お馴染みの白い世界。
そこで雄叫びを上げる一匹のマゾ男。
これは悦びの叫びなのか?
それとも限界疲労の末の断末魔なのか?
常念山脈を北上して、仲間達が待つ燕岳を目指す「男一匹マゾ行脚」。
前回は思ひ出の常念岳で感動の絶景を味わった。
しかしそれと同時に、彼はここまでの長い行程で早くも限界点に到達。
疲労度が著しい徹夜明けの体。
もうこの時点でかれこれ30時間近く起き続けている。
そして勢いを増すマムートさんの洗礼。
足の痛みは猛烈な状況となり、いよいよ怪我人の様相を呈してきた悲壮感満点男。
この時点で登山開始から6時間の時が過ぎていた。
そんな状態で男は次なるステージへ突入。
目指すは常念山脈最高峰、2,922mの「大天井岳(おてんしょうだけ)」。
でかいくせに、地上からはまるでその姿を見る事が出来ない実にミステリアスなる山。
そんな大天井岳に、岐阜の汚点将軍が挑む。
常念山脈北上野郎第二章。
大天井岳への長い長い戦いが幕を開けた。
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振り返ると先ほどまで戦っていた常念岳への急登が見て取れる。
この余計な常念岳ピストンで随分と体力と時間を消耗してしまった。
そして改めて前を向き、これから進むべき道を見る。
目指すべき大天井岳への稜線の入口は、見事に霧のベールに包まれたままだ。
この先、一体どうなってなっているんだろうか?
そう呟く男の後ろ姿には、蓄積された疲労感がたっぷり滲み出ている。
実は彼はこの時、さっき勢いで飲んじゃったビールの事ですっかり後悔にまみれている。
もうこの時の男の脱力感と言ったら凄まじいものだった。
やる気とは裏腹に、体がもうお休みモードに突入しようとしているのだ。
そりゃ30時間起き続けて9時間歩き続けた体に、いきなりビールを投入したら誰だってそうなるさ。
体は「もう眠らせてくれ」と訴えてくるが、頭はしっかりと「前進だ」と息巻く。
やる気と体のバランスがこじれた典型的な中年思考。
このセルフねじれ国会のせいで、中々士気が上がらない。
しかし何とか大天井岳まで行けるだろうという勝算はあった。
実はここからはいよいよ快適なる「稜線散歩」。
大してアップダウンもないだろうし、疲弊しきった体でもなんとか行けるはず。
やっとここからが優雅な縦走ウォークが始まるのだ。
さあ、両サイドの絶景を見ながらの起伏の無い快適稜線散歩のスタートだ。
何事だ?
霧を抜けると両サイドがとってもジャングリーな「大急登」が始まりやがったぞ。
緩やかなる稜線はどこに行ったんだ?
霧を抜けて、胸突き八丁に戻ってしまったのか?
のっけから凄まじい勢いで襲いかかる大天井岳への道。
胸突き八丁を通り越したマゾ泣き十丁。
稜線上で繰り広げられたまさかの急登パラダイス。
体がフラフラするのは疲労のせいなのかビールのせいなのか?
今にもさっき飲んだビールをリバースして、再び切れ味鋭いのどごしを堪能できてしまいそうだ。
そんな状態の男に対し、どこまでも容赦のない急登攻撃は続く。
まずいぞ。
辛すぎて泣きたくなってきた。
誰だ?
稜線に出れば起伏の無い道が続くと思っていた浅はか野郎は?
それでも持参したエネルギージェルをこまめに補給しながら、何とか踏ん張って進んで行く。
そして長い長い急登タイムが終わると、やっとこさそれらしい光景になってきた。
山腹を巻いて長大に伸びて行く素敵な稜線散歩道。
これだよ。
求めていたものはこんなスケール感のある稜線散歩だったんだ。
急登で疲れきってはいたが、すっかりホクホク顏で突き進む。
辿ってきた道を振り返ればこの壮大さ。
これぞ北アルプス。
はるばる8時間歩き続けてきたからこそ出会える光景。
僕は正直山頂を落とす事よりも、こういった稜線をずっと旅したい人間。
こいつは猛烈に気分がよろしい。
それにしても登山者がとてもまばらだ。
さっきの常念岳までは大量に人がいたが、こっち方面に向かってくる人間が劇的に減った。
やはり常念山脈北上はマニアックな部類のルートなのか?
