山頂に転がる一体の屍。
この男は何故こんな場所で絶命する事になったのか?
そもそも彼は子連れで帰省中だったはず。
本来であれば、久しぶりの実家でのんびりと団欒のひと時を楽しんでも良い状況だ。
しかし男が選んだ道はイバラの道。
GW前半戦の三連休を「肉体破壊」に費やそうという野心を抱いていた。
ここまでは初日に「冷戦カヌー」、二日目に「8耐登山」と順調に肉体を破壊。
そして迎えた最終日はついに仕上げのお時間。
いよいよ「20キロトレラン」で最後の追い込みに入ったのだ。
そもそも今回の帰省には真の目的があった。
それは「実母にりんたろくんを預けて、気兼ねなく一人で遊んでやる」というもの。
養子先では気を使って「そこの醤油取って下さい」すら言えない男としては、実母には遠慮なく子供を預けられるからだ。
母さんも孫と遊べ、りんたろくんも「通常の」行楽地を楽しめ、お父さんは野に解き放たれた虎のように一人で山野を駆け回ることが出来る。
まさに一石三鳥で誰一人傷つかない素晴らしい作戦だ。
そして男は前日登山の激しい疲労を抱えながらも、日が昇るとともに実家を飛び出した。
休んでる場合じゃない。
肉体が疲労している今こそマゾ一発。
この追い込みどころを逃す手はない。
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やって来たのは豊田市の足助。
平勝寺近辺の筈ヶ岳への登山口だ。
GWだというのにこの閑散っぷりが快い。
今回はここから筈ヶ岳(はずがたけ)を経由して、寧比曽岳(ねびそだけ)を往復する20キロのコース。
実はこのコースは、国内トレラン第一人者の鏑木毅さんの著書「全国トレランコースガイド厳選50コース」の中の一つとして紹介されており、以前から狙っていたトレイルだ。
で、このスタート地点でへらへら笑っている人が、数時間後に山頂で死体となって発見される事になる男。
元気そうに見えるが、もうこの時点で蓄積疲労による体の重みを感じている。
そしてまだトレランを始めて間もない彼の最高走行距離は13キロ程度。
いつもは早朝だけのトレラン野郎だが、今回は初めてガッツリと日中を20キロ強走る事になる。
不安ではあったが、とにかく「今の自分の限界ラインを把握する」という事も今回の目的。
限界ラインが分れば、死線ギリギリのマゾリラインも自ずと見えて来るから今後の計画もたてやすくなるというわけだ。
そして重い足取りで山中に突入。
しかしさすがは東海自然歩道で鏑木さん厳選コース。
良く整備されているし実に走りやすい。
何と言っても身の軽さもさることながら、責任の軽さが男に力を与える。
今までのように「朝7時までに家に帰らなければ嫁に殺される」という厳しい時間制限と戦う必要がないし、今日はりんたろくんも担がなくて良いから気持ちが非常に楽だ。
今回ばっかりは「走れメロス」的な悲壮感に満ちたランをせずにすみそうだ。
それでもやはりひたすら登りを走って行くのは、いかに整備されてても今の僕にはやっぱりキツい。
早くも汗だくだくになっていき、上着を脱ぐ。
すると突然山中に、「衣服の上から黒いブラジャーを着けた変態」が現れた。
黒ブラもしくは黒ビキニに見えるのは、以前紹介したTRコンポ。(参考記事:肉を切らせて骨を買う〜トレラン事始め〜)
ぽっこりお腹も気になる所で、その全体のもっちり感と相まって変態度が高い。
これらのバッグパックやウェアは今回は初使用になったが、全体的に非常に満足度は高い。
このノースフェイスの「ハイブリッド フラッシュドライ ジオメッシュ ジップアップ タンク」という、「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」に匹敵する長いネーミングのウェアが中々良い。
冷やしたくない腹部の防風がバッチリで、そのくせ腹部が思ったよりも蒸れる事も無く、かつ人生初のタンクスタイルの開放感が病み付きになる使用感。
