雄大な朝日の前で、嗚咽を漏らしながらガッツポーズをする男。
逆光だから分りづらいが、彼は今苦痛でかなり顔を歪めている。
そして必死で口からのゲロの流出を気合いだけで押し殺している所だ。
そもそも育児期間中のこの男が、なぜ山でこのように一人きりでマゾっているのか?
彼は随分と単独行の登山から遠ざかっていた。
今シーズンの雪山登山なんて、あの武奈ヶ岳1回だけで終わりを告げようとしている。
あれ程万全を期して道具を用意した挙げ句の悲惨な末路だ。
しかしそれは覚悟していたはず。
次男こーたろくんが誕生し、基本的に休日の彼の任務は長男りんたろくんのお世話。
りんたろくんを背負って低山や公園を徘徊するといった内容が、ここ最近の彼の休日風景だった。
でもやはり、男の中で物足りない気持ちだけが膨らんで行ったのは事実。
そう、彼は深刻な「マゾ不足」で頭を悩ませていたのだ。
そこで男は、彼の中に眠るマゾマゾ先生に質問をしてみた。
「一人で山に行く時間が無いんです。育児もしない、長男の面倒も見ない、養子の責務もない時間なんて存在しないんです。でもそろそろ限界です。どうしたらいいでしょうか?」と。
するとマゾマゾ先生は僕に熱く語りかける。
「時間が無いんだったら睡眠削ってでも時間作ってマゾればいいじゃない。じゃあ、いつやるか?“朝”でしょ。」と。
しかし男は反論する。
「そんなこと言ったって、こーたろくんのミルクの間隔は2時間半。どんなに早く起きても、2時間半の時間内で家を出て山に登って帰って来るなんて出来ませんよ。」と。
それを聞いたマゾマゾ先生は軽くため息をつきながら言った。
「お前はマゾだろう?楽しく山を登るより血ヘドを吐きながら山を這いずっている方がお似合いじゃないか。」
そして力強くこう言った。
「一つだけ方法がある。じゃあ、何をやるか?“トレイルランニング”でしょ。」と。
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随分と前置きが長くなってしまったが、要するにトレランなら家族が寝静まった早朝の限られた時間でマゾれるって事に気付いたわけです。
しかもトレランならご近所の低山でも十分に内容の濃いマゾが楽しめる。
つまり早朝トレランなら、「家族に迷惑をかけない」「育児にも支障はない」「ランニングも出来る」「山にも登れる」「筋トレにもなる」「満足してその日一日を大人しく過ごせる」「何よりも上質なマゾが味わえる」という一石七鳥。
育児期間中のアウトドアライフに光明が差し込んだような気分だ。
そこで前回の記事に繋がります。(前回記事)
はるばる春日井市まで行って、東海地方で唯一の「トレラン専門店」のワンオンワンへ。
服装などは既存の登山用とランニング用を織り交ぜて行けば何とかなる。
しかし、やはりトレラン専用のシューズだけは購入しなくてはならない。
僕は靴の重要性を誰よりも重く感じている。
過去、慎重に慎重を期して選んだ登山靴がことごとく足にフィットせず、何度も山で地獄を見た苦い経験がある。
なので今回は専門店でとことん店長と協議・試着の末、絶対に間違いのないものを選ぶのだ。
(毎回その意気込みだが、結果的には酷い目に遭う事になる。まあそれはそれでオツなんだが)
とにかく最初のトレランシューズを選ぶにあたり、一つ基準を設けた。
その判断基準とは「ブランドやデザインには一切こだわらず、見た目よりも徹底的に足に合っているかどうか」というその一点のみ。
例えブランドが「月星」だったとしても、色が「フラッシュピンク」だったとしても、なぜか「フリル」が付いていたとしても、足に合うのならそれを購入するという強い決意。
見た目に惹かれて結婚したら、中身はとんでもないドS女だったなんて事はもう二度と経験したくはないのだ。
で、ひたすら履きまくって協議した結果こいつをご購入です。
トレランの王道ブランド「モントレイル」の「Bajada(バハダ)」だ。
踵の浮きも感じないし、フィット感と軽さと安定感が絶妙なバランスだった。