その後も延々と延々と延々と稜線を歩いて行く。
それにしても。
それにしてもだ。
とにかく長いぞ!
確かに僕はこういった稜線をずっと旅したい人間だと言った。
しかしそれも時と場合によるという事に気がついた。
体調不良の怪我人限界状態で歩いても、ただ辛いだけだという事を知ってしまったのだ。
出来れば体調万全の晴れた日に、ちゃんとした靴を履いてこの稜線を味わいたかった。
この時の僕の神経は、景色よりもいかに足の痛みをごまかすかに焦点が置かれていた。
もはやポールで体を支えるのがやっとの疲れきった逃亡兵だ。
ここをずーーっと歩いてきて、この先もずーーっと歩いて行かねばならない。
そしてこの遥か先に現れたどでかい山塊。
よくよく目を凝らしてみれば、信じがたい光景が目に入る。
さてはあそこもこれから行く道なのかな?
そしてその道を辿って行くと、さらに延々と続いて行く道らしきものが。
しかもせっかくさっきの急登で稼いだ標高を、再びここから下降してからの再急登ルートが見える。
挙げ句、ゴールの大天井岳の山頂も大天荘の姿も確認できない。
この絶望的な「距離感」を目の当たりにし、ついにポッキリと心が折れた男。
現実を突きつけられ、ガックリと肩を落とす限界男。
もうこの時点で倒れ込みそうな疲労感と足の痛み。
そしてついに彼は滝川クリステル風に、笑顔でこう呟いた。
「コ・ロ・ス・キ・カ」と。
しかしこのイバラの道を選んだのは自分自身。
よせばいいのにあえてマムートさんを履いてきたのも自分。
そして不眠状態で登り出しちゃったのも自分。
勝手に4Lの水担いで急登を楽しんでしまったのも自分。
それで行かなくてもいい余計な常念岳ピストンかましちゃったのも自分。
さらにはビール飲んで勝手に燃え尽きたのも自分自身だ。
まさに自業自得なロンリーマゾプレイ。
じわりじわりの耐久型SMの館。
ここは自分自身のアホさと向き合うのにちょうどいい場所のようだ。
それでも足を進めて行く不屈の滝川マゾシテル。
一体この先、どれほどヘビーな「おもてなし」が待ち受けているのか。
頼むから、これ以上のおもてなしはやめていただきたい。
五輪を通り越してご臨終になってしまう。
ほんと…しんどいや…
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マゾ野郎が限界のピークに到達していた頃。
ついにチェリーボーイズ達が合戦尾根を乗り越えて、無事に燕山荘に到着した模様。
合戦尾根中の写真が見事に一枚も撮られていないという事から、彼らの余裕の無さが伺える。
しかもこの時、ゲリMがFacebookにまさかの「頂上でまったり」という投稿をしていた事が後に発覚。
まだここは頂上じゃないのに、さも頂上を落としてやったかのような口ぶり。
とんだ粉飾投稿野郎だ。
恐らく彼はこの燕山荘に辿り着いて燃え尽きてしまったんだろう。
満足してしまったのはわかるが嘘をついてはいけないぞ。
彼らには彼らの戦いがあるようだ。
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せっかく稼いだ高度を延々と下って行き、鞍部で大休憩するマゾ。
振り返れば、心ポッキリポイントからトボトボと下り続けてきた道が。
こうして見ると、がっぽりとえぐれた崖の先にはモクモクさんが常時待機中。
「少しでも浮かれやがったらいつでも出て行く準備はできているぞ」と言わんばかりのお姿だ。
おかげでせっかくの稜線なのに、全く景色が見えやしない。
でも今回ばかりはモクモクさんのお力を借りるまでもなく、浮かれる余地が見当たらないほどの限界感。
モクモクさんには常念山脈のヘリに張り付きながら、じっくりと高見のマゾ見物を決め込んでいただこう。
おかげさまでこの先の視界は良好。
ずーっと続く急登と、どこまでも続く道のりが丸見えで精神に大きなダメージが突き刺さるね。
とにかく無心で登り続ける男。
「まだまだ登ります、長い坂」
もはや気分はカネ美食品の新人社員研修CMだ(東海地区限定)。
しかし地図を見る限り、この道を登りきった先にゴールの大天荘があるはず。
長く辛い戦いだったが間もなく終わりは来るのだ。
そしてヒイヒイ言いながら、やっとこさこの長過ぎた登りの終わりが見えてきた。
いよいよあそこを越えたら大天荘だ。
実にここまで長かった。
やはりどんなに辛くても、終わらない苦しみなんて存在しないのだ。
一歩一歩歩みを進めれば、必ずゴールに辿り着けるのだ。
さあ、ついにゴールだ!
