錦川/山口

落雷ナイトフィーバー

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「あん時のアイツ」シリーズ第13弾は、山口県の「錦川」。

時は2008年8月。

結婚した次の年、結婚の報告をかねて僕の両親の親戚挨拶回りに岡山・鳥取に行った時の事。

まだりんたろくんは生まれていない。


僕と嫁と僕の実母での帰省。

しかし嫁の仕事の都合で長い事滞在が出来ない。

でも僕からしたら、せっかくだから中国地方の川を遊びたい。

そして僕が提案したのは「僕単独での前乗り」という最低野郎のプレゼンテーションだった。


色々いざこざがあった気がするが、もう忘れた。

何にしても僕一人で先に中国地方入りして、後から嫁と僕の母が二人で電車で来るという段取りだ。

親戚に対して、嫁が「こんな奴と結婚して後悔してます」って言いそうで怖かったが仕方ない。

僕はとにかく遊びたいんだ。


僕が選んだのは、岡山なんて遥かに通り越した山口県の「錦川」。

以前から行ってみたかった川だ。

本やネットで見ていても清流の呼び声高く、ロングツーリングなら島根の「江の川」、デイツーリングなら「錦川」だと狙っていた。

この川は川沿いを電車が走っているから、単独行のカヌー野郎にとってはとても便利な川なのだ。

この錦川を、途中の川原でテント泊して一泊二日で下るのだ。



しかしこの時のカヌーツーリング。

写真は残っているものの、残念ながら全くと言っていい程記憶が残っていない。

それというのも、テント泊した川原での出来事が鮮烈すぎて全ての記憶が飛んでしまったからだ。

かつて僕のテント泊は「浸水」「極寒」「暴風」などのキーワードで彩られ、非常にツライ思い出が多い。

そんな中でも、この時の一夜の恐怖は今もって僕の脳裏に深く刻み込まれている。


それでは簡単に振り返って行こう。


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多分、スタート地点付近。

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さすがは中国地方随一の水質の錦川。

水はキレイで、現役の川船も多く清く正しい日本の川だ。

電車も走ってるし町も近いから秘境感は無いが、人々が川を向いて生活している感じが好ましい。

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水量は今いちだったか。

川の性格的には静岡の気田川っぽい感じだ。


そしてここでお約束タイム。

雨が降って来たんだね。

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しかし我ながら思うけど、ほんとこの人いつも雨降ってるな。

水戸黄門8時45分に印籠が必ず登場するように、僕の旅には必ず登場する迷惑野郎。

どんだけ僕と仲良しになりたいんだ。


でも何とか晴れたみたいだね。

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この川、キレイなんだけど終始なんか気泡が浮いてるんだよね。

生活排水流してるのかなあ。

だとしたら、本当もったいないなあ。


でもやっぱりこの透明度は気持ちいい。

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カヌーの影が川底に映って浮いてるみたい。



水中には何やら大きな魚の影。

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錦鯉in錦川。

錦鯉ってこの川が起源なのかな。

結構たくさん鯉が泳いでいる。


町からも離れて来て、だんだんと雰囲気出て来る。

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でもなんだか、さっきから雲の感じが不穏な気配なんだよな。

