天竜川/長野

天竜青春残像〜カヌー野郎黎明期〜

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「天竜川」

それはカヌー野郎の黎明期を支えた遠い記憶の川。

全てはこの川から始まり、この川で磨かれて行ったカヌー人生。



最近大したネタも無いんで、ここらで久しぶりに「あん時のアイツ」シリーズ第26弾。

ブログ開設前の過去の旅のおまとめの回でございます。


この「あん時のアイツ」シリーズも26弾ともなってくると、ネタ的にも記憶的にも非常に薄いものが残って来た。

でもここらで消化しておかんと気持ち悪いんで、今回は無理矢理殴り書きます。


今回取り上げるのは「天竜川」。

僕がまだ愛知県岡崎市の実家にいる頃に比較的行き易かった川なので、暇になればよく行っていた川。

でもはっきり言って、記憶が遠過ぎて当時の事を何も思い出せない。

そこで例のごとく、埋没した写真を掘り起こしてその記憶をたぐって行こう。

まああくまで個人的な記録の回になると思うんで、お暇な人だけどうぞ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


僕が初めて自分のカヌーを買ったのが、今から11年くらい前の話。

当時は26歳くらいの時だったが、そもそもなぜそんな思い切った買い物をしたのかさっぱり思い出せない。

周りで誰かがカヌーやってた訳でもないし、独学で出来るもんだかどうかもあやふやだった。


その時に買った1号艇が、パーセプションの「キウイ3」という二人乗りのカヌー。

今ではその1号艇は、チーム・マサカズのアゴ割れMに贈呈されている。

最近では「板取事変」の時、川を下らずにクレーンで吊上げられていた画期的な写真でお馴染みのあの名艇だ。↓

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さすがにこの時は10年来のこの相棒ともお別れかと思われたが、この難局も乗り切ってキウイ3は今なお現役を続けている。(参考記事:板取事変〜警察のちクレーン時々竜巻〜


そんな初の自艇キウイ3のデビューの場、すなわちカヌー野郎の初陣の場がこの天竜川。

当時はデジカメすら持ってない時代だったから、その時の写真は残念ながら存在していない。

ただ漕行区間は天竜川下流域の「船明ダム下〜ラブリバー公園」の区間だった事は記憶している。

当時は確か僕と山田(仮)とビビるSとシャクレYの4人だった気がする。

それはもう全てが手探りで、4人が交代しながら試行錯誤しながら下っていたのを思い出す。


やがて2003年の8月。

今となっては懐かしいが、当時は画期的だったソニーの防水デジカメを手に入れてやっと「記録」が始まった。↓

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当時のカヌー野郎達はみんなこれ持ってたなあ。


で、10年前の小太りの若いこの男が僕。

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で、そん時の写真にはガリガリの山田(仮)も写っていた。

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当時から濁流になっているあたり、やはり若いうちからその才能は開花していたようだね。

で、懐かしい当時のマイカー「スパシオ」。

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もちろん四駆でなく2WDだったんで、一体何度川原でスタックしてJAFのお世話になった事だろうか。

今では僕の友達はモクモクさんと決まっているが、当時の親友はJAFだった。


で、同じ年の11月。

そんな寒い時期に頑張ってカヌーやっているなんて今では考えられないが、当時はまだ若さとマゾが溢れていたんだね。

そしてスタンドバイミー的な青春スタイルで線路に立つのはビビるS。

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酒に溺れる前の彼は、まだ顔がシュッとしている。

この時は初めて長野県側天竜川の「時又〜唐笠」間を漕いだと記憶している。

天竜舟下りでお馴染みの区間だね。

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この時は何と言うか、恥ずかしさと優越感が入り乱れた不思議な気持ちになった事を覚えている。

カヌーで川を下るという「特別感」にしびれていた時代で、天の邪鬼な僕の心は瞬く間にカヌーに魅せられて行った記憶が蘇る。


そしてこのような両サイドの崖が切り立った幽玄な世界に、非常に激しい冒険心が駆り立てられたものだ。

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緊張と恐怖と好奇心と冒険心が入り乱れた素晴らしき時間。

外界の音は遮断され、ただ川の流れの音と風の音と鳥の声が支配する世界。

まだ多感な若者だった僕には、十分すぎる程の充実した時間だっただろう。

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しかし11月に川入って喜んでるあたり、あまり今と大差ないマゾ野郎だ。


そして当時は「メシ」にも力を入れていた。

今では面倒くさいからせいぜいカップラーメンで済ませてしまうが、当時はなんと「ほうとう」と「焼き肉」と「ビール」という昼飯の豪勢さ。

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登山では考えられない料理が出来るもカヌーの魅力だが、野郎二人で随分と食っているな。

そしてよく分からない巨大シイタケを醤油焼きして食っている。

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当時は地元食材(よく道で無人販売してたりするやつ)を現地で買って、それを食って旅気分を高めていたものだ。

