足の痛みに耐え、ワッセワッセと雪中行軍を続ける孤独な日本兵。
彼は登山をしているのではない。
原点に立ち返ったその男は、今まさに己のマゾと向かい合っている真っ最中だ。
肉体は歓喜の悲鳴を上げ、捻挫風味の右足が一歩毎にシャウトを繰り返す。
これは自らが望んで踏み入ったマゾサンクチュアリ。
決して一般人が踏み入ってはいけない、選ばれた者のみが侵入を許される聖域なのだ。
今シーズンのラスト(多分)雪山登山。
わざわざ勝ち取ったこの魅惑の修行タイム。
その苦行の軌跡を振り返る。
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登山口で本来の自分の姿を取り戻した男。
重苦しい体調、寝不足の体、捻挫疑惑の右足、ダークな空模様。
そのどれをとってもベストコンディションと言う他ない。
そんな僕の前に現れたのは、のっけからの大急登タイムだった。
写真では分かりにくいだろうが、かなりスペシャルな急登が延々と続いていく。
こいつは久々のパワー登山だ。
重い。
実に体が重い。
出だしから汗ダクダクのグハグハで、気分はウハウハだ。
ひたすら登ってやっと尾根かと思いきや、
再び急登急登急登急登オオォォォォッッッッ!!
こんな序盤で早くもディオ化する武奈ヶ岳。
とても頂上まで体が持つ気がしない。
そしてどこまで行っても止む気配をみせない急登野郎。
随分とサラリと書いているが、ここまで来るだけで随分と時間を費やした。
やがてその急登っぷりはさらに勢いを増し、一歩進んで半歩ずり落ちるを繰り返すようになる。
この下りのエスカレーターを上り続けるかのような精神的な攻撃。
たまらずアイゼンを履き、ポールをピッケルに持ち替えて果敢に攻め上がる。
しかしピッケルに持ち替えた事が裏目に出て、下半身に強烈な負荷が。
たちまち僕の捻挫疑惑の右足が唸り、なぜか左足まで痛くなって来た。
アイゼンも10本爪という中途半端なものだから、滑ること滑ること。
しかもアイゼンを履く時、無理な体勢になった事により左脇腹をツってしまっているというおまけ付だ。
なんだかさっきよりも進まないどころか、体の疲弊度が猛烈な勢いで加速していく。
しかし「マゾ界の富樫源次」と言われた持ち前のど根性で、尚も這い上がっていく。
煮えたぎる油風呂に浸かって「へっへへ、いい油だったぜ」と言い放った男塾一号生富樫源次。
この男も「へっへへ、いい急登だったぜ」とニヤケながらも、あえて痛む足を引きずって己撮りを繰り返す。
かつて男塾一号生筆頭、剣桃太郎は言った。
「男塾の教科書には死という文字はあっても、敗北という文字はない。」と。
それはマゾの世界にも通じる名言なのだ。
そんな苦行を繰り返す男に、ついに天が微笑んだ。
雲間から太陽が現れ、樹間から光が差し込んだのだ。
間もなく子守り日に埋もれる男に降り注いだ木漏れ日。
陽光が射すだけで、風景は一変して豊かで美しい姿を晒し出す。
美しい。
晴れるとこうも美しいものなのか。
普段ほとんど晴れない僕としては、こうしてたまに日が射すと猛烈な感動に浸ることが出来る。
それはいつもは素っ気ない女が、突然見せる優しさのようなツンデレ的感動。
そして砂漠の真ん中で突然現れた、キンキンに冷えたビールのようなヨロコビ。
いつも何の為に日焼け止めクリームを塗っていたか疑問だったが、やっとUVを遮るチャンスが到来したのだ。
これは晴れ男や晴れ女には一生味わうことが出来ない悪天候男ゆえの特権。
ざまあみやがれ、晴れ男晴れ女め。
しかし、どっちが良いかと問われれば僕はやはり晴れ男になりたい。
何はともあれ、天気が回復傾向のようだ。
日の光を噛み締めながら本日の最高タイムを満喫しながら進んでいく。
ああ、いいなあ。
最高だなあ。
足さえ痛くなければなあ。
