「冬期南アルプス」
それは浮かれた登山者達を決して受け入れない静かなる山域。
はっきり言ってしまえばツウ好みの「地味」な場所。
もちろんそこに、キャピキャピの山ガールなどは存在しない。
そこはむさ苦しい男どもの荒い息使いだけが支配する世紀末。
陽気な八ヶ岳が「きゃりーぱみゅぱみゅ」で、秀麗な北アルプスが「長澤まさみ」だとするならば、この冬期南アルプスは「高倉健」といった所。
そう。
男は黙って南アルプス。
「アクセス悪い」「でかい」「距離が長い」という体力一本勝負。
そこに今回「弱い」「臭い」「マゾい」という、岐阜が誇る二人の変態男どもが挑戦する事に相成った。
2013年、ラストマゾ。
先輩マゾの僕と、後輩マゾのジョンボーAが挑む雪山3,000m峰。
大人しく正月を迎えるための2013年マゾり納め。
お相手は南アの女王こと仙丈ヶ岳(せんじょうがたけ・3,033m)。
女王様のサディスティックな仕打ちが、二人のマゾ男を昇天へと導く。
やがて二人のハートがふるえて燃え尽きるほどヒートした時。
白銀の波紋が疾走し、大絶景がほとばしる。
そんな男達の登山(修行)風景。
しっぽりと振り返ってみよう。
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そもそも南アルプスでマゾろうだなんて思ってもいなかった。
計画当初は、ジョンボーAと「八ヶ岳の初心者雪山で、軽く日帰り登山かまそうか」などと話していた。
しかしいつものように二転三転する天気予報。
それにより八ヶ岳の「天狗岳」から中央アルプスの「木曽駒ヶ岳」へ予定変更。
しかしその後も天気予報はブレブレ。
やがて北アルプスの「西穂独標」へと変更を余儀なくされ、挙げ句は1泊で「燕岳」へという無謀な計画へ変化。
「雪山登山は絶対に好天の場所にしか行かない」と宣言している身としては、どこに行きたいかというよりどこが天気が良いかという選択方法。
そしてほぼ燕岳で決定かと思った矢先、思わぬ野郎が「俺、天気良いすよ」と手を挙げた。
まさにそいつこそが、当初想定すらしていなかった「南アルプス」さんだったのだ。
しかし我々のような雪山初心者レベルの人間が行ける山は限られている。
唯一行けそうな仙丈ヶ岳は、通常だと「2泊3日」の行程。
夏は北沢峠までバスで行けるから日帰り可能な山だが、冬はそのスタート地点にたどり着くまでに1日を費やしてしまうのだ。
しかし我々に許されたのは「1泊2日」。
これが何を意味するかと言えば、2日目に「雪山を12時間歩く」という覚悟を強いられると言う事。
まさに高倉健らしい、八甲田山的な雪中行軍。
こうして、出発間際になってスペシャルマゾプランが急浮上。
そして、まんまと「飛んで山に入る冬のマゾ」。
悲惨な体力勝負になる事が分かっていながらも、やはり男達はイバラの道を選択してしまったようだ。
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そしてやって来てしまった戸台の駐車場。
ここから気の遠くなるほどの長い道のりを超えて行かねばならない。
スタート場所の味気なさも天下一品で、やたらと危機感を煽る看板によってテンションもクールダウンだ。
特質すべきは、彼らはこれから1日かけて「登山口を目指すだけ」という行動予定だと言う事。
この日一日をただの「移動日」に費やさねばならないという、なんともワクワク感ゼロのスタートだ。
これが冬の南アルプスが玄人好みと言われる所以なのか。
本日の目的地である「登山口」は遥か遥か前方だ。
もはやこれは登山ではなく「旅」。
分かっていた事だが、若干この距離感に早くも吐き気を抑える事が出来ない。
そして広大な川原をひたすら彷徨うマゾっこ。
まるでアラスカの原野を彷徨っているかのようなこの雰囲気。
ここで猟犬を操る猟師が登場。
早くも銃殺されるかと戦慄が走ったが何とかここを越えて行く。
我々のような希少なマゾの皮は高く売れると聞いた事があるだけに、九死に一生を得た気分だ。
そして早く目的地に着きたいはずなのに、無駄に正規ルートから外れてしまった二人。
ただでさえしんどい行程なのに、なぜか意図せずに「バリエーションルート」に突入。
ここで男塾名物「極寒川またぎ」という試練がスタート。
この越えられそうだけど越えられそうにないという絶妙な距離感。
しかも、仕込まれたかの様に岩がヌルヌルしているという恐怖。
万が一ここで飛び越え失敗してしまった日には、たちまち足が凍傷のピンチ。
しかし「Mr.若気の至り」と呼ばれるジョンボーAは、果敢にその難局を乗り越えて行く。
実にギリギリのミラクルジャンプ。
一方「Mr.ネガティブ思考」の男の動きが早くも止まっている。
何度頭の中でシュミレーションしてみても、100%転落している自分しか思い描けなくて完全なフリーズ状態。
覚悟の無いお笑いタレントが、一向にバンジージャンプに飛び出せないあの状況だ。
腰の引けっぷりが凄まじく、もはや「登山口にすら辿り着けずに撤退してしまうのか」というネガティブ思考に支配されて行く。
結果、ジャンプする際に見事に足を滑らせるチキン男。
しかし片足をくるぶしまで水没させたが、なんとかジョンボーAが腕を掴んで救出。
ここはリポビタンDの撮影現場なのか?