フィールドで安心できるしっかりさと、ロード用のシューズのような軽さ。
実はこのバハダと別のモントレイルのシューズと最後まで迷った。
実はそっちのシューズの名前が「マウンテンマゾヒスト」という驚きのネーミング。
これはまさに僕の為に作られたのではないかというくらいの運命的ネーミングだった。
しかし「見た目で選ばない」と宣言した男が、「ネーミングで選びました。いやあ、ウケると思いまして」なんて事になったら本末転倒もいい所だ。
でも正直マゾヒストというだけあって、僕へのフィット感はかなり良かった。
マゾがマゾを履いてマゾって満足なんて事になれば、とってもオシャレな感じだし。
猛烈に悩んだ結果、両足にそれぞれを15分履き続けて「履いてる事を意識しなくなった方」のバハダをチョイス。
そして店長お薦めの靴下を買って、足元の武装は完了。
とにかく足元さえしっかりしていれば間違いない。
これで例え全裸で走ろうと、快適なトレランライフが約束されたような物だ。
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翌朝、4時半起床。
起床と言っても夜中に何度も夜泣きで起こされてるから、体は泥のように重い。
でもここから7時までが僕のゴールデンタイム。
どんなに体がだるくても、ここでのんきに眠ってる場合じゃない。
血を吐いてでも遊んでやるんだ。
やがて以前にりんたろくんと登って下見済みの「南宮山」(参考記事:節分遺伝子合戦〜鬼嫁は内マゾは外〜)へ向かう。
5時半くらいに駐車場着。
でも辺りはまだ真っ暗だ。
ヘッドライトを持って来てないし、初のトレランを暗闇の中でやるなんて勇気は僕には無い。
それはハリウッド女優に筆下ろししてもらうくらい難易度が高いことだ。
まんじりともせず、誰もいない暗闇の駐車場の車内で夜明けを待つ男。
この貴重な時間が1秒、また1秒と無為に過ぎて行ってしまう。
次第に全く明るくならない状況に焦り出す男。
そんな感じで20分経過。
なぜ僕は早起きしてまで、こんな暗闇の駐車場の車内で録画したしゃべくり007を観ているのか?
もう限界だ。
男は暗闇のハリウッド女優めがけて走り出した。
怖い。
そして寒い。
走り出して10秒で後悔に包まれる男。
しかしこれは自分で選んだいばらの道。
どうしても一人で山に登りたいなら、こうするほかに方法は無いのだ。
ギンギンに目を見開いて薄暗闇の中を突っ切って行く男。
一度来ているから、何とか記憶とぼんやりした視界をリンクさせながらのラン。
できれば普通にトレランデビューしたかったと愚痴をこぼしながら。
暗くて恐ろしすぎる神社を駆け抜け、登山道入口に来た辺りでやっと空が白んで来た。
いつもなら登山口での記念撮影の場面だが、今撮影したらきっと僕以外の人達が沢山写っている可能性が高いのでやめておいた。
よりにもよって、ここは関ヶ原古戦場の近くで恐らく多くの落ち武者が徘徊していること間違い無し。
「僕は一人じゃない」という呟きがポジティブに聞こえないのがこのコースの特徴だ。
そもそも「ラン」だから、いつものように重い一眼レフカメラを持って来ていない。
撮影はiPhoneだからろくな写真も撮れない。
そもそもここから、とても己撮りしてる場合じゃない程に僕はあっという間に「マゾ沸点」に到達する事になる。
オフロードを駆け上って行く。
当たり前だが、かつて無いほどあっという間に心拍数が破裂寸前。
「ウソだろう?」ってくらいにしんどい。
すぐさま、「グハッ!ブホッ、グッ、グエエエエッッ!」と猛烈な奇声が飛び出す。
今ボディブローを食らったら僕はその場で悶絶して、来る時に食った朝マックを吐き散らかした事だろう。
そのパンチの相手が3歳のりんたろくんでも僕は本気のノックアウト必至だ。
覚悟はしていたが、トレランとはこれほどまでにハードな遊びなのか?
というか、育児中の一人アウトドアライフとはこれほどまでに追い込まれなくてはいけないものなのか?