TRコンポも、腰ベルトがない分若干肩の部分の上下の振りが気になるが、不快なレベルではないしフロントの各種アクセスポイントが僕の性に合っている。
荷物は本当に必要最低限しか入らないが、エンデュランスベルトと併用する事によって色んな工夫が出来る。
今後さらに工夫して自分仕様に育てて行こう。
何事も個性というものが大切だ。
ゆくゆくはこの黒ブラ部分にかわいいフリルでも取付けようかと思っている。
やがて金蔵連峠(ごうぞうれとうげ)という響きのいいネーミングの峠に到達。
実は地図ではここにトイレがあると書いてあったので、ここまで放尿を我慢して来ていた。
そんな僕の前に立ちはだかったのは、非常にクオリティの高いトイレ。
日中だというのに、ただならぬ気配を感じて恐ろしくて中を覗く気にもなれない。
まあいいさ。
中学時代バスケ部だった僕は、「ブラック」というあだ名の恐ろしい担任から「小便なぞは汗で流せ!」と教え込まれて来ている。
故に部活中に全くトイレに行かせてもらえず、何度も気絶寸前まで追いつめられた過去を持つ僕ならまだまだ乗り切れるはずだ。
ここから筈が岳に向けて一気に登り基調になり、ブラックの教え通りに体中から小便を垂れ流しながらの行軍。
ゲヒゲヒ言いながらひたすらに登って行く黒ブラジャー男。
いよいよ体中の細胞が死滅して行くのを楽しむマジックアワーが始まったって感じで、男の悦びが止まらない。
もはや「走る」なんて不可能で、ただただ早足で歩いて登って行く。
しかしこんな時の為に、今回は初めてトレランにトレッキングポールを導入してみた。
正直ここまではトレイル上の蜘蛛の糸を振り払うだけの道具に成り下がっていたが、やはり急登の局面でのポールの存在感は素晴らしいものがある。
あるとないとでは格段の差で、トレランを見越して超軽量のブラックダイヤモンド「ディスタンス」にしたのは本当に正解だった。(参考記事:僕とポールの攻防史)
そしてこのコースの良い所は、適度なアップダウンを繰り返しながら徐々に高度を上げていくから、登りばっかりにならなくていいという所。
しかしこの男はこんな感じで激しく下りを駆け降りて行って、
再び折り返し、坂を登り直してセットしたカメラを取りに戻るという不毛な作業をしてしまう。
恐らくこの作業がなければもっと楽に速く走れるのだろう。
しかし彼は、楽しく楽に走るのが目的でここに来ているのではない。
快適なコースだからこそ、いかに効率的に肉体を追い込む作業を組み込めるかがポイントとなってくる。
この人はそんな世界の住人なのです。
それでもさすがは鏑木さん厳選コース。
このコースは壮大な絶景こそないが、まさに「トレイル自体を楽しむ」といったとてもシンプルな魅力に満ちたコースだ。
猛烈に快適で気持ち良い。
しかしこの男は、いつの間にかそんな快適なトレイルから外れて行くことになる。
見事に道に迷って変な林道に出てしまった。
こんな事になってしまう辺りが、この男と鏑木さんとの違いなのだろう。
東海自然歩道から外れてしまって、実に味気ない林業関係者の林道の道に迷い込んだ。
ここからは味気なくて面白くもない林道を延々と走る事になり、何気にこの区間で結構な疲労と精神的ダメージを蓄積。
やっとこさ東海自然歩道に合流した時には、何と最初の目的地「筈ヶ岳」を通り過ぎていた。
せっかくなんで筈ヶ岳のピークまで戻ろうと思って行くと、強烈な急登の壁。
僕はこれを見なかった事にし、一路寧比曽岳を目指す。
実はもう余計なマゾを楽しむ余裕も無い程に各所に痛みと疲労の色がにじみ出ていたのだ。
しかしここからはさらに高度を上げていかねばならない。
素晴らしき巨木がまるで地獄の門番ケルベロスのようで、これから始まる急登を暗示しているように感じる。
もはやビジュアル的にはモンスターハンターのようだ。
さあ、ひとマゾ行こうぜ。
それを合図に、この疲労が溜まりきった段階での急登ロックフェスがスタート。
腿の裏の筋肉が悲鳴のようなギターソロで観客を煽り、腰のドラマーが重いビートを刻みつけ、興奮気味のヴォーカルが脳に痛みの歌声信号を送り続ける。
