恵那山/長野

北風と太陽とホクロと私〜恵那山前編〜

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僕は雪を求めていた。

買ったばかりの「アイゼン」のテストを兼ねて、初の雪山登山への第一歩を華々しく刻むのだ。

 

週末の鈴鹿セブン方面の天気はあまり良くなく、随分と風も強いようだ。

そこで天気予報をくまなくチェックし、最も晴れていて最も風が穏やかな山を見いだした。

そこは岐阜と長野の県境にある、中央アルプスの最南端「恵那山」(2191m)だ。

 

残りの鈴鹿セブンに向けてのちょっとしたアイゼンテストのはずが、まさかの2000m越え登山。

本番の鈴鹿セブンの、どの山よりも標高が高いじゃない。

しかしこの山を制覇すれば、本格登山1年目にして、北と南と中央のアルプスの山を登った事になる。

富士山も登ってるし、その生き急ぎっぷりに危うさすら感じるこの頃だ。

 

この時期の2000m越えとなると、さぞかし雪も降り積もりアイゼンテストには持ってこいだろう。

ネットで調べても先週の恵那山の画像を見ると、頂上付近は一面雪に覆われ樹氷なども見てとれた。

僕は緊張と武者震いでガクガクした。

そして前回記事の決意の「星になる」発言に至るのだ。

それでも「素晴らしき白銀の世界」が僕を待っていると思うと、期待で胸は高まった。



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出発の朝、AM3:15に起床。

正確に言えば、AM3:15に子供の夜泣きで強制的に起床したと言った方が正しい。

朝というか夜だ。

ちょっと早すぎるが出発してみた。



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案の定、登山口には6時前に到着して辺りは真っ暗だ。

奥まった林道の先にある駐車スペースには、僕の車がポツンと一台。

真っ暗な林道内。強烈に怖い。早くも心が折れそうだ。

しばらくは一人で暗闇の恐怖に怯えながら、結局30分くらい車内で待機した。

こんな事なら、もう少し寝てれば良かった。



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空も白み始めたので、ようやく出発した。

しばらくは林道沿いを歩き、途中川を越えれば登山開始だ。

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あの「遭難の藤原岳」以来の登山で、ここの所ろくな休日を送っていなかったから気持ちは高まるばかりだ。

その後はひたすら淡々と登っていく。

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何やら特に変化に富んでるわけでもない登山道だ。

というかまるで雪の気配がしないぞ。

先週の写真からは、結構この辺りでも雪がちらついてたけどな。

 

単調な上りを黙々とこなすが、一向に雪の気配が出てこない。



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やがて笹原の辺りで強烈な突風が吹き始めた。

だんだん風は強くなり、山全体がうねるような轟音とともに吹き荒れる。

しかも凄く風が冷たい。

みるみる体温が奪われていく。

なんだかとてもツライ登山になって来たぞ。

寒い。とても寒いぞ。

 

水を飲もうと思って、リザーバーのチューブを吸ったらなぜか水が出てこない。

なんと飲み口の辺りで水が凍ってるじゃないか。

 

そうか、チューブの部分がこんだけ寒風に晒されると凍ってしまうのか。

もはやダイソン級の吸引力がないと水が飲めない状態だ。

歩きながらの「ダイソン飲み」は強烈に僕の体力を奪っていく。

少し飲んでは「ブハッーー!ゼェ、ゼェ、ゼェ」と息が持たない。

凄い無酸素運動だ。

このトレーニング方法は実に画期的だ。

 

おかしいじゃないか。

僕はこんな思いをしたくなかったから、調べに調べて最も風が穏やかな山をチョイスしたはずだ。

しかもアイゼンのテストで来てるのに、雪が全然無いし。

僕は「風がない雪山」を選んだつもりが、「雪がない風山」を選んでしまったのか。

一体どこで狂ってしまったんだ。



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あんまり寒いもんだから、念のため持って来ていた厚手のインナーをもう一枚着る事にした。

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インナーなので上着をおもっきり脱がねばならない。

脱いだ瞬間突風は勢いを増し、汗でびっしょりのインナーが急速冷凍された。

信じられない寒さ。驚きの冷たさ。

思わず「ホウッ!ホウッ!」とのたうち回る僕。

急がないとマゾ男のフリーズドライ製品が出来上がってしまう。

これが冬山の威力なのか。

雪こそないが、この寒風が冬山から初心者に向けての挨拶代わりの攻撃と感じた。

 

なんとかインナーを着る事は出来たが、寒さからか腹が減って来た。

かろうじて日なたの部分を見つけて、うずくまってクリームパンをむさぼる。

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なんだか寒さとひもじさで、とても切ない気持ちになって来たぞ。

毎度思う事だが、一体僕は何をしているんだろう?

