やる気に体がついて来ない。
遊びに対する探究心は溢れんばかりだが、37年目に突入した男の身体が気持ちに追いついていかないという現実。
いつまでも若くないんだから、いい加減に体を休めなければいけない局面だ。
しかし彼は見事に本日も早朝の山の展望台で、朝のさわやかな逆流胃酸の一服を楽しんでいる所だ。
仕方なく始めたこの「トレイルランニング」。
それは育児で全く遊ぶ時間が無いから辿り着いた結論だった。
しかしこのキワものアウトドアアクティビティが、確実に僕の眠れるマゾを呼び覚まし始めている。
元々は「遊ぶ時間がないなら睡眠削ってでもマゾるべし」という、目からウロコの結論の末に到達した「早朝トレイルランニング」というスタイル。
ただでさえこーたろくんの夜泣きで寝不足な日々なのに、やっとゆっくり寝られる休日に何故かいつもより早起きして自らを追い込んでいく。
三週連続のトレランをこなした翌日に、さらに二日連続での早朝トレラン突入。
いちいち体力なぞ回復させてる場合じゃない。
なにやら育児前よりもやたらとアグレッシブになっていく自分の狂気が愛おしい。
時代が幕末なら、良い長州藩士になっていただろうに。
そもそも仕事自体も猛烈に忙しくなって来て、実は全く記事も追いついていない。
すっかり先々週末の出来事で記憶が無くなりかかってるが、なんとなく振り返って行こう。
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僕はトレイルランナーではなく、あくまでも「早朝トレイル育児ランナー」。
その競技は、限られた時間内でステキな山遊びをしなくてはいけないので、いかに近場で良いトレイルを見つけられるかが鍵となる。
しかしいくら近場とはいえ、前日の金華山のような「直登直下」の山はトレラン向きではない。
人気の山で人も多いから、己撮りする際の恥ずかしさも抜群だった。
早朝トレイル育児ランナーにとっての理想的トレイル条件は、「車で片道40分以内でアクセスが容易である事」「標高は低いけど適度にマゾれる山」「山から山へのステキな縦走路がある事」「東向きの展望に優れていてご来光が見れればグッド」「あまり人がいなくて己撮りし放題である事」「嫁の怒りが爆発する前に帰宅出来る走行距離である事」だ。
そこで、そろそろそんな条件を満たした「ホームトレイル」の捜索に向かった。
GoogleMapとにらめっこして選んだ山は「大谷山〜滝谷山〜雁又山」の大野三山縦走。
トレランを始めてなかったらおそらく見向きもしなかった山で、標高も人気も知名度も全てが低い地元の山だ。
そもそも登山道がある事すら知らなかった。
それもそのはずで、ここに登山道が整備されたのはここ最近の事らしく、地元里山会の清掃、整備で維持されている「地域密着型」の山なのだ。
そんな平和な山に僕のような荒んだマゾが入山していいものかどうか迷ったが、行ってみるとここが実に素晴らしいトレイルだった。
上記の条件を全て満たす、王道早朝育児トレランコースだったのだ。
そして本日も嫁によって「8時までに帰ってこい」という指令も飛び出している。
理由を聞けば「別に何も無い。ただ何となく」というサディステック発言。
彼女はその「何となく」が、現場に大混乱とハードな状況設定を招く事を知らない。
いや、知っていて言っている可能性は高い。
毎度そんな嫁の気まぐれ発言によって悲惨な状況に追い込まれるが、それは僕としても望む所。
ドSとドMの良き夫婦関係。
いい夫婦の日の「パートナー・オブ・ ザ・イヤー」にSM部門があれば、我々夫婦の殿堂入りは約束されたようなものだ。
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早朝、いつものようにモゾモゾと動き出した早朝トレイル育児ランナー。
現場へ向かう車の中から、本日の大野三山の山容が見て取れる。
