霊仙山/滋賀

走れ!チェリーメン 前編〜7つの喪失レッスン〜

「先輩、ボクそろそろ童貞捨てたいッス。」

「よし。私の行きつけの店に連れて行ってやる。しっかり付いて来い!」

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「先輩、待ってくださいよう。」


こうして二人は山中に消えて行った。

二人は高校・大学の先輩後輩。


先輩の方はお馴染みの男で、後輩の方は「ジョンボーA」。

以前北アルプスの焼岳でチーム・マサカズに天候勝負を挑み、善戦の末に惨敗を喫したマゾルーキーだ。(参考記事:焼岳天候決戦1〜ジョンボーからの挑戦状〜


実はジョンボーAは、かねてよりトレランデビューを飾りたいと画策していた。

しかし突然一人でトレラン童貞を捨てるのは男子校出身の彼には荷が重い。

そこで彼が白羽の矢を立てたのが、先立ってトレランデビューを飾って大人の仲間入りを果たしていたこの先輩だったわけだ。

彼はそんな先輩に優しくご指導を賜り、その導きによって無事にトレラン童貞を喪失してやろうという堅実な作戦を考えたという訳だ。


しかし彼はこの時点で頼る相手を間違えている。

その先輩ははトレイルランナーではなく、あくまでも「早朝育児トレイルランナー」。

ただ単に時間がないから早朝に大急ぎで山を走ってるだけの、いわゆる「素人童貞」だったのだ。


そんなトレランの何たるかを正直あまり理解してはいない、という致命的な欠陥を抱えた丘サーファーのようなニセ喪失男。

しかもこの時、この先輩は見事なまでに「風邪」真っ最中。

はっきり言ってとても走れるような状態ではなかったのだ。


そんな病み中の素人童貞とリアル童貞の二人。

そんな「先輩後輩チェリーメン」が、トレイルランニングの真似事を楽しんだだけという日曜日の模様。

じっくりと振り返ってみよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


集合時間はもちろん早朝だ。

ジョンボーAは別に育児中じゃないから、わざわざ早朝から動かなくてもいいはず。

しかし彼が声をかけたのは「早朝育児トレイルランナー」だから、早朝集合もやむなしなのだ。


しかも5時集合だったのに「ごめん、ミルクの時間が5時になったから6時集合にして」と言われる始末。

早速勝手が分からずに振り回されるジョンボーA。


そして集合時間になって、絶賛風邪中の先輩が登場。

後輩としても心配で「ほんとに大丈夫ですか?」と聞くが、その先輩は「風邪は病院で治すものじゃない。男は黙って山を走って治すものだ。」と言い張る始末。

よっぽどこの先輩は遊びに行きたいらしい。

これももちろん、この先輩による重要なトレラン童貞喪失レッスン。


「レッスン1.無理を重ねずしてマゾは無し」


ジョンボーAは、ここでまた一つ童貞喪失の為の大事なノウハウを先輩から学んだようだ。

こうして悩める後輩は「先輩行きつけのお店」に連れて行かれた。


行き着いたのはお店の名は「霊仙山(りょうぜんざん)」。

先輩が足しげく通っているという、トレラン童貞喪失には持ってこいの滋賀県の名店だ。


今日が後輩の人生の重要な記念日になるので、お店の入口で記念撮影。

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緊張からか虚勢を張ったジョンボーAと、すっかり余裕の表情の常連さん。

ここでも先輩による「レッスン2.肩肘張らずに自然体で」という教えが炸裂だ。


しかし気持ちばかりがガツガツと前に出てしまったジョンボーAが、先輩の制止を振り切って凄い勢いでご入店。

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するといきなりの行き止まり。

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開始10秒で途方に暮れるジョンボーA。

気持ちは解るが、あれほど焦りは禁物だと言っただろう。

緊張やガツガツ感は相手に悟られるもの。

まずはじっくりと軽妙なトークから始め、お互いの心をほぐす所から始めるが吉なのだ。


と、そう言われたにもかかわらず、収まりが効かない若きますらおの血潮。

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もう頭の中は「早く喪失したい」という一念で溢れかえっている。