 

とりあえず腹も満たされたので、出発だ。

しばらく歩くと、やっと視界が開けて来た。

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すると風がおさまって来たぞ。

やった、ここからが素敵な登山の始まりだ。

しかし、途端に強烈すぎる太陽の日差しが僕を急襲して来た。

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凄まじい日差しだ。

歩いていると風がなくなったので、急激に熱くなって来た。

着込んだインナーが、ここに来てその発熱機能をいかんなく発揮し始めたのだ。

熱い、熱いぞ。

 

なんだこれは?リアルなグリム童話なのか?

僕はいつの間にか「北風と太陽」の旅人と化してしまったのか?

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まるで童話の中の挿絵のようじゃないか。

こうして旅人は再びインナーを脱ぐ事になった。

なんてめんどくさい山なんだ。



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書くまでもないが、インナーを脱いだ後は再び寒風の中に身を投じる事になった。

 

だが、ここからの眺めは実に素晴らしいものがあった。

中央アルプス、南アルプスの皆さんがズラリと並んだ。

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寒いけど、やっと気分よくなって来たぞ。

なんにしても、やっぱり晴れてるってことは素晴らしい。

 

こうしてやっと気分が上向いた辺りで、後方から一人の登山者が追いついて来た。

鼻の横にでっかいホクロがあったので、以後「ホクロ」と呼ぶ。

 

最初は普通に会話していたが、やたらとこのホクロ、話が長いぞ。

我慢出来ずに歩き出したが、話しながらもシッカリと僕を追尾してくる。

しかも話の内容がだんだんと自分が行った山の自慢話のオンパレード的になってきて、すごく上から目線だぞ。

アイゼンテストで来たと行った僕を、なんか鼻で笑ってるような感じだぞ。

このホクロ、僕のような初心者を見つけてはこんな感じで悦に浸るタイプだな。

 

「この恵那山なんてね、何回か登ってるけど上行ってもなんもないよ。景色もたいして見れないし。恵那山なんか登るんだったら、〜〜山だったり〜〜山行ったほうがetc・・・。」

なんだこの感じは?

サスペンス映画を見てる途中で、突然犯人を明かされたてしまったような不快感。

確かにアナタは沢山山登って凄いけど、僕は僕なりに楽しんでるんだ。(楽しんでるか?)

 

なんとかこのホクロをまけないものか?

「僕ペース遅いんで、気にせず行って下さい」「僕一人が好きなんですよね」「山は静かだから好きなんですよ」

などと話の合間に細かくアピールをかますが、全く気にもとめずに後ろで喋り続けるホクロ。

「僕、ここで写真撮りますんで。」と言って、やっと先に行かすことが出来た。

「今逆光だから、下山時の方がいいよ」などと最後までうるさいホクロだ。

 

こうしてやっと一人の時間を取り戻して、落ち着いて景色が楽しめる。

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次第に道がザクザクと音を立て始めた。

小学生の頃とかに、凍った田んぼの上を歩くと味わえるあのザクザク感だ。

やがて、ついに地表に霜が現れたぞ。

まるで白い毛のトイプードルが埋まっているかのような不思議な霜だ。



我が家のトイプードルもこれくらい静かに佇んでいてくれると助かる。

早くこの飼い犬から吠えられ、噛まれ続ける日々を脱したいものだ。

 

霜が出始めたから、これはいよいよ雪山ゾーンが近いのか。

先週あれだけ雪山ってたんだから、そろそろ雪がなきゃおかしいだろ。

枝にも霜が付いている。もう少しか。

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周りはだんだんと朽ちた白樺が現れて、とてもいい雰囲気になって来た。

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でも確かこの白樺の木。ネットで見た先週の写真ではがっつり雪が付いて見事な樹氷になっていた木の気がする。

やはりもう雪は溶けてしまったんだろうか。

 

この登山道は、登山口が「0」で頂上が「10」と言う感じで所々標識がある。

さっき「8」を越えたから頂上まであと少しだ。

でも雪はない。

僕のアイゼンは今か今かとザックの中で出番を待っている。



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頂上の見晴し台が突然現れてしまった。

僕は「9」の標識を見落としていたようで、頂上はまだ先だと思っていだけにまさに唐突だった。

「あれ、頂上に着いてしまった」

唐突過ぎて感動もクソもない。

というか雪はどこだ。どこにある?

 

唐突すぎて、記念写真もキョトン感が否めない。

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達成感もなければ雪もない。

こんなはずじゃないだろう。

もっとこう、グッと来る「白銀の世界」ってやつがここには展開していたはずだ。

僕の雪山デビューは。

話が違うじゃない。アイゼンテストできないじゃない。

 

まるで童貞クンが意を決して風俗に行ったのに、緊張で何も出来なかったみたいな空虚感が僕を包み込む。

やっと雪山デビューして大人の仲間入り出来ると思ったのに。

イメージトレーニングだけはバッチリだったのに。

 

しかし、この後神がほんの少しだけ微笑む事になる。

この先の避難小屋に向かう途中で、僕の眼前に白銀の世界が展開されるのだ。

ついに雪山童貞の僕に、白銀の姫が妖艶に迫り来る。

 

〜恵那山後編〜へつづく





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