真の清流を求め、全国の川を下って十余年。
ついに僕は「桃源郷」に辿り着いた。
それはまさに賭けだった。
なぜならその川は、かつて誰もカヌーで下った者はいないという「前人未漕の川」だったからだ。
大した情報も無く、己の仮説だけを頼りに謎の地へと赴く緊張感と高揚感。
21世紀の現代、もはや「冒険」という言葉は死に絶えたかと思っていたが、四国の奥地ではまだまだ夢とロマンが残っていたのだ。
その川の名は「安居川(やすいがわ)」。
なんだか近所の川のような安っぽい名前で一気に冒険感が薄まってしまったが、こればっかりは名前だからしょうがない。
出来ればもうちょっと重々しい名前(閻魔川とか鬼嫁川とか)であったなら、もっと秘境感が出て良かったんだけどね。
実はこの安居川、川としてはマニアックだが、その上流部の「安居渓谷」は2012年に一躍全国区の場所となった。
それはNHKスペシャル「仁淀川 青の神秘」として放送されて大反響を呼んだからだ。
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以来、今では「仁淀ブルー」という言葉がすっかり浸透して、「仁淀川=清流」という認知が進んだ。
しかしその時はあくまでも「仁淀川の上流部」という扱いになっていたが、実はその撮影場所こそがこの仁淀川支流の「安居川」だったのです。
しかし今回、もしそこが全く下れない川であったなら、はるばる四国まで来てこの貴重なGWの一日を完全に棒に振ってしまう危険と隣り合わせ。
しかも僕はその川を下りたいばっかりに、本来「みんなで小歩危ラフティング」するという予定だったこの2日目を、あえて再びぼっち野郎となって単独行動の道を選んでいる。
確実な楽しさが約束されたラフティングを蹴ってまで、再び孤独の世界に身を投じただけにこの挑戦に失敗は許されない。
だがそもそも安居川は明らかに水量が乏しく、川下りには不向きだと推測できるからこそ前人未漕の川。
しかしパックラフト神拳の伝承者となった今の僕は、「下れぬなら歩けばいいだけのことだ」と腹をくくった。
こうして始まった四国清流行脚3本目「安居川」。
小さな男が繰り広げる小さな冒険譚。
それでは、そんな男の旅路をじっくりと振り返って行こう。
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頭部に凄まじい痛みがほとばしる。
何か鈍器のような物で殴られたのだろうか?
こめかみの血脈が波打ち、不快感と嘔吐感が錯綜する。
そう。
僕はこの勝負の一日の始まりを、スペシャルな「二日酔い」で迎える事に成功したのだ。
僕は重い体を起こし、時計を見る。
見事に1時間以上も寝過ごしている。
こうして僕は1日に3本の川を巡るというタイムアタックデイを、自らの過ちで自らを追い込む事に大成功。
もそもそとテントから這い出て、目の前に広がる仁淀川を眺めて後悔にまみれる男。
間違いなくあのワンカップ大関が余計だったのだ…。
こうして男は、起き抜けから気持ちをへこませるという奥義「仁淀ブルー」を炸裂させ、大急ぎでテントを畳んで現場に急行。
色んな意味で吐きそうだが、私には悠長に吐いている時間などは無い。
やがて安居川の下流へ到着。
まだ日が射してない状態なのに、やはり美しいブルー。
だが想像通り水量は乏しく、時折このように下れそうな場所はあるけどすぐにゴツゴツの大岩に寸断されてしまう。
やはりこの川は長く漕げる区間は無く、いかに「比較的漕げる区間」を探し出せるかが鍵なようだ。
前日の下見の際にある程度発着場所の候補を決めていたが、改めてじっくりと下見をしながら遡上して行く。
途中で激しい腹痛に襲われて数年ぶりに野グソをかますという大技を繰り出してしまったが、たとえお腹を緩めても探索の手は緩めない。
極上の川下り区間を探す旅路は地味に続いて行く。
川の所々には、川へと降りられる階段もあったりする。
場所を選ばないパックラフターとしては、発着場所はそこそこある事が判明。
あとは肝心の下るに足る水量がある区間を探すのみ。
やがて小さな集落がある辺で、生唾ものの川筋が目に入った。
鏡のように美しい水面が奥へ奥へと続いている。
僕は一発で欲情を刺激され、思わず「あァ…ここで抱かれたい…」と呟く。
そこでこのルートを基準にゴール地点を確定させ、行けそうな所まで上流へ。
そして2kmほど上流に水量がギリギリ下れそうで、路肩駐車できて川へと下りる階段がある場所を発見。
ここから狭い階段を下って行って、川へと侵入でございます。
このように未知の場所へと踏み込んで行けるのもパックラフトならでは。
そしてその先に待っていたのは、予想通りの素晴らしきスタート地点だった。
そしてその場所に降り立てば、その先は秘境感たっぷりの渓谷。
早くも僕はセイリューズハイになって、先ほどまでの二日酔いの頭痛もどこへやら。
この場所を見つけられたという興奮も手伝い、前人未漕の川に対する緊張とワクワクまでもが交差してテンションは上がりに上がって行く。
この先がどうなっているのか分からないという「冒険感」が実に新鮮だ。
くたびれたお腹の弱いおっさんでもちゃんと冒険は出来るのだ。
今こそ隣町に自転車で冒険に行った時のような、あの輝いた少年時代に戻る瞬間なのだ。
そしてその「気持ちは少年で体はおっさん」というナゾナゾみたいな男が、その記念すべき第一漕を安居川に刻み付けた。
とてつもない浮遊感。
今まで見たどの清流ともどこか性質が違う清冽さ。
これで太陽が昇って日が射すといったいどんな世界になってしまうのか?