結果、このように早くもヘロヘロに燃え尽きる始末。

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あまりにも早過ぎた早漏昇天。

まだご入店直後の待合室ソファーの段階にしてのこのグッタリ感。

しか一方で、常連のはずの先輩の動きもヨロヨロと鈍い。

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早くも風邪の無理がたたって、体の節々が痛い模様。

なんせ1週間以上全く体を動かしてないばかりか、昨日は普通に寝込んでいたのだ。

しかし彼は自分が風邪だとは認めない。

可愛い後輩を喪失まで導く為、先輩は「レッスン3.事前の仕込みでマゾ度は決まる」と背中で語り続けるのだ。


この自らの身を犠牲にした先輩の背中を見て、やっと落ち着きを取り戻したジョンボーA。

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ようやく店内の素敵な装飾に目が行くようになった。

しかし先輩がまた余計な仲間まで連れて来たようで空が白い。

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この日もいつも通り、晴れ予報にも関わらず空はモクモクさんに包まれている。

相変わらず先輩は背中で「レッスン4.白い世界でこそ想像力は養われる」と語っている。

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全体としてどれもトレイルランニングとは関係ないレッスンに思えるが、ジョンボーAはそんな先輩の背中を見て多くのものを吸収して行く。


やがて二人はついに台地状の広大な世界へ。

まさにここからが「トレランに持ってこい」の素敵なステージだ。


しかし先輩はここでトレランの基礎を教える事無く、おもむろにカメラをセットして「トレラン時の己撮りとは何ぞや」の教義に入った。

訳も解らず、先輩の言うがままに走らされるジョンボーA。

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そして突然「はい!ここでターン!」と言われて慌ててターン。

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この無駄すぎる動きは何事か?

時間も体力も無駄に失った気がするがいかがか?


そしてカメラまで戻ってカメラチェックを始める先輩。

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そろそろ気がつき始めるジョンボーA。

「こいつはトレイルランナーなんかじゃない…。ただの早朝マゾランナーじゃないか!」と。

結局トレランの事を何も教えてくれないばかりか、「2人撮り」という茶番に付き合わされたジョンボーA。

自分の貴重なトレラン初体験を汚され、彼は泣きながら台地を疾走。

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これが先輩流の「レッスン5.悔しさと恥ずかしさを力に」という教え。

まさにこの不器用な先輩なりの、「自分は嫌われても良い、後輩には立派に独り立ちして欲しい」という愛情の賜物なのだ。


それを知ってか知らずか、彼は順調にお虎ヶ池を越え、

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先輩の後を追う。

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ただこの風邪で病み中の人は、別の意味でも病んでいる人だった。

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恐らく度重なる育児自宅待機により、山の中で何かがスパークしてしまう人なのだろう。

先輩は「レッスン6.夜泣きのストレスは山で発散させろ」と言っているようだが、ここはジョンボーAとしてはあまり見習うべき所ではないようだ。


やがてそんな先輩の負の力が蔓延し始めたこの店内が、たちまち怪しい雰囲気に包まれた。

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九合目の経塚山に続くイカつい道のり。

その頂上標識が、まるで十字架の様で実に重苦しい雰囲気だ。

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そしてその十字架に向かって、静かにゴルゴダの丘を登って行くマゾ1匹。

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人々の負の罪を一身に背負ったイエス・マゾヒスト。

しかし今日はさらに罪深い「晴れ男」という裏切り者「ジョンボー・ユダ」も引き連れている。

ここでその晴れパワーは炸裂し、イエス・マゾヒストの頭上になんと「青空」が舞い降りた。

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奇跡。

白と後悔しか知らない早朝育児トレイルランナーに訪れた奇跡だ。


これを合図に店内に陽光が降り注ぎ、イエス・マゾヒストが今まで見た事のない霊仙山の姿があらわになった。

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ジョンボーAも、童貞を喪失するにはあまりにも明る過ぎてすっかり赤面している。

