ここ最近、僕の川下りは変化球が続いていた。
パックラフトを買ったおかげで、より清流度の高い山深い渓谷へのチャレンジが続き、川のマニアックさに歯止めがかからない状況だった。
これはこれで冒険的な色が濃くて面白いが、さすがにここまで変化球を投げ続けると肩を壊してしまう。
そこでここらで、王道直球勝負。
ステージは天下の名川「長良川」。
久しぶりに薄暗い渓谷から飛び出し、5月の太陽のもとで開放的な川下り。
適度な瀬と穏やかな流れが続く区間を、子供や仲間達とお気楽に漕ぎ抜けるのだ。
もちろんいつものようにご主人様(嫁)に外出許可を願い出る男。
彼はもみ手をしながら「今回はお子様参加の平和な川下りでございます。りんたろくんもきっと楽しいのであります。」と懇願。
彼は「自分が川行きたいから」というそぶりを微塵も見せず、「あくまでも子供の為である」という勇者の剣を振りかざす。
さらに「アゴ割れMの為にも今シーズン中に1回は一緒に下ってあげたいのです。彼にカヌーをあげた者の責任として、正しい漕ぎ方を教えてあげなきゃならんのです。」と追い懇願。
彼はそこでも「自分が川行きたいから」という気配を出さず、「あくまでもアゴ割れMの為である」という勇者の盾でガードを固める。
この勇者の剣と盾の前では、さすがの嫁も行くなとは言いにくいようで渋々川に行く事を承諾。
しかし素直に遊びに行かせるのがよほど悔しかったのか、彼女は突然こう言った。
「その代わり、今ここでアナと雪の女王を歌え」と。
なぜ毎度素直に遊びに行かせてくれないのか?
なぜ川下りに行くのに、アナ雪の歌を歌わねばならんのか?
色々と納得できない部分があるが、川に行く為ならしょうがない。
男とは時に勝負に出ねばならん時があるのだ。
僕は恥辱にまみれながら嫁の前でアナ雪を歌わされ、なんとか貴重な長良川行きの切符を手に入れた。
もちろん渋々「ありのぅ〜ままのぅ〜」と歌う僕を見て、嫁はヒャッヒャッヒャと悦んでいる。
もはや気分は土下座する時の大和田常務の心境だ。
サドな嫁を持つと何かと大変なのである。
でも遊びに行けるなら、僕は嫁の靴だって喜んで舐めてやる。
出来る子持ちアウトドアマンになる秘訣は、いかに人間としてのプライドを捨てられるかが重要なのである。
それではそんな屈辱の上で手に入れた、のんびり長良川。
あくまでも建前上は「りんたろくん」と「アゴ割れM」の為の川下り。
ほんわかと振り返って行こう。
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今回、何気に僕は気合が入っていた。
実は前日の根尾川カヌーのあと、りんたろくんは容赦なく「ボク、カヌーきらい」と言い放ったからだ。
その理由として「冷たくて寒かったこと」が嫌だったようだ。
そもそも彼が初めて「カヌーきらい」と言った時も、5月の冷水を浴びて寒さに震えた事が原因だった。
そこで僕は、数々の散財の末に限界に達してしまった個人貯金から、勝負の1万円を抜き出す。
そしてついにモンベルにて、キッズ用の水遊びウェア&シューズ一式を買ってやったのだ。
強い決意の上のプレゼントだったが、りんたろくんはふ菓子を食うばかりで当然感動はゼロ。
まあおもちゃじゃないから感動が無いのは分かるが、どうかこの父の1万円分のアツい思いを受け取ってもらいたい。
今日こそは快適な川下りをして、彼に「カヌーだいすき」と言わせてみせるのだ。
そして本日のもう一人のキーマン「アゴ割れM」。
実は彼はこの時点で、なんと足を猛烈に負傷中。
嫁には「アゴ割れMの為に」と言って出て来たが、肝心の彼は歩くのもやっとの状態で、もはやカヌー漕いでる場合じゃないという怪我人だったというまさか。
それでも彼は「せっかく俺の為に企画されたカヌーだから…」と、足を引きづりながらただ「見学」しに来たのだ。
絶倫ホルモン男のまさかのカヌー欠場。
恐らく、溢れかえる精力が足に溜まって爆発でもしたのだろう。
しかしそんな状態でも彼に来てもらったのは、いつもの恒例行事をやってもらうためだ。
彼はいつものようにいそいそと準備を始める。