そしてビールだ!
あれ?
山荘は?
ビールは?
僕は恐る恐る標識が指す先を見た。
おお…ジーザス…。
ゴールの山荘どころか、まだまだ延々と続いて行く常念山脈さん。
大天井岳どころか、あると思っていた山荘の姿すら見えないという絶望。
これにはたまらず座り込んでしまうマゾ太郎。
もう…だめだ…。
せめて視界の中に山荘が見えればまだ救いはあったのに。
おもてなしが過ぎるぜ、大天井岳。
そしてふと気付けば、どこを見回してもこの広大な空間に人間の姿は僕一人だけ。
この時薄々気がついてしまった。
「なるほど、だからこのコースはこんなに人気がないんだね」と。
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マゾ野郎がマットに沈んでいる頃。
ついにテン泊チェリーボーイズ達が念願の筆下ろし。
大人気の燕山荘テント場にて、密集するテントの中での山岳テント初体験。
ここでゲリMが信じられないチェリーミスを連発する。
なんと彼はテントを固定するための「ペグ」を忘れてくるという暴挙に出たのだ。
しかも固定用ロープも忘れて来たという事実が発覚し、風の強くなるであろう稜線上テント場にて「テントを固定しない」というビッグチャレンジ。
もし強風が吹けば、たちまちゲリMのテントは美しく宙を舞って常念山脈の谷底へ吸い込まれて行くだろう。
結局彼はテント内に直に石を置いて無理矢理固定。
これにて彼のテンションは急激に下降して行ったと言う。
挙げ句他のソロテントの二人に対して「ねえ、そっちのテントで寝ていい?」などという弱気な発言。
そしてこのゲリMのテンション急下降と、慎重派の矢作Cの「天気悪いから山頂行くのやめよう」という早すぎる決断によって彼らは早々と燕岳登頂断念を決定。
なんと信じられない事に、山頂を目の前にして戦意を喪失してしまうというまさかの早漏っぷり。
彼らには彼らの戦いがあるのだ。
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一方、ようやく重い腰を上げて、再びヨロヨロと歩き出した男。
彼は断念したくても、まだテント場に到達してないので断念すらできない状況。
まさか燕組が早々とリタイアしているなんて思ってもいない。
ここからは本日何度目かのスペシャルな登りのお時間。
振り返れば、足を引きずりながら僕が辿って来たおもてなしコース。
そして相変わらず、観客のモクモクさんがニヤニヤしながら山脈のへりにへばりついてこっちを見ている。
急がないと、こいつらが溢れかえって僕はあっという間にモクモクに飲み込まれてしまう。
さらに後方を見れば、さらに巨大なモクモクがこっちに睨みをきかせている。
非常に危険な香りのするモクモク。
間違いなくこんな奴らが中にいるはずだ↓
奴らは着々と僕にカミナリを直撃させる計画を練っている。
こんな逃げ場の無い稜線上でのサンダガは痛恨すぎる一撃になること必至。
しかし急ごうにも足取りが重いのなんのって。
それでも歯を食いしばって登る。
間もなくこの長い登りの頂点だ。
長過ぎたぞ。
これを越えたらやっと山荘が出てくる。
もう山荘見た瞬間に感動で泣いてしまいそうだ。
そしてついに登りきった。
お。
おい…。
山荘は?