でも今まで暗い世界で生きて来た先輩は猛烈に喜んでいる。

喜び過ぎて、ケツから元気玉まで出す始末だ。

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実際はセルフタイマーセットしてから立ち位置に行こうとして、石に足を取られてよろけている姿。

しかしそれも全て喜び過ぎて浮き足立ってしまったからだろう。


さあ、これにて舞台は整った。

あとはあの先にそびえる、霊仙山山頂にて筆下ろしするだけだ。

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こんな青空のもとでご卒業できるなんて、きっと忘れられない初体験になる事だろう。


さあ、先輩はもう見守る事しか出来ない。

あとは自分の力で道を切り開くんだ。

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どうした?何をうじうじしてるんだ?

相手はもう今か今かと待っているぞ。

何も考えずにその懐に飛び込めばいいんだ。

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そうだ!いいぞ!

いい感じだ。

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焦るなよ。

ようく相手の事も考えるんだ。

自分だけスッキリしようなんて思うなよ。

そう、その下った勢いを利用するんだ。

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その勢いで一気に卒業に持って行け。

今だ。

駆け上がれ。

ああ!転んだ!

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負けるな。

最初は誰だってそんなもんだ。

そこで一回深く深呼吸だ。

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そうだ、いいぞ。

頂はすぐそこだ。

行けえ!

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やったな。

これでもうお前は立派な「早朝育児トレイルランナー」だ。

君には子供はいないが、先輩のように早朝育児トレイルランナーを名乗っても問題ないぞ。

正式なトレイルランナーとしての正しい道程も喪失した感が否めないが、そんな事は気にするな。

ほら、君の初めての相手「琵琶子ちゃん」もニッコリと笑って祝福してくれているぞ。

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先輩としても、ここまで無事に導いてやる事が出来てよかった。

君の表情も、すっかり自信を持った大人の顔になってるじゃないか。

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でも何気に先輩もこんな青空登頂は初体験だよ。

私の方も一つ夢を叶えても良いだろうか。

いつもいつも悔しい思いをさせられて来たけど、ついにこの時が来た。

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やってやったぞ。

ついに「Facebookに青空の写真を投稿する」という夢を叶えてやった。

いつもは「白い世界で修行ナウ」的な投稿しかしてこなかったが、やっと人並みの投稿が出来たぞ。


でも何気にここに来て、山頂に猛烈に寒い暴風が吹き荒れた。

たちまち鼻水の流出に歯止めが利かない風邪男。

結果的にジョンボーAパワーで晴れたが、やはりこの男は「風邪の悪化」という代償を支払ったようだ。

これぞ卒業達成した後輩に贈る、「レッスン7.浮かれた時こそマゾりどき」という先輩からの贈る言葉だ。



こうして無事に筆下ろしを達成させた二人。

しかし「店を出るまでがトレランレッスン」。


実はここから先は、先輩も初のコースを辿って下山する「周回120分コース」。

まだまだたっぷり時間は残っている。

この先をいかに過ごすかで、我々の男度が試されると言うもの。

変態男子校「岡崎城西高校」出身者としては、ついに校訓である「質実剛健」を見せつける時が来たのだ。


さあ、いよいよここからはアブノーマルなネクストステージ。

童貞喪失直後のチェリーメンに突きつけられた、ベテラン熟女落合さんによるまさかの「通行不可」宣言炸裂。

そしてそんな過酷な状況下で、節々の痛みに悶える者と左ひざを爆発させる者の悲鳴が店内に響き渡る。

果たして彼らは無事にこのお店から脱出できるのか?


大人への階段は長く険しいのである。




走れ!チェリーメン 〜後編へ〜 つづく



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