嫁が風邪を引いた。
僕は心配げに彼女の顔を覗き込む。
そして優しくニッコリと微笑みをたたえてこう言う。
「疲れているんだな。ゆっくり休むと良い。子供達の面倒は私が見よう。」と。
そして続けざまに、そのダンディな夫はこう呟く。
「子供達に風邪がうつるといけない。なあに。公園にでも連れて行って遊ばせるさ。」と。
嫁はもちろん「ありだとう、あなた…。愛してるわ。」などとは拷問されても言わない。
彼女は眉間に深い溝を作りながら「絶対に公園だぞ。前もそう言って金華山登りやがったし。とにかく2歳になるまでは山に連れて行くなよ。」と病人とは思えない迫力で念を押して来る。
しかしそのダンディはどこかニヤリとしている。
実はその週末には、チーム・マサカズのゲリMと矢作Cが霊仙山で登山をするという情報をキャッチしていたのだ。
そう。
霊仙山は「琵琶湖国定公園の特別地区」。
あくまでもあそこは「公園」なのである。
そして霊仙山前日の金曜日。
僕は家に帰るなり、嫁が寝ているであろう2階ではなく1階の奥の部屋でコソコソと隠密行動開始。
まるでスパイが本部に連絡を取るかのように、LINEでゲリMに「明日行けるかもしれない」と送信。
そしてやって来たりんたろくんに対し、僕は越後屋のような悪い顔をしながら「明日こーたろくんも連れて、愉快なおっさん達とお山に登ろうぜ」と誘惑。
最近めっきり山が好きになって来たりんたろくんも「行く行く!おっさん達に会いたい」と喜んでいる。
してやったり。
これで本来は家で待機予定だった明日、山に登れるじゃないか。
しかも天気予報は「快晴」マークが陽気に踊っている。
完璧な作戦じゃないか。
と、思った瞬間。
突然僕の真横のふすまがガラッと開いた。
なんと2階で寝ていると思っていた嫁が、この時だけお義母さんのベッドで寝ていたというビッグサプライズ。
漆黒の暗闇の中に鋭く光る眼光。
突然周囲にはジョジョ的な「ゴゴゴゴゴゴゴ」という効果音。
そして闇の中から「おう…お前今なんつった?」という重低音。
たちまちカラカラになって行くダンディの喉。
ダンディは北島康介ばりのスピードで目を泳がせながら、必死で言い訳をひねり出す。
「いや..あの..ちょっと公園へ…」
「山行くって言ったろ!」
バシャーーンッ!
急に眼前に閃光が走ったかと思うと、その電撃はダンディの野心を紅蓮の炎で焼き尽くした。
ダンディは非常に渋い声で「すいませんでした…」と呟いたかと思うと、手の震えをこらえながらLINEに「霊仙山は諸事情により行けなくなりました」と打つのが精一杯。
あと一歩と言う所で、彼は快晴の霊仙山に別れを告げた。
だが、そんなダンディにもアウトドアマンとしての意地があった。
こうなったら「ちゃんとした公園」に行くんだが、普通の公園では物足りない。
そこで彼はこの日、子供達を寝かしつけた後で深夜まで「岐阜の公園」を調べまくった。
するととあるブログで、木曽三川公園のひとつ「伊木の森」なるものを発見。
そこには広大な「フィールドアスレチック」があるといい、子供でも楽しめる「ローラースケート場」もあるというではないか。
アスレチックともなればりんたろくんは楽しい上に、お父さんはこーたろくん背負って体幹を鍛えられそうで一石二鳥。
