しまなみ海道縦断野郎後編。
前回ははるばる無駄な国道50km南下の末、道後温泉のあまりの人混みに心を折られた青年。
朝起きてから自転車を漕ぎ続けた末に突きつけられた延長戦。
へなちょこ時代の彼に残された体力はもはや尽きかけていたが、彼は道後温泉から逃げ出した。
この時点での彼の行程は以下の通り。
今思えば、よくもまあこれだけ漕ぎ続けられたものだ。
しかもマウンテンバイクで。
で、本来の予定ではここで道後温泉に浸かってから適当な場所で野宿して、翌日に同じ道を帰って行く予定だった。
でも道後温泉のアホみたいな混雑の中、行列に並んでまで温泉になんて入りたくなかった。
ふと地図を見ると、6kmほど山側の道を上がって行けば「奥道後温泉」があると書いてある。
だったらそのまま山側の道で今治まで行けるじゃないかと判断。↓
この判断が僕を地獄へと誘う。
地図だけ見たら海側より多少近いように見えたんだろう。
しかしこれはスーパーハードな「山越え」を意味する。
なぜそんな簡単な事に気付かなかったんだろう?
そんな愚かな判断を下した男の後半戦を振り返ってみよう。
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ゴールだ、温泉だ、ビールだ、もう野宿だ。
そういう精神状態からの延長戦は、実に重たい判断だった。
とりあえず奥道後温泉まで6kmのヒルクライム延長戦。
疲れ果てた僕には永遠とも思えるような時間だった事を記憶している。
しんどすぎたのか、この区間の写真は1枚しか残っていなかった。
この1枚からでも彼が壮絶な山道に入り込んでいる事がよく分かる。
一体ここはどこなんだ?
やがて山の中の奥道後温泉に到着。
そこで「ジャングル温泉」などという魅力的なネーミングの立寄風呂を発見。
当時から「温泉は効能や雰囲気よりも面白さが重要」と信じてやまない男は迷わずジャングル温泉へ。
怪しさ満点で安っぽさ全開の施設の看板がこれ。
旅情も風情もまるでない。
このコンセプトの斬新さにワクワクが止まらない。
正直この旅の中で、このジャングル温泉での出来事が一番鮮明に記憶に残っている。
疲労困憊な状態の僕はフラフラと浴場へ。
予想はしていたが、ジャングル風の浴場内は落ち着かない雰囲気で全く僕を癒さない。
くっさい「どくだみの湯」を満喫し、「野尻」という意味の分からない浴槽に入ったりと次々各所の温泉を堪能。
そして「天国」と言う名の湯から上がって次の浴槽を目指していた時に悲劇がやってきた。
それはまさに「天国から地獄」。
前方から歩いて来る全裸のおっさん。
そのおっさんが僕とすれ違いざま、突然床で足を滑らせた。
たちまち長友ばりのおっさんの全裸スライディングが僕に襲いかかる。
人はこのような状態になった時、反射的に近くのものを掴もうとするのだろう。
おっさんは僕の腕を掴み、僕もおっさんを支えようとする。
たちまち肉体と肉体がくんずほぐれずの状態で絡み合う。
そしてそのまま見事に二次被害に巻込まれ、おっさんもろとも僕も豪快に床に倒れ込む。
全裸の男同士の肉と肉がぶつかリ合う肉弾戦。
突如始まった全裸レスリング。
おっさんの黒いジャングルが僕の二の腕にわさわさと襲いかかる。
そして僕の密林も負けじとおっさんに密着を試みる。
そしてそれを目撃した天国の湯にいたクソガキが、オランジーナのCMの少年のように指を指してヒャッヒャと嘲笑う。
そう、ここはジャングル温泉。
僕のステキな思い出が眠る温泉となった。
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ジャングル温泉で、見事に旅の疲れを癒す事に失敗。
それどころか心に深い傷を負ってしまった純朴な青年。
突如知らないおっさんに操を奪われた気がしてしばし呆然。
全身を包み込む不快な気分がとどまる事を知らない。
とりあえず気を取り直して今夜の野宿場所を探す。
しかしこの時点で痛恨のミスを犯す。
温泉街にコンビニくらいあるだろうと目論んでいたが、見事にそんなものはない。
よって、今夜の食事どころか水分も補充出来ない。
そんな状態のまま山道を突き進む男。
ここまで登って来て今更街まで引き返す気力はない。
もうこうなったら晩飯も水分も抜きだ。
適当な公園の広場を発見し、そこでヤンキーのように野宿を敢行。
山中の公園は実に不気味な雰囲気だったが、そんなものは若さでカバー。
それよりもこの時点で僕を襲っていたのは強烈な喉の渇き。
なぜ温泉から上がった時に飲み物を買っておかなかったんだろう?