カヌーってのはあくまでも旅の一部であって、目的ではなかった頃の輝かしいエピソードだ。

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そして思い出したのが、後半ものすごく寒くなってブルブル震えていたこと。

この時に飲んだウイスキー入りホットコーヒーが抜群にうまかったのを記憶している。

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今思うとこの若者達は中々良い旅をしてるじゃないか。

やっぱこうして思い出しながら書いてると色々思い出すもんだな。



そしてさらに同じ年の12月。

よくもまあそんなクソ寒い時期に行ったもんだ。

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しかもその時は僕一人。

今も昔も変わらぬマゾ。


でも当時は今では考えられない晴天に。

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ここは確か天竜舟下りの時又港で、当時はよくここからスタートしていた。

この時又〜唐笠間は電車が並走しているから単独行でも車の回送が楽で、孤独なカヌー野郎には非常に貴重な区間だった。

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当時の記憶は定かでないが、この写真とか見てると当時肌で感じた「絶妙な寂寥感」という感覚だけ思い出す。

一人だし、誰もいないし、寒いしで、良いとこ無いように思えるがそれが妙に心落ち着いて充足した気分だった。

多分その「絶妙な寂寥感」に魅せられて行った事が、後のユーコン川単独行にまで発展する事になったんだろうなあ。

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そう言う意味では、やはりこの川はしっかりとした思い出こそないが、僕の根幹に影響を与えてくれた重要な川だったかもしれない。


で、もう一つここで記念すべき初行動を起こしている。

今ではお馴染みとなっている「己撮り」が初めて炸裂したのもこの川だ。

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オープニングの写真とこの写真が初己撮りの記念すべき2枚。

一人きりだと風景写真ばっかになってつまらないと思ってやったんだね。

今では立派な追いマゾ作業として定着しているが、当時はちゃんと「寂しさ」も切り取られていて中々いい感じだ。



そして2004年4月。

この時はついに時又港より上流の「市田港」からのコース。

時又〜唐笠に比べて結構な瀬もある区間で、瀞場専門の当時の僕からしたらかなりのドキドキコースだ。

そんな「市田〜時又間」を共に下ったのが山田(仮)。

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ちょうど一番の難所である「鵞流峡(がりゅうきょう)」を下見している所だ。

ここは両サイドの崖が狭まっている区間で、水流が集中していて結構な瀬になっている。

ひとたび沈してしまったら、およそ1kmほど流れて行ってしまう。

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しかしそこは「チキンブラザーズ」と呼ばれた当時の二人。

もちろんビビって大人しくポーテージ(陸路輸送)でございます。

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今のダッキーなら軽々と越えて行ける瀬だが、このキウイ3は一度水没すると引き上げられない静水用カヤックなんでとにかく当時はチキンでした。(今も)



そして同年7月。

シャクレYと学生時代の友達連れてキャンプ&カヌー。

今ではめんどくさくてここまでの事は絶対にしないが、当時は何とも元気に「ザ・キャンプ」しているな。

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もちろん当時度々登場していた「ダッチオーブン」も。

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もはや何の料理か全く分からないが、何だか色々とうまかった思い出はあるぞ。

キャンプじゃなくてもカヌーにはよく携行していて、山田がいる時は決まって焚き火+ダッチオーブンで極上の石焼き芋を作って食っていた事を思い出す。

そしてこの時はシャクレYと鵞流峡を攻めているようだ。

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写真がここで終わってるから、実際にちゃんと下ったかどうかは今もって思い出せない。



やがて2005年5月。

相変わらず「食の寄り道好き」でお馴染みの山田(仮)から写真はスタートしている。

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採れたての地元野菜をほおばりながらの、正しき旅カヌーの移動風景。

そしてこの時のカヌーは非常に鮮明に記憶に残っている出来事がある。

なんと僕が山田用のパドルを家に忘れて来た事が発覚。

結果的に、このような画期的なパドルでの「新漕法」が炸裂した。

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鍋のふたがパドルの代わりになるという歴史的な発見。

当たり前だがその推進力は貧弱極まりなく、そのくせ体力の消耗スピードは凄まじいというこの漕法。

やはりパドルって重要だなて事をこの時に学んだものだ。


そしてこの焚き火好きな二人が一緒だと、あっという間に岸に上陸して火祭りが始まる。

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そして「青い物が一切ない」という不思議なメシを作る。

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当時二人の間で大ブレークしていた「餃子うどん」だね。

大概これをたらふく食って、その場でひたすら「昼寝」ってのがいつもの流れだった。

今では考えられないが、有り余る程のとてもゆっくりとした時間が流れていたんだなあ。

この頃の「彼女いない氷河期」にどっぷり浸かっていた僕には、金はないけどただただ時間だけは豊富にあった。

寂しくてひもじくも、とても良い青春時代だったな。



そしてその翌月。

今度はカヌー経験のない、当時の会社の同僚を引き連れての市田〜時又だ。

約一名、フルフェイスヘルメットで釣りジャケットの怪しいおっさんがいるが気にしないでいただきたい。

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左から海賊Iくん、筋肉Kさん、僕、加齢臭Sさんの4名。

このメンバーでは他にも数回別の川を下る事になったという、当時の貴重な仲間だ。


もちろんカヌー用ヘルメットを持っていたのは僕だけだったので、海賊Iはバイク用、筋肉Kは自転車用、そして加齢臭Sはフルフェイスヘルメットとという仮装大会のようなツーリングとなった。

