冠山/岐阜

冠リベンジ 後編〜モクモク退治と鯉の流れ星〜

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前回、悲しみの山頂で天使に担がれて天に召されてしまった親子。

すると天上の世界では、夢のような絶景と青空が広がっていた。

父は「ごらん、あれが青空というやつだよ」と指を指し、息子は生まれて初めて見る青空というものに感動している。



しかし実はこれは「現実」の世界。

彼らはまだ死んではいなかったのだ。


ここは天国ではなく、現実の冠山で展開されている情景。

決して真っ白い背景にCGで青空と風景を入れ込んだわけではない。



あれほど真っ白な世界にいた親子に何が起きたのか?

実は彼らを迎えに来たと思われた天使だったが、彼らは本当の天使だったのだ。


今までの僕であったら、前編の「陰」の部分だけで終わっていたはず。

しかし今の僕は「運命の歯車に乗ってしまった男」。

9月のアメリカのジョンミューアトレイル一直線の「良い流れの男」。(参考記事:運命の歯車〜そして聖地へ〜


後編は、そんな天に愛されてしまった男の「陽」の模様を振り返る。

再び、あの頃の僕との違いを見せつける時が来たようだ。


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ハッと我に返る男。

どうやら僕は変な夢を見ていたようだ。

なんだか天使に担がれて、そのまま天に浮かんで行くような不思議な夢だった。


我々は相変わらず360度の真っ白な絶景の中にいた。

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気を取り直してりんたろくんの登頂記念撮影。

僕は「りんちゃん、山頂でバンザイだ」と言って彼を送り込む。

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しかしこんな真っ白い世界で何に対してバンザイしていいか分からない彼は、ガブリチェンジャーを見つめての苦肉のバンザイ。

そして何の感動も無く「早くおにぎり食べよ。そんで日産行こ。」とツレナイ言葉。

しかしこのりんたろくんの力ないバンザイをきっかけに「奇跡」が巻き起こる。


このバンザイによりガブリチェンジャーが、ついに幻の聖剣「ザンダーサンダー」と合体。

僕は確かに登山前に、「ザンダーサンダーは登山が大好きな勇者にしか見えない剣みたいだ。だから頑張って山に登ろう」と大人の陰謀で言ったものだった。

それが今見事に作動し、モクモクさんめがけて光が放たれる。

すると「ぎゃああああ」というモクモクさんの断末魔とともに、なんと眼前のモクモクが晴れて行くではないか。

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山頂を起点にみるみるスパァーっと晴れて行く。

本当にこの「スパァーっ」という表現が適切なほど、切り裂かれて行ったモクモクさん。

恐るべし聖剣ザンダーサンダーの聖なる力。


自分のバンザイをきっかけにこんな事態になって、彼もニヤリとして「やってやったぞ」という顔つきだ。

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己の中に眠っていた聖なる力が目覚めて、彼はたちまちご満悦に。

僕もすかさず「さすがですね先生。まさかこんな力を秘めていたなんて」とヨイショをかかさない。


ついにモクモクさんの幕が開け、「イッツ、ショウタイム!」といった心憎い演出。

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まさに360度の大展望。

遥か遠くの徳山ダム湖までバッチリ見渡せる。

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ここに来るまで、ひたすらモクモクさんに目隠しされて来たようなもんだったから感動もひとしお。

親友のモクモクさんを切り裂いてしまったけど、いつも勝手に寄り添ってくるだけだから別に僕の心は少しも痛まない。


僕はりんたろくんと二人で勝利のおにぎり乾杯。

そして下山開始。

来る時はショッカーに囚われていたから見えなかったが、稜線からも素晴らしい展望。

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何気にこの先は凄まじい落差の垂直の崖。

でもその恐怖の縁に立てば、遮るものは何も無い大絶景だ。

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これほど爽快で、飛び立って行きたくなる絶景は見た事が無い。

たちまち僕に優作が憑依し、思わず「なんじゃこりゃあ」と呟いてしまったほどだ。

やはり僕は「運命の良い流れに乗った男」なのだ。

僕はこの絶景の先に、確かに「ジョン・ミューア・トレイル」を歩く自分の姿を見た。


さあ、次は我々のために犠牲になってくれた「仮面ライダー」の追悼現場に行こう。

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ここを下山して、一路あの素敵な広場「冠平」を目指すのだ。


しかしこの時点では気づいていないが、我々は奥美濃のマッターホルンの先端にいる。

登る時は上ばっか見て登っていたし、振り向いてもモクモクショッカーだらけで景色なんて見えなかった。

しかしモクモクさんが去った事によって、何やら急に高度感が襲って来た。

なんか強烈に怖くなって来たぞ。

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この鎖が切れたらどこまで滑落して行くのか。

そもそもこんな写真を嫁に見られたら、間違いなく「二度と連れて行くな」と言われる事必至だ。


それでも出来るだけ景色を見ないように下って行く。

あれほど景色を求めてた男は、ここに来て景色を見ずに下って行くという矛盾タイムに突入した。


でも時折安全な場所で見渡せば、冠山から能郷白山にまで続く稜線が一望のもと。

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冠平は近いようで中々行けないが、気分は大変よろしい。


で、例の取り付きの高度感満載の難所をドキドキしながら降りて行く。

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もはやビジュアル的には、山岳救助隊による少年救出風景。

これが山岳救助隊なら、母親に涙ながらに感謝される局面だろう。

しかし残念ながらこの男は山岳マゾ隊員なので、この子の母親から涙ながらに「頼むからお前のマゾに子供を巻き込まないで」と言われてしまう局面だ。


それでも尚、岩壁の下降をやめない山岳マゾ隊員。

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そして注目すべきは、これらは全て自作自演の己撮りだと言う事。