しかし進んで行くと、やはり厳しい岩の区間へと吸い込まれて行く。
だが元々歩く気満々でここに来ているので、この程度は想定内。
お得意のパックラフト神拳で華麗に岸を歩いて突き進む。
するとやがてとてつもない場所にたどり着いた。
そこはまさに天国のような清流が広がる世界だったのだ。
ミネラルウォーターよりもキレイなんじゃないかってくらいの水の上を浮かぶ幸せ。
ひとつ後悔があるとすれば、ちゃんと日が昇ってからここに来ればもっと凄まじい美の世界になっていた事だろう。
しかしまだその先にはさらなる素敵な世界が。
そこには僕がずっと昔から夢で見て来たかのような、素晴らしいプライベート清流ビーチが鎮座していたのだ。
僕はきっと小さい頃、このような光景を絵本とかで見たのかもしれない。
以来、ずっとこうした場所を探し求めて川を旅して来た。
もはやこの場所は僕にとっての「ワンピース」。
次回来る時は絶対ここでテント張って、数日のんびりと過ごしてやるぞ。
今回は下れるかも分からないチャレンジリバーだったが、実に良い下見ができた。
早く我が子達をこの場所に連れて来たいものだ。
今回はタイムアタックな一日だが、もうこの頃にはそんな事はどうでも良くなってここで一人ユラユラ。
川底に映る己の影の上を魚がすうっと泳いで行き、頭上には鳥のさえずり。
ほんと、カヌーやってて良かったと思える珠玉のモーニングタイム。
自分だけの贅沢な時間を骨の髄まで楽しむ事が出来た。
しかし冒険の旅路はまだ終わらない。
清流を堪能した後は、再びガッツリと「岩歩き」で格闘タイム。
この柔と剛のバランスがたまらない。
この柔剛一対の川下りこそパックラフト神拳の神髄なのだ。
やがて、ついに一日で最も希望で満ちてしまうお時間がやって来る。
日が登り、山陰からまばゆい陽光が降り注ぎ出すと、
ついに我が眼前に「仁淀ブルー」がその全貌を現したのだ。
どこまでもクリアでどこまでもブルーな透明感に満ちた清絶な世界。
波紋が無ければ水がある事も見落としてしまいそうなほどの透明さ。
「奇跡の清流」と言われたのもうなずける美しさだ。
僕はもう感動による「奇跡の失禁」をこらえるので精一杯。
しかし若干パンツの下の方が濡れているのは、水に入ったからだけではないのかもしれない。
もうとことんこの川に魅了されてしまった。
ハッキリ言ってこの川は長く下る必要は無い川だ。
もう所々で止まって停滞してしまうから、全く先に進んで行かないからだ。
そしてさらに日が射した安居川をホクホク顔で下って行く。
もう川下りと言うより空中浮遊だ。
ただただ続くため息ものの世界。
そしてゴール間近になって最後に現れた、まさに絵に描いたかのような素敵な場所。
道路の柵が邪魔だが、一幅の絵画のような光景だ。
昔写生大会とかで、川だからって言って単純に水色の絵の具を使っていた人に対して「川は実際そんな色してないよ」と言ったもんだが、今は心から水色絵の具の人に謝りたい。
そう。
やっぱり川ってキレイな水色をしていたんだね。
そしてこの「快晴」「無風」「仁淀ブルー」が一つになった時。
まるで一葉の枯れ葉が水面に着水したかのように。
僕の漕いだ軌跡は美しい水紋となって広がって行くのだ。
間違いない。
僕がこの十数年探し求めていた「桃源郷」はここにあったのだ。
もっと多くの人に知ってもらいたい。
でも何だか人には教えたくない。
と言う事で、今回に関してはログや発着ポイントは載せません。
ここに行く人にも僕同様の冒険的な探索を味わって欲しいから。
今回の写真の中に色々とヒントは隠されているしね。
どうしてもって人はコメント欄か、画面右上のcontactから連絡くれれば場所教えますよ。
でも他にもっと素晴らしい区間があるかもしれないから、それが分かったら逆に教えて欲しいなあ。
ということで、短くも最高の川下りを終了。
ゴール地点には見事な小滝がある。
そしてこの淵が釣りポイントなのか、「釣り少年と老人師匠」というノスタルジック極まりない光景が。
最近涙もろい僕は、この手の光景を見るだけで自分の少年時代を思い出して少し泣けてしまう。
清流のみならず、このような日本の原風景的な光景が見れるのも四国ならではだ。
彼らを見ながらゆっくりとパックラフトを乾かしたあと、てくてく歩いて車に戻ります。
距離も短いし、何よりこの風景を見ながらだから移動もまた楽し。
そしていい気分で歩いていると、この集落の人がいたので「おはようございます」と挨拶。
するとその人は「え?この川下って来たの?そんな人初めてだあ」としきりに感心してくれた。