もはや登りで走りきるるなんて不可能。
やはり本にも書いてあったが「歩いてもいいから、いかに早歩きで体力を温存しつつ登るかが重要」なようだ。
もちろん僕は「調べに調べて現地で失敗する」という趣味も持っているので、今回も事前にこういう本を買って勉強しまくっている。
この本の帯には「自然の中を気持ち良く走る!」と謳われているが、見事に今僕は「胃酸の逆流の中を気持ち悪くマゾる!」を実践中。
やはり本で学んだ事を生かして、それをさらなるマゾの高見に応用してこそ真に価値がある。
そう思わないと、このしんどさに対応しきれない。
しかしこのようななだらかな場所が出てこれば、頑張って再び走り出す。
確かにこういう場所を走っていると実に気分がいい。
登りを頑張って、このような稜線を縦走ランなんてできたらそりゃ楽しいだろうなあ。
やがてグボグボ言いながら、歩き登山参考タイム1時間程のコースを27分で駆け上った。
やがてやっとこさ展望台到着。
すごいぞ。
まさに今からご来光が始まりますと言ったグッドタイミング。
ご来光を見るなんて思ってもいなかっただけに、登頂した喜びと重なって素晴らしい気分だ。
ただ相変わらず吐きそうなんだけどね。
でもそんな状況でも、iPhoneで根性の己撮り。
木のテーブルに絶妙なバランスでiPhoneを立たせて、最近入れたセルフタイマー機能のアプリにて撮影。
優雅に佇んでいるように見えるが、何度も風でiPhoneが倒れるからこれはTake5くらいの写真です。
そんな事やってたらついにご来光です。
これはいいぞ。
吐きそうになりながら苦心して登って来ただけに感慨もひとしおだ。
早朝トレラン、いいじゃないか。
しかしいつまでも感動に浸ってられない。
汗冷えした体はみるみる冷えて行き、小雪もちらつき出す始末。
そして僕には制限時間があるので急いで帰らなければいけない。
なんて慌ただしい遊びなのだ。
すぐさま下山ラン。
そしてこれが実に楽しいのだ。
初めてマウンテンバイクでダウンヒルした時のあの感動とスリル。
楽しいんだけど、はっきり言ってスピードの恐怖感の方が勝っているかも知れない。
文字通り「かっ飛んで」駆け下りて行く人間ジェットコースター。
早め早めに障害物を判断して行かないと、もれなく大惨事だ。
しかし慎重に、そして大胆にぶっ飛んで行く。
すると突然、木々の中から「鹿」もぶっ飛んで来た。
みなさんは走っている最中、出会い頭の鹿に遭遇した事があるだろうか。
これ、心臓が飛び出るくらい強烈にビックリします。
そして鹿としても、おだやかいつもの朝に山頂から36歳のマゾが猛スピードで駆け下りてくればビックリするよね。
とりあえず朝のニュースで「今朝未明、男性が一人南宮山の山中で鹿に激突して即死しました」なんて報道されなくて良かった。
ある意味画期的な死因だが、できればもう少しマシな死に方がしたい。
なんて思いつつ、たったの13分で下山完了。
これは実に気持ちがよかった。
お馴染みの鳥居の門も、まるでビクトリーロードのように感じる。
そしてすっかり朝になった清々しい神社に参拝。
この時点でまだ7時前。
なんだかとても得した気分だ。
モントレイルのバハダも期待通りのフィット感で応えてくれた。
コイツは珍しく「アタリ」のシューズだったようだ。
いや、マゾ的には「ハズレ」なのか?
何にしても、充実した初トレイルランニングでした。
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家に帰った時には、見事にこーたろくんのミルクタイム。
実に無駄の無い遊びが満喫できた。
何も知らせてなかったお義母さんの「走って来たの?え、山登って来た?南宮山を?走って?なんで?」という言葉が印象的だ。
またこの変な養子が変な事始めたぞと不安になっている可能性が高い。
残念ながら、僕はこういう人間なのです。
そして男は何食わぬ顔で再び育児を始め出す。
あれだけ早朝に燃え尽きておけば、今日一日大人しくしてられそうだ。
しかし。
窓の外を見れば「大快晴」。
そして「無風」。
これ以上無いアウトドアコンディション。
プルプルと震え出す男の欲望。
そしてハッと気付いた時。
男の車の上にカナディアンカヌーが載せられていた。
何者の仕業だ?
誰のイタズラだ?
そして男は自分の意志に反していたが、思わずりんたろくんを連行しその車に乗って旅立って行ってしまった。
やがて結果として「トレランだけでで止めておけば良かったんだ」という名言が飛び出す事になる。
その後の彼ら親子の模様は次回お送り致します。
結局早朝に走ろうが、満身創痍になろうがアイツは止まらない。
トレランを始めた事により、さらに肉体破壊のスピードを速めてしまった感すらある。
一度献血に行って血を抜いてもらった方がいいのかもしれない。
〜犀川カヌーへ〜 つづく
トレラン初陣〜アサヒスーパーツライ〜
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MATATABI BASE
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