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フルフェイスのおっさんは、逆に沈した時に危険な気もするがまあいいだろう。


この日は天気もよく非常に気持ちの良い川旅。

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この川は6月の鮎釣り解禁後だというのに、鮎釣り師の数は非常に少なくて川幅も広めなのでトラブルが少ない貴重な川でもある。

鮎釣り師の人も「この川は天竜舟下りがあるから船が通るもの」と認識していて、夏でも下り易い貴重な川でもあるんです。

そして流木も豊富なんで、焚き火三昧で自然と笑顔も弾ける訳です。

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天竜川は源流が「諏訪湖」なんであまり水質的には綺麗ではないんだけど、全体的にはそれを補ってあまりある牧歌的な心地よさを提供してくれる川なのだ。


そして二人以上でのツーリングなんで、やっとここで鵞流峡を下る写真がご登場。

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2号艇の「ハイビックス」で、1号艇キウイに比べて瀬での安心感がアップしている。

実はこの2号艇のハイビックスは、最近僕の後継者になりそうな一人の若者に譲り渡したばかり。

その若者は現在、僕が初めてキウイで「天竜川」を訪れた歳と同じくらいの年齢。

そしてその若者が最近そのハイビックスを引き連れ、初めて単独行で挑んだのがこの「天竜川」。


旅人の意思は巡り巡るものだね。

こうして次の世代にもカヌー旅の楽しさが伝わって行くのは実に嬉しいものだ。

その若者はまた来年あたりこのブログにも登場するだろうから、それまでどんどん色んな川を旅して来て欲しいものです。



その後もまた山田(仮)と二人で下ったり、

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思い出の天竜川下流域を、山田(仮)、シャクレYなどと下ったりした。

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この時の2006年9月のツーリングが、この川を下った最後。

およそ7年前のこの時以来、随分と長い事この思い出の川から遠ざかっているな。


何だかこれ書いてたら、また久しぶりに行きたくなってしまった。

出来ればせかせかせずに、当時と同じようなスタイルで下ってみたいな。

キャンプしてダッチオーブンで飯を作り、地元の野菜を手に入れて川原で焚き火して餃子うどんを食べ、そして気持ちいい川原でひたすら昼寝するような王道旅カヌーを。

でもその時は単独行じゃなく、隣に「りんたろくんとこーたろくん」がいてくれるとさらに素晴らしい。

そこからまた新しい世代の天竜川が始まる。

今は我慢の時でもいずれそんな日が来る事を願ってます。



天竜川。

劇的な思い出はないがカヌー野郎黎明期の重要な川。


是非一度皆さんも行ってみてはいかがでしょうか?



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コメント

    • tr-k
    • 2013年 12月 07日

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    正しい青年期を過ごされたようですね。羨ましい限りです。天竜川にはまだ行って無いので、来年はチャレンジしてみようと思いましたよ。ユーコンさんの登山行や川下りは、ホントに楽しんでいるのが伝わりますね。いつも楽しいブログをありがとうございます。

    • yukon780
    • 2013年 12月 09日

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    tr-kさん、ありがとうございます!
    当時はほんとに全てが手探りだったんで、危険と冒険心が溢れまくってた良い時代でした。
    当然テクニック系のカヤッカーでも無いんで、カヌーは誰もいない最上の川原に向かう為の道具だったんですね。
    あくまでメインは焚き火だったりメシだったり昼寝だったりしたんで、精神的には非常に豊かな青春時代だった気がします。
    今はもうあまりにも時間がなくて全ての旅が弾丸系になっているだけに、これ書いててちょっと反省しました。

    天竜川はのんびりとした一日を過ごすのに持ってこいの川です。
    コースによっては激流も楽しめたり、のんびり景色見たりと調整できますし、なんせ電車が並走してるんで回送もらくちんですから。
    清流はとしては最近では天竜川支流の和知野川に行ってしまいがちなんですが、実際この川の雰囲気は今でもとても気に入ってます。
    是非tr-kさんも行ってみてください。

    ちなみに普段の生活がストレスの総合デパートって感じでやってますんで、野山に解き放たれた時のテンションの高さが文面に滲んでしまっているようです。
    はやり「不自由」というと言葉がない限り、ほんとの「自由」は感じられないんですね。
    この頃は独身貴族だったんで、当たり前のような自由を謳歌して麻痺してた所がありますよ。
    やがて子供達が大きくなって同じ時間を共有できる時が来れば、やっと落ち着いて自由を感じれるんでしょうかね。
    今は我慢一徹、そして弾ける時は弾けるスタイルで、精一杯遊んでいってやろうと思ってますよ。

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