誰もいない岩壁をひたすらハアハア言いながら、ピストンで昇降を繰り返す「岩壁の父」。

背中でそんな父の不思議な行動を眺めているこの子供は、この時一体何を思っていたのだろうか?


そうこうしていると、なんとか取り付きまで生還。

いざ、冠平を目指す。

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のんびりと景色を楽しみながら、冠平到着です。

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りんたろくん的には、やはりこんな感じの広場感がたまらなかったのかすこぶる上機嫌。

彼の中で「山というものは一面真っ白な世界で、お父さんを苦しめる悪の存在」と思っていたのか、山では楽しそうな表情を見せないから珍しい場面だ。

でも実際は「今まで真っ白だったのは全てお父さんのせいで、苦しんでいるように見えて実は楽しんでいるんだよ」とは言えない。

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おそらくこの写真は、二人が絶景と青空をバックに笑顔で写る最後の写真になるだろう。

我ながら合成写真にしか見えない奇跡のショットだ。


そしてりんたろくんの背後にいるのが、さっきまで登ってた冠山。

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ようく見ると、アリのような人間が岩肌に張り付いて登って行っている。

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今となっては若干モクモクさんに感謝だ。

最初からこれ見てたら、さすがに子供背負った状態で登ろうとは思わなかっただろう。

失ってみて初めて気づく、友人のありがたさ。

だからと言って、彼にはもう二度と会いたくはない。


一方、公園の広場感覚のりんたろくんは黙々と石遊び。

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どうやら自分オリジナルの「ケルン」を作成中のようだ。

彼もいっぱしの登山少年になってきたのか。

僕は微笑ましく彼に「どれくらい積むのかな?大きくなるかな?」と語りかける。

すると彼は強い意志のこもった声で「40メートル」と言い放った。


3歳児が作る40メートルのケルンは若干画期的やすぎないか?

もはやそれは建造物だぞ。

恐らくウルトラマンの身長40mから来てるんだろうが、実にスケールの大きな男だ。

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このままではここが冠山の山頂になってしまう。

でもこのまま待っていたらサグラダ・ファミリアよりも完成までに時間がかかりそうだ。


さすがにそんなに待てないので、僕は再び彼を抱えて周辺探索。

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そしてこの先で「第一マゾ人」発見。

背丈ほどの藪をかき分けて道無き道を突き進む一組のベテランマゾ夫婦だ。

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通常の登山では満足できなくなってしまったマゾが踏み込んでしまうという「藪漕ぎ」という世界。

僕も意図せずに何度か体験したが、僕はまだまだそこに快感を見いだす事が出来なかった。

登山の世界は実に奥が深いのである。

彼らにしたら、僕なんてまだまだ赤子のようなマゾだ。


面白いものも見れたんで、満足して下山開始です。

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同じ道を下山しているはずなんだけど、なんだか行きとは随分違う世界に思えてならない。


やがて振り向けば、ついに冠山の全貌をこの時点で「初めて」見る事が出来た。

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確かに形はジャンダルムに似てなくはない、不思議な形をした山だ。


やがて徐々に駐車している冠峠が見えて来た。

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そしてここからはバッチリとあの延々と続く崖の酷道が見て取れる。

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普通ゴールが近づくと安堵感に包まれるのが登山というものだが、ここに関しては「次の戦いが始まる」と言った緊張感が楽しめる。

またあの道を運転して行かないといけないという重い現実。


でも晴れてるから文句は言わない。

じっくりと噛み締めながら、最後の下りをのんびりと下って行く。

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そしてゴールです。

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スタートの時に撮った写真は背景真っ白だったけど、実に爽やかな写真が撮れた。

やはり僕の運命の歯車は良い方に転じているのだ。

まあでも冷静に考えてみると、登るのを1時間遅らせておけば全て快晴だったんじゃないのか?という意見が聞こえてきそうだがそれは言わない約束だ。

でも逆に考えれば、りんたろくんの為に買ったガブリチェンジャーの組み立て時間とか無かったら「モクモクさんの完全試合達成」という大惨事だった。

それを考えると、やはり今回の登山は上等だったんだろう。


一方で、山頂でこの好天を呼び込み、聖なる力を使い果たした男はスヤスヤと寝息を立てている。

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彼もただ日産に行きたかっただけなのに、随分と余計な回り道に付き合わされて気の毒な男だ。

