伊吹山/滋賀

坂の上の雲〜伊吹山後編〜

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思いがけない出血と遭難。

ただでさえ万全でないコンディションに追い討ちをかけてくる伊吹山。

まだ五合目にして、すっかりやつれてしまった男。

しかし、これより先は「雪山中級者の山」と言われるにふさわしい世界が広がる。


初心者雪山登山シリーズ最終章伊吹山、後編です。


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さあ、ここから後半戦だ。

五合目から頂上までは、一直線の「直登男道」。

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寄り道なんてしない、曲がった道も大嫌い。

男は黙って直登一直線。

みんなも応援してくれているんだ。


実は今回から新しい試みをしている。

この山は開けている上、山頂は観光地でもあるので携帯の電波が結構届く。

なのでiPhoneを駆使して、facebook上で登山実況中継。

栗城史多のように、この感動を共有してもらうのが狙いだ。


しかし先ほどから中継しているのは「ケツから出血しました」とか「違う道を歩いてました」とかいった間の抜けた投稿ばかり。

寄せられるコメントには憐れみこそあれ、誰一人感動していない。

中には「がんばれ、お尻!」などと登山とは別な意味での激励のコメントが寄せられる。

やはり僕は栗城にはなれない。

情熱大陸のオファーも、きっと来ないだろう。



突き進んで行くと、徐々に迫力を増して伊吹山が迫り来る。

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写真ではよく分からないが、山頂直下のもの凄い斜面に「人」の姿が確認出来た。

まさか、あそこを登って行くのか?


はっきり言って僕は激しい「高所恐怖症」の男だ。

前にも言ったが、脚立の一番上にも登れない腰抜け野郎。

果たして僕は登りきる事が出来るんだろうか?


やがて六合目の避難小屋到達。

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いよいよここから、本格的に直登パラダイスが始まる。

ここで行動食を食べてエネルギーチャージし、アイゼンを装着して戦闘態勢に入る。

ここからは「雪道」になるので、七合目とかの看板は出て来ない。

ひたすら頂上を目指す直登一直線の始まりだ。


さあ、気合いを入れて行くぞ。

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上を見れば雪の急坂が延々と続き、振り返れば身もすくむような景色が飛び込んでくる。

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この圧倒的恐怖感が伝わるだろうか?

とにかく目の前の一歩に集中して、出来るだけ振り向かないように進んで行く。


それにしても道が酷すぎる。

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雪は完全にシャーベットで、シャビシャビでとてつもなく歩きにくい。

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アイゼンの爪もあまり効かなくて、滑るったらありゃしない。

斜度が増すにつれ、「一歩進んで半歩ずり落ちる」という辛い行軍となって行く。

これが凄まじく体力を奪い、気持ちまで砕かれそうになるほどしんどい。


そんな気持ちをあざ笑うかのように、斜面はどんどん鋭くなって行く。

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チラリと振り向けばいよいよ恐怖が募って行く。

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マゾの快感と高所恐怖症の恐怖が入り交じり、どんどんトランス状態に陥って行く男。

そんな過酷な状況でもオノレ撮りはかかさない。

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平然と登っているように見えるが、凄まじい恐怖と戦いながらのセルフタイマー。

こういう余計な事してるから、無駄に体力を失うことになる。


やがて、おそらく八合目付近。

さらに斜度はとんでもなくなってくる。

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伝わらないのが悲しいが、随分と「死」を意識させてくれる恐怖感。

すっかりケツの穴がキュキュッと絞られて、おかげでこれ以上の流血は避けられそうだ。


雪面も相変わらずズルズルに滑る中でのこの状況。

自然と恐怖で体が前傾になってしまうから、ふくらはぎの筋肉がちぎれそうだ。

一歩進んでは立ち止まり、気合いを入れ直してまた一歩の繰り返し。


もう足下だけを見ながらの無心登り。

もう、しんどすぎて多少の事があっても驚かない状態。

しかし、そんな僕をとても驚かせるものが足下に突然現れた。

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なぜだ?

なぜこんな1000mを超えたこのような斜面に、映画「スピード」のおすすめレビューが?

どんだけこの映画の良さを知ってもらいたいんだ。

ついに僕は幻覚を見始めたのか?


しばし立ち止まって固まる僕。

先人が残したこのメッセージは何を意味するのか?