ザックの中には小瓶のウイスキーがひとつ。
これはあのサザエさんの替え歌「トイレに入って15分 紙がない ポケットさぐれば 1000円札一枚」を彷彿とさせる状況。
ウイスキーを片手に思案を巡らす脱水男。
今ここにある「水分」はこのウイスキーのみ。
ついに喉の渇きに逆らえず、ウイスキーをがぶ飲みする男。
空きっ腹に勢い良くなだれ込む褐色の悪魔水。
当たり前だが、たちまち新手の喉の渇きに支配される男。
山中の真っ暗な公園で繰り広げられた究極の生への戦い。
ウイスキーを飲む程に酔いと渇きが大乱闘。
もうこうなったら、渇きより先に酔いで眠りを誘発して強制スリープ状態にするほかない。
結局その後も空きっ腹でウイスキーを飲み続け気絶するようにご就寝。
色んな意味で口の端に泡を吹いていた記憶が鮮明に残っている。
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翌朝。
朝とは普通、希望に満ちた素晴らしいものだったはず。
しかし起き抜けから強烈な脱水状態と空腹状態。
この先いつお店が出てくるか分からない山道での絶望の朝を迎えた。
フラフラとテントを撤収していると摩訶不思議な体験に巻き込まれる事になった。
公園に高級そうな車が止まり、中から中年の男と若い女が出て来た。
時間は早朝の5時。
二人は僕しかいない公園内をぷらぷらとうろつき、やがて僕の方へ近づいてくる。
男は50代くらいの胡散臭いおっさんで、女は30代くらいのケバめな女。
おっさんが僕に「写真を撮ってくれないか」と頼んで来た。
別に景色が良い場所もないし、誰も訪れる人がいなさそうな公園なのに何事だ?
何かこの二人にサスペンス劇場的な濃縮な関係性が見受けられたが、僕は普通に二人を撮影してあげた。
不倫関係っぽいカップルを撮影する脱水飢餓男。
この瞬間、平和な公園内はとてもシュールな空間へと変貌していた。
僕には、何かアリバイ工作に加担してしまったかのような後味の悪さだけが残った。
何やら色んな事がヘビーな状態。
とりあえず最速で飲み物と食うものを手に入れないと危険極まりない状態。
しかし山道は進めば進む程に民家すら無くなって行くという絶望へとまっしぐら。
この長い長い山道区間で唯一残っていた写真がこちら。
かつてこれほどまでに披露が滲み出ている男を他に知らない。
ここから徐々に太陽が燦々と降り注ぎ、灼熱の中で脱水男は踊り続ける。
せっかく連続一人旅雨記録が途絶えても、しっかりとマゾに堕ちて行く男。
この先40kmの道のりで、一切写真が残ってないという事が彼の余裕の無さを如実に物語っている。
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写真は突然今治に到着していて、今治城の前だ。
山中での写真と比べると、随分血色も良くなってふっくらとしているから無事に飲み物と食べ物にありつけたんだろう。
昔の自分なんだけど、拍手喝采で彼を褒めてあげたい。
この後の記憶は多少残っている。
確かこのベンチ。
僕はこのベンチに座ってひたすら自問自答を繰り返した。
こなまま予定通りしまなみ海道を自転車で帰って行くか、それとも負け犬となって今治港から船に乗って帰っちゃうか?
そして何度しまなみ海道ルートのシュミレーションをしても、披露の固まりとなった僕には行き倒れのイメージしか浮かんで来ない。
で、気づいた時には負け犬海道まっしぐら。
敗残兵は何も言わず、目を細めて遠ざかる四国を眺めていた。
もはや悔しさすら感じない程の圧倒的惨敗。
こうしてしまなみ海道の旅は、僕の心に悲しい敗北の記憶として刻み付けられた。
やがて尾道到着。
シュールで残酷な看板がお出迎え。
いっそここから顔を出して「僕は負け犬です!嘲笑ってください!」と大声で叫ぼうかと思ったほどだ。
いつかまたこのしまなみ海道にはリベンジをかましたい。
そんなステキな思い出の旅でした。
しまなみ海道縦断野郎 〜完〜
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〜おまけ〜
この先の記憶も完全に飛んでいたが、写真を見ると随分とまた寄り道してるみたい。
ざっとダイジェストで。
ちょうど映画のセットが公開されていたんだね。
僕みたいな負け犬は絶対に乗艦できないよ。
並んで尾道ラーメン。
もうただの観光客になってるじゃないか。
全部が快晴で、普段から快晴慣れしてないから真っ赤っか。
この状態でもう一度ジャングル温泉に入ったら死ぬね。
突然写真は京都木津川の、よく時代劇の撮影する橋へ。
当時はひたすら下道移動だったから、このような寄り道で延々と帰宅出来ない事がしばしばあった。
で、次の写真はこんなことに。
シュールな空間が楽しめる伊賀の里へ。
伊賀城周辺をひたすらサイクリングしたようだ。
そんな元気が残ってたならしまなみ海道帰って来れたんじゃないのか?
情けない男だ。
いい加減もう帰っただろうと思ったら次は三重の関宿を走ってるぞ。
早く帰れよ。
こうして男は帰って行った。
最後のゴールは、もちろん当時付き合っていた愛する彼女のもとだ。
優しくて気の効く女だった。
それから6年あまりの時が流れた。
僕はハードなマゾに進化。
そしてあの時の優しくて気の効く女は、今僕の隣でハードなサド女となって君臨。
そして日々、当時の愛する男を罵倒し続ける。
今では愛の脱水状態に苦しむ元青年。
時の流れとは無情なものである。
しまなみ海道縦断野郎 後編 〜ジャングル合体〜
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MATATABI BASE
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