あの山の稜線を左から右へ駆け抜けて行くのだ。
運動公園の駐車場に車を停め、大急ぎで登山口へ。
まるで朝帰りの酔っぱらいの人がフラフラと山に迷い込んだみたいになっているのは寒いからだ。
そして寒さだけでなく、尋常じゃない程にこの時点で体が重い。
「蓄積された披露」「育児睡眠不足」「二日連続のトレラン」の過労三兄弟が早朝から重くのしかかる。
その背中からは実に渋みを帯びた中年の悲哀が滲み出ている。
どの程度登山道が整備されているかが不安だったが、しっかりした地図もあってコースも豊富。
これなら色んなバリエーションで攻められるから、ホームトレイルとして申し分ない。
今回は森林浴コースから侵入です。
想像以上にキレイに整備されていて最高に気持ち良いぞ。
溜まっていた疲れなんて吹き飛ぶ清々しさだ。
と、思っていたのは最初だけ。
道は一気にグハグハな登りに転じ、瞬く間に新鮮な疲労が僕に襲いかかる。
腿を腕の力で押しながら、根性で駆け上がる。
もはやこれは遊びなのか部活なのかの判別が出来ないほど、ひたすらにしんどい。
気持ちだけは3歩前を走っているが、実体が追いついて行かないというジレンマをとことん楽しむ。
そして階段はまだまだ続き、
どこまでも続き、
トレラン開始15分程で、あっという間に胃酸の逆流が始まった。
この即効性は、やはりトレランならでは。
忙しいマゾ野郎には最適なアクティビティなのは間違いない。
やがて快適なルートに到達すると、
花立峠に到達。
ここは結構な広場で、車も駐車できるし簡易トイレまである。
より時間のない時はここからスタートしてもいいだろうな。
峠を駆け抜けて、次は第一の山「大谷山」を目指す。
ここを駆け上ると稜線上に到達。
山の逆側の谷に朝の「霧溜まり」が発生していて、何とも神秘的な光景だ。
たかだか350mくらいの標高でこれだけの景色が見られれば大満足だ。
そして早朝だからこそ出会える景色。
ある意味、嫁には感謝しなくてはいけないのかもしれない。
そしてそんな良い気分の後には、ちゃんとマゾ用登り階段も用意されているという抜かりの無いシステム。
この飴とムチっぷりがたまらない。
急に甘えて来たかと思えば、突然突き放して足蹴にして罵倒の嵐。
こっちとしても、動揺しつつも感謝の念を抱かずにはいられない状況でニヤリが止まらない。
そしてムチを体一杯に浴びた後には、最高のご褒美タイム。
素晴らしき稜線ランタイムのスタート。
こういう道を駆け抜けると本当に気持ちがいい。
そして次第に朝日が昇って行き、辺り一面が黄金色に包まれて行く。
やがて木々はオームの触覚のように天に伸び、その金色の絨毯をマゾシカが駆け抜けて行くという名場面。
子供達に支えられたおババが「その者、マゾき衣をまといて、金色の野に降り立つべし」と号泣。
しかし汗だくでヨロヨロの彼の姿は、どちらかと言えば崩れゆく巨神兵のようだ。
やがて大谷山山頂直下の展望台へ到達。
すかさず元気玉を作成し、ヘロヘロな体に元気を取り戻す。
そしてここからの濃尾平野の眺めがグンバツだった。
あれ?今日も黄砂だったっけって思ってしまう程に視界悪めだが、これだけでも十分感動的な眺め。
景色的な事は全く期待していなかっただけに、これは嬉しいぞ。
野郎同士の飲み会程度のテンションで登って来たら、会場には随分とカワイイ女性が来ていた的な出会い頭感。
眺望にあまり縁がない僕は、この慣れない状況に若干モジモジしてしまう。
これは学生時代のコンパではよく経験した感覚。
嬉しいんだけど大して会話を弾ませる事も出来ずに、緊張して歯が乾いて上唇が下りて来ない事もしばしば。
その都度歯をぺろぺろする必死の青春時代。
結局何事も起こらずポケベル番号も聞けずじまい。
そんな苦い思い出を噛み締めながら、第一の山「大谷山」制覇です。
山頂の看板が3つもあって、かなり主張した山頂だ。
大谷くんは二刀流では物足りないのか?