最後の一文「出来ない事をやるスリル感」というのが、今の僕にピッタリだが前置きが長過ぎる。

確かに良い映画だが、ここまでして人に勧めたい程に感動したんだなあ、この人。


ふと我に返って、再び山頂目指して進んで行く。

ここで気を抜いて滑落したら、それこそスピードアクションが始まってしまう。



そして、ついに山頂直下の九合目付近。

あの六合目付近から「人」が点で見えた辺りだ。


傾斜はさらに「倍率ドン」でアップする。

もうオノレ撮りも限界が近づいて来ている。

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恐怖のあまり、全く「立ち位置」まで移動する事が出来ない。

体を起こす事も出来ず、ただただ怯える小動物の姿が映し出された。

さらに写真を見てお分かりの通り、下からの突風でヒップソリが持ち上がっている。


実はここに来て、凄い勢いの突風が吹き始めた。

「足下から吹き上げる」感じの凄い風だ。

この傾斜と、滑る雪と、とんでもない景色の恐怖に加えての突風タイムセール。

もはや生きた心地がしない。


それでも、よせばいいのに命がけのセルフタイマー。

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恐怖と快感が交差する感情交差点。

単独行の辛い所だ。


ここでiPhoneが「ピロリン」と陽気な通知音を発した。

やっとの思いで画面を確認すると、facebookにチーム・マサカズのアゴ割れMが「何かおもろいことやって」との無茶ぶりメッセージ。

殺す気なのか?

こいつらは純粋に応援する事が出来ないのか?

今のこの決死の状況を分かっているんだろうか?


それでも限界ギリギリの「いいね!」パフォーマンスを中継しておいた。

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これが今の僕に出来る精一杯のパフォーマンスだった。

はっきり言って、気分は少しも「いいね!」ではない。

来年はアゴ割れMをここに連れて来て、絶対何かやらせてやる。



最後の急坂を登りきって、ついに山頂広場に躍り出た。

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その場に膝をついて「ふっー」と息を一つついた。

これは中々の達成感。

やっと登りきったぞ。


でもイマイチ感動に浸りきれないのは、「この道を帰って行かねばならない」ってことがあるから。

でも、なるべくそれは今は考えないようにした。


ここから山頂歩道を歩いて、山頂の碑を目指して行く。

さあ、恐怖の時間は終わりだ。

ここからは山頂をしっかり堪能してやるぞ。

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そう思っていた矢先、突風はさらに勢いを増し、ついにあれほど快晴だった空があっという間に雲に覆われ始めた。

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なぜなんだ?

僕には「ご褒美」というものは与えられないのか?

Yahoo!天気もWeatherNewsも、今日は一日晴れって言ってたじゃないか。

そもそも1時間寝坊しなければ、快晴の山頂を楽しめただろうに。

突風の中九合目を登る事もなかったろうに。

りんたろくんが夜泣きしなければ、嫁と喧嘩しなければ基本的に寝坊だってしなかったろうに。


毎度の事ながら、このガッカリ感にはなじめない。

お得意の後悔のネガティブ螺旋の沼に落ちて行く男。


しかし気を取り直して、雪に埋まった売店を横目に山頂を目指す。

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厳冬期なら、完全に雪に埋もれている売店だ。

本当に今回が雪の伊吹の最終チャンスだったんだなあ。


そしてやっと頂上のヤマトタケル像が見えて来たぞ。

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もうこの頃には、突風は「暴風」と化していた。

台風中継の若手アナウンサーのように、体を斜めらせながら頂上へ向かう。


そしてついに「伊吹山」制覇です。

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実に長かった。

この日の登山だけでなく、ここまでに至る経緯を考えると感慨もひとしおだ。

景色も素晴らしいじゃないか。

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しかし風が強くて、寒いしゆっくり浸ってる余裕がない。

ご覧のような有様で、体全体から「辛さ」がにじみ出ている。

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結局このヒップソリは、「風の強さを表現する」という意味で大活躍だ。

