涙の雪山休業宣言から一週間。
雪山への衝動が絶頂の中、惜しまれつつも男は「産休期間」に突入した。
嫁が着々と出産準備を整える中、僕も着々と肉体破壊を達成して「強制的に大人しくなる体づくり」に励んだ日々だった。
正月早々からフルマラソンに挑戦して足を痛め、ラスト雪山登山でその痛みにさらなる彩りを添えた。
さらにその状態に追い討ちをかけるランニングをしてしまったせいで、足の痛みは完全体へ。
そして整形外科にて「全治2週間」「絶対安静指令」が発令され、見事に動くことが出来なくなった。
これでやっと大人しくすることが出来、出産に向けた体づくりは順調かと思われた。
しかしこの動けなかった一週間。
なんと動かなくなった途端に「3キロ」も太ってるじゃないか。
相変わらずストイックな食事制限は続けていたし、朝の筋トレと昼のウォーキングも欠かさずやって来たのに。
元を正せば、登山もランニングも痩せる為に始めたものなのに本末転倒もいいとこだ。
やはり僕は「必死で頑張って現状維持がやっと」の体なのか?
映画「スピード」のように、動く事を止めた途端に脂肪が爆発するタイプなのか?
こうなってくると、別な意味でのソワソワが止まらない。
動かないと「この苦しかった2年のダイエット生活があっという間に振り出しへ」という強迫観念がフツフツと湧いて来る。
「動かないと太る」
「走らないと太る」
「山に登らないと太る」
「マゾらないと太る」
止まらないネガティブシンキング。
思考回路がもはや「いけないルナ先生」状態。
このような状態で迎えた週末。
必死で大人しくしようとする男の模様を振り返る。
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岐阜に来て初めて知った「左義長(さぎちょう)」なる行事へ出かける。
正月の鏡餅を近所の神社で焼いて食えば一年間無病息災と言われる行事だ。
しかしそんな行事などはどうでもよろしい。
それより、この人をバカにしたような快晴は何事だ。
はるか遠方では、滅多に快晴に包まれない冬の伊吹山が猛烈に僕を挑発している。
あんないい女が素っ裸で挑発して僕もみなぎる欲情を抱いているのに、彼女の想いに応える事は叶わない。
初っ端からなんと言う悔しさだろうか。
早くも「大人しくする」という決意がグラグラに揺らぎ始める。
しかしどっちみち足は痛くてまともに動けないから、ここは大人しくりんたろくんと餅を焼く。
ちなみに彼が持っているのは「ウルトラマンタロウ」。
人見知りを全くしない彼は、知らないヨボヨボのおばあちゃんにタロウを見せながら「ツインテールはグドンに食べられちゃってタロウがストリウム光線を発射して地球の平和を守るんだよ」と一生懸命説明していた。
おばあちゃんも「そいつは難儀だったねえ。」と真剣に応対している。
僕も一瞬このおばあちゃんに「マゾがマゾり過ぎちゃって足を痛めてサド嫁に怒られちゃったのよ。そして罵倒の光線を浴びて大人しくなって家庭の平和を守るんだよ。」と相談してみようか。
きっと優しく「そいつは難儀だったねえ。」と答えてくれる気がする。
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やはり我慢ならない。
こんな天気の日に家で大人しく出来るわけが無い。
とりあえず隣町の公園にりんたろくんと遊びに行くくらいは問題ないだろう。
嫁に外出許可を拝領し、早速りんたろくんを連行して車で隣町の公園へ。
隣町って言っても結構遠いんだが、なんせここにはアスレチックな遊具が豊富だとネットに書いてあった。
そこならりんたろくんと遊びながら、僕も動いて汗をかけると判断したのだ。
公園に到着。
アスレチック遊具がことごとく「補強・点検中。使用禁止」の貼紙で彩られているではないか。
はるばるアスレチック遊具を目的にやって来て、アスレチック遊具で遊べないという現実。
まさかこんな平和な公園で「こんなはずじゃなかったのに」の名言が発せられる事になろうとは。
しかたなく公園にあった「こんもり山」に登頂し、空しく登山気分を満喫。
そしてここに来てりんたろくんに変化が。
いつものように便秘5日目の彼は、ウンチが出そうで出ないケツの違和感によって激しくテンションダウン。
ひたすらに芝をブチブチとむしり出した。
なんて楽しそうじゃ無いんだ。
公園でこんなにもテンションの低い子どもを見た事が無い。
せっかくここまで来たのに、せめて君が楽しんでくれないとお父さん浮かばれないぞ。
ああ、ついには寝そべってしまった。
ウンチが出ないだけでいじけ過ぎだぞ。
やがて固いウンチがケツの穴周辺で停滞を決め込み、りんたろくんに激しい痛みが襲う。
彼は号泣し始め「ダッコ、ダッコー!おしりナデナデしてッー!」と叫び出す。
やがては「ギィィヤアアアアァァァ!」と絶叫。
僕もアワアワしながら、必死で彼のケツをナデナデする。
平和な休日の公園で繰り広げられた地獄絵図。
周りのママさん達の視線がとても痛い。
これは見ようによっては何やら幼児虐待的なセンセーショナルな絵に見えているんではないだろうか?