雨降ったり、晴れたりが続いたり。

空気もなんだかジクジクして湿っぽいし。



その後僕は適当な川原に上陸し、テントを張った。

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いつものように焚き火を起こし、酒を飲み、メシを食った。

やっぱり川原でのテント泊は最高だ。


しかしこの辺りで妙に体に異変を感じ始める。

なんだか急に全身が痒くなって来た。

何とも言えない凄く嫌な痒みだ。

なんだ、耐えられない。

大量の蚊に刺されたのか、何かのアレルギーか、その両方なのか。


訳も分からずもだえまくるが、一向に収まらない。

ああ、もう全身を洗ってスッキリしたい。

ここで僕は禁断の行動に出た。


僕は単独行ならではの奥義を繰り出した。

秘技「全裸水行遊泳」だ。


誰もいない暗闇の大自然。

僕は生まれたままの姿になって川に飛び込んだ。

くノ一の水行なら絵になるが、男の全裸遊泳の変態度は群を抜いていた。


真っ暗の川に飛び込むのは強烈な勇気が必要とされる。

凄く怖いんだけど、この痒さよりはましだ。

全身をくまなく冷やして、川に浸かっている間は痒みから解放された。


すると、唐突に雨が降って来た。

降り始めてからあっという間に土砂降りとなった。


全裸の男は惨めな姿で今度は雨に打たれる。

ツライ。ツライじゃないか。


テントの中に逃げ込んで、ゴシゴシ体を拭いて服を来て寝そべる。

もうこうなったら、とにかく寝る事だ。


それにしても凄い雨だ。

雨が叩くテントの音は恐怖すら感じる。

比較的高台にテントを張っているが、この雨の勢いは大いに不安を駆り立てる。


いつものように睡眠薬は持って来ているが、さすがに怖くて飲めない。

万が一大増水してテントごと流されてる時に、のんびり熟睡していたら大変だ。

体は痒くて、寝付きも悪いけど根性で寝てやる。


こうしてなんとか寝よう寝ようと頑張った。

とても長い事苦しみながらも、なんとか寝れそうな気配になってきた。

そして、かろうじてまどろんで来たとき、


「ドガッーーン。ザッバーッ。」


という、とんでもない爆音で一気に目が覚めた。

なんだ?何事だ?

ガードレールを突き破って車が川に転落したかと思える程の衝撃だった。


土砂降りなので外に出て確認する気も起こらない。

すると「ピカッ」とテント内が光って、数秒後「バシャーンッ」という音が響き渡る。

落雷だ。


テント内での初の落雷体験。

信じられない恐怖が僕を包み込む。


何度も光っては轟音が轟く。

しかも、だんだんと光ってから音がするまでの間隔が短くなって来ている。

その現象が意味する事を受け入れることが出来なかった。


迫り来る光と轟音。

ババン!ゴゴゴゴゴゴ…。グァーーンッ!バシャーッ!

ここはジョジョの世界なのか?

漫画では表現出来ない効果音が僕のテントに迫り来る。


かつてこれほど長時間、死の恐怖にさらされた事は無かった。

明らかに「すぐそこに落ちました」的な落雷の空気を感じる。

なにやら空気も振動しているかのような感覚。


次の一撃が僕のテントに落ちるのではないか?

嫁さんを置いて来てしまった僕に、ついに神の鉄槌が下されるのか?


まるで生きた心地のしない落雷ナイトフィーバー。

テントの中で痒みと恐怖に怯える、ジョン・トラブル太。

過去最高に長い長い夜がこうして更けて行った。


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朝。


僕は生きていた。

まるで激しい戦地から帰還した兵士のように、グッタリと疲れきった男の姿がそこにあった。


僕が昨日全裸で這いずり回った川は、すっかり静寂を取り戻していた。

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もう、自分がなぜここにいるかもハッキリ思い出せない程に僕は疲弊していた。