カヌーはしないのだが、すでに下準備は出来ている模様。
そしてお馴染みの現場ヘルメットを装着し、
川下りの安全を祈願する「国交省の役人」が登場だ。
「さあ、がんがんダム作って、土建屋との癒着で私腹を肥やしてやるぞ。」と言わんばかりの表情。
もはや彫刻のような迫力で迫り来る絶倫の怪我人。
今にも「俺が極上の風呂を建設してやる」と言い出しそうなテルマエロマエ感。
なぜこれが恒例行事になったかはもう思い出せないが、我々は彼のこの姿を見ないと川下りを始められないのだ。
これで本日の役目を終えた彼は、再びいそいそとズボンを履く。
彼はこの「テルマエ国交省」をやるためだけに、遥々1時間以上かけてここにやって来たのだ。
そしてそんな彼の後方にいる三人。
一人はお馴染みの矢作Cだが、女性と子供は初登場。
そう、なんとあの「独身おしゃれ貴族」と謳われた矢作Cについに彼女さんが出来て、今回「カヌーやってみたい」と子連れで参加して来たのだ。
彼らのなれそめをここで語ると、恐らく全12回くらいの長編物語になるので今回は割愛する。
ざっと書くと、彼女は僕とも面識があって矢作Cとコンビを組む小木Kの同級生だ。
彼女さんの名は、とりあえず三度の飯よりビールが好きなので「ビアーN」としておこう。
そして彼女の子供の方は、その子供らしからぬ風貌から「社長H」としておく。
まるでダメなホルモン社員をかばっている社長のような落ち着き。
営業上手なえびす顔の笑顔で、「社員のホルモンは私の責任です」と言わんばかりだ。
そしてもう一人初登場の男がいる。
一瞬「ゲリMか?」と思った人もいるだろうが、単純に顔がキツネ顔なだけで別人である。
彼の名は「営業Y」。
実はリアルに僕の会社に来る資材屋の営業の男。
しかし彼と僕は会社で一切仕事の話をした事が無い。
彼は学生時代を高知県で過し、勉強もせずにひたすら川に潜っていたという根っからの川野郎だったからだ。
僕はすっかりこの青年を気に入り、ゴエモンを買ってから出番が無くなっていたハイビックス艇(別名ぬめりカヌー)を彼に与えた。
すると瞬く間に彼はカヌーの魅力に取り憑かれ、ついに自分のダッキー(NRSアウトロー)を手に入れたのだ。
僕のゴエモン(NRSバンディット2)の後継ダッキーのアウトロー。
彼のようなアウトローな営業には持って来いの名艇だ。
しかし川野郎の彼は「膨らます時間も惜しいです」と言わんばかりに、気づいたら川に潜りに向かっている。
もはや川中毒者。
日本の若者もまだまだ捨てたもんじゃない。
で、準備もできてカヌー教室開講。
しかし独学でカヌーやって来た挙げ句人に教えるのが苦手な男は、ある程度教えると「まあ、難しい事考えずに漕ぐべし。なんとかなるさ。」と強引に話を終わらせてしまう。
このいい加減なレクチャーのおかげで、過去にはこんな大惨事もあった↓(参考記事:板取事変〜警察のちクレーン時々竜巻〜)
彼は教えるのに徹底的に向いていないのだ。
そしてそんないい加減男の遺伝子は、しっかりとその息子にも受け継がれている。
矢作Cペアのカヌーに、実に独創的な乗船方法で乗り込むりんたろくん。
自由な彼にはマニュアルなんて通用しない。
そしてまだ付き合って日の浅い矢作Cペアは、お互いに夢中なのか後方のりんたろくんに一切気づかずそのまま出発。
「正しいカヌーの乗り方」をレクチャーした直後に繰り広げられた、画期的な光景。
やはり僕はガイドには向いていないのか、それともなめられているのか?
やがて川の上で息子を回収。
まるで国境の川で秘密裏に執り行われる「奴隷売買」のような光景。
無事に僕は奴隷商人から息子を奪い返す事に成功だ。
しばらくこの静水域で練習タイム。
しかしここで突然、りんたろくんのテンションが謎の急激ダウン。
ここまではものすごくご機嫌だったのに、カヌーに乗ってからすっかり抜け殻みたいになってるぞ。
僕が「どうした?」と聞けば、彼は「ボク、テンションが下がっちゃったの」と4歳児らしからぬコメント。
どうやら彼曰く、最初に川原ではしゃぎ過ぎたせいで「テンションを使い果たした」らしい。
彼のテンションは一体どんな構造なのか?
