武奈ヶ岳/滋賀

武奈ヶ岳3〜青白アタックチャンス〜

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後方から迫り来るモクモクと、それを必死でかわそうとする一人の修行僧。

もはやすっかりお友達になった足の激痛とともに、男はひたすら急斜面を駆け上がる。



苦痛にまみれた男を突き動かすもの。

それは山頂から見られるという「琵琶湖と伊吹山の大パノラマ」の絶景だ。

嫁に土下座したのも、3時間かけてはるばる来たのも、全身破壊の体を酷使してきたのも、痛む足を引きずりながら登って来たのも、全てがその絶景を見るため。


そしてその山頂へ向けた最後の戦いが始まった。

根性男、富樫源次が憑依した男にもはや怖いものは何も無い。



それでは大絶景までの戦いの記憶を振り返ってみよう。


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ワサビ峠まで一度高度を下げて、いざ武奈ヶ岳山頂へ。

疲弊しきった男の前には強烈な急登が立ちふさがった。

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もはやグハグハ度はマックスだが、この突き抜けるような青空が僕に勇気を与える。

この青空がいやが上にも僕の気持ちを高揚させる。


一体山頂ではどれだけ美しい光景が広がっている事だろう?

今まではいつも山頂は真っ白なガスの世界で、景色なんて全く見えないパターンがお決まりだった。

それは月曜日の夜7時45分前後に、必ず格さんが印籠を出すくらいのお決まりパターン。

しかし現在頭上には快晴が広がり、さしもの格さんも印籠を出すタイミングを失する事だろう。


でもなんだろうか?

この背後から感じる激しい殺気は。

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何やら僕を境に青空とモクモクが激しくせめぎあっている気がしてならない。

しかし出来るだけこの事は考えないようにし、快晴の山頂だけを信じて突き進む。



痛みで顔を歪めながら、ひたすら急登の連続を越えて行く。

振り向けば、僕が武奈ヶ岳を確認した場所が大分遠くになって来た。

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ちょうどあの頃に、遥か前方にひたすら急登していた登山者を見たあたりに今僕はいる。

やはり想像以上にハードな登りが延々と続くぞ。

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でもあそこまで行けばおそらく頂上のはず。

最後の力を振り絞り、ムッホムッホと駆け上がる。

もうトレッキングポール無しではとても登って行けないくらいに右足の痛みが笑ける状態。

そして二日前のフルマラソン未遂のせいで、全く体にエネルギーが充満せずにもはやガス欠状態。


でもあと少し。

もう少し。

なんか標識が見えて来た。

きっと山頂の標識だ。


最後の力を振り絞って。


登りきったぞ!

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あれ?

何、あの遥か前方に現れた山は。

ここ山頂じゃないの?

カメラを望遠ズーム。

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うそだろう?

アリのような登山者が亡霊のように山頂を目指して登っているではないか。

山頂はまだまだ先じゃないか。



まるで総力戦で倒したと思ったドラクエのラスボスが、さらに巨大化して再登場した時のようなあの絶望感。

お釈迦様の手の上の孫悟空になった僕はその場に倒れ込む。

僕という男は、なんて非力で無力なんだろうか。



それでも富樫源次によって、ドスで胸に「闘」の文字を刻まれた僕はへこたれない。

これは神が与え賜うた「ワン・モア・マゾ」。

こんなビッグチャンスを逃す手は無い。


再び動き出したヨレヨレの男。

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追い討ちをかけるように、さらに雪は深くなって歩きにくさ全開。

歩けども歩けども、ちっとも景色は変わらず近づいている気がしない。

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でも冷静に考えてみたら、この雰囲気はとっても素晴らしいな。

そうだった、そもそもこういう雰囲気を求めて僕は雪山に来ていたんだ。

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いつも間にかマゾる事に気を取られすぎて、「雪山を満喫する」という人として本来の目的を見失う所だった。

そろそろ人間らしさを取り戻さないと、本物の変態になってしまう。


そこでせっかく担いで来たんだから、スノーシューに履き替えて優雅な空中スノーハイクと洒落込もうじゃないか。

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またやってしまった。

アイゼンの時に引き続き、ここでもスノーシューを履く際に無理な体勢になって左脇腹から背筋にかけて猛烈にツってしまった。

以前銚子ヶ岳で謎の背筋痛になった時以来の、息を吐く度に背中を痛めるというロングマゾブレスダイエットがスタート。


例のごとく前屈みになると背中に痛みが走るので、やたらと姿勢良く狂言師のように歩いて行く。

実にややこしいスノーハイクとなってしまった。


もはや全身あますことなくボロボロになってしまった。

仕方ない。

「雪山を満喫しよう」だなんて思ってしまった僕が全て悪いのだ。

その軟弱な考えで富樫を怒らせてしまったんだ。


こうして再び富樫によって原点の己を取り戻した男は進んで行く。

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いいぞ。

スノーシューに変えた事によって、雪のクッションが無くなって足の痛みがさらにハードになったぞ。

スノーシューは新雪を歩きやすくする道具だが、足にダイレクトに痛みを響かせる便利なアイテムだ。

はるばる担いで来た甲斐があったってもんだ。


しかしそんな事よりも気になる事がある。

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気のせいだろうか?