そして「おーい。カヌーの人がやって来たぞ。」となり、家の中から次々と人が現れて「まあ、お茶でも飲んで行きなさい。」といった事態に。
やがてお茶やお菓子まで出て来て、すっかり談笑。
僕はこの状況に、「ああ、久しぶりに旅をしているなあ」と感慨もひとしお。
最近は時間に追われるばかり「目的遂行」にばかり目が行っていたが、僕が若い頃にしていたのはこの様な心温まる寄り道だらけの出会い旅だった。
歩きお遍路さんをした時も、四国の人は本当に優しく僕をおもてなししてくれた。
ただ何気にビックリしたのは家の中から出て来たのがトルコから来た人で、随分前から日本で暮らしているらしくその子供達の可愛さたるや相当だった。
まるでテレ東の「YOUは何しに日本へ?」のロケ現場みたいになってしまったが、これは実に楽しい出会いだった。
そして子供達がイモリを穫りに行くってことで、何故か僕も一緒に家族総出で裏山へ移動。
なんだか僕も田舎に帰って来たみたいな気持ちになって、たまらなく楽しいひとときだった。
やっぱり川旅ってのは川を下るだけじゃもったいない。
こういう出会いと、その土地の空気を感じてこそ旅の充実度は光り輝いたものになるのだ。
やっぱり四国は良い。
清流の川はもちろん、何よりそこに暮らす人々も清流なのだ。
これにて「小舟漕ぎしかの川」の安居川は、勝手に僕の心の中のふるさとの川となった。
またいつか遊びに行きます。
その時は僕も子供達を連れて行くので、一緒に遊んでやってください。
そして彼らと別れ、再び安居川を堪能しながらのんびり歩いて行く。
そして車まで戻って、安居川の小さな冒険は終了した。
果たして下れるのかどうかすら不安だったが、結果的には最高の川だった。
僕の中の清流ランキングは塗り替えられ、赤木川・大塔川を抜いて見事1位に躍り出た安居川。
いつまでもこのままの姿を保ち続けて欲しい名川だ。
さあ、これにて本日の1/3本が終了。
正直ここを1本目に選んでしまった事により他の2本が見劣りする事必至だったが、せっかくまだまだ時間はあるので遊び倒すのだ。
結局いつものせわしい感じに戻ってしまったが、旅心の一方でまだ見ぬ川に対する「好奇心」が止まらないのである。
次回、四国清流行脚4本目「土居川」。
何気にこちらも川下りの情報ゼロの未漕の川。
浮かれあればマゾがある。
安居川で散々浮かれた代償は土居川で支払うのである。
四国清流行脚4へ 〜つづく〜
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いいなあ
いいなあ
ここオハイオには清流は無くて、そこそこ綺麗な川があるのみ。
ミネラルウオーターの流れる川はオレゴンとかに行かないと無いようです。
地域の人との触れ合いも素晴らしい!ただただ羨ましい。
昨日借家の契約したので引っ越し終わったら本格的にこっちの桃源郷を探します!
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tun_nokoさん、遠く離れてみて初めて分かる元カノの愛らしさ。
パツキンの川も良いですが、やっぱり日本の川はこの清冽な美しさですよねえ。
まあ正直四国の山奥はオレゴンに行くよりも遠く感じますが、その苦労も全て報われる大清流。
そして何より済んでる人達の温かい事!
でも何気にそっちの状況も気になります。
そっちはそっちで清流じゃなくても、スケールのデカい桃源郷があったりして。
楽しみにしてます!
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我が家も、GWは仁淀川に遠征していました。
ニアミスでしたね~!!
安居川が下れるなんて、バックラフトならではね~~~!!
羨ましい~!!
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グリコさん、どうもです!
まさにニアミスでしたねえ。
僕が仁淀川下った時は誰にも出会わず、ゴールの鎌井田沈下橋で数人出会ったくらいでした。
天下の仁淀川もGWだというのに随分と少ないもんです。
寂しくもあるけど、だからこそのんびりと川を堪能出来るから良いですよね。
パックラフトがなくても、安居川は全然堪能できます。
僕が下った区間は約2キロですが、その所々川に下りる階段があったからそこで水遊びorまったりなんてのが良いかもしれません。
こんな川がもし近所にあったらきっと僕は働かない事でしょう。