ついにこの瞬間がやって来た。
ズルズルと雪山童貞喪失のチャンスを逃し続け男に、やっとご卒業の時がきた。
お相手は「池田山」。
我が家からも見える、家から最も近い923.9mの低山。
随分身近で、お手軽な相手での童貞喪失となってしまった。
本来、東海地方の雪山童貞者の筆おろし担当は三重の「御在所岳」と相場は決まっている。
でも憧れの先輩より、意外と近所の幼なじみが相手だったりするもんだ。
御在所岳は鈴鹿セブンの残党の一味でもあるので、近い目標として狙っている。
今回はどちらかと言えば、雪山がどんな物なのかと、アイゼンやピッケルなどのテストを兼ねた雪上訓練。
病み上がり野郎の「雪山童貞喪失物語」が始まった。
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家から車で40分。
男が向かった先は金津園ではない。
池田山登山口のある、桜の名所で有名な霞間ヶ渓(かまがたに)だ。
登山口には、全く雪の気配がない。
池田さんめ、中々ガードの固い女だ。
そうやすやすと雪景色は拝ませてくれないようだ。
この雪の無い状況にも関わらず、背中には猛々しくピッケルが装着されている。
周りに人もいて、すさまじく浮いているが男は気にしない。
是が非でも「本日失うんだ」という強い決意が見て取れる。
病み上がり登山は中々こたえるものがあったが、ズンズンと進んで行く。
やがて少しづつ池田さんがその白い肌をチラ見せして来た。
じらしやがって。
結構心得てやがるな、池田さん。
それからは、進む程に徐々に雪が増えて行く。
これは中々楽しいぞ。
出だしが出だしだっただけに、期待感がどんどん膨らんで行く。
今回からトレッキングポールの先っちょのシャンプーハットをビッグサイズに変更した。
これで雪にも抵抗力がつく。
細かいけど、この日の為にぬかりなく準備はして来たのですよ。
そして、いよいよ登山道は雪に埋もれて来たぞ。
ついに池田さんもウェルカム体制を取って来たようだ。
男は意気揚々と初の雪歩きを噛み締める。
何やらとても楽しいぞ。
長く病床に臥せり、室内で海外通販に明け暮れる日々で真っ黒になってしまった僕の心が、この純白な世界に触れて少しづつ和らいで行く感じが分かる。
長い間雪山お預け状態だっただけに、しみじみと楽しい。
辺りはしんと静まり返り、雪を踏む僕の足音だけが心地よく響く。
ああ、池田さん。
僕は今、あなたの優しさに包まれておりますよ。
感慨深く登っていると、東屋が見えて来たので一旦休憩です。
東屋の中の机の上によく分からないオブジェがあった。
一体どういう状況でこうなったかは分からんが、この手の氷のアートも雪山の魅力のひとつだろう。
さあ、ここで野郎の特権タイムだ。
子供の頃誰しもが経験する快感の儀式。
「新雪放尿」のお時間だ。
手つかずの新雪に僕の黄金水が降り注がれる。
硫酸をかけられた物体のように、じゅわあっと溶解していく雪面。
35歳の大人になっても快感は変わらない。
しかし、昔のようにレモン味のフラッペのようにはならない。
病み上がりな上に疲れもにじんだ男のシロップは、レモン味というより「ウコンの力味」と呼ぶにふさわしい濃密な色合いが抽出されていた。
さあ儀式も済んだ事だし、いよいよ本題の儀式に取りかかるか。
やっっとアイゼンを装着する時が来た。もちろんピッケルも登場。
悲しみの童貞喪失未遂で終わった恵那山(参照記事「北風と太陽とホクロと私」)から随分時間が経ったが、ついに使用機会が来たのだ。
本読んで知識を貯え、試着したりイメージトレーニングもバッチリだ。
雪山童貞者にとって、アイゼンとはコンドームに匹敵する最重要アイテムなのだ。
そして僕はルパン三世のように、池田さんに向かって飛び込んだ。
35歳の男が「きゃっほい」とか言いながら跳ね回る。
すげえ、想像していたよりも遥かに楽しいぞ。
実は「あれ?想像していた感じとは随分違うな」ってパターンかと思ったけど、すごく良いですよ池田さん。
僕的にはこの時点で正式に「雪山童貞喪失者」の称号を得た気がした。
こんな称号はドラクエでは手に入らない。
雪山冒険者のみに与えられる、最初の名誉ある称号だ。
そして男の背中には、大人の仲間入りをした自信と逞しさがにじみ出ていた。
もうあの頃の僕には戻れない。
池田さんの好意は無駄にはしない。
ここから僕の雪山登山野郎のジゴロ生活をスタートさせるのだ。
やがて頂上よりちょっと手前の焼石神社に到着した。
今回は病み上がりな事もあり、登頂が目的ではないからここをゴールと決めていた。
今日はもう登頂よりも、雪山を体験出来た事で満足感で一杯だったから何の問題も無い。
そう言えばずっと寝込んでいたから、初詣もしていなかった。
ちょうど良かったので、初体験ついでに初詣も済ませておく。
新年初登山、初雪山、初詣。
何やらめでたいなあ。
感謝感謝。
神社から少し上がると立派な避難小屋がある。
なんと公衆電話まであって、とことん初心者に優しい安心の池田さん。
今後の僕の雪山シーズンのホームマウンテンになるかもしれないな。
とりあえずスノーシューが届いたら、またここで遊んでみようかな。
この池田山はハンググライダー、パラグライダーで有名な山でもある。
そのハンググライダーの離陸所がある。
当然、その眼前は開けていて大展望だ。
すげえ。
よくこんなとこから飛び出して行けるな。
新雪をボフボフ歩いて離陸台の上で高らかに勝利宣言だ。
1000mに満たない山にしては、絵的に中々「やったった感」が出ているじゃないか。
ピッケルなんて結局一度も使う事無かったのに、誇らしく天に掲げちゃったりして。
大概、調子に乗った後は痛い目に遭う。
セルフタイマーをセットして、ダッシュで移動して新雪で足を取られてもがく姿が激写された。
こういう事はスノーシューが到着してから楽しむ事にしよう。
おかげでラッセルの訓練にはなったけどね。
この男は公開うんこをしている訳ではない。
いい加減腹が減ったので、トイレみたいな小屋でメシを食っているのだ。
しかし、動く事をやめるとかなり寒い。
手もかじかんで来て、タマゴロウの殻をうまく剥く事も出来ない。
こういった停滞時の体温調節に関しては、今後もっと考えていかんと。
飯も食い終わり、やがて男は雪を噛み締めながら下山して行った。
さあ、これで雪山初体験も装備テストも済んだぞ。
まず目指すはやはり「御在所岳」だ。
頂上近辺の樹氷なんかが、かなりいいらしい。
今シーズンはとりあえず訓練シーズンだ。
森林限界を超えない山での経験を積んで、いつかは3000m峰へ。
マゾピニストの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
大人への階段〜池田山〜
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MATATABI BASE
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