ローラースケートも、子供用の靴やヘルメットやガードなどもレンタルしているというから安心だ。
と言う事で、今回は山には行かずに大人しく「公園」でちゃんとお父さんすることにした。
今回はそんな平和な親子の物語。
輝かしい彼らの休日を振り返ってみよう。
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ということで、はるばる各務原市の伊木の森にやってまいりました。
遠く木曽川が眺められてしまい、若干お父さんは「ああ…木曽川下りたいな…」と疼いてしまったけどグッとこらえます。
今日はあくまでも普通のお父さん。
カヌーや登山の事は忘れて、父親に専念だ。
こーたろくんも外が好きなようで、家にいるよりも明らかに楽しそうだ。
一方でやたらとこの場所がハエだらけで、インドアなりんたろくんは「ハエ怪人が攻めてくる!」と言ってリアルにびくついている。
完全に仮面ライダーの見すぎだ。
やはり僕も次男だけど、アウトドアの世界は弟の方が向いているのかもしれない。
そして早速出て来たのが、この森名物の「サイクルモノレール」。
こいつでまずは森を周回してみようではないか。
しかし光の速さで係のおっさんに止められるお父さん。
その人の良さそうなおっさんは、「すいません。子供を背負った人は初めてなんですが、ちょっと危ないかもしれないんで…」と申し訳なさそうに呟く。
これにはガッカリのりんたろくん。
まあ、そりゃそうだろう。
でもそんな事はある程度予想はしていた事。
我々のメインはあくまでも「フィールドアスレチック」だから、まるで問題は無い。
僕はおっさんに対して、心の広いダンディーさを醸し出しながら歯を光らせて言ってやった。
「全然いいですよ。ところでフィールドアスレチックはどっちに行けば良いですか?」と。
すると途端におっさんの表情が曇った。
僕は何かおっさんの気に触るような事を言ったのだろうか?
おっさんの顔がみるみる「申し訳ありません」的な表情に。
そしてその目は「あんた知らないんだ…」といった哀れみの色に。
おっさんはスーッとある方向を指差す。
そこにはこのような事が書かれていた。
おお…。
神よ。
各務原市よ。
あなたは一体何度このような試練を私達にお与えになるのか?
この小春日和の休日、アスレチックとローラースケートだけをしにはるばるやって来た3匹の子羊達になぜこのような惨い事を…。
昨晩、1時間半位を費やしてやっと導き出した「アスレチック」というささやかな答え。
あのブログは嫁が巧妙に仕掛けた罠だったのか?
すごく気の毒そうに僕を見るおっさんに対し、僕は蚊の鳴くような声で「これ..いつからですか…」と聞くのが精一杯。
おっさんは「実は去年の5月に遊具の破損事故で怪我人が出てしまいまして..。それ以来廃止になっちゃったんですよ。」と。
なんて事だ。
後で知ったが、僕が見たブログの記事は去年の2月のものだったのだ。
結局我々親子はこの「何も無い中途半端な森」で途方に暮れる事に。
僕としては珍しく晴れたこの日に、りんたろくんが見つけた芋虫をひたすら観察し続けるという地味極まりないアウトドアプレイに興じる羽目に。
本来は楽しくアスレチックに興じていたはずなのに、一体我々は何をやっているのか?
一体どこから歯車が狂ってしまったんだろうか?
