香港馬鞍山徘徊

放浪の異邦人 featuring 犬と牛

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いつものように厚い雲に覆われて、山中で突風に耐える男がいる。

お馴染みの風景で、このブログではよく見る光景だ。


しかしいつもと違う事がある。

景色がいつも通りで解りにくいが、実はここは日本ではないのだ。



今回の「あん時のアイツ」シリーズはちょっと番外編。

2008年の11月。

シリーズ第18弾のアイツは海を渡り、はるか「香港」にいた。


なぜ彼は香港にいるのか?

そしてなぜ観光もせずに悪天候の中、誰もいない山中をうろついているのか?


僕が登山野郎になる前の貴重な登山の記憶を振り返る。


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実は僕の嫁はアジア系の服飾ブランドのデザイナーさんだ。

子供が出来る前は、結構タイや香港などの工場視察や生地の買い付け等で現地へ海外出張していた。

そしてその出張に安く便乗するチャンスがあったので、僕も一緒にこっそりとくっついて行ったってわけです。


もちろん、大人しく嫁に同行している僕ではない。

現地で嫁は仕事で忙しいので僕は自由に一人で行動が出来た。

香港だからって観光やショッピングする気なんて僕にはさらさらない。


事前にネットで調べた結果、香港って「アウトドア」のイメージがなかったけど都心から随分離れた地方にいけばトレッキングが出来そうだった。

本当は良い川があれば下ってみたかったけど、さすがにそんな情報は得られなかった。

だから、不慣れで体力も山の経験もないくせにトレッキングを選んだんです。

意外と知られていないけど、香港の地方では過去イギリス統治下時代にイギリス人によっていくつかのロングトレイルが整備されているのだ。


言葉も通じない外国で「地方」に一人で行くのは結構勇気がいるが、それもまた楽しいじゃない。

しかも出発前に現地の人に「あそこら辺は“山賊”が出るから気をつけるように」と言われている。

21世紀の現代に於いて、山賊の危険を感じながらの旅が出来るなんて実に素晴らしい。


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嫁と離れて一人になった僕は、現地人のように異国の雑踏に溶け込んで行く。

山の地図を入手するべく、まずはアウトドア店を目指す。

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雑多な町の雰囲気が非常に好ましく、落書きも実にシュールで僕好みだ。

やはり汚い異国を歩くのはとても楽しい。


僕は看板屋なので、職業病でついつい看板を見てしまう。

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日本なら凄まじいほどの「違法看板」の嵐だ。

敷地からちょっと出てますってレベルじゃないほどはみ出している。

しかも、現場で作業しちゃってるし。

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そして足場は「竹」。

歩行者の安全確保なんて気にしない。

実にワイルドだ。


そして、辿り着いた古い雑居ビル2階のアウトドアショップもワイルドだった。

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入店するのに激しく勇気が必要とされる。

怪しすぎて、命の危険すら感じるアウトドアショップだ。

ここでマクリホス・トレイルの「馬鞍山(マーオーシャン)」の地図を入手。


ここからの記憶がはっきりとしてないけど、確か地下鉄で沙田(Sha Tin)まで移動して、バスで登山口の水浪窩(Shui Long Wo)に移動。

名古屋の栄でも迷子になる男がよく無事に辿り着けたもんだ。


で、ここが登山口ね。

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誰もいないし、人の気配すら感じない。

香港も一歩外に出てしまえば、とても静かなんです。


ここには結構立派な地図が設置されてる。

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道も看板もよく整備されていて、とても良い感じのトレッキングルートだ。

みんな街でショッピングなんてしてる暇があるなら、山に登れば良いんだ。


しばらくは舗装路を歩いて行く。

雑多な空間から抜け出し、よくわからん地下鉄やバスを乗り継いでここまできて、やっとここから落ち着いてアウトドアを満喫出来るぞ。

さあ、ここからはのんびりと香港の山を満喫しようじゃないか。


そう思っていた矢先。

とても大型の「野犬」に襲われた。


そいつは突然森の中から現れて、全速力で僕の方に走って来る。

その顔には「友好」の文字のカケラもなく、顔がイッちゃってる「狂犬」状態。

殺される。


凄い勢いで追いかけられる僕。

トレッキング開始から数分後にして、まさかの全力ダッシュで逃げる僕。

まさかこの歳になって、犬に追いかけ回されるなんて。



2分ほど漫画のような襲撃の後、やっとその狂犬野郎は諦めて引き上げて行った。

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登山開始直後にして、半分以上の体力をここで消耗した。

しみじみと「ああ、自分は今香港にいるんだなあ」と噛み締めた。

香港の地方では、野犬の野放しが問題になっていると来る前にネットで読んでいたのだ。


しかもこの後さらに別の場所で3頭の野良犬が集団で襲ってきて、再び僕は狂犬とのデッドヒートを楽しんだ。


激しいぜ、香港。

のんびり優雅に歩くなんてさせてくれないようだ。

ジャッキー映画みたいにせわしないトレッキングだ。



舗装路は終わって、やっとそれらしい登山道の入口に入って行く。

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竹林の中を、とても良く整備された道が続いて行く。

チャイナ的で、良い感じじゃないか。

ここからやっと楽しいトレッキングが始まりそうだ。


と、思っていたら晴れていた空がたちまち鈍い雲で覆われ始める。

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ちょっと浮かれたらすぐこれだ。

はるばる香港の僻地まで出向いてきてこの仕打ち。

異国の山なうえ、ただでさえ山の初心者の僕のこの時の心細さったらなかったね。


次第に眼下に海が広がり始める。

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道は整備されてるんだけど、結構アップダウンが激しく急坂の箇所もいくつもあった。