僕の浮かれた気分を察知したのか、ここにきていよいよ右足が必死で痛みの信号を脳に送りつけて来る。
そして急登につぐ急登で、一歩一歩の体の重さがキング・ザ・100トンに重りを追加されていくような気分だ。
マリポーサが言う通り、こいつは久々にいい血が見れそうだ。
やがて、本日何度目かの急登を登りきると、
木々が無くなり、一気に視界が開けた。
そして振り返れば、そこには大絶景が広がっていた。
そろそろ足の痛みに堪え兼ねて「撤退しよう」なんて思っていた矢先に現れた絶景。
天気も回復傾向だし、こうなってくると山頂からの大パノラマが見てみたくなるのがマゾの性。
痛む足を引きづりながら、その景色に後押しされてさらに山頂を目指す。
しかしこれは毎度お馴染みの「一度は良い景色を見せておいて撤退をさせない」という神の絶妙な伏線。
毎度このパターンで山頂に着いて涙する男だが、やはり今回も運命には逆らうことが出来ずに突き進む。
体調は最悪だが、天気の回復によってホクホク顔で登っていく。
ここからはいよいよ快晴のヴィクトリーロードが始まるのだ。
今シーズン最後の雪山にふさわしい、山頂からの素晴らしき大展望が待っているのだ。
でも後方から迫り来る不穏な気配が気になるな。
まさかとは思うがあのガスだらけのモクモクさんはこっちに向かっているのかな?
何やら必死で僕に追いつこうという心意気が感じ取れるのは僕だけだろうか?
いや、まだ10時だぞ。
晴れのち曇りの天気予報では、曇るのは14時〜15時でまだまだ先のお話のはず。
気のせいに決まっている。
いよいよ雪も深くなって来て、ハードな雪中行軍は続く。
そしてついに、目指すべき武奈ヶ岳の姿を捉えたぞ。
すごく奇麗だぞ、武奈ヶ岳さん。
天気も良くて、あの山頂の向こう側に広がる琵琶湖と伊吹山はさぞかし美しい事だろう。
でもね。
あんたどんだけ遠いんだ。
実はこの時間にはすでに山頂に着いている予定だった。
この時点で山頂に着いていれば、大絶景の大パノラマを満喫していたはず。
しかし重い体と痛い足とツッた脇腹のせいで、遅々として歩みを進めることが出来なかったのだ。
想像以上に時間をかけすぎてしまった。
でも曇り予定までまだ4時間もある。
もう一踏ん張り頑張ろうじゃないか。
ここからは一旦、ガッツリと高度を下げて行く。
せっかくここまで苦労して高度を上げて来たのに再び下って行く空しさよ。
肉体的にはもちろん、精神的にも中々のダメージだ。
遥か先を見上げれば、アホみたいな急登をよじ登って行く登山者が確認出来た。
正直、あそこまで行ってその急登を登って行く自信も体力もないぞ。
やっぱり無理があったか。
なんか天気が良くても、こうも足が痛いと全然楽しくないって事に今更ながら気付き始めているし。
しかしそんな弱気な僕に再び剣桃太郎が囁く。
「男塾の教科書には死という文字はあっても、敗北という文字はない。」と。
ありがとう、桃よ。
忘れかけていたマゾ魂を再び奮い立たせてくれたんだな。
まだまだ僕はやれるんだな。
マゾってもいいんだな。
やがて鞍部に辿り着き、
見上げる先には武奈ヶ岳への急登入口。
ついに本当の戦いが始まる。
マゾ界の富樫源次は心のドスを握りしめる。
そして胸に「闘」の文字を刻み付け、最後の戦いに向けて根性を振り絞った。
「みさらせ、これがドMの根性じゃーっ!!」
この姿を多くの人が呆れた顔で眺める。
そしてやがてこう言うだろう。
「もうやめなさい」と。
武奈ヶ岳3へ 〜つづく〜
武奈ヶ岳2〜僕と富樫と油風呂〜
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MATATABI BASE
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