危うく雪山登山に来て「水死」というまさかを炸裂させてしまう所だった。
そしてそんな先輩の哀れな姿を見て大爆笑のMr.若気の至り。
彼はその報いを受けたのか、次に出て来た大した事無い川渡りでまさかの「石で足を滑らせて片足を川に突っ込む」という大失態。
さも何事もなかったかの様に佇んでいるが、この男も水没凍死寸前だったのだ。
こうして早くも死線をさまよいつつ、二人はひたすらに「登山口」を目指して突き進む。
長い。
アホ程長い。
冬の南アルプスで、スタートラインに立つと言う事はかくも鬱陶しい事なのか。
しかし、一方で直前のヤマテン予報通りの快晴。
これに対して調子に乗ってしまった悪天候男。
「最近は晴れが続いている。もう私は立派な晴れ男です。私はもう気の毒な男ではありません。」と高らかに宣言。
そしてその直後に豪快に岩につまづいてスネを強打。
浮かれてからしっぺ返しまでのレスポンスが速すぎる。
やはりここは男塾。
晴れただけで浮かれていると足下をすくわれるのだ。
そんな登山日和の中で、男達の「移動」は続く。
101回目くらいの「もう飽きたよ」を呟いた頃。
長い長い川原区間が終わり、やっと「登山口に向かう為の登山口」に到達。
ここからはガッツリ登らされるので、アイゼンを装着して移動は続く。
しかしここまでの長距離川原地獄で、すっかり疲労の色が濃厚になってしまった二人。
その足取りは猛烈に重い。
それもそのはず。
彼らは「初日は所詮移動日だから」となめてかかっており、背中に大量の「ビール・ワイン・ウイスキー・つまみ」を積み込んでいたのだ。
出発当初は「男たるもの、酒の重みは自由の重みである」と言い張っていたが、この頃には二人で声を揃えて「もう二度と酒を担いで登ったりはしない」と虫の息で語っていたという。
バスなら1時間程で辿り着ける北沢峠までの長い長いアプローチ。
しかしもう出発から4時間が経過しているが、一向にスタートラインに立てない二人。
とは言え、この北欧チックな樹林帯のハイクアップも、実に味わい深いものがあって中々によろしい感じ。
雪も陽光に照らされてキラキラ光り、艶やかな女性の様に我々を誘惑する。
そしてその妖艶さに、すっかりコーフンが抑えられなくなってしまった発情男が飛び込む。
やがて変質者的な笑みを浮かべ、一人で勝手にエクスタシーに浸る迷惑客。
ここが錦三丁目なら出入り禁止間違い無しの狂行だが、そこは「男の殿堂」南アルプス。
本能の赴くままに、その快楽に飛び込んだ者こそ勝者なのだ。
そしてここら辺で数人の下山者とすれ違ったが、その全てがむさ苦しい単独行野郎ばかり。
こちらが陽気に「こんにちはー」と言っても、彼らは無言で我々の横を通り過ぎて行く。
まさにここは己と向き合う南ア男塾。
無駄な口を開いている暇があったら、その分一つでも多くのマゾで自分を追い込むべし。
そんな彼らに「マゾの原点」を見せつけられ、再び「楽しさ」という感情を捨て去ってマゾに邁進する二人。
いよいよ雪も深くなり、その急登っぷりもスペシャルなものに。
それでも男達は満足の笑みを絶やす事なく、ヘロヘロの状態になりつつ歩みを進める。
やがて、やっとの事で林道に到達。
夏ならバスであっという間に辿り着けるこの場所に、やっとこさ辿り着いたのだ。
実に駐車場から5時間かけて辿り着いた「登山口」。
やっと我々はスタートラインに立つ権利を得たのだ。
しかしもちろんこの日はもうここまで。
今回は期間限定で冬期営業中の「長衛荘」に宿泊でございます。
ここでさっさと荷物を整理し、わざわざ担ぎ上げて来た酒で酒盛り開始。
実はここで我々には淡い期待があった。
「もしかしたら宿泊している山ガールさんとお近づきになれるかもしれない。クリスマス間近だし、まさかなアバンチュールがあるのではないか?」と。
しかしそこは天下の南アルプス。
この日の長衛荘は見事に「野郎ベテラン勢」で占拠され、たちまち「部室」のような荒々しい雰囲気に。