今より10キロ以上太っていた僕はグハグハ言いながら登って行く。

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ちょろっと見えてるのが登山道ね。

800m未満の山のくせに森林限界を越えたみたいな山容だから、風が吹きっ晒すのなんのって。

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荒涼とした寒々しい登山道を、山肌に沿って延々とアリのように這って進んでいく。

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このトレッキングルートでは何人かの人とすれ違ったがそのほとんどが西洋人で、地元の人は全然見なかった。

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この山はトレイルランナー達に人気の山と書いてあった通り、みんな僕をガンガン追い抜いて行く。

まあ僕は急ぐ旅ではないから、ゆっくり雄大な景色でも見ながら行かせてもらうよ。

そう、この雄大な雲の景色をね。

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何にも見えないじゃないか。

うっすらと下の街が見えるけど、こんな事なら別にここが香港じゃなくても良かったんじゃないのか?

しかも、この頃からついに小雨が降り始めた。

我ながら、はるばる香港まで来て一体僕は何をやっているのかと呟いてみる。

自分の生き様に疑問を感じるが、歩みは止めないぞ。


やがて、山の稜線に出た。

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凄くいい雰囲気だ(晴れていれば)。

これは中々日本の山では味わえそうにない感じ。


しかし見た目のほがらかさとは裏腹に、稜線に出た事によって凄まじい突風の中を突き進む事になる。


かろうじて、下界の景色が見える場所に立って記念撮影。

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記念撮影とは思えないほどの陰鬱とした「楽しそうじゃない顔」だ。

実はもの凄い突風で、帽子も飛ばないように後ろ向きになっている。

そして、三脚とカメラが飛んで行かないかどうか心配でこんな顔になっているのだ。


眼下にはなんとか海が見えて、高度感と突風によって感動よりも恐怖しか感じない。

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きっと晴れていて、風もない日に来たら最高なんだろう。

しかしそんなことは僕には叶わぬ願いだと諦めて、風に耐えながら進んで行く。

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やがて前方に山頂が現れた。

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凄まじい急坂だ。

ここから一度下ってから、あの激しい急坂を登るのか。

ここから下を見ると、先に続くトレッキングルートと山頂に向けて行く道が見てとれる。

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山頂への取り付きの場所まで進んだが、突風の勢いはさらに激しさを増し小雨も雨になってきた。

こんな状況下で、この急坂を山頂まで行くなんて体力もない初心者の僕には無理だった。

今の僕なら「絶好のマゾチャンス」だと喜んで登って行くんだろうが、あの頃の僕はまだソフトな男だった。

僕ははるばるここまで来て、無念の敗退を決めた。


山頂登頂を諦め、雨と風の中その先へ延々と惨めな思いを抱えながら進んで行く。

ここからは地味で長い道を歩き続けた。


雨に濡れて、ずっとうつむきながら情けない気持ちで歩き続ける男。

このままじゃいけないと、ふと顔を上げて「ビクッ」とする。

道のすぐ横の草むらに、突然「野牛」が姿を現した。

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岩だと思っていただけに、心臓が口から飛び出るくらいビックリした。

野犬の次は野牛か。

なんてワイルドなんだ、香港。


ここでふと思い出した。

学生時代のコンパで、我々の中で「水牛」と呼ばれていた女に僕はこう言われた事がある。

「この人130Rのホンコンに似てる」と。

その後、僕はそいつらに「ホンコンさん」と呼ばれ続けた。(一応「さん」付けで呼んでくれているが、敬われていない事は確かだ)

その頃から10年後くらいに、まさか自分が「香港」の山の中で「水牛」に再び出会うとは。

人生とは面白いものだ。


そんな事をしみじみ思いながら、僕は下山して行った。

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下山後、多分西貢の港町へ。

そこで見事に迷子になり、明らかに観光客が訪れる事ない裏路地に入り込んで行く。

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よく襲われずに済んだものだ。


その後もこの港町をプラプラする。

魚屋のおばちゃんも豪快だ。

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こんなおばちゃんですら「カンフーの達人」に見えて来るから不思議だ。

海を見ればこんな奴も。

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彼は何故あんな所でたそがれているのか?

一人になりたかったにしても、何もそんな所で。

というか、どうやってそこに行けたんだ?


うーん、面白いな香港の地方の世界は。


ここでは舟はそのまま「店舗」になる。

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陸から大声で「その魚くれ」って言えば、袋に入れて長い棒で渡してくれるシステム。

実に粋でいいじゃない。


そこから嫁がいる都心に戻るまでに、2度道に迷い、地元のおっさんに案内されて30分くらい一緒に歩いて気まずい思いをしたりしながらも何とか無事に帰って行った。

帰ってからも、理由はいまいち覚えていないが嫁と激しく喧嘩する事になる。

結局、残りの滞在時間も気まずい時間を堪能した記憶がある。



最終的に振り返ってみると、僕はわざわざ香港まで行って雨と強風の中で山中を彷徨い、野犬に襲われ野牛にビビり、散々迷子になった挙げ句に最後は嫁と喧嘩するという大冒険となった。

新喜劇でもここまでコテコテな脚本は書かないだろう。

こんな事なら大人しく日本でお留守番をしていれば良かったのだ。


こうしてこのマゾ野郎は、ワールドワイドに活躍して行くのだ。


男に安息の地はあるのか?

ガイドブックに載っているような「楽しくて快適な旅」というおとぎ話のような世界は本当に存在するのか?

それは望んではいけない世界なのか?


こうして今日も男は理想郷を追い求めて彷徨い続ける。



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MATATABI BASE

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