今度本物の「ザンダーサンダー」を買ってやるからな。


そしてそんな勇者の姿を優しく見下ろしているのは冠山。

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でもここから見る冠山は決して「優しくない姿」だった。

あの先っちょの乳首みたいな所に行って来たんだね。

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ほんと、最初に見てなくてよかった。

帰り道の別角度からは、マッターホルンというよりなんだか「槍ヶ岳」に見えるね。

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色々あったが、何気にとても良い山だったな。

また登っても良いと思える素敵な相手だった。


そう思っていると車一台分の崖の酷道でまさかの対向車。

決死のバック走行ですれ違える場所まで後退。

この時がこの登山で一番死ぬかと思った瞬間だ。


そんな地獄のような対向車体験を3回体験し、この親子は冠山から去って行った。


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〜おまけ〜


なぜかは分からないが、このものすごい山奥に「プラネタリウム」がある。

さらに意味が分からないが、そのプラネタリウムの外観は「城」である。

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この藤橋城ってやつは、こう見えてれっきとしたプラネタリウム。

この画期的なコンセプトと集客立地の悪さに驚きを隠せない。

しかもここに入るための橋は「西洋風」の橋だったりするからまた驚きだ。


でも僕としてはひそかにプラネタリウム初体験。

りんたろくんにも「ウルトラマンの星が見れるかもしれないよ!」と期待をあおってご入城。

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行楽日和の日曜日だというのに、観客は非常に少数。

名古屋市科学館のプラネタリウムは連日大行列らしいが、みんなここに来れば待ち時間はゼロだ。

しかもお城気分まで味わえて実にお得じゃないか。

ただし、この山奥に来るまでが相当時間かかるけどね。



いざ入ってみると、ここは意外なほどに完成度の高いプラネタリウムだった。

何気に僕は結構感動して見ていたが、りんたろくんは「ねえ、ウルトラマンはまだ出てこないの?」とテンションが低い。

僕が余計なことを言ってしまったせいで彼はこれを「ウルトラマンショー」と思っていたらしく、「いつ明るくなるの?真っ暗でウルトラマンが見えないよ」と文句を言っている。

彼にとっては、いつまでも「開演前」の状態に思えたんだろう。

素直に星を見ようと言えば良かった父の失態だ。


そしてそのプラネタリウムのチケットで、併設の移築古民家ワールドに入れるので寄ってみる。

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実にこの場所にいるのは我々だけという閑散っぷり。

気分は貸し切りマイケルジャクソンだ。


そして異様な雰囲気の中で絵本に夢中のりんたろくん。

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正直、お父さんは何やら怖くて背筋が寒い。

誰か一人ぐらい動き出しそうだ。


しかしあまりにも絵本に夢中になるから、縁側で絵本を読み聞かせてやった。

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なんだかこれはこれでとても良い。

こういう古民家の縁側が持つ優しげな空気感は、非常にノスタルジックな気分になって心地よい。


母さんの鳥取の田舎がちょうどこんな感じの古民家で、風呂も五右衛門風呂という日本昔話のような所だったことを思い出す。

小学生の頃、何度かそこに帰省しては輝かしい体験をした。

あの頃の匂いや雰囲気は今でも僕の血肉になっている。

こういった日本の原風景的な「感覚」を、りんたろくんにも小さい内に沢山経験させてやりたいもんだ。


その後はたまには子供らしく鯉の餌やりだ。

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しかし観光客が少なすぎるのか、鯉たちの「飢え」がハンパない。

たちまち少年の眼前で、哀れな鯉たちの地獄絵図が展開された。

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目がイッてしまった鯉たちの痛々しいほどの欲望の姿。

恐怖すら感じる鯉版「蜘蛛の糸」。

しかしグロテスク好きの男は、この段階でこの日一番の笑顔を炸裂。

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まるで成金社長が、窓から一万円札を愚民どもにばらまいているかのような優越感に満ち満ちた笑顔。

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僕はこの時、りんたろくんが嫁に見え、鯉が僕に見えるという錯覚を起こしてしまった。

天は人の上に人は作らないが、マゾの上にサドを作る。

僕はここで人生の縮図を垣間みた。



そしてこういう余計なことばかりやっていたせいで、見事に日産の予約時間に間に合わなかった男。

オイル交換ができず、何より一番日産を楽しみにしていたりんたろくんは「お冠」。

さらに家に着くなり嫁に「肩揉んで」と言われてしまう悲しき鯉。


僕は疲れた体にむち打って嫁の肩を揉む。

窓の外にはお星様。

プラネタリウムでは見えなかった星。

なんて言ったっけな、あの星の名前。

あの北斗七星の脇に煌煌と輝いている星…。


確か死兆星って言ったけ…。




しかし次第にぼやけて行く男の視界。

やがて一筋の流れ星が男の頬に流れた。


男は急いで願い事を3回言う。

ジョン・ミューア・トレイルに行けますように。

ジョン・ミューア・トレイルに行けますように。

ジョン・ミュ…


流れ星は無情にも顎から嫁の肩に落ちた。



暗い部屋の中、肩を揉む音だけが空しく響く。


アメリカへの道は遠く険しい。



冠リベンジ 〜完〜



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