僕は少しでも多くの方に慰めてもらおうと、この痛々しい情景をFacebookに公開。
すると慰めのコメントはほとんどなく、「さすがです」とか「狙って行ってるよね」とか「安定の展開ですね」とか「仕込んだんじゃないのか?」とか「今のご時世、ヤラセはよくないっすよw」などのヤラセ疑惑が浮上。
こんな晴れた休日に、このような絵に描いたようなヤラセをするほど私は変態ではない。
今日ばかりは普通のお父さんでいたかったのに。
まあ、ある意味での僕の普通の状態ではあるけども…。
そんな失意に暮れていると、とある看板が目に入った。
ほほう、何やら「山頂」という文字が見えますな。
どうやらここが登山口らしいね。
全くノーマークだったが、どうやらここは「伊木山」という名の山らしい。
なるほどなるほど。
ちょっとりんたろくん、写真を撮るからこっちに来てごらん。
これは決して「出発前の記念写真」ではないぞ。
お父さんはお母さんと「山には登りません」と約束して来たからね。
ちょっとどんなものか覗いてみようか。
そうか、そうか、こんな感じか。
それにしてもやたらと虫が多いな。
こーたろくんが変な虫に噛まれたら大変だ。
どうらやこの先の方が虫がいなさそうだね。
まあ日差しもキツくなって来たし、森の中の方が日射病にもならないし涼しいからね。
おやおや、すっかり気持ちよくなってネンネしてしまったか。
こんなに気持ち良さそうにしているのに、またあの虫だらけの所に戻るのもかわいそうだね。
特にこの一定のリズムが心地いい眠りを彼に与えているんだろうから、お父さんも足を止めるわけにはいかないね。
おや、何やら散歩道には似つかわしくない文字が出て来たぞ。
「心臓破りの道」だなんて、登山じゃあるまいしこんな物騒な道にはお父さんは進まないよ。
でもひょっとしたらこれはバイキンマンが仕掛けた罠かもしれないよね。
もしかしたらバイキンマンが標識の向きを変えてて、正解の道は左にあるとお父さんは深読みしたよ。
ほら、やっぱり正解だ。
ちょっとばかし急な気がするけど、光の屈折の関係でそう見えるだけだろう。
こらこら、そんなに進んじゃ山に登っちゃうぞ。
でも、ある意味アスレチックみたいで楽しい森だね。
山に登らなくても、こうして森の中を散歩するだけでとっても楽しいんだな。
そしてここに来て、突然りんたろくんが「お父さん、ボク手品できるよ」と言い出した。
そして手のひらに乗った小石を思いっきり逆の手で取って、
「ハイ、消えました」と、どうだと言わんばかりの得意顔。
そして再びバレバレの行為をした後、
「ハイ、石が戻りました」と言い放つ。
りんたろくん、それはどう見ても手品ではなくただのあたりまえ体操だよ。
そして「次はお父さんが手品する番ね」と言って、先ほどの小石の30倍くらいの石を渡して来る。
絶対に手では隠しきれないよ。
なーんてことをやっていたら、なんだか妙に景色が良くなって来たね。
ちょっと手品で話が弾んでしまって、上の方まで来ちゃったみたいだ。
まるで登山みたいだね。
おや、ぽっかりと空いた広場に出て来たね。
多分、この公園のちびっ子広場的なところなんだろう。
せっかくだから写真撮っておこうね。
とりあえずここら辺で休憩しようか。
あんまり進み過ぎたら、もしかして山頂とかに出ちゃうかもしれないからね。
何やら先にいた人達から「え!子供背負って心臓やぶり登って来たんですか?すごい!」と言われてしまったが、私はただ散歩をして来ただけですよ。
登山じゃあるまいし、人聞きの悪い事は言わないでいただきたい。
さあ、のんびりとどら焼きでも食って休憩だ。
どうだ?やっぱり家にこもってるより、こっちの方が断然いいだろう?
こーたろくんも死んだように熟睡して気持ち良さそうじゃないか。
ちゃんと息出来てるからご心配無用ですよ。
で、また元来た道をゆっくり散歩して。
我々は森の散策を無事に終えた。
何とか登山をするという誘惑には打ち勝ったようだ。
危ない危ない。
するとここで電話が鳴る。
それはゲリMからのもので「もう霊仙山から下山するんだけど、そっち遊びに行っていいか?」というもの。
その瞬間、遊びにどん欲なお父さんの心の中に悪い虫が出て来ちゃったんだね。
「彼らがいれば交代で子供達を見ていられる。これは買ったばかりのパックラフトで遊べるいい機会じゃないのか」と。
そこで待ち合わせ場所を「関観光ホテル前の長良川の川原で」と指定し、現場に急行。
もう色んな意味で「公園」から遠く離れて行ってしまっている。
でも基本的に「カヌーは嫌いだが川に石を投げるのは大好き」というりんたろくんのテンションは高い。
こーたろくんも初めての本格的な川に、中々ゴキゲン状態で石を触りまくっている。
しかしである。
なにやら猛烈な風が吹き荒れ始め、穏やかな川原はたちまち暴風域に。
これにはりんたろくんもTMレボリューションとなって、ひたすら風の餌食に。
川でちょっとだけ楽しもうと思っただけでこの仕打ち。
これは先ほどの「森の散歩」が嫁にバレて、彼女の風邪が怒りの風となって吹き荒れているのだろうか?
