武奈ヶ岳/滋賀

武奈ヶ岳1〜生贄初詣〜

育児専念元年。

男は元旦に「今年は大人しくする」と高らかに宣言した。


そして数日前には「新春ロンリーマラソン」によって全身破壊を達成。

見事に体中と足を痛める事に成功し、心身ともに「山に登りたい」なんて気力を奪う事に成功した。

これで大人しく正月を過ごせるはずだった。



しかし。

なぜこの男はこんな事になってしまったのか?

IMGP0620_20130108101547.jpg

足を引きずりながらも、なぜか一人苦悶の表情を浮かべながら雪山に攻め入って行く男の後ろ姿が確認された。

動けないはずじゃなかったのか?

大人しくするんじゃなかったのか?


一体男の身に何が起こったのか?

振り返ってみる必要がありそうだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


全身破壊の2日後。

すっかり動けず、病人のようになった僕の前に目を疑う光景が広がっていた。


天は見事なまでの日本晴れで空気は澄み渡り、なんと我が家から遥か遠くの御嶽山や中央アルプス・南アルプスの山並みが確認出来るではないか。

それは目の前に突然AKB48の全メンバーが全裸で現れたに等しい驚愕度。

こんな事は岐阜に嫁いで来て以来、一度もなかった怪事件だ。


それを見た途端、無理矢理沈静化させた僕の煩悩が大爆発。

次々と巻き起こる西部警察クラスの大爆発に、もはや心身のワナワナが止まらない。

そして「ハッ」と気付いた時には嫁に土下座している自分がいた。


「明日山に行かせてください。これが出産前の最後でございます。最後に一回だけ。すぐに済ませるから。ちょっとだけ、お願い。」と、まるで別れる間際に最後の一発を懇願する男のような情けない姿がそこに展開された。

そして粘り強い交渉の結果、いつものように「死んで来い」という暖かいメッセージを頂く事に成功。

生まれ来る我が子に是非とも見てもらいたい、父の逞しき一コマだ。



早速翌日の天気チェック。

大方どこもかしこも天気良し。

これほど選択肢がある状態はかつて無かったぞ。

僕の前にはタイプの女性(山)の写真がズラリと並べられ、雪肌の真っ白な美女が揃って僕をカモンな表情で誘惑している。

もの凄い優良店だ。


僕はその中で北アルプス「西穂独標」・中央アルプス「木曽駒ヶ岳」・比良山系「武奈ヶ岳」の三名に絞った。

もしかしたら今シーズンの雪山ラスト登山になるかもしれないから、絶対に失敗はしたくない。

写真の出来の良さに騙されて、いざご対面した際に二度見する事になっては目も当てられない。


しかしいくらなんでも3,000mクラスの「西穂独標」と「木曽駒ヶ岳」は気持ちの覚悟が追いつかない。

そもそも今僕は2日前の新春ロンリーマラソンで全身破壊ほやほやの状態。

そんな状態で挑んだら全身どころか人生破壊を達成する事は必至だ。


やはり何事にも順序というものがある。

いきなり3,000mに行く事は、付き合ってもいないのにいきなり相手に体を求めるような野蛮な行為だ。

ここはまず武奈ヶ岳で、デートから手を繋ぐまでを目的とした純朴なお付き合いから始めよう。


という事で、関西の人々の憧れの初心者クラス雪山「武奈ヶ岳」さん(1,214m)をご指名だ。

天気も晴れのち曇りで、曇るのは14時か15時頃。

早朝から攻めれば大快晴の山頂からの素晴らしき眺望が、僕を待っているはずだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


翌朝。

まるで16歳の初デートのような興奮が渦巻いていたのか?

なんと2時半に目覚めてしまった。


寝不足感は否めないが、これで早朝からのアタックが可能になって大快晴の山頂は約束されたようなものだ。

3時に家を出て、意気揚々とはるばる琵琶湖の裏側の武奈ヶ岳へ車を走らす。



そして6時過ぎ。

まだ真っ暗な葛川市民センターの駐車場到着。

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暗くて空の確認は出来ないが、おそらく雲一つない空が広がっている事だろう。

ワクワクしながら準備を整え、6時半に出発。

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雪国だねえ。

家も昔話に出て来そうな家が多くてとてもいい雰囲気だ。

空も白んで来たね。

見上げてみようか。

勝利の空を。

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お、おおぅ。

雲一つない青空と私は聞いて来ましたが、聞き間違えていたでしょうか?

なんでしょう、この不気味に空を覆いまくる重苦しい妖気は?

話が違うじゃないか。


「こんなはずじゃなかったのに。」

「なんて事なんだ。」


こうして出発からわずか2分で、早くも2011年と2012年度のボクデミー賞の流行語大賞が飛び出した。

絶対に快晴でなくてはならず、万全に万全を期したこのラスト雪山登山。

己の持つ負の力にただただ驚くばかり。

早くも深い深いため息でサングラスは曇りっぱなしだ。


まあ、基本的に僕は気象庁の天気予報の信憑性を東スポの河童記事程度としか認識していない。

いつも通りで、ある意味予報通りと思い込む事にし、唇をかみながら登山口へ到着。

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数十分前まではあんなにワクワクしていたのに、登山口ではもういつもの憂い顔での記念撮影だ。

万全を期しただけにその落胆っぷりは計り知れない。


そして彼を憂い顔にしているもう一つの原因。

右足の土踏まず周辺が劇的に痛いのだ。

それはもはや「捻挫」と言った痛み。

まだ何もしていないのに、早くも救助が必要な状態に追い込まれた。


人は車の運転中、知らず知らずの間に捻挫をする生き物なのか?

間違いなく二日前の全身破壊フルマラソンによる「疲労捻挫」の疑いが高い。



ここで男は心から悩む。

天気も話が違うし、足にも爆弾を抱えた状態で登って果たして楽しいんだろうか?

しかしせっかく苦心して手に入れたこの最後の雪山チャンス。

はるばる3時間かけてここまで来たのに。

それをまさかの「登山口撤退」という惨憺たる結果で終わらせていいものだろうか?

でも帰るんなら今じゃないのか?



こんな時は初心に還るが吉。

そもそも僕のような人間が登山を「楽しもう」などと考えた時点でおかしな話だったのだ。

僕にとっての登山とは苦行そのものでなければならなかったはず。

天気が悪い?足が痛いだと?

上等じゃないか。

お前はマゾだろう。

こんなヨダレが出るような環境は中々整わないぞ。

さあ、行け。

存分にマゾるが良い。



こうして男は何か大きな力に後押しされ、その痛む足を武奈ヶ岳に向けて踏み出した。



目標は下山後に、ここにある神社で初詣をする事。

この登山口から神社に行けばものの5分とかからない。

そこをあえて8時間かけて山頂経由での初詣を目指す。


これはそんな男の修行初詣物語。

安産祈願の為、男はその身を生贄として武奈ヶ岳に差し出す時が来たのだ。



武奈ヶ岳2へ 〜つづく〜



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