大天井岳はどこだ?
いやいやいやいや。
うそうそうそうそ。
絶対ウソだよ。
ここにきてまさかまさかの状況。
またしても山荘も大天井岳の頂上も見えないという絶望マックス。
これを見た時。
力なく大地に倒れ込んで行く男。
ついに彼は天に召されてしまったのだ。
こうして彼は、お花畑が満開の天井の世界へと旅立った。
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マゾ男が息を引き取っている頃。
山頂断念チェリーボーイズ達は陽気にテント場を楽しんでいた。
こんな場所でまで、矢作Cお得意の台湾ラーメンが調理されていたのだ。
ビールも飲んじゃって、完全に山頂に行く気の無い男達。
そもそもこんな凝った食材よりも、テントのペグを持ってくるべきだろう。
時空を超えて声を大にしてツッこんでやりたい気分だ。
しかし、彼らには彼らの戦いがあるのだ。
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どれくらい気を失っていただろう?
何やら綺麗なお花畑の中を歩いている夢を見ていた気がする。
男はふらふらと立ち上がり、再び歩き出した。
振り返ると実に雄大で長大な縦走路。
このフルコースマゾ料理は今の僕にはスパイスが利き過ぎている。
そしてもういい加減「デザート」かと思われた時に現れた「吉牛」クラスの重い追加料理。
もうくどすぎてとても食べきれない。
大天井岳へと続くこの天井知らずな嫌がらせの数々。
でも無理矢理でも食べないと要救助者になってしまう。
とにかく歩き続けるのだ。
一体僕は登山口からどれほど歩き続けているだろう?
もうかれこれ10時間以上経過している。
そして昨日の朝、出勤の為に起床してから実に33時間寝ていない。
意識が朦朧として来た。
もうフラフラしすぎて酔拳の達人のような動きになっている。
なんだかもう7年くらいこの山脈を彷徨っている気分だ。
さては下山したらもう東京オリンピックが始まってるんじゃないのか?
そしてヒゲボーボーの僕の前に見知らぬ中学生くらいの男の子が現れて、「おとう…さん…。おとうさんなの?僕だよ。りんたろうだよ!」とか言ってくるんじゃないのか?
そんな事を考えていたら、はるか前方に山頂のようなものが見えて来た。
ようく目を凝らしてみると、何やら人影が見える。
これは真実か幻覚か?
もしこれが現実で、もしまた裏切られるとショック死は免れない。
僕は慎重な心構えで、足早に先に進んだ。
おお。
おおお!
終わる。
ついにこの長い一日が終わるぞ。
もう「たけしの挑戦状」くらい、永遠にクリアできないと思われたこの戦いがついに終わるのだ。
こうしてやっと男は大天井岳直下の「大天荘」に辿り着いた。
一の沢から登り続ける事11時間。
不眠靴連れ男の「初日」が終わった。
そう、これはまだ初日なのだ。
早速受付でテント場の受付。
そして「大絶景」を目の前にした極上のポジションにテントを設営する。
目の前に広がる穂高連峰の勇壮な峰々。
何度見ても、ただただ溜め息が出てしまうほどに感動が止まらない。
そしてそんなパノラマ絶景を堪能しながらの勝利のビール。
こんな雄大な景色を前にするとビールの味もちょっとしょっぱいな。
目から溢れ出るエキスが口に入り込んで、ビールもオシャレに「ソルティビール」になったみたいだね。
でもそんな感じで惨めにビールをちびちび飲んでいると、思いがけない使者からささやかなる癒しのプレゼント。
おわかりになるだろうか?↓
ウォーリーを探せ並にとけ込んでいるが、なんと雷鳥の群れがご登場。
景色が絶景すぎて、すっかりブルーになってる僕を慰めに来てくれたのだ。
実に素晴らしい体験。
雷鳥さんにまで気を使わせてしまったようだ。
そんな時、テントの中から「お前は一人じゃないぞ」という声が。