そして朝の爽やかな陽光を浴びながらの快適ラン。
本当にここはずば抜けて道が奇麗に整備されていて、トレラン専用で作られたかのようなトレイルが続く。
あんまり快適なので、ピリリとしたマゾスパイスを加える。
セルフタイマーをセットして全力で駆け下りて、
再び全力で坂を駆け上がってカメラまで戻るという行為を3回程こなす。
これで回復しかけた体力は再び追いつめられ、楽しいって思いそうになる自分を戒める。
今まで「楽しいなあ」って思った瞬間に、その何倍もの苦痛を浴びて来た経験があるから浮かれなどはしない。
僕のような人間が楽しもうなんて思うのは分不相応なのだ。
分をわきまえろ、このブタ野郎。
そしていい感じでグッタリ感が出て来た頃に、第二の山「滝谷山」制覇です。
正直、なんだかんだとこの時点でお腹いっぱいだった。
でも悪天候男の悲しい性で、「せっかく晴れてるんだし」という理由だけでその先を目指す。
入山当初はは3歩遅れだったが、この頃には気持ちだけは10歩前を走っていて実体は中々前に進まない。
そろそろ幽体離脱が始まりそうだ。
ちなみに滝谷山から雁又山への道は大野町の管轄外で、少数の登山者が勝手に切り開いた道らしい。
山を所有するこの地域の方のご好意で通る事が可能なようなので、行かれる方はご注意されたし。
この優雅に座って休憩している男。
実は彼は今猛烈に悩んでいる。
ここに来る途中で「あれ?車に鍵したっけか?」とふと思ってしまったのがいけなかった。
一旦そう思ってしまえば、何度シュミレーションしても鍵をかけた気がしない。
車には財布も置いてあるし、急速に変な汗がドバドバと放出して焦燥感がハンパない。
でもここまで来て帰るのは悔しすぎる。
かと言って、そんな不安な気持ちのまま走り続けても楽しい気が全くしない。
さらに言えばこの時点で7時10分を過ぎており、嫁が気まぐれで指定した8時のタイムリミットを守るためにはここで引き返さないと間に合うはずが無い。
しかし気持ちは帰路についているのだが、なぜか実体が雁又山方面へと進んでしまっている。
こういう余計な部分では、気持ちと裏腹に体が先行して猛進してしまう悪い癖がある。
若干、確信犯的な匂いのする行為だが、やはり男は負の方負の方へと引き寄せられる傾向があるようだ。
そして不安な気持ちを両手一杯に抱えて、楽しい気分ゼロのまま走り続ける。
やがて最後の山「雁又山(がんまたやま)」に到達です。
突然山中にレジャーテーブルが出て来る異質さはあったが、山頂は素晴らしい広場になっていた。
直下には、再び素晴らしい眺望の展望スペース。
前日の金華山と違って、ここまで誰とも出会っていないからこの時の独占感はたまらないものがあった。
でも正直心の中は絶景よりも「嫁」の事で頭がいっぱい。
別に嫁が愛しすぎて頭がいっぱいということではなく、一体どんな恐ろしい結果が待ちうけているのかという不安でいっぱいなのだ。
本来なら「うわあ、景色キレイだあ」と言う場面だが、「うわあ、またやっちまったあ」と漏らす男。
車上荒らしも心配だし、全く優雅に山頂を堪能する事無くそそくさと撤退です。
大急ぎで突っ走って下山。
気持ちは焦るが、やっぱり下山時の人間ジェットコースターはアドレナリンが出まくって楽しい。
不安と興奮と恐怖が入り乱れるかっ飛びタイムだ。
これがあるからトレランはやめられない。
いつかはクラッシュして大回転しながら転がり落ちて行く日が容易に想像できるが、そうならないようにもっと経験を積んで行かないとね。
大谷山直下の展望台では、もうすっかり太陽も昇って「7時45分」。
この余裕の佇まいから分る通り、彼はもはや打ち首を覚悟して清らかな気持ちになっている。
我が生涯に一片の悔い無し。
結局所々でこういう余計な己撮りをしてしまうのが、いつも帰宅時間に間に合わない一番の要因だ。