もう走る事なんて絶対に出来ない。
もはやトレイルランナーと言うより、ただの「軽装の登山者」に成り果てた男。
こうしていつものように一人泥仕合に邁進する男。
世間の人は、今頃行楽日和のGWを観光地や遊園地などで楽しく過ごしているのだろう。
そんな中で、山中で孤独にマゾる男がいる事をふと思い出して欲しいものだ。
きっと少しだけ、今の自分の幸せに気付けるはずだ。
それでもやはり厳選50コース。
そんな憐れな男にも、ちゃんと山頂への素敵なビクトリーランをご用意していてくれていた。
フラフラになりながら尾根まで到達すると、眼前には相当に気持ち良さそうなトレイルがずーっと続いていた。
これぞ王道トレラン道。
これでもかと言った気持ちのいいトレイルが延々と続いて行く。
こうなって来ると、疲労感と各所の痛みで体が重いだなんて言ってる場合じゃない。
もうせっかくなんで走らざるを得ない状況だ。
この時点で喉元まで胃酸がこみ上げて来ていたが、ムチを打ちまくって全力でカッ飛んで行く。
そしてまた全力でカメラを取りに戻るを繰り返すという肉体破壊行動。
肺が破裂しそうだが、こんな気持ちいい道を走って己撮りしないわけにはいかない。
やがて寧比曽岳の山頂が見えて来た。
そこからは雄大なパノラマが広がっていたが、グハグハ過ぎて顔も上げられない。
そして山頂の標識に辿り着き、男は息を引き取った。
改めて書くまでもないが、もちろんこれらは後で落ち着いてから撮った己撮り。
でも到着直後は、リアルにこんな感じでグッタリとベンチに倒れ込んだほどに疲れ果てていた。
ここにあった看板では、徒歩のコースタイムは4時間40分。
そこを2時間10分で駆け登って来たわけだ。
きっと余計な己撮りなどせずに素直に走ってればもっと良いタイムが出ただろうが、速く走るのが目的ではないからOKだ。
むしろいい感じに肉体が破壊され、往路で全力を使い切って復路のスタミナの事を全く考えてないバンザイアタックが決まって大満足だ。
この山頂での昼飯としておにぎりを持って来ていたが、ビックリするほど食欲がわかない。
もはや体が固形物を受け付けない程に疲れ果てているのだ。
もう流動食か水分しか体に流し込むことが出来そうにない状態。
おやつで持って来た「食った感がないくらいに軽い感じなくせにハイカロリーなクロワッサン」ですら、見るだけで吐きそうだ。
普段のダイエット中には考えられない豪勢なハイカロリー食材なのに、今は全然食いたいと思わない。
そんな中で、山頂にいた他の登山者のおばちゃんが僕に話かけて来た。
「兄ちゃん、若いからこれでも沢山食べなさい。」と大量のチョコレートをくれたのだ。
とてもありがたいんだが、今の僕はこの大量のチョコを食べきれる自信がない。
でも貰っておいて食べないとおばちゃんに申し訳ないし。
おばちゃん、こっち見てるし。
結果的にむせまくりながら必死でチョコを体に押し込んで行く事に。
おばちゃんと談笑しながらも、合間合間で喉を通って行かないチョコの個体を水で押し流す。
僕はここでまた一つ学んだ。
トレランでの食事は次回からエネルギージェルだけで十分だと言う事と、山頂のおばちゃんには気をつけろという事だ。
さあここからは復路だ。
肉体疲労はもう十分に追い込まれていたが、よくよく考えてみればまだここで全行程の半分。
下りは己撮りなどの余計な事はせず、ストイックに走りに集中。
ひたすらに下りをかっ飛んで行くアドレナリンタイムだ。
ズンズン駆け下って行くと、因縁の筈ヶ岳への急登の壁まで戻って来た。
もちろんここまで来たからには筈ヶ岳のピークに立っておきたい。
幸いにも、僕の体は押し込まれたチョコレート効果でまだまだ元気に登って行けるはずだ。
ひたすらブッハブッハと急登を駆け上る。
きっと山頂には再び素晴らしい風景が待っているはずだ。
それを励みに体にムチを打ち続ける。
やがて見通しの利かない広場に行き着いた。
まさかとは思うが、わざわざあの急登を登ってまで求めていた山頂はここなのか?
