◉日々のツレヅレ

アラスカのバガボンド

写真


「君は何がしたいんだ?」

「何故旅をするのか?」

「何故いつも単独行なんだ?」

「どうして一人でアラスカの川を下ったのか?」


僕が若い時分によく聞かれた質問。

でもいつもその問いに対する最適な返答が出来なかった。

僕程度の安っぽい「コトバ」しか持ってない男には表現のしようがなかったから。

それは今でもそう。


だから今後同じような質問をされたら、名刺代わりに2冊の本を手渡そうと思っている。

1冊は以前紹介した麻生弘毅さんの「マッケンジー彷徨」。(参考記事

そしてもう1冊はジョン・クラカワーの「荒野へ」。

僕が下手なコトバでどうこう言うより、この2冊が僕の中にある言葉にならない想いを見事に代弁しているからだ。


もちろん本の登場人物と僕は同一人物ではないから相違点は多々あるけど、「この中に僕がいます」と言い切れるし「この中に“潜在的な”あなたもいるはずです」とも言える。

とかく理解されない「単独行で荒野へ向かう衝動」というものの一端が垣間見てもらえるはずだ。


今回はジョン・クラカワーの「荒野へ」を是非にご紹介したい。

実は、たまには真面目な記事も書くのですよ。

今回はそんなレアな回でございます。


事前に映画となった「イントゥ・ザ・ワイルド」は公開当時に観ていたが、正直原作本は読む事を意図的に避けて来た1冊でもある。

こんな物を読んでしまったら、押し殺していた衝動が爆発してしまうと思ったから。

結局読んじゃったんだけどね。


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1台のボロバスの前で満足げに微笑む青年。

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彼の名は、クリストファー・マッカンドレス。

この時24歳。

裕福な家庭で育ち、有名な大学を卒業して将来を嘱望された秀才。


しかし彼がこの写真を撮った数ヶ月後、彼は荒野に打ち捨てられたそのボロバスの中で餓死した状態で発見された。


一人の青年がアラスカの荒野に惹付けられ、やがて一人ぼっちで餓死するという壮絶な人生。

当時青年に対して、世間の多くの人が「無謀な若者の必然の死」「原野での単独生活に対する無知」「理解出来ない馬鹿げた行動」と批判した。


今でも良くある事だが、往々にして表面的な報道はこのような誤解を産む。

この「荒野へ」という本は、作者のジョンがアラスカで餓死するまでのクリスの足跡を追ったもの。

そして夢想家ソローやジョン・ミューア、そしてジャック・ロンドンやトルストイなどのクリスに影響を与えた先人達の文章を引用しながら、クリスという青年を構築した起源を探って行く。

同時にクリスの生い立ちや、関わった人々の証言、登山家でもある自身の経験などを元に「なぜ青年が一人で荒野に向かったか」を考察して、今は亡きクリスと向き合って行くノンフィクションだ。


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僕が最初にこの世界に触れたのは、名優であり名監督ショーン・ペンの映画「イントゥ・ザ・ワイルド」。

もちろん原作は「荒野へ」で、今でも僕の中のベスト1の映画となっている。

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もちろん映画なので幾分ドラマチックに演出されているが、クリスの意図を十分感じさせてくれる最高のロードムービーとなっている。

クリス役のエミール・ハーシュの演技なんてオスカーもんだったし、80歳過ぎの老俳優ハル・ホルブルックの涙のシーンは僕の中で歴史的な名演として今でも記憶に残っている。


ただやはり映画の時間内では「クリストファー・マッカンドレス」個人のことと「なぜ人は荒野に向かうのか」という深い部分での問題は考察しきれない。

それだけに原作への欲求は日々高まって行った。

でも結婚後に読んでしまうにはあまりにも危険な書物だったんだよね。


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良いのか悪いのか、やっと辿り着いた場所なのか目を背けているだけなのか?


幸い僕は当時に比べてある程度落ち着いて来ている。(え?と思うだろうけど)

当時はとにかく単独でアラスカの荒野を長期間彷徨いたい衝動が収まらなかった。


でも今は日帰りの旅(旅というには大袈裟だけど)でもそこそこ満足できているし、単独行じゃなくても多くの仲間とともにカヌーしたり山に登ったりする事も楽しんでいる。

だからやっとこの「荒野へ」を素直に読む事が出来たわけ。


実際に僕はアラスカを旅してクリスの軌跡と重なる場所にも行っているだけに、現場の空気感や彼の感じた「圧倒的な自由と孤独」も体と精神の奥の方にヒリヒリと感じる事も出来た。