結局彼は「カヌーしない」と言い放つ。
仕方が無いから、僕は「じゃあ、アゴ割れおじちゃんと一緒にいるか?」と聞くと、力なく「うん…」と言うだけ。
こうして息子はホルモン社員に連れられて行った。
これにてアゴ割れMとりんたろペアが、車で追走していく形に。
嫁に対して「子供のため」「アゴ割れMのため」と言って出て来た末に待っていた、このまさかすぎる状況。
良く考えたら、アゴ割れMは僕からカヌーを貰って以来まともに川を下っていない。
去年の板取事変の時は2分しか漕いでないし、今回はもはや漕げてすらいない。
そして僕がりんたろくんのために苦渋の1万円で揃えた「川遊びウェア一式」は、あの「奴隷船ごっこ」だけでその役目を終えてしまったようだ。
まあ、色んな意味で「いつも通り」な感じだね。
で、やっと落ち着いて川下りスタートです。
なんだか最近は渓谷ばっか漕いでたから、この開放感は久しぶりで実に気持ちがいい。
そして何より、幸せそうな矢作Cを見るのも実に良い。
今まで彼を見続けて来た僕としてはとても感慨深い光景。
ふいに今までの矢作Cの孤軍奮闘の勇姿が脳裏に蘇る。
テクノメガネだったあの頃や、
オヤジ狩りにあったあの頃、
そして車で柱に突っ込んだ自損時代があったり、
燕岳で石像になってた事もあったっけ。
時にはホモ疑惑まで浮上する事もあったね。
それでも負けずに、前だけを見つめ続けた矢作C。
しかしもう君は一人じゃない。
今、君の前で光り輝く笑顔を見せているビアーNが君をサポートしてくれるだろう。
しかし彼女のこの笑顔は、ひょっとしたら「こりゃあ帰ってからビールがうまいぞ」と想像してニヤケている可能性が高い。
まだまだ矢作Cの正念場は続きそうだ。
一方、青空のもとで営業社員にひたすら漕がせて、己は水鉄砲で悠々自適な社長のお姿が。
営業Yもここが出世チャンスだとばかりに「いやあ社長、見事な水鉄砲ですねえ。カヌーの乗りっぷりもさすがでございますね。」とヨイショをかかさない。
しかし社長が水鉄砲に夢中になってると、後方で「やってらんねえ」とばかりにおにぎりを食っている。
社内営業も中々大変なのである。
そうこうしていると、本日の目玉である魚道の瀬が登場。
まず一発目は、若手社員が一人で現場調査に向かう。
爽快に漕ぎ抜けると、彼は「社長!問題ありません!お通り下さい!」と後方に向かって叫ぶ。
それを聞いた一族経営のビッグカンパニー「矢作製作所」の舟が動き出す。
社会人野球部エースの現場調査の報告を元に、一発逆転を狙った起死回生のルーズヴェルト川下りの始まりだ。
執拗な瀬で吸収合併を企てるナガラ電機の攻撃。
しかしそのピンチを、矢作製作所自慢の秘書ビアーNが笑顔で切り裂いて行く。
しかしこの笑顔の弾け方から察するに、恐らくもうすっかりビールの中にいる気分なのだろう。
そしてその秘書がのどごし鋭く切り開いた所へ、社長Hと矢作専務も突入。
矢作製作所の逆転に次ぐ逆転の川下り。
ついに彼らは起死回生の団結力で、ナガラ電機の瀬を越えて行った。
こんなのを見せつけられたら僕も黙っちゃいられない。
僕も一発逆転を信じた勝負の営業活動。
先回りで見学していたりんたろくんを誘い、ここで「接待ダウンリバー」を敢行だ。
これにはあれ程取引に難色を示していたりんたろ社長もご覧の笑顔。
やはり子供にはのんびり川下りよりも、このようなアクティビティ要素が必要だったのだ。
そして瀬を越えると、りんたろ社長は「もう一回!もう一回!」とおかわりを要求。
見事に我が床営業ならぬ川営業が成功だ。
この素晴らしき営業手腕に感動した営業Y。
興奮の止まらない彼は、ついに己の身一つで瀬にダイブして行った。
若手営業マンのまさかの行為。
しかし若いうちに社会の荒波にもまれる事は大事な事。
これで彼は今後も立派な営業マンとして頑張れる事だろう。
しかし彼は間違いなくアピールする場所を間違えているようだ。