よく見ると転がってる石に「筈ヶ岳」って書いてある。
なんだろうか、この徒労感は。
こんな筈じゃなかったのに。
一応記念写真を撮ってみるが、標識が寝そべっているから何の記念なのかもよく分らないことになっている。
こうして山頂感ゼロの雰囲気を存分に楽しんで、滞在時間1分程でその場を後にする。
中々の追いマゾだったぞ、筈ヶ岳。
後はもう再びドロドロの泥仕合。
アップダウン豊富のトレイルだから、復路だからと言って下りばかりではない。
しっかりとヘロヘロになりながら必死でゴールを目指す。
そして長い長い行軍の末にゴールの光が見え、
ついに男は真っ白な灰になった。
こうして二度目の絶命で見事に足助トレラン完走。
この時点で見事に当初の目的である「肉体破壊」が仕上がった。
GW前半戦のカヌー・登山・トレラン三部作にて、男は美しく死ぬことが出来た。
これで翌日から落ち着いて仕事が出来そうだ。
今回の地図はいつものGoogleMapじゃなくて、Yahooのルートラボにて。(GPSの電源入れ忘れていた事に途中で気付いたため、変なとこからスタートしてるけど、スタートとゴールは同じ場所です)
今回は相当にヘロヘロで二度もマットに沈む事になってしまったが、これでなんとか自分の「現在地」が見えた。
恐らく現時点でトレランで生還できる距離は20〜30キロあたり(標高差にもよる)。
これで今後の計画が立てやすくなる。
それにしても毎回絶命していてはさすがに情けない。
いつまでも王大人(ワンターレン)の世話になっていてはダメだ。
もっと追い込んで行かないと。
まずは5日後。
僕はかねてより目論んでいた計画を実行に移す事になる。
それは「キョウトライアスロン大会2013」への参加だ。
詳細はまたご報告します。
ちなみに参加者は僕だけです。
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〜その後の足跡をおまけで〜
今回は余裕があるので、いつもの早朝トレランでは不可能な「温泉」を楽しむ事が可能だ。
しかし若い頃よく行っていた足助の温泉が潰れていたので、今回はナビの情報だけで「白鷺温泉」という温泉を初めて訪れてみた。
非常にレトロなる外観。
レトロすぎて営業しているのかさえ不明で、GWだというのに駐車場には僕の車1台。
しかし恐る恐る中に入れば、思いのほか良い感じのレトロ感。
待合室にはレトロすぎるジュークボックスとゲーム機も。
結構好きな雰囲気だ。
脱衣所のレトロ感も、日活ピンク映画風サービスショットとともに。
お風呂もいい感じで、もちろん貸し切り状態。
これは実に良い温泉を見つけたものだ。
自動販売機に至っては、「お手軽サイズ」のファンタグレープを買ったはずが、少しもお手軽ではないサイズで出て来るミステリー。
正直350mlの炭酸飲料を飲み干せる程僕は若くはないぞ。
だからお手軽サイズを選んだのに。
そしてこの瞬間売り切れたから、これが最後の350mlだったんだろう(いつから入ってたんだ?)。
そんな感じの温泉を堪能して移動。
途中、ダークなセブンイレブンが登場。
ついに疲れすぎて色彩を失ったか?と思ったが、恐らく景観条例の一環だろう。
そして帰宅し、目一杯「普通の観光地」を堪能して来たりんたろくんと合流。
結局実家で一度ものんびりする事なく、そのまま帰路についた。
やがて高速道路のSAで、ヒッチハイクしている若者を発見。
早速その若者を乗っけてみる。
思えばヒッチハイカーを乗せるのは、アラスカでおっさんを乗せて旅した時以来だ。
あの時は英語をしゃべれないくせに勢いで現地人を乗っけてしまい、非常に気まずい数時間を過ごした事を思い出す。
この若者は東京の大学生で、兵庫の竹田城(日本のマチュピチュってやつね)を目指しているのだという。
なんだか僕もこの歳になると、このような若い旅人がたまらなく愛しくなる。
一方で羨望の眼差しで、彼の輝かしい脆さと危うさと強さに見とれてしまう。
僕も今まで旅先で多くの人に助けられ、励まされて来たが、こうして巡り巡って彼の力になれた事は僕にとっても幸せな事だった。
彼にはもっともっと旅をして、多くのものを見て触れて、自分だけの価値観をしっかりと構築して欲しいもんだ。
そしていつかは養子になってドSな嫁を貰うと良い。
早く僕に追いついて来なさい。
と、こんな感じのGW前半戦3連休でした。
次は後半戦4連休。
最終的には、なんだかんだと僕が家で大人しくしていたのは5月5日のこどもの日のみ。
今後も最悪な0歳児の父親として語り継がれて行く事だろう。
次回からはそんな後半戦の模様をお送りいたします。
リポビタンM〜肉体疲労時の栄養破壊〜
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MATATABI BASE
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