もう完全に上向いちゃってるし。

そして何より無駄だった物が、重量のある「スノーシュー」。

全く登場の機会はなく、ただの「重り」としての役目を果たして僕のマゾに一役買ってくれた。



建物の陰の風が少ない場所に移動して昼食。

ここで石川県から単独で来ていた人と意気投合し、共に下山をする事になる。


石川県で消防士をする彼は、消防士なのに中々にうっかり者だ。

トレッキングパンツを忘れて来て、なんとユニクロのジーンズでここまで登って来た強者だ。

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とんだカジュアルな雪山登山者。

転んだ時点で、ずぶ濡れになってしまうから絶対に転べないスリリング登山を楽しんでいるようだ。


そんな彼と談笑しながらの下山。

しかし、改めて思い知る現実。

この崖のような所から、今度は降りて行かねばならんのか。

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もうここまで来たら腹をくくろう。

幸い、この人は結構ハードな山をこなして来た経験者だ。

何かあれば、全力でこの人に頼ってしまおう。


そして投身下山前の勇姿を撮影してもらう。

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これが遺影になるかどうかは、この先の下山次第だ。

もちろん「シリセードチャンス」ではあるんだが、とてもじゃないがこんな所を滑って行ったら死んでしまう。

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なんかスカイダイビングでもする時のような心臓のバクバクだ。

とにかく慎重に慎重に下って行く。


セルフタイマーでは限界があった場所に、彼に立ってもらって撮影。

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これで、この高度感と斜度が結構伝わるかな?

ここからはもう頭を真っ白にして、一歩一歩確実に足場を作りながらの下山が続く。

しかし、ある程度下ってくれば多少傾斜もマシになる。

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さあ、やってきたぞシリセードチャンス。

もちろん、この時点でヒップソリは滑りすぎてしまうのでまだ使わない。


まだ怖いけど、せっかくここまで来たんだ。

頂上ではご褒美が貰えなかったし。

ここで楽しい思いをしなくてはやっぱり報われないじゃない。

切れ痔が裂けて大出血の大惨事にもなりかねないが、ここまで来たらやってやる。


2、3回ピッケルの滑落停止訓練をして止まる練習をしてから、よーいドン。

凄い勢いでケツで疾走して行く(滑落して行く)男。

すごいスピードだ。

そして、楽しい!楽しすぎる。


一度止まって、ケツの感覚チェック。

若干じんわり感があるが、大出血にまでは至っていない感じだ。


そこからは調子に乗ってがんがんシリセード。

途中太い枝が突き出てた所があって、慌ててグローブで回避。

グローブが破れたかと思う程の衝撃があったが、何とか無事だった。


楽しすぎても、あまり調子に乗ってはダメだ。

あれがもし股間にスペシャルヒットしていたら、今後りんたろくんの弟か妹の誕生は絶望視されるところだった。


もちろん、消防士の彼は歩いて下って来ている。

ユニクロのジーンズでシリセードした日には、彼のケツは凍傷にかかって肛門を切断するはめになる。

さすがの火消しの男も、自分の命の火を消すような無謀は冒さない。



六合目付近まで降りてくると、傾斜もなだらかなのでヒップソリの出動。

インターバルタイマーをセットして、再び登って行く男。

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そして、子供用ソリで無邪気に滑ってくる中年。

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とんだ自作自演の茶番劇。

それでもやっぱりこいつは楽しいや。

やっぱり雪はおっさんでも童心に戻してくれるんだね。


消防士さんも合流して、僕が吐血した便所とともに伊吹山にお別れ。

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いい試合だったぜ、伊吹ジョーよ。

来シーズンこそは「真っ白になった」お前を正式に倒しにくるからな。


こうして僕は下山して行った。

空はすっかり分厚い雲に覆われてしまった。

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晴れ予報だった事なんて、もうどうでもいいさ。

いつも通のコンディションで、いつも通りの天気の中での最終チャレンジ。

ある意味、僕らしいフィナーレ。

雨が降らなかっただけでも、ツイていたと思うべきだろう。


そして、感動の登山口へのゴールの瞬間。

長かった雪山登山シリーズのフィナーレ。

ゴールしたら、ガッツポーズでもして華々しく記念撮影だ。


ゴール手前で、まさかの「会社からの電話」が鳴り響く。

どうしても、今日確認しなくては行けなかった事があったらしい。

結局、仕事の電話をしながらの地味すぎるゴール。

そこには感動も華もない、ただ一人のくたびれた会社員の姿だけがあった。



こうして、念願だった冬の(春の?)伊吹山登山が終わった。

これで、しばらく落ち着いて日々を暮らして行けそうだ。

まずは溜まりに溜まったこの疲労を回復させる事と、ちゃんと痔を治すところから初めて行こう。

春の新生活のテーマはノー・モア・血便だ。


そして、4月5月はいよいよカヌーシーズンの到来。

6月のアユ釣り解禁までが勝負です。


とりあえずは、嫁との仲直りをしていくか。

そして、また「素直で大人しい」養子野郎にも戻らなくては。


もう、春はそこまで来ている。


伊吹山 〜完〜



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