なんと「ずっとひとりぼっち」だと思っていた僕に仲間がいた事を発見。
テントの中に隠れて、家からずっと一緒について来てくれた「カナブンさん」だ。
僕は一人じゃなかったんだね。
しかし気付いた時には、すでにこの戦友は息を引き取っていた。
ありがとうカナブンさん。
お前の死は無駄にはしない。
ここまで来たら、限界越えてるけど意地でも大天井岳を落として来てやる。
こうして僕は、もう休めば良いのに大天井岳の山頂を目指して歩き出す。
カナブンさんの分まで必ず登頂を成し遂げてみせる。
きっと燕岳の奴らも今頃は登頂を果たしている事だろう。
僕も負けてられないぞ。(※もちろん早々と登頂断念しているなんて思ってもいない)
するとこの段階で、さっきまで高見のマゾ見物を決め込んでいたモクモクさんが「ここが勝負所だ」とばかりに溢れ出して来た。
ふと振り返ると、もうすでに僕のテントが吸い込まれている。
急げ。
奴は大天井岳ごと僕を飲み込んで抹殺する気だ。
やがて大急ぎで登りきって、ついに大天井岳の山頂へ。
長い長い初日の、真のゴールに到達だ。
360度の大絶景をバックに歓喜の絶句。
カナブンさんの分までやりきった感動の登頂シーン。
嗚呼!息をのむほどの穂高連峰の美しさよ!
僕はこの感動の絶景を必死で目に焼き付ける。
はるばる無理して11時間かけて登って来た甲斐があったってもんだ。
興奮が止まらない。
登山って楽しい。
こんな感動があるからやめられないよネ…。
そして一気に悲しくなった。
僕は一体何をしているんだろうか?
足を怪我してまで手に入れたものがこれなのか?
そもそもなぜ200名山の山頂に僕一人しかいないんだ?
標高2,922mにポツンと座る孤高のマゾ。
あまりにも空しい大天井岳の夕暮れ。
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ひとしきり山頂で泣いた後で下山。
今回は前回の蝶ヶ岳の反省を元に、一番風の影響を受けない場所にテントを立てている。
最も風下で、なおかつ大きめなテントの裏にテントを張って暴風壁がわりにする徹底ぶり。
これで今回は快適で静かな夜が過ごせるはず。
ここからは優雅に読書タイムと洒落込もうではないか。(軽量化の為に短編集の必要ページだけちぎって持って来ている)
しかし僕が暴風壁として利用したテントの住人がまさかの中国人。
そして遅れて来た彼らの仲間達が、次々と僕のテントの周りにテントを設営。
たちまち僕はチャイナ包囲網の中で四面楚歌の状態に。
チャイナ軍は本日の出来事を楽しそうに話しているのか、ものすごい早口で甲高い会話が全方向からドルビーサラウンドで僕の耳に侵入。
まるで本の内容が頭に入らないばかりか、さっきよりも余計に激しい孤立感だ。
ひとしきりそんな状況を楽しんでいると、チャイナ軍は山荘の方のベンチに移動して夕ご飯だ。
これで落ちついて僕も夕飯を食えるぞ。
さあ、静かになったし優雅にこの唯一のお楽しみタイムを堪能しよう。
その時。
チャイナテントの奥の方からおっさんの怒号が。
「お前達、山なめんじゃねえ!」と。
どうやら高校の山岳部がテントを張っているらしく、円を描いて体育座りして先生らしきおっさんの話を神妙な顔で聞いている様子。
まだまだおっさんの怒りが収まらない。
「スマホで山の名前調べてるようじゃダメだ!俺は50年山やってるがな、お前達のような甘い考えじゃとっくに死んでる!わかってんのか!だいたい部長のお前がだな….」
と、猛烈に長くなりそうな説教タイムに突入。
全然落ち着いて飯が食えない。
それどころか僕まで怒られてる気分になって来てどんどんブルーになって行く。
おっさんは「山じゃあなあ、お前のような甘い考えの奴が周りに迷惑をかけるんだ!」と息巻いているが、今この場所で一番僕があなたに迷惑をかけられている気がするがいかがだろうか?