随分と頭上の「青」が占める割合が少なくなっていませんか?

「白」が随分と「青」のパネルをひっくり返したのか?

そんな救いのないアタック25が今ここに始まったのか?



そんなバカな事は無いだろう。

だってまだ11時だよ。

曇るのは14時からだって言ってたじゃないのさ。

信じないよ。

信じないからね。


そうして再び見上げてみる。

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山頂がみるみる白く包まれて行く。

完全に青のパネルは駆逐されてる。

振り返ってみれば白パネラーの応援団が大挙して押し掛けているし。

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負けるな、青のパネラーよ。

稜線の逆側を見れば、まだなんとか青のパネルは生きている。

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僕は全力で青のパネラーの応援に回る。

急げ。

まだチャンスはあるはずだ。

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よし、山頂アタック前の最後のコブを越えたぞ。

いよいよ最後の問題だ。


児玉清が視聴者を煽る。

「さあ、青の方が追い込まれました。これは白の方の有利は揺るがないでしょうか?青の方の最後の巻き返しなるのか?まいりましょう。アタックチャーーンス。」

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「問題。あなたを愛している人は誰でしょうか?」


やった、ラッキー問題だ。

僕は大急ぎで駆け上がって山頂のボタンを押した。

そして確信を持って答えた。

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「嫁!」


「ハイ、残念!」と間髪入れずに児玉清。

すかさずボーンと白の回答席が光る。

「悪天候!」と確信を持って答える白パネラー。


「結構!その通り!」


やがて白のパネラーのラストコールがお茶の間に響き渡る。

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「25番!」

ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン。

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こうして見事にパネルは真っ白になった。

児玉清が興奮気味に叫ぶ。

「白のモクモクさんが25枚のパネルをお取りになりまして見事パーフェクト達成!パリ挑戦権獲得!おめでとうございます!」

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「青の方はまた来週この時間、パリが待っております!ごきげんよう!さよなら!残念!」

追い打ちのような清の残念コールが心に突き刺さる。

これはラスト登山だから、僕にはもう来週の挑戦権は無いというのに。


こうしてモクモクさんはエールフランスでのパリ旅行券を獲得し、僕には「悲しみ」と言う名の参加賞が渡された。

こうして1時間前まであれほど快晴に包まれていた山頂は、すっかりいつもの状態に。

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当たり前だが、この先に琵琶湖の大パノラマも伊吹山の勇姿も見る事は叶わない。


男はただただその場に立ち尽くし、真っ白な虚空を見つめていた。



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男が立ち尽くしていた「同日の同時刻」。

知人のK.Ikehata氏は木曽駒ヶ岳を登っていた。

僕が当初登山候補に挙げていたあの木曽駒ヶ岳の事だ。


後にFacebookに投稿された、この時の彼の写真は以下の通りである。

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もはや何も言うまい。


僕がこの写真をiPhoneで見た時、ポツリポツリと画面上に水滴が落ちた所までは記憶している。

しかしそれ以降の記憶は全くない。


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話を男に戻そう。


男は目の前の絶景を堪能しながら、一人寂しくカップラーメンを食っていた。

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彼がプルプル震えているのは感動からなのか?

それとも寒さか怒りか悔しさか。


そして静かにカップラーメンを食い終わり、足を引きづりながら下山開始。

お先は真っ白。

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後ろも真っ白。

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花嫁さんの何倍も真っ白が似合うの男の後ろ姿。

やがて目も当てられない光景と化す武奈ヶ岳。

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そして最後の追い打ち。

強烈な尿意が男に襲いかかった。


モクモクのくせに、妙に周囲の視界だけはバッチリ良好だからオシッコポイントがまるで見つからない。

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ここからは体から流れ出る脂汗とともに下山する我慢大会。

体に無理をしてまではるばる登って、山頂でガスにまみれた上に「もらした」となってはもはや救いようが無い。


命がけの内股脱出劇。

およそ1時間後に深い森の中で放尿した頃には、すっかり顔色がデスラー総統になっていたほどの限界度。

それでも男は下り続ける。

そこには「本来の目的」が待っているのだ。


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長い長い時間が過ぎた。

とても長い時間が。


もはや全身の疲弊具合はとても文章では表現出来ない境地にまで達している。

男は無事に下山したのだ。


そしてやっと本来の目的である登山口近くの神社での「初詣」。

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ここに来るまで随分と長い遠回りをして来た気がする。

それだけにこの「安産祈願」は効果絶大なはず。

そして僕は生贄となり、この山に「己の健康」を捧げたのだ。



無事に初詣が終わり駐車場へ帰還。

空は見事な「青空」に包まれていた。

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富樫。

富樫よぅ。

僕の生き方は間違ってないよな?

これで良かったんだよな?

こんな最後がお似合いなんだよな?



そして男は涙を拭って車を走らせる。

再び長い長い育児の日々の始まりに向かって。




武奈ヶ岳 〜完〜



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