(クリスが荒野へと分け入って行った周辺で、ちょうど僕は「クリス」と言う名のヒッチハイカーを車に乗せて共に旅をしていた。まあ偶然なんだけどね。彼は40代の大工さんだったし。)


そしてクリスが死の間際、放浪中にずっと使っていた偽名「スーパートランプ(放浪者)」を捨てて、忌み嫌っていた両親が付けた本名でサインをした意味。

「幸福が現実となるのはそれを誰かと分かち合った時だ」と殴り書いた彼の精神の旅の到達点。

きっと僕は「その答えの中にいる」と思える環境を手にして(気付いて)、この本を素直に受け入れる事が出来た気がする。



一方でクリスは老人ロナルドへの手紙で以下のように書いている。

その手紙が僕らに向けられているようで心が軋んだ。

「あなたは思い切ってライフスタイルを変え、これまで考えてみなかったこと、あるいは踏ん切りがつかずに躊躇していたことを大胆に始めるべきです。
多くの人々は恵まれない環境で暮らし、いまだにその状況を自ら率先して変えようとしません。
彼らは安全で、画一的で、保守的な生活に慣らされているからです。
それらは唯一無二の心の安らぎであるかのように見えるかもしれませんが、実際、安全な将来ほど男の冒険心に有害なものはないのです。

中略

楽しみをもたらしてくれるのは人間関係だけであるとか、人間関係を中心にそれを期待しているとすれば、それはまちがいです。
神は楽しみをぼくたちの周囲のあらゆるところに配してくれています。
ありとあらゆること、なんにでも、ぼくたちは楽しみを見い出せるのです。

中略

ためらったり、あるいは、自分に言い訳するのを許さないでください。
ただ、飛び出して、実行するだけでいいのです。
飛び出して、実行するだけで。」

この手紙を受けとったロナルドは旅立つことになる。

実に81歳の決断。

彼のことを深く知らない我々には肯定も非難もできないが、きっとそれは素晴らしいことだったに違いない。

そのことは分かる気がする。



クリスが今の「喜劇国家」日本を見たらどう感じるんだろう?

今の日本の若者の中に、一体どれだけの数のクリストファー・マッカンドレスがいる事だろう?

多分僕の頃より多いんだろうけど、「荒野への衝動」を知る術も無く悶々と戦っている人も多いと感じる。


僕はすっかりおっさんになってしまったが、できるだけ自分の感じた衝動には正直にありたい。

荒野への旅は僕にとって現実逃避ではなく自己回帰の作業。

自分が自分である限り「自分探しの旅」に答えは無い。(その事に苦悶する事が出来るのは若さの特権でもあるんだけどね)

精神を模索するバガボンドには「結局答えなんて無かった」という答えが手に入る。

そんな単純なことに気付き、とてもシンプルな思考に落ち着くことが出来て、初めて社会生活と向き合うことが出来る気がする。

とても長い回り道だったけどね。(まだ模索中だったりするけど)

きっとクリスが生きて荒野を出た時、やっと家族や社会と向き合えた気がします。


「本当の自由」を一度でも体験した人には、新たに「自己回帰の旅」という旅の観念が芽生える気がする。

それは森羅万象に溶け込んで、調和の一部であることを自覚するための大切な作業。

それが僕にとっての旅であったことを思い出させてくれた本でした。



まだまだカヌー野郎は旅の途上でございます。




「ぼくの一生は幸せだった。ありがとう。さようなら。皆さんに神の御加護がありますように!」

ーーークリストファー・マッカンドレス

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コメント

  1. SECRET: 0
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    いつも楽しく拝見させていただいてます。
    イントゥ・ザ・ワイルドは僕も衝撃でした。
    最近は山登りへ向かう車の中でこの映画のサントラを流してます。
    ソロトレッキングに向かう気持ちが高まります。

    それでは突然のコメント失礼しました。
    ありがとうございました。

    • yukon780
    • 2012年 12月 07日

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    初めましてヨガメンさん!コメントありがとうございます。
    僕も最初、舞台がアラスカだって事以外予備知識無く映画を観て衝撃を受けました。
    いろんな感情がアツく煮えたぎったのを覚えています。
    映画自体も凄く良かったですよね。
    オープニングのギターとハミング「ん〜ん〜ん〜」がまるで北の国からみたいでしたが、なんともそれぞれの選曲がいいですよね。
    あれ聞きながらだと例え近所の公園でも大冒険に感じられそうです。
    僕も今度サントラ聞いて気持ちを高まらせてから、我が嫁に立ち向かって行こうと思います。

    これからもお暇な時にでも訪問くださいませ。
    ありがとうございました!

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