結局味気ない食事を済ませ、早々とテントイン。
やがてチャイナ軍団もテントに帰って来て、僕の周りは中国語とおっさんの怒号が飛び交う無法地帯に。
しかも僕は彼らの風下にいるから、声が届く事届く事。
テントの中からだと、北アルプスというより北京の交差点のど真ん中でテント張ってる気分になって来て落ち着かないのなんのって。
それでも不眠時間が37時間を越え、何度も限界ラインを超えて来た男。
寝付きの悪さは天下一品と謳われたこの男だったが、この日ばかりは北京の交差点だろうとあっという間に眠りに落ちた。
あまりにも長過ぎた一日がこうして終わって行く。
ちなみに言うまでもないが、彼が「満天の星空を撮ろう」とこの日の為に意気込んで用意して来たレリーズ(遠隔でシャッターを操作するもの)はザックの中から出てくる事は無かったという。
夜。
テントを叩く「ぽつぽつぽつ」と言う音。
その音はやがて「ザッーーー!」という音に変わる。
その音は雨の音なのか?
それとも一日を戦いきった男に対する、観客からの惜しみない拍手なのか?
熟睡する男の目からは一筋の流れ星。
きっと大天井岳からの本当の大絶景を夢の中で見ているのだろう。
そして満点の星空撮影にでも成功したのだろう。
せめて。
笑わせてやってくれ。
彼に後悔させないでやってくれ。
そう。
夢の中だけだとしても。
常念山脈北上野郎3〜燕岳編へ〜 つづく
常念山脈北上野郎2〜大天井岳編・おもてなしの嵐〜
- 常念〜大天井〜燕/長野
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MATATABI BASE
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あると思うな山頂、あると思うな山荘。
これ、俺の今年の標語でしたよ。
山荘山頂 全く見えないのも 不安だけど、見えてから めっちゃ長いのも しんどいですよね。
オテンション、先の見えなかった8月 、ゴールしたと思った9月とダブりましたよ。あの堪え忍んだ日々なければ 途中で 天昇しちゃってましたね。
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白夜ネコさん。
素晴らしい名言を頂きました。
僕も今年はこのテーマで行こうと思います。
「あると思うな山頂、あると思うな山荘
あると思うな自由、あると思うな嫁の優しさ」
そして確かに今回、何度も心が折れそうになった時「8月9月を思い出せ!」と自分を奮い立たせていました。
あの時の苦しみに比べたら、現場にいるってだけでありがたい事だと感じられましたよ。
おかげでなんと召される事無く大天井岳制覇できました。
そしてついに次回は白夜ネコさんの初登場ですね。
でも猛烈に忙しくて全く書けてませんが…
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雑誌トランピンで見たばかりの常念岳 雑誌まんまの素晴らしい景色を歩かれたのが、ステキすぎです。うらやましい~。でも、私は絶対この距離歩けません。乗鞍でさえ、体力のない私には大変なことでした。
子どもが大きくなったら、そのころ私に体力があれば、トライしてみたいです。この次の週、乗鞍、新穂高は快晴。最高に楽しいキャンプ日和でした。
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ルーシーさん、やっぱり北アルプスは晴れてナンボでございます。
ほんのわずかな時間だけだったとしても、槍穂高の絶景が見れた事はほんとに素晴らしい経験でした。
それだけに、8月9月とのあまりの温度差にリアルに涙してしまいましたよ。
ちなみに僕も登山始める前は今より13キロ太ってましたし、煙草も吸っててろくな運動もしないダメダメ男でした。
ただ何度か登山していくと、不思議といつの間にか登れるようになっているから不思議です。
是非数年後にでもお子さんつれて常念岳オンリーだけでもトライしてみて下さい。
間違いなく忘れられない思い出になりますよ。
その時は言ってください。
事前に九州にでも移動してますんで最高の天候で登れるはずですから。