御嶽山/長野

御嶽山2〜そして男は神になる〜

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切り立った断崖絶壁を黙々と進んで行く高所恐怖症の男。

まったくの予想外の展開に男の動揺が止まらない。

しかも辺りはモクモクのガスに支配されている。

糖質ゼロ・カロリーゼロのビールは嬉しいが、ここは眺望ゼロ・楽しさゼロの地獄のピーク。

飲み込む唾で男ののどごしも爽やかだ。


男の向かう先は「摩利支天(まりしてん)山」。

御嶽山の4つあるピークの一つだ。

摩利支天とは言わずと知れた仏教の神様で「護身」の神。

そこに挑むは、数々の判断ミスを冒し続ける「誤審」の男。

男はついにその山頂で神を見る事になる。


それでは剣ケ峰から摩利支天山の男の模様を振り返ってみよう。


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僕はほろ苦いコーヒータイムを終え、剣ケ峰から動き出す。

ここからは富士山のようにお鉢をぐるっと回って、その先にある摩利支天山を目指すのだ。


向かって左側は素敵な二の池と晴れた世界。

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しかしその場で右側を見れば楽しげなモクモクファーム。

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今まさに僕を中心として、晴れと曇りが激しくぶつかリ合っている。

ここからはモクモクさんとの抜きつ抜かれつの追いかけっこだ。


手前の二の池はその美しい姿を惜しげもなく見せつけてくれるが、

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御嶽山周辺はとにかく眺望だけは絶対見せないぞという心構え。

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今までに無いタイプの晴天ドーナツ化現象。

景気良くおっぱいは見せるけど、絶対に顔は見せないぞという御嶽山の決意が見てとれる。



やがて二の池まで降りて来た。

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上から見てても見事なエメラルドグリーンだったが、目の前で見てもエメラルドグリーン。

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キレイだが、足が痛すぎて僕の心はすっかりエメラルドブルーだ。


ここから先は途端に登山者も減り、快適なトレッキングが続く。

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曇ったり晴れたりが続くが、実にいい気分。

足の痛みを除けばね。


実はこの頃から新たに踵の靴擦れパーティーが始まっていた。

小指付け根への打撃緩和の為に靴紐を緩めたのが原因だ。

強く結んでバッチリフィットさせれば小指付け根がシャウトし、緩ませれば靴擦れする世界。

この中間にこそ目指すべき「ベストフィット」の締め具合があると信じて何度も調整。

結果的に小指付け根も痛めつつ靴擦れもするという最悪の事態に追い込まれた。


ここから先は「限界を迎える前にいつ撤退の英断を下すのか」という自問自答の世界に突入。

僕は雄大な山と向きあいたかったのに、ただひたすらに己の足と向きあう小さな世界の住人となってしまった。



やがて突然目の前に広大な景色が広がった。

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山頂部とは思えないほどの広大なる平原。

4試合くらい同時に野球が出来そうなほどの広さに、沢山の石が積まれたケルンが沢山ある。

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ここは「賽の河原」と呼ばれる独特な場所。

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賽の河原は三途の川の川原。

言葉の意味を調べてみると「報われない努力」「徒労」とある。

フィットしない登山靴を諦められずに使い続ける誰かさんにはピッタリの場所だ。


それにしても山岳信仰の霊山だけあって、他の山とは違った独特の世界だ。

やがてダッチオーブンのように吊るされた鐘越しに三の池が見えて来た。

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運良く三の池を拝む事は出来たが、その先に広がっているであろう南アルプスの山並みは例のごとく想像するのみ。

この先の遥か彼方に討伐すべきキング北岳がいるはずだ。

さあ、その前に摩利支天山を軽くねじ伏せて来ようじゃないか。

この稜線の遥か先にその頂が待っている。

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天気もまだいい感じをキープしている。

快適トレッキングはここまで。

ここからは再びガッツリと登って行くパーティータイムだ。


そんな僕の心意気を察してくれたのか、頼んでないのに神が応援のモクモクサービスを開始。

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グハグハと稜線まで登って来た時には僕はいつもの真っ白な精神と時の部屋に突入していた。

この部屋での1日の修行は人間界の1年分に匹敵するらしい。

こうして僕のマゾは周囲を突き放し、やがて孤高のマゾ男となるわけだ。


進行方向がモクモクすぎてどうなってるかよく分からない。

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やがて現れる稜線は、両サイド切り立ってなんだか妙に怖そうじゃない。

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そしてマニアックすぎる山なのか、僕以外誰一人登山者がいない。

暗くなる景色、一人ぼっちの寂しさ、切り立った稜線への恐怖、そしてスケールを増す足の痛み。

ああ、いいぞ。

いよいよ「僕の山」が始まったんだ。

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参ったなって顔をしながらも、どこか嬉しそうだ。

この色の無いグレイッシュな世界がどうにも居心地がいいじゃない。

先の見えないガレ場の稜線をひいひい言いながら進んで行く。

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下を覗けば、モクモクさんが邪魔で一体どこまで滑落していくのかも分からない。

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そして前方から今までで最大のモクモクさんが大挙して押し寄せる。

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さすがに全身に恐怖が走った。

こんな足場の悪い場所で視界が利かなくなったら大変だし、最悪雷だって考えられる。

でも頂上はもうすぐそこ。だと思われる。

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先が見えないからここからはフィーリング勝負。

普段の登山で、あえて眺望の無い真っ白な山頂を制覇して来たのは「心眼」を鍛えるためだったじゃないか。

今こそ想像力を働かせてみようじゃないか。


見えるのは足下のみ。

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今つまづいたら、右にこけても左にこけてももれなくヒモ無しバンジーが待っている。

こんなにハードな稜線だなんて地図には載ってなかったぞ。


痛む足と恐怖と疲労を楽しみながらよぼよぼと進んで行く。

やがて見上げた先に、ポツンと看板のようなものが見えた。

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着いた。

ついに摩利支天山の山頂に到達したのだ。

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槍ヶ岳の山頂よりも遥かに狭い場所に地味に突き刺さる山頂看板。

当たり前だが周には誰一人いない。

当然眺望もゼロ(晴れてたら相当凄い景色だったろう)で感動もゼロだ。

今日もいいマゾが完成して満足だ。


しかしここで僕は背後に神々しい気配を感じた。

一カ所雲がぽっかりと穴をあけ、そこから差し込む光。

そしてその光に照らされた一人の神。

さては摩利支天なのか?


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違う。

奴は「摩曽支天念」(マゾしてんねん)だ。


ついにマゾを極めた男が神へと昇華した瞬間。

男に祝福の光が降り注ぐ。


悟りを開き、穏やかな顔で下山を始める男。

しかしその男の前に別の道が見えてしまった。

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モクモクすぎて見えなかったが、稜線の下の方にとても歩きやすくて安全な別のトラバース登山道を発見。

こんな快適な道があったにもかかわらず、なんと男は自ら進んでハードな稜線を突き進んでいたようだ。


いつもならこんな信じられないような結末に心もポッキリ行く所だ。

しかし神となった今の彼は違う。

摩曽支天念は静かに頷き、口元にアルカイックスマイルを浮かべて下山して行った。



そんなわけあるか。

余計なハード稜線のせいで山のピークよりも足の痛みのが遥かにピークだ。

当然男の口元にスマイルは無く、眉間にシワを寄せた苦々しい表情。


そこに神の姿は無かった。

そこには般若のお面のような苦痛にまみれた男のふらつく姿だけがあったと言う。



御嶽山3へ 〜つづく〜



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