HANG OUTは狙っての事かと思ってましたよ!!
        無意識(願望的)に選んでいるとしてたら尚、持ってますね!!!

          • yukonkawai
          • 2018年 10月 19日

          やはり!
          これで繋がりました。
          ツイッターであれ見た後だから「お!本当にスタンプ待ち望むファンは多いんだ!」って思ったらまさかの同一人物っていう。
          でもそうせなら「世界一使い道が難しいスタンプ」っての作ってみたいっすね。
          HANG OUT着て「仕事中」ってスタンプと、うどん食いながら「廃人中」ってのも作らなきゃ。
          忙しくなってきたなあ。

    • boijy@
    • 2018年 10月 19日

    いつものユーコン節ですね笑
    縁起がいい場所っていう前振りからこれいつもの展開になんないよね?と期待して読んでたら案の定www
    仕事の雨っていうまさかが来ると思いませんでした
    後半のまさかを期待してます!
    トラウマ払拭できるといいなぁ

      • yukonkawai
      • 2018年 10月 19日

      いやあ、本当はリニューアル後は普通に楽しんでる記事中心に行くつもりだったんですけどね。
      身についてしまった宿命というか、運命は変えられないものなのですね。
      前世に一体何やらかしたんでしょう?とんでもない犯罪者だったんですかね?だとしたらしょうがないです。
      もう前振りがあった時は20時45分の水戸黄門のように印籠が出てくると思ってくれていいと思います。
      まあでも今回のパターンは新しくて僕も現場でまさかでしたよ。
      なんか別の意味での新しいトラウマを抱えてしまった感がありますね…

    • 重二郎
    • 2018年 10月 19日

    やはり、何か起きますね~
    でも、ご無事でご帰還何よりでした。
    本来なら、トラブルを期待したら、あかんのでしょうけど、後半も、期待しています。

      • yukonkawai
      • 2018年 10月 19日

      重二郎さんに貰ったバーボンをビーチで焚き火しながら飲むつもりで持って行ったんですけどね…。
      結局飲むどころか現場にすら行けませんでしたよ。
      毎回別にトラブルに遭おうと思って行ったないんですけどね。なんでしょうねこれ。
      後半はそれなりに旅的な開放感も味わってるんで、まあ事前代償ってとこですかねえ。

    • 植島淳介
    • 2018年 10月 19日

    お疲れ様です
    そして安定感抜群の往年の寺尾の下手投げようなおマゾっぷりですねぇ(笑)
    雨が違うベクトルで降ってきたみたいですが個人事業主としてその辺はよく分かります
    基本的に仕事を断ることに対してはある程度悩みますからねぇ
    「この仕事上手く片付けたら次の仕事があって将来太客になるかも…」とか考えてしまいますよね〜
    後半は海でキャッキャウフフの予定ではありますので楽しみにしてはいますが多分…どうなんだろうなぁ(笑)
    漆黒の海に浮かぶのか、青い海と晴れ渡る空の無人島で浮かれるのか…楽しみに後編を待つことにします!
    海はこれからが涼しくて楽しい季節ですのでまたムラムラ来たら和歌山でも漕ぎに行きましょう
    水着のギャルはもう居ませんがそれなりに楽しめると思いますよ(笑)

      • yukonkawai
      • 2018年 10月 22日

      我ながら寺尾の安定感&舞の海のような意外性に自分でもついていけなかったですよ。
      鯉さんも突然本名で来るあたりなかなかの意外性です。
      今まで散々雨は降らせて来ましたが、あのパターンは全く読めなかったですね。
      ほんと、仕事断れないんですよね…特にフリーランス1年目ですし…。
      まあそれをある程度覚悟の上で今回の旅に踏み切ったし、こういう修羅場とともにやって行かないと長期で遊びに行くなんて不可能ですからね。
      つっても何もあのタイミングであんなに打ち込んでこなくても…。
      後半はこの代償がしっかり反映されるのか、それとも…。
      和歌山の海、ほんと漕いでみたいっす。あの清流たちが流れ込む場所ですからね、そりゃあもう竜宮城ですよ。素潜り漁も教えて欲しいです。
      水着ギャルがいない分は一緒にたき火しながらDMMでも見て酒でも飲みましょう。

    • おとおさん
    • 2018年 10月 25日

    さすが8時30分の男、期待を裏切らない展開ですね
    「雨降ってるじゃねぇか!」にはやられましたよ
    LINEスタンプに「通行止めじゃねぇか!」も追加お願いします(先日平ヶ岳でやられましたよ

      • yukonkawai
      • 2018年 10月 26日

      日本人の大好物、安定のお約束のお時間でございました。
      正直今回の旅は全部晴れ予報だったし、こりゃ久々にノントラブルな旅ができるなあって思ってたんですがね。
      所詮どんなにあがいても助さんは印籠出しちゃうんですよね。
      LINEスタンプ、確かに普通の人には使いにくくても我々にとっては「了解」と同じくらい「通行止めじゃねぇか!」もよく使う言葉です。
      「これほうきじゃねぇか!」も日常会話みたいなもんですからねえ。
      LINEスタンプ、コツコツ作っていこうかなあ。
      多分あと少しで完成!って時に「データ全部消えたじゃねえか!」ってことになりそうで怖いっすけど。

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