川もやはり、昨日の豪雨で大増水していた。

高台でテント張って本当に良かった。



結局僕は当初予定していたゴールまで行く事無く、道具一式を持って最寄りの駅へ。

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敗残兵はただ去るべし。

男は戦地を後にし、無言でうつむいて電車に乗ってスタート地点に帰って行った。



スタート地点近くの駅から、徒歩で川原にある車まで移動する。


途中家の前でのんびりしていた地元のおじいちゃんと話をした。

「昨日は凄かったね。え?あんた川で寝てたのかい?すごいな、あんた。」

おじいちゃんはとても気の毒な顔で僕を見て続けた。

「車は川原に置いてあるのかい?増水してるけど大丈夫かね?」

あ。

そう言えば車、結構川と高低差の少ない場所に駐車しているぞ。


急速に真っ青になる僕。

車が川に沈んでいる光景が脳裏に浮かぶ。


気の毒に思ってくれたおじいちゃんが、重い荷物は見ているからここに置いて急いで車に行きなさいと言ってくれた。

僕はおじいちゃんに荷物を預けて車に向かった。

道から僕の車が見えた。

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よかった、無事だ。

写真では結構余裕があるように見えるが、車付近の川原まで水がひたひただ。

昨日までの川との境界線はもっと右側だった。

くわばら、くわばら。助かった。



こうして僕の錦川カヌーツーリングが終わった。

結局わざわざ前乗りまでしてやって来て、この悲惨度と言ったらどうだ。

嫁に嫌われてしまった上に、天にまで見放されて。


もうツーリングの内容なんて何も覚えていない。

思い出すのは、轟音と恐怖。

僕の中で、錦川はどんな急流の川よりも恐怖の象徴の川となった。

次に行く時は、ちゃんとした普通のツーリングがしたいものだ。


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その後の足取りを簡単に。


恐怖の落雷ツーリングを終えて、錦川下流の観光地「錦帯橋」へ行ってみた。

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木造の見事な橋だ。

でも、まあそれだけかな。

橋渡るのにも金がいるという事で、即座に退散した。


そして一路、待ち合わせの鳥取の駅に向かって車を走らす。

もちろん寄り道しながら。


それにしても僕はどこに行ったんだろう?

写真を見てもまるで思い出せない。

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確かママチャリをレンタルして、このような山の中の道を徘徊していた気がする。

でっかい岩の門なんかがあったようだ。

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この場所は偶然立ち寄った場所だけど、後に実家で僕の子供の頃のアルバムを見たら、なんとこの場所に立っている少年の僕が写っていた。

過去に僕は家族でここに来ていた事があったようだ。

なんたる巡り合わせ。

輝いていた少年時代の僕は、自分が数十年後に落雷豪雨の中でテント泊する人生が待っているなんて知る由もない。



さらにママチャリで奥へ進んで行く。

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覚えている事がひとつあった。

疲れたからもう帰ろうとした時に、「この先◯◯m、流しそうめん」と書いてある看板を見つけた。

密かに流しそうめんを体験した事の無い僕はちょっと興味を持った。


頑張ってペダルを漕いで奥へ奥へと進んで行くと、流しそうめんのお店発見。

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このクソ暑い中、やっと冷たい食べ物にありつける。

もう汗だくで、腹ぺこだ。

僕は嬉々としてお店に行くと、「本日の流しそうめん、終わりました」の看板。


夏の日差しが男に降り注ぎ、蝉の声だけが響く。

僕は「フッ」と一発苦笑いをかまして、再び酷暑の山道をペダルを漕いで帰って行った。


なぜこの手の思い出だけは鮮明に残っているんだろうか?

人間、良かった事だけ覚えて行けるなら随分とハッピーな人生なんだが。

でもこういう事が多い程、後々「楽しい人生だった」と振り返れるんではないだろうか?

そう願いたい。そう願わざるをえない。



その後は「井倉洞」とやらに行ったようだ。

大人しくさっさと目的地に行けば良いのに、どうあってもこの人は寄り道がしたいらしい。

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これがまた直に見ると結構凄いのよ。

壮大な断崖絶壁から一筋の滝が流れ落ちる。

そしてこの奥には鍾乳洞があって、そこを探検出来たりする。


ここに流れる「高梁川」もカヌーツーリングの川として注目している。

今度帰省した時には是非とも下ってみたい川だ。

次回来る時は、親戚に「離婚の報告」をする事にならないように注意しながら生きて行かないと。


こうして僕は嫁と母さんと合流して、母さんの田舎に帰って行った。

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今回は悲惨な目に遭っているけど、ほんといい川でしたよ錦川。

是非みなさんも中国地方行った時は堪能してみて下さい。


この時の体験は、一回り僕を強くしてくれました。

今ではしょっちゅう嫁の落雷を受けていますが、死に至る事無く力強く今日を生きています。

人間、何事も経験から何かを学ばなければ行けません。

そう言うのであれば、嫁を怒らせる行動・言動を控えるのが早道かと思いますが僕は寄り道が好きなのです。

人生に避雷針なぞは無い。

どうせ落雷が命中するなら、ドリフのような華々しい食らい方をしたいものだ。

そんな事を思った、夏の日の旅でした。



落雷ナイトフィーバー 〜完〜



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MATATABI BASE

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