相変わらずその後も、彼とは会社で川の話以外した事が無い。
そんな彼に「営業とはどうやってやるものか見ていなさい」とばかりに、先輩営業マンがおねだり社長2名を引き連れて行く。
そして再び銀座の名店クラブ「長良川」へとご入店。
そして営業スマイルを爆発させながら、パワフルなヨイショ攻撃。
「社長、例の業務提携の件…
お願いしますよー!」
これにて取引確定。
出来る営業接待とは、一度落としておいてから突き上げるに限る。
そんな剛腕営業マンの姿を、ひたすら遠方から悔しそうに眺める男がいる。
この交渉の場にすらつけなかったダメホルモン社員だ。
本日の彼はひたすら裏方に回って、日の目を見ない「写真撮影」という業務に従事している。
しかし何気に結構動き回らないといけないから、はっきり言ってカヌーするより怪我してる足に負担がかかっている。
この男のように、努力しても報われない社員がいるからこそ、剛腕営業マンは光り輝くのである。
しかしこの瀬が終わってしまうと、再びりんたろ社長のテンションが途端にダウン。
結局また業務提携の話は白紙に戻ってしまったので、彼にはまたホルモン社員の車へ。
こうしてまた矢作製作所のご一行はのんびりと流れて行った。
やはり晴れた日の大河は単純に気持ちがいい。
たまにはこんなのんびりした川下りもいいではないか。
営業Yなどは、もう漕いでる場合じゃないぞとばかりに潜りたくてウズウズし始める。
しかし彼の会社の社長はこの若手社員に厳しい。
社長Hは、私を引っ張って行きなさいと命令し、
これに逆らえない営業Yは必死で残業して漕ぎ続ける。
しかしいよいよ彼の我慢も限界に達した。
彼は「こんなブラック企業、もう辞めてやる!」と叫んだかと思うと、会社(カヌー)を飛び出して行った。
若さ故の過ち。
それでも彼は途中で社長の偉大さに気づき、再び社に戻って来た。
一度社外の空気を吸って一回り成長した彼の姿に、社長Hも「これが私の狙いだったのだ」と目を細める。
美しき社員教育。
これにて一致団結した矢作製作所。
無事にゴールに付いた頃には、社長Hとりんたろ社長による呉越同舟の業務提携が発表された。
裏方に徹したホルモン社員も、安堵の笑顔。
若干りんたろ社長はテンションが戻らずに納得してない表情だが、一応業務提携記念写真。
こうして男達の逆転に次ぐ逆転の物語に終止符が打たれた。
スコアボードを見れば8対7。
ルーズヴェルト・ゲームの完成である。
結果的に本来の目的だった「アゴ割れMとカヌー」「りんたろくんのカヌー大好き発言」はどちらも達成されなかった。
しかしどんな名投手でも負ける事はある。
最終的に楽しかったんだからそれでいいではないか。
りんたろくんも、この後行った温泉ですっかりテンションが戻っていたし。
まあ彼にとってはこの温泉が目的地であって、川下りは温泉に行く為のめんどくさい前座に過ぎないんだけどね。
まだまだお父さんは逆転を繰り返して行かないと彼に「カヌー大好き」とは言ってもらえないようだ。
お父さんのルーズヴェルト・ゲームはまだまだ終わらない。
そして5月のカヌー強化月間もまだまだ終わらない。
鮎釣り解禁まで残り後わずか。
剛腕営業の僕は、嫁に必死の交渉。
しかし彼女は「ハゲたことぬかしてんじゃないよ。乳首拡大させるぞ。」と、取りつく島も無い。
そもそも「乳首拡大させるぞ」とは一体何をされてしまうんだろうか?
しかし剛腕営業と言われる私にはまだ秘策がある。
どんな手を使ってでも5月は川に行きまくる。
今シーズン、残す所「神崎川・武儀川・亀尾島川」の3本。
絶対に諦められない戦いがそこにある。
僕らのルーズヴェルト・ゲーム〜矢作製作所の挑戦〜
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MATATABI BASE
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