せっかく楽しんでいたこーたろくんも、もはや「オー、モーレツ」と言ってしまいそうな状況へ。
そしてもはやカラフルなオバQ状態に。
せっかく晴れてるのに。
アスレチックも出来ず、ローラースケートも出来ず、川でも遊べず。
神は我々親子に、安らかな休日を与える気はないのか?
おかげで普段は穏やかな静水であるこの場所の長良川も、風によって海のような波を打って荒れている。
こんな状況で風の影響を受けまくるパックラフト浮かべたら、たちまち長良の藻くずとなって鵜に食われてしまう。
だめだ。
とてもじゃないが遊べないや。
という絶望的な決断をした時、絶妙なタイミングで奴らが到着した。
車の中を覗くと、そこには「パックラフトに乗れる」と聞いて期待に胸を膨らませる哀れなおっさんが二人。
はるばる来てもらったんだが、残念ながらもう終わったんだよ。
そう。
すべてはもう終わったんだ。
結局強風のため何もする事が無くなり、近くの温泉に。
しかし温泉に関しても、嫁から「まだこーちゃんには刺激が強いかもしれんで温泉にも入れるなよ」とキツく言われている。
なので温泉の休憩室で交代でこーたろの面倒を見て、その間に交代で温泉に入るというスタイルに。
しかしりんたろくんと違って極度の人見知りのこーたろくん。
僕とりんたろくんが温泉に入っている際、見知らぬおっさんたちと3人にさせられてたちまち号泣。
ゲリMと矢作Cが必死であやしていたらしいが、ひたすらに泣かれてしまったらしい。
もちろん他のお客さんからの視線は猛烈に痛かったはずだ。
すまなかった、ゲリMと矢作Cよ。
こうして平和な一日が終わった。
結局当初の予定を何一つ達成できなかった。
晴れたら晴れたで結局はこういう事になるのだ。
そして「今日は普通のお父さんになる」と言っておきながら結局山に登り、あわよくば川に浮かぼうなんて画策してしまった最低男。
そして自分だけならまだしも、全く関係のないゲリMと矢作Cまで巻き込んでしまった。
結局彼らははるばる長良川までやって来て、温泉で子守りをさせられた挙げ句に号泣されて衆目に晒されると言ったまさかを楽しむ羽目に。
りんたろくん、こーたろくん。
どうか毎回こんな事になるお父さんの運命を許して欲しい。
前世で何やったかはしらないけど、今お父さんは一生をかけてその罪を償っているんだよ。
さて、そんなこんなでもうすぐ一年で一番のお祭りタイムGWがやって来る。
なんとお父さんは、君たちを置いて後半の休みでガッポリと四国へと旅立って行くんだよ。
君たちとはまた別の日にたっぷり遊んでやるから、どうかここだけは行かせておくれ。
もちろん遊びじゃございませんよ。
未来の君たちの為に、キレイキレイな川を「下見」して来るだけなんです。
そして何気に今週末は京都の山を走ってくるね。
もちろん遊びじゃございませんよ。
由緒正しいお寺が沢山あるから、しっかりと「家内安全」を祈願して来るからね。
ほんと。
ご迷惑おかけします。
ごめんなさい…。
お父さんのダンディズムはまだまだ止まらないのです。
ダンディ父さんのよくある休日〜巻き込まれた男達〜
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MATATABI BASE
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