前回ご紹介した「ゴリラポッド」のおかげで、実にいい画が撮れるからついつい長居してしまう。
ゴリラポッドには今後の活躍に期待大だ。
そう思った矢先。
無理矢理ベルトのポケットに押し込んでいたゴリラポッドに悲劇が。
なんと根元からバッキリ折れてしまったではないか。
3年近く出番が無くて引き出しに眠り続け、この度コンデジの購入でやっと日の目を見たゴリラポッド。
まさに満を持して出陣して行ったゴリラポッド。
しかしわずか2回目の使用で、さあこれから大活躍という局面での惜しまれすぎる彼の死。
まるで龐統のような奴だった。
今後この区間を「落鳳坡」と呼ぶ事としよう。(分かる人だけでいいです)
本日もいつものように無念にまみれた下山。
僕に気に入られたアイテムはことごとく僕の手から離れて行ってしまう。
でもせめて家庭の幸せだけはこの手から逃すわけにはいかない。
そんな気持ちと裏腹に、見事に道を間違えて古墳コースという「遠回りのコース」にて下山する男。
そして車を停めた場所から随分離れた所に下山した男は、車を目指して再びロードを猛烈に走っていく。
もはやトレイルランニングではなくなっている。
見上げた先には、本日駆け抜けた大野三山の稜線が見て取れる。
そして見下げた先には、「8時15分」を指し示す腕時計が見て取れる。
大急ぎで車に到着してチェックすれば、ちゃんと鍵かかってるじゃないの。
なんという不安損だ。
まあ、良かったけどもさ。
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結局9時帰宅という、連日の遅刻朝帰り。
二日連続の早朝平謝り「スイマセンしたぁ!」が炸裂。
しかしなぜか嫁が怒っていない。
どちらかと言えばそんな僕を見て嬉しそうだ。
そして驚きの発言。
「8時?そんな事言ったっけ?」と。
弄ばれたのだ。
僕のピュアな忠誠心を弄ばれたのだ。
この発言には気持ちも体も追いつかない。
しかしこれでなんとか首の皮一枚で命をつなぎ止めた。
嫁の怒りを食らって早朝トレランまで取り上げられたら大変な事態だった。
なんなら今なら嫁の機嫌もいいし、試しにもうちょっと長くトレランできないか試してみる価値がありそうだ。
僕は恐る恐る「なんだあ、焦っちゃったよ。じゃあ、次もこのくらいの時間になっちゃっても大丈夫なのかな?」と聞いてみた。
すると嫁からサッと笑顔が消え、さらなる驚き発言が飛び出した。
「ハゲたこと言ってんじゃないよ!」と。
何事だ?
随分日本語としておかしな事を言われた気がするが、何やら迫力だけは十二分に伝わって来たぞ。
意味は全く分からないが、確かに僕の足はガクガクと震えていた。
恐らく一日中トレランしたとしても、ここまで足に来る事は無いだろう。
こうして今日も「早朝トレイル育児ランナー」の「いつもの朝」が過ぎて行った。
ただ山を走るだけのトレイルランナーとはそもそも土俵が違うのだ。
普通のトレイルランナーは、決して「ハゲた事」なんて言わないだろうからね。
こうして体の疲労に加えて、気持ちを弄ばれた上に心までも折られた男。
その悲しい姿は死亡したゴリラポッドと大して変わりがない。
それでも「戦うお父さん」は歩みを止めない。
このあと「子供のお世話」という口実を身にまとい、りんたろくんを引き連れて彼はカヌーしに出かけて行った。
もはや筋肉は悲鳴を上げていたが、「晴れた空」が男を休ませてくれないのだ。
過遊死の時は刻一刻と迫っているかもしれない。
飴とムチ〜弄ばれた男の朝〜
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MATATABI BASE
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