山荘のスタッフも「THE山男」と言った感じで、実に正しい風貌のヒゲ男達ばかり。
かすかにロビーにいたガールさんも、中々に女性を感じさせない屈強な雰囲気。
しかも彼女達はテント場に消えて行った。
さすがは南ア男塾。
我々の淡い期待は、遥か3,000mの稜線の彼方に吹き飛んで行った。
しかし、そこはクリスマス。
あの「THE山男」のヒゲスタッフさん達が提供してくれた料理は、実に繊細でシャレオツなメニューだった。
しかもワインまで無料提供してくれるという太っ腹。
雰囲気抜群の、男だらけのクリスマスパーティー。
酒を飲んで「ガハハハ」というだみ声が響き渡り、おっさん達がくっちゃくっちゃと肉を貪り食う「聖なる夜」。
話題もクリスマスらしく、オシャレに「氷壁の登り方について」をアツく語り合う。
ここにはアバンチュールなぞは存在しない。
ここにいるのはアバンギャルドな山のおっさん達だけなのだ。
しかし冬期だけあって、宿泊者は少数の物好きでマゾ好きな者達のみ。
ゆえにその宿泊スペースは実に余裕があって快適で、これなら寝付きの悪い僕でも安心して眠れそうだ。
しかし消灯後。
どこからともなく「ゴゴゴゴゴゴゴ」という音。
一瞬、ジョジョの世界に迷い込んでしまったのかと戦慄が走る。
やがて別の方向から「シュボボボボボ」という音。
まさかこの山荘内で、スタンド使い同士が格闘を始めたのか?
やがて各所でスタンド使い同士の合唱がスタート。
「プキー、プキィィィーッ」
「ブッシャーッ、ブブシャー」
「フゴッ…..、クッシュウウウゥゥゥ」
それは「いびき」という名のジングルベル。
ここは早く寝た者勝ちの弱肉強食の世界なのだ。
完全に出遅れた僕は、頼みの睡眠薬を飲んでも全く眠れない。
隣で寝ていたはずのジョンボーAはあまりのうるささに耐えかねて、毛布一式担いで場所を移動していたという惨劇。
こうして男達の長い長いホーリーナイトは更けて行った。
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翌3時起床。
ほとんど眠る事が出来なかった二人。
せっかくお金払って泊まったのに、逆に疲労の傷を深くしてしまったようだ。
そして4時出発。
ついに男達は、念願だった仙丈ヶ岳への「登山口」に立った。
昨日駐車場を出てから、実に約19時間目で到達した「スタートライン」。
本来であればここから仙丈ヶ岳をピストンし、再び長衛荘に泊まって3日目に下山というのが一般的。
しかし本日が最終日の我々にとっては、仙丈ピストン後も昨日のあの長大な帰り道を帰って行かねばならない。
いよいよここから12時間耐久の、男を磨く修行パーティーの始まりだ。
暗闇極寒の中、ひたすらに上を目指して登って行く。
幸いな事に、前日のラッセル組のおかげでしっかりした道がついている。
これぞ我らの得意技「ラッセル泥棒」。
所詮雪山初心者の我々は、他人に敷かれたレールの上しか歩く事が出来ないヘタレなのだ。
それでも雪道の急登は続き、ラッセル泥棒しておきながらも早々にヨレヨレになっていく二人。
暗闇の山中に野郎二人の「ハアァッ!ガハッ!ウッウウッ!ヌハッッ!」などの喘ぎ声が響き渡る。
ここが街だったら、間違いなく公然わいせつ罪でお縄を頂戴する局面だ。
まだ四合目なのにリアルダウンの寝不足男。
そして実はそんなに若くないMr.若気の至りも、後方から虫の息で這い上がって来ている。
実は彼らがこんなにも無理をしているのには意味がある。
なんとか暗いうちに森林限界を抜け、6時50分のご来光を拝んでやろうと意気込んでいるからだ。
やがてグハグハ急登樹林帯を抜け、ついに森林限界の先の世界へ到達。
もはや気分は月面着陸したかのよう。
しかし実情はそんな気分に浸る事なんて出来ない。
早くもこの段階で、僕の手の指先が凍傷寸前にまで追い込まれていた。
ある程度対策はして来たはずだが、やはり日が昇る前の風が吹く稜線上ではあっという間に手足が冷える。
OLなみに冷え性な僕としては、手足の末端の冷えは絶望的なものとなる。
必死で手をグッパグッパして温めている姿は、もはやパイオツに飢えた変態にしか見えない。
もうすっかり景色を楽しんでいる余裕は無いが、それでも徐々に空が白んで来た。
いよいよ3,000m雪山世界での、壮大なご来光ショーが始まろうとしている。
遥か遠方には、美しすぎる「富士山」が雲海からその美顔を惜しげもなく晒し出し、
その手前には南アルプスの盟主「北岳」が、大豪院邪鬼のような迫力で鎮座。
日本の山、標高1位と2位の夢のタッグ。
まるで王と長嶋が並んで打席に入っているかのような豪華さ。
そして振り返れば奴がいる。
いよいよ陽光に染まろうかという雰囲気の、南アルプスの貴公子「甲斐駒ケ岳」さんだ。
そしてその手前に目をやれば、強烈な大急登に対して必死で吐き気をこらえる「ジョンボーA」の勇姿。
せっかくだから「小仙丈ヶ岳」のピークに立ってご来光を見ようってんで、またしても無理を重ねる二人。
ここの急登は「これほんとに合ってる?間違ってない?」って言ってしまった程の大急登。
そして雪も深くなり、何度も雪を踏み抜いては疲労困憊に。
もはやご来光前に、己から「ご来エクトプラズム」を出してしまいそうな厳しい状況。
それでも何とか大急登区間を乗り越え、
小仙丈ヶ岳のピークに到達。
やはり先ほどよりも富士子さんの迫力が素晴らしい。
やがてその富士子さんの左側より「新しい一日」が産声を上げる。
厳しい雪山だからこそ感じられる、この清冽すぎる大絶景。
富士山と北岳とご来光が同時に見られるとうスペシャル感。
これにはジョンボーAも、感動のあまり失禁と脱糞が止まらない模様。
一方で、小仙丈ヶ岳のピークに立った事により、ついにこれから目指すべき仙丈ヶ岳がそのお姿を陽光にさらしているのが確認できる。
ピンク色に頬を染めた、美しすぎる女王様のお姿。
その寝起き感の可愛らしさたるや、普段のツンデレ感とのギャップで萌えに萌えてしまう。
南アルプスの女王という称号は、この冬のお姿にこそ与えられた称号ではなかろうか。
そしてご来光は完全体となり、本日の長い長い一日の始まりを告げる。
いよいよ始まる冬の女王様とのSM対決。
眠りから覚めた女王様の鞭がしなり、疲労困憊の白ブタどもに襲いかかる。
やっとここから本来の目的。
彼らの修行はまだまだ始まったばかりなのだ。
南ア男塾 後編へ 〜つづく〜
南ア男塾 前編〜ジョジョと僕らのホーリーナイト〜
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ひげ野郎総代の長衛荘支配人です(笑)御利用有り難うございました。まさかこんなに苦労されていたとは!blogがおもしろかったので事後報告になりますがシェアさせて頂きました。また是非南ア男塾御利用下さい。ゴールデンウィーク明けの5月が僕のお勧めです。アプローチも短いですよー
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うおおおお!オーナーさん、コメント有難うございます!
まさかこんなマニアックなブログにまで到達するとはさすがですね。
その節は大変お世話になりました&失礼な文章で恐縮しきりでございます!
やっぱり大人しく二泊すれば良かったんですが、なんせ嫁が厳しいもんですからこんな無理を重ねる事になっちゃいました…。
翌日の昼仮眠時に、オーナーさんがスタッフと間違えて起こしに来なかったら間違いなく次の日の朝まで起きませんでしたよ。
こんな変なマゾブログで良ければ、シェアは喜んで大歓迎でございます。
翌日の道具談義はとても参考になって、現在シコシコとそれらの道具を揃え出しております。
ご飯もおいしかったです!
是非また次回も利用させていただきますね。
ありがとうございました!
今後もお世話になります!