変態男が幼児のケツをナデナデして嫌がられている光景に見えていないだろうか?
結局その場にいたたまれなくなって即座に公園から退散。
雪山ならずとも、こんな公園ですら途中撤退を余儀なくされた男。
急いで家に帰ってりんたろくんとトイレの中で壮絶な戦いへ突入。
激しい難産が続き、りんたろくんも「ぐあああああッ」と叫び、僕も「がんばれ!いきめぇっ!」と彼をサポート。
嫁の出産前に繰り広げられた男達の出産風景。
30分くらいの死闘の末、無事に元気な子を出産したりんたろくんはニカリと笑う。
なぜか僕も彼のがんばりに、無意識に目を涙で濡らしていた。
我々親子の間には、臭いけど爽やかな風が吹いていた。
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まだまだ晴れ渡る休日。
僕は再びトイレの中にいた。
今度はお父さんが原因不明の激しいゲリに襲われた。
息子は難産だったが、父は軟産だ。
突如始まった父のトイレ延長戦。
次々と襲いかかる雪崩によって、この快晴時に僕は完全にトイレという密室に閉じ込められた。
僕のお腹のビーコンが「ピーピー」と鳴り続けるが、救助が来る気配は全く無し。
長い長い時間が過ぎた。
およそ第28ラウンド目のゴングとともに試合は終了。
トイレからゾンビのように這い出て来る姿は、減量後の力石徹のような悲壮感に満ち満ちていた。
結果的には快晴時でも家で大人しく出来たということか。
荒々しい方法だったが、ダイエットにも成功したのかもしれない。
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翌日も快晴が広がった。
男はちゃんと大人しくしていた。
正確に言えば「大人しくならざるをえなかった」。
朝から猛烈な偏頭痛が僕に襲いかかって僕を叩き起こした。
およそ3ヶ月に1回は定期的にやって来る「眼精疲労による右目眼球奥の激しい痛み」だ。
毎度病院に行っても「パソコンを控えてください」と言われ、パソコンが仕事道具の僕にはどうする事も出来ない症状。
どうせ外で遊べないから、今日は大人しく家でパソコンでもやろうかと思っていた矢先の出来事。
結局天は、僕が山に登ろうが家にいようが平穏に過ごさせる気はないようだ。
薬を飲んでじっとしている休日。
りんたろくんも心配そうに「おとうさん、おクスリ飲んだのにまだ頭悪いの?」と聞いて来る。
お父さんは頭が痛いんだ。
頭が悪いのは今に始まった事ではなく、ましてやクスリを飲んだ程度で治るものではないんだぞ。
しかし頭が悪いなりに、何とかしてこの休日に意味を持たせたい。
頭痛だけで一日を終わらせるのはあまりにも悔しい。
僕は少しの間だけ近所のヒマラヤへの外出許可を得た。
結局は大人しく出来ていない。
そして買って来たのは「バランスボール」と「チューブ」。
足が痛くてランニング出来ないし、今後育児が始まれば経験上ランニングに費やす時間なんて無くなる事は必至。
動き続けなければ太っていくこの体の持ち主としては、今後は屋内でマゾる方法を考える必要があるのだ。
そしてこの元倉庫だった部屋を、徐々に自分の物で埋めて勝手に作り上げた「自分部屋」。
そこをさらに整理してトレーニングスペースの確保。
ここにある1.5畳ほどのスペースが今後の僕の戦場となる。
もう広大な山や川を旅できないので、このわずかなスペースで精一杯の空想をする日々の始まりだ。
正直このお義母さんが結婚の時に貰ったという「桐ダンス」さえなければ、完璧な自分部屋が出来るんだがこればっかりは動かす事は出来無い。
猛烈に邪魔だが、背中とタンスの間にバランボールをあてがってスクワットする際には重宝する。
さあ、まだ頭はガンガンと痛いが立ち止まってはダメだ。
早速トレーニング開始。
するとりんたろくんがバランボールを見てテンションアップ。
お父さんが新しいおもちゃを買ってくれたと大喜び。
バランスボールの上で腹筋中の僕の上に乗って、すかさずマウントポジションを取り始める。
凄まじい負荷が腹にかかって、腹筋がぶち切れそうだ。
さらに僕の鼻と口を手で押さえて息が出来ないようにして来るので、心肺強化が甚だしい。
こういう時のこの嬉しそうな表情は、嫁譲りのサディスティックスマイルだ。
そして苦悶の表情を浮かべながら、そんな状況を己撮りしているマゾもマゾだ。
こうしてさわやかな休日が終わった。
何とか大人しく過ごすことが出来たようだ。
結果的に足の痛みだけでなく、腹痛や頭痛から激しい筋肉痛を楽しむ事が出来た。
しかし一番痛々しいのはこの男の生き様なのかもしれない。
大人しくするって事はとっても難しい。
そう思った快晴の週末でした。
大人